ただ黙々と床にモップ掛けをしている古代を、待機中であった榎本が見守っている。
ここは第一格納庫。古代が、腕まくりをして掃除をしているのだ。
ブリーフィングルームでミーティング中であるにもかかわらず、
それを忘れて島が古代に突っかかり、古代もそれを受けて、感情的に返した。
艦長から「士官としての心構えがなっていない」と叱責され
その懲罰として、艦内美化任務を言い渡されたのだ。
早い話が「罰当番」。
心配しているのか呆れているのかわからない雪から、首から下げるカードを手渡され
『全部で10カ所です。本日中に清掃を完了させてください。それぞれの責任者からハンコをもらったら
清掃完了です』と言われたのだ。
親友の島とは、今まで長い付き合いで、喧嘩は何度もしてきている。
だからわかるのだが。
いつもの島らしくない、と古代は感じていた。
感情的になってしまうのは、どちらかといえば自分の方だ。
そんな自分でも、メルダから発せられた「地球が先制攻撃をしかけた」は大きな衝撃であったし
嘘だろうと、初めは思った。
しかし、彼女の人となりを短期間ではあるが、知るにつけ、自分たちがイメージしていた『ガミラス星人』というものが
一方的な思い込みによってつくられたものだと気付き始めていた。
そうだとしたら、ガミラスに対しての認識も変える必要があるのかもしれない。
その想いは、『自分たちは分かり合える』の領域まで到達しつつあった。
慎重派の島なら、『おまえは甘い』と言って諭すことはあっても
あれほどまでに感情を露わにして、自分に突っかかってくるはずはないと、古代はどこか腑に落ちなかった。
波動砲口を二人で掃除している間、軽く仲直りを提案してみたが、島は無言を貫いていた。
深く考え込んでいるようだと古代は思った。
古代がそんなことを考えながら、腕を動かしていると、掌帆長の榎本が声をかけてきた。
「古代……戦術長殿、腰が入っておりませんぞ。もっと、力入れて床をピッカピカに」
「あ、すみません」
古代は榎本のからかいにも気づかずに、床を全力で磨き始めた。
「学生時代から知った古代と島が喧嘩したと訊いて、おまえら何やってんのかと、雷落としたいところですが」
「榎本さん……」
榎本の気遣いに、古代は苦笑いしてペコリと頭を下げた。
「元教官として、話を訊いてもいいですかな?」
「……島、苛立ってるみたいで。アイツ、メルダの言っていた先制攻撃は地球から、の話に異常なまでに反応して」
「ほう」
「感覚的なものですが、メルダは信じることが出来ると、自分は思います。その延長線上にガミラスとの友好関係もあるのかもしれない。
甘いですよね? 慎重派の島は、こんな俺を笑っているのかもしれない」
あくまで持論です、と古代は付け足した。
「古代、おまえ」
「はい?」
榎本は古代の手からモップを奪い、バケツの中に放り込んだ。
「おまえだって、理屈で割り切れん思いをしてきただろう? お兄さんも……」
「そうです。だけど、自分はもう吹っ切れています」
「そうか? 自分はなにもかも失って、それなのに、もうなんともないのか」
「えっ?」
「おまえは、物分かりが良すぎる。ああ、もちろん、軍人たる者、そうでなくてはならんからな」
榎本は、モップの水を絞り切り、古代に手渡して言った。
「若いってのはいいことだ。お前も島も、ぶつける相手があるのはな」
榎本が何を言わんとしているのか、古代は気付いたようだった。
「お、ここの掃除はもういいぞ。ハンコ押しとけ。それはあとでデスクに戻しとけ」
「榎本さんっ、あのありがとうございました!」
榎本が出て行ったあと、すぐに次の掃除に取り掛かる気もなくて、古代はゼロのコクピットの中で
ハーモニカを取り出し、薄暗いそこで兄を思い出していた。
――父さんから貰ったものだ。これはお前が持っていろ。
(ああ、兄さん。俺、まだまだだよな)
スゥと息を吸い込んで、マウスピースに吹き込んだ。
榎本は通路で森船務長とすれ違った。
榎本が思った通り、彼女は第一格納庫に用があったようだ。
すれ違いざま、「先客ありですよ」と古代が居ることを告げてやると、雪は「美化任務を遂行しているか確認なんです」
と頬を赤らめながら答えたのだった。
*****
榎本の言葉通り、ゼロの方から彼のハーモニカが聞こえている。
どこか寂しげなメロディは、以前確か赤道祭の終わりに、観測室で聞いたものだ。
家族が居ない雪は、古代の吹くハーモニカが彼が家族を探しているように聞こえて切ない気持ちになるのだった。
『私はここに居るよ。私でよければ話を訊くよ』
そんな気持ちにさせられるのだ。
雪はわざと大きな声で彼に話しかけた。
「罰当番は終わったかなあ?」
ぴたりと演奏が止み、自分の姿を見とめた古代が「もうピッカピカ」とおどけて返事をする。
昇降台を上り切ったところに腰をかけて、古代を覗き込むと、意外と彼は穏やかな顔をしていた。
「また吹いていたんだ?」
ハーモニカのことを指摘すると、古代は「ああ。なんか、こう。気が紛れるんだ」とハーモニカを手の中で回しながら答えた。
何か話して勇気づけたい、と雪は咄嗟に「私も山本さんみたいにかっこよく飛べるかな?」と思いついたことを話した。
「ダメでしょ」
彼は即答する。
反応の速さにほっとしながらも、「ダメってなによっ!」と剥れたのだった。
いつものようなやりとりに、ほっとしたのは自分の方だったのに、
雪の膨らんだ頬を見て、古代が呟くように言った。
「本当は、心配して来たんだろ?」
心の中を見透かされたように思えて、雪は返答に詰まってしまう。
「古代君……」
「本当は俺だって、あんな噂信じたくない。兄さんは死んだ。自分の事を囮だったとも知らずにね」
柔らかだった表情が、一瞬険しいものとなって、それからまた優しい目になった。
彼は言うのだ。
「そんな顔するなよ」と。
どうして?
それを言うのは私だったはずだよ?
あなた、家族を想ってハーモニカを吹いていたんでしょう?
雪の胸に様々な想いが押し寄せては引いていった。そのどれもが本当で、正直な気持ちだったが
この場で、それを口にするのが、ふさわしいとも思えなかった。
「もう整理はついた。今は沖田艦長を信頼している」
そう話す古代は穏やかな表情を雪に向けている。
「あいつには守るべき家族がある。それがちょっと羨ましい」
古代は天井を見ながら、自分がどうして島に対して羨ましいと思ったのか考えていた。
「家族は……新しく作れるよ」
「えっ?」
雪は、嬉しかったのだ。古代が本音を自分に漏らしたことが。
古代は他人に滅多に弱音は吐かないし、愚痴をこぼす様なこともない。
だから、ひとりでいるときにハーモニカを吹いて、気を紛らわせている。
言葉に出来ない想いを一人で抱えて。
「この艦の皆が家族」
雪の言葉に、古代は微笑した。
「ああ。そうだな」
古代には古代なりの、家族を失った悲しみがあり、島には島の悲しみがある。
榎本に話すまでは、自分のそういった気持ちに気付けなかったのだ。
売り言葉に買い言葉で、島に八つ当たりしてしまったのだと思った。
自分にはないものを、羨ましいと思う気持ち。望んでも、それは二度と手に入らない。
親友に八つ当たりしても仕方ないのに。
自嘲めいた言葉は、自分でも予想していなかった。
それを、雪の前でぽろりと零してしまい、少し恥ずかしくなっていた。
すると、思いがけない答えを彼女はくれたのだった。
ハーモニカを吹いて答えを探していた自分に。
雪が。
(そうか。失くしてしまったとばかり思っていた。だけど違うんだ)
「俺、次の掃除に行くよ。ありがとう、森君」
「私は……罰当番の見回りで来てみただけよ」
古代が立ち上がったのを見て、雪は後ろ向きになり、昇降台を降りる。
先に降り切った雪が、カツカツと靴を鳴らして格納庫を出て行く。
古代は、モップとバケツを手に取りながら、彼女の後姿に見惚れていた。
2015 0523 hitomi higasino
ここは第一格納庫。古代が、腕まくりをして掃除をしているのだ。
ブリーフィングルームでミーティング中であるにもかかわらず、
それを忘れて島が古代に突っかかり、古代もそれを受けて、感情的に返した。
艦長から「士官としての心構えがなっていない」と叱責され
その懲罰として、艦内美化任務を言い渡されたのだ。
早い話が「罰当番」。
心配しているのか呆れているのかわからない雪から、首から下げるカードを手渡され
『全部で10カ所です。本日中に清掃を完了させてください。それぞれの責任者からハンコをもらったら
清掃完了です』と言われたのだ。
親友の島とは、今まで長い付き合いで、喧嘩は何度もしてきている。
だからわかるのだが。
いつもの島らしくない、と古代は感じていた。
感情的になってしまうのは、どちらかといえば自分の方だ。
そんな自分でも、メルダから発せられた「地球が先制攻撃をしかけた」は大きな衝撃であったし
嘘だろうと、初めは思った。
しかし、彼女の人となりを短期間ではあるが、知るにつけ、自分たちがイメージしていた『ガミラス星人』というものが
一方的な思い込みによってつくられたものだと気付き始めていた。
そうだとしたら、ガミラスに対しての認識も変える必要があるのかもしれない。
その想いは、『自分たちは分かり合える』の領域まで到達しつつあった。
慎重派の島なら、『おまえは甘い』と言って諭すことはあっても
あれほどまでに感情を露わにして、自分に突っかかってくるはずはないと、古代はどこか腑に落ちなかった。
波動砲口を二人で掃除している間、軽く仲直りを提案してみたが、島は無言を貫いていた。
深く考え込んでいるようだと古代は思った。
古代がそんなことを考えながら、腕を動かしていると、掌帆長の榎本が声をかけてきた。
「古代……戦術長殿、腰が入っておりませんぞ。もっと、力入れて床をピッカピカに」
「あ、すみません」
古代は榎本のからかいにも気づかずに、床を全力で磨き始めた。
「学生時代から知った古代と島が喧嘩したと訊いて、おまえら何やってんのかと、雷落としたいところですが」
「榎本さん……」
榎本の気遣いに、古代は苦笑いしてペコリと頭を下げた。
「元教官として、話を訊いてもいいですかな?」
「……島、苛立ってるみたいで。アイツ、メルダの言っていた先制攻撃は地球から、の話に異常なまでに反応して」
「ほう」
「感覚的なものですが、メルダは信じることが出来ると、自分は思います。その延長線上にガミラスとの友好関係もあるのかもしれない。
甘いですよね? 慎重派の島は、こんな俺を笑っているのかもしれない」
あくまで持論です、と古代は付け足した。
「古代、おまえ」
「はい?」
榎本は古代の手からモップを奪い、バケツの中に放り込んだ。
「おまえだって、理屈で割り切れん思いをしてきただろう? お兄さんも……」
「そうです。だけど、自分はもう吹っ切れています」
「そうか? 自分はなにもかも失って、それなのに、もうなんともないのか」
「えっ?」
「おまえは、物分かりが良すぎる。ああ、もちろん、軍人たる者、そうでなくてはならんからな」
榎本は、モップの水を絞り切り、古代に手渡して言った。
「若いってのはいいことだ。お前も島も、ぶつける相手があるのはな」
榎本が何を言わんとしているのか、古代は気付いたようだった。
「お、ここの掃除はもういいぞ。ハンコ押しとけ。それはあとでデスクに戻しとけ」
「榎本さんっ、あのありがとうございました!」
榎本が出て行ったあと、すぐに次の掃除に取り掛かる気もなくて、古代はゼロのコクピットの中で
ハーモニカを取り出し、薄暗いそこで兄を思い出していた。
――父さんから貰ったものだ。これはお前が持っていろ。
(ああ、兄さん。俺、まだまだだよな)
スゥと息を吸い込んで、マウスピースに吹き込んだ。
榎本は通路で森船務長とすれ違った。
榎本が思った通り、彼女は第一格納庫に用があったようだ。
すれ違いざま、「先客ありですよ」と古代が居ることを告げてやると、雪は「美化任務を遂行しているか確認なんです」
と頬を赤らめながら答えたのだった。
*****
榎本の言葉通り、ゼロの方から彼のハーモニカが聞こえている。
どこか寂しげなメロディは、以前確か赤道祭の終わりに、観測室で聞いたものだ。
家族が居ない雪は、古代の吹くハーモニカが彼が家族を探しているように聞こえて切ない気持ちになるのだった。
『私はここに居るよ。私でよければ話を訊くよ』
そんな気持ちにさせられるのだ。
雪はわざと大きな声で彼に話しかけた。
「罰当番は終わったかなあ?」
ぴたりと演奏が止み、自分の姿を見とめた古代が「もうピッカピカ」とおどけて返事をする。
昇降台を上り切ったところに腰をかけて、古代を覗き込むと、意外と彼は穏やかな顔をしていた。
「また吹いていたんだ?」
ハーモニカのことを指摘すると、古代は「ああ。なんか、こう。気が紛れるんだ」とハーモニカを手の中で回しながら答えた。
何か話して勇気づけたい、と雪は咄嗟に「私も山本さんみたいにかっこよく飛べるかな?」と思いついたことを話した。
「ダメでしょ」
彼は即答する。
反応の速さにほっとしながらも、「ダメってなによっ!」と剥れたのだった。
いつものようなやりとりに、ほっとしたのは自分の方だったのに、
雪の膨らんだ頬を見て、古代が呟くように言った。
「本当は、心配して来たんだろ?」
心の中を見透かされたように思えて、雪は返答に詰まってしまう。
「古代君……」
「本当は俺だって、あんな噂信じたくない。兄さんは死んだ。自分の事を囮だったとも知らずにね」
柔らかだった表情が、一瞬険しいものとなって、それからまた優しい目になった。
彼は言うのだ。
「そんな顔するなよ」と。
どうして?
それを言うのは私だったはずだよ?
あなた、家族を想ってハーモニカを吹いていたんでしょう?
雪の胸に様々な想いが押し寄せては引いていった。そのどれもが本当で、正直な気持ちだったが
この場で、それを口にするのが、ふさわしいとも思えなかった。
「もう整理はついた。今は沖田艦長を信頼している」
そう話す古代は穏やかな表情を雪に向けている。
「あいつには守るべき家族がある。それがちょっと羨ましい」
古代は天井を見ながら、自分がどうして島に対して羨ましいと思ったのか考えていた。
「家族は……新しく作れるよ」
「えっ?」
雪は、嬉しかったのだ。古代が本音を自分に漏らしたことが。
古代は他人に滅多に弱音は吐かないし、愚痴をこぼす様なこともない。
だから、ひとりでいるときにハーモニカを吹いて、気を紛らわせている。
言葉に出来ない想いを一人で抱えて。
「この艦の皆が家族」
雪の言葉に、古代は微笑した。
「ああ。そうだな」
古代には古代なりの、家族を失った悲しみがあり、島には島の悲しみがある。
榎本に話すまでは、自分のそういった気持ちに気付けなかったのだ。
売り言葉に買い言葉で、島に八つ当たりしてしまったのだと思った。
自分にはないものを、羨ましいと思う気持ち。望んでも、それは二度と手に入らない。
親友に八つ当たりしても仕方ないのに。
自嘲めいた言葉は、自分でも予想していなかった。
それを、雪の前でぽろりと零してしまい、少し恥ずかしくなっていた。
すると、思いがけない答えを彼女はくれたのだった。
ハーモニカを吹いて答えを探していた自分に。
雪が。
(そうか。失くしてしまったとばかり思っていた。だけど違うんだ)
「俺、次の掃除に行くよ。ありがとう、森君」
「私は……罰当番の見回りで来てみただけよ」
古代が立ち上がったのを見て、雪は後ろ向きになり、昇降台を降りる。
先に降り切った雪が、カツカツと靴を鳴らして格納庫を出て行く。
古代は、モップとバケツを手に取りながら、彼女の後姿に見惚れていた。
2015 0523 hitomi higasino
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管理人 ひがしのひとみ
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