「古代君が七夕生まれだったなんてね」
「どういう意味だよ?」
雪が意味ありげに古代の方に向き直ると、彼は唇を尖らせて拗ねた振りをする。

古代が、雪の姿を見とめてこの場所にやってきたのだが、彼は一言二言話すと、黙って雪の隣に並んだ。
展望室に、二人きり。沈黙していれば、そこから見える果てしなく広がる宇宙の景色も相まって
この世に二人しかいないのではないかと錯覚してしまうほど静かだ。
古代と居ると、この静けさも嫌いではない。一緒に同じ空間に居るだけで、何もかも共有した気になる。
雪は、自分の気持ちを吐露してしまいそうになるのを抑えて、島から仕入れた誕生日の話を彼に振ってみた。


「だって、彦星と織姫の年に一度のデートの日よ?」
「他人には覚えやすい日だって、よく言われるけど」
それ以外に何か意味があるのか、古代は尋ねたい気持ちで一杯だ。

「そんなロマンチックな言い伝えがある日が誕生日だなんて」
「だから、それのどこがいけないって言うんだ??」
こういう時の彼女は妙に大人っぽく感じてしまう。
古代は、一つ年下であるはずの彼女が、自分をからかっているのだと思うと、悔しいことに、いつも本気になってしまうのだった。

「いけないなんて言ってないでしょう?」
相変わらず、雪は余裕たっぷりに微笑む。
「……君の言いたいことがさっぱりわからない」
からかわれていると自覚する古代の脳内に、榎本の声がこだました。

『おまえは女の扱いが下手!』『おまえは女と駆け引きできると思うなよ』
ニヤニヤ笑うヤマト掌帆長が、古代の頭の中をぐるぐる回り出した。

「あーあ。どうせ下手ですよ、わかってますよ」
ボソっと吐いた古代に、雪は「ごめん、からかったつもりはないの」と手を合わせておどけて見せた。
「ロマンチックな七夕と古代君のイメージが合わないなって思っただけ」
「あー、そうですか。はいはい」
やっぱりからかわれたと、古代はがっくり肩を落とした。
「ほらほら、そんなに落ち込まないで、古代君」
雪がポンポンと古代の背を両手で軽く押した。雪の顔は全く見えない。
彼女は上気していく自分の顔を、意地でも古代に見せられない。

「だって、毎日会いたいじゃない?」
「年に一度だろ?彦星と織姫のデートは」
「だからね、一度だけなんて寂しいなって私は思うの」
「神話の類だろ?そんなに毎日会うなんて、神秘性が薄れるよ」
はあっと雪はため息をつきながら古代の背中に向かって舌を出した。
「私の場合の……大切なひと」
「えっ、森くん??」
雪はさっきよりも強い力で古代の背中を押し始めた。展望室から無理矢理押し出そうとするように。
「会いたいなあって思ったら、来てくれるの……」

「あのさあ、森くん……」
「……そんな人が居たら、いいなって思っただけよ!」
言うや否や、真っ赤になった雪は俯いたまま、小走りで古代の脇をすり抜けた。

展望室の入口で、呆然と古代は雪を見送っていた。
「女の扱いが下手」の呪縛から解き放たれたい!と古代はこの時ほど真剣に願ったことはなかった。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。

拍手