愛しさの源

「失礼します。森船務長、入ります。」
予期せぬ突然の入室者に、新見薫は、手を止めて、時計に目をやった。いつの間にか、赤道祭終了の時刻が迫っている。
「どうしたの。交信に、なにか問題でも?」
乗組員が交信するにあたり、技術科と船務科は何度か協議した。親しく言葉を交わしたこともない彼女が、わざわざ技術科にくる理由は、それしか考えつかない。
「いえ。おかげさまで、順調です。新見さん、おしゃってましたよね。交信するのは最後にするって。」
そういえば、そんなことを言ったかもしれない。ヘリオポーズに近づけば近づくほど、地球との交信状態は悪くなる。こうした状況下では、下の者優先、上官は最後でと。
「何度かメールもしたのですが、返信なかったので…。希望者は、みな終わったようなので、よろしかったら、と思いまして。」
「わざわざありがとう。」
地球との交信。そんなもの、正直、すっかり忘れていた。家族との別れは、出立の時に済ませている。地球をでて、まだ10日。あらためて別れをいうほどの時間ではない。
「なに? まだ、なにか。」
用が済んだのにもかかわらず、退出しようとしない森雪を、薫は、怪訝そうにみる。
「いえ、あまり時間がないので、交信先を教えていただければ、準備しておきますが。」
…若いんだわ。そして、任務に一所懸命…。それは、よくわかる。でも…
「あなた、まだ通信していない士官に、そういって聞きまわっているの?」
「えっ?」
「船務長だからって、そこまで気にする必要があるのかしら。交信するもしないも、本人の自由でしょ。ご厚意はありがたいけど、ちょっとよけいなお世話、かも。」
薫の言葉に、雪の表情が、少し強張る。それでも、自分から視線を外そうとしないのは立派か。士官学校出ではないらしいが、船務長を拝命しただけのことはあるらしい。
「すいませんでした。想定より交信希望者が少なく、時間に余裕ができたので、遠慮なさっているなら…って、思ったものですから。失礼します。」
頭を深く下げた後、雪は、踵を返し、今度こそ、部屋を退出する。
(ちょっと、いじめすぎたかな。)
彼女の若さが、任務への一途さが、まぶしすぎたのかもしれない。
薫は、机から写真を取り出す。防大の学生だった頃の、薫と真田と、古代守。3人で撮った、唯一の写真…
「いつも持っている。どこに帰るのか、確認するために。」
守の制服の内ポケットから、同じものを見つけた時、からかう薫に、彼はそんな気障(きざ)なことを言ったっけ…
彼のゆきかぜが、エンケラドゥスで見つかった、ということは、地球に帰ろうとしていたのだろう。最後まであきらめずに。そして、そこに、遺体はなかった。
もしかしたら、今、地球と交信して、彼のいつもの端末を呼び出せば、あの声が聴けるのだろうか。
帰るのか遅くなった、ヤマトに乗り損ねた、ごめん、と。そして、今度は、自分が地球で待っていると。
ピッピッ 薫の端末が、呼び出し音をたてる。一瞬、ドキっとするが、発信元が、相原通信長であることを確認して、思わず苦笑する。なにを思っているのだろう。確率を考えたら、ありもしない現実なのに。
「はい、新見です。」
「すいません。地球の芹沢軍務長から、情報長宛に通信がありましたが、どうしますか。」
「すぐ、行きます。」
ため息をついて、薫は立ち上がる。
そう、これが現実。3人で過ごした時間は、もう思い出の中にしかない。
真田が道を示し、守が後ろから押してくれる…。そうしてくれれば、迷うことなどないのに。
イスカンダルへ行くのか、第二の地球を見つけるのか…。
答えはまだでない…








「ふう・・・。」
厨房そばの一室で、オムシスから上がってくるデータをチェックし終えると、平田一の口から自然と安堵のため息が漏れた。一抹の不安があったのだが、なんとか、無事に赤道祭を終了できそうだ。
「お疲れ様です。」
「船務長。」
入室してきた、船務長の森雪を認め、平田は、席から立ち上がる。年は下、とはいえ、彼にとっては、一応、上司だ。
「オムシスは、いかがですか。」
「問題ありませんよ。今の時期に、いろいろ試せて、逆によかったです。」
太陽系を離れるにあたり、艦長が、乗組員に地球との交信を許可する。それにからめ、船務科としては、艦内融和と士気の向上を図るため、簡単なパーティを提案したいので、どれほどのことができるか、見積もってほしい、と、船務長から言われたのは、わずか4日前だ。
正直、平田は、心であとずさった。まだ地球をでてから日が浅い。オムシスの運用も、手探りの状態だ。今後の長い道のりを考えても、まだ、無理をすべきではない…。が、あの船務長の強い視線が、その反論を、言葉にさせなかった。
全体の計画に1日。実際の準備に1日。そして、太陽系赤道祭、と、名打たれた本番。船務科にとっては、メ2号作戦より、忙しい3日間だった…
「あの…、いろいろ、ありがとうございました。一言、お礼をいいたくて。」
森雪は、平田に相対して、深々と頭をさげる。
「主計長の協力なくては、今回の赤道祭の成功はなかったです。」
「頭をあげてください。そんなことないです。」
…確かに、当初、船務科の乗組員たちは、冷ややかだった。
配属されて、まだ十日、とはいえ、みな、軍隊という狭い世界からの選抜メンバーだ。どの部隊にいた、いつ士官学校をでた…。みな、お里がしれている。平田にしても、士官学校に編入し、軍に身を置くようになったのは、経営専攻の大学時代、イズモ計画の後方支援のエキスパートとなるべく、土方から声がかかったからだ。
ヤマト計画の中心の第9課所属していた、という以外、背景がわからない彼女が、いきなり船務長…。
お手並み拝見、という、雰囲気があったとしても、仕方なかろう。
が、それを覆したのは、彼女自身の力だ。
計画の立案のみならず、実行に移すための段取り。さりげなく、メ2号作戦成功にわく戦術科を引き合いにだし、赤道祭成功、という一つの目標にみんなを向かわせる…。どこかぎこちなかった船務科も、おかげで、まとまりがでてきた、と平田は思う。
「私は、なにもしていません。すべて、船務長の力ですよ。」
まだヤマトに乗り込む前、土方司令から引き合わされた、初対面の時を思い出す。
「彼女は、作戦9課所属の森雪だ。いろいろ考慮した結果、今回、船務長は、彼女にやってもらうことになった。ただ、彼女は、電探関係が専門で、後方支援の関係は、明るくない。君には、主計長として、全面的にバックアップしてやってほしい。」
長期航海の日常生活全般を統括する、船務長の任は平田で、という話だったが、寸前に変更になったらしい。
大人の事情で変わる人事など、よくあることなので、別に釈明でもなかろうに…、と少々うんざり思った平田だったが、
「私には、事故で、1年以上前の記憶がありません。」
と、挑むように、真っ直ぐに自分を見据えて、彼女が放った言葉には、さすがにびっくりした。
「もし、貴方から見て、私が船務長の任に不適格であったなら、いつでも言ってください。」
えっ、と、戸惑っているうちに、よろしくお願いします、と、右手が差し出され、反射的に、自分もそれに倣った。
あの時の強気な態度は、けして、伊達ではなかった…
「ここだけの話、船務長、なんて、自信なかったんです。だから、本来、船務長だった平田さんに、そう言っていただくと、ほっとします。」
肩をすくめて、彼女がふっふっと柔らかく笑う。
「自信満々、にみえましたけど。」
「はったり、ですよ。経験則がないので、逆に開き直っているだけです。でも…。」
彼女が珍しくいいよどむ。
「ちょっと考えてしまいました…。今回、地球との交信を希望しなかった方が、少なからずいたんです。何度か、案内のメールや艦内放送はしたんですが…。この間のM号作戦で、肉親を亡くされた方だっているでしょう。交信相手のいない方も…。そんなことも思い至らず、よかったのかしら。赤道祭なんて、お祭り騒ぎをして…って。」
迷うように続けた言葉に、平田は、船外作業に従事していた同期の男を思い出した。
兄を亡くして、天涯孤独になったあいつも、交信しなかっただろう…。それでも、さっき、すれ違った時は、いい顔をしていた、と思う。
イスカンダルへ。地球を救うために。
今、待つ人がいてもいなくても、そこに、想いの源がある…
「太陽系という故郷を離れることは、みな同じですよ。赤道祭の間、みんな、それぞれの形で、別れと再会の約束をした…。そう、私は思います。」
「…そうですよね…。」
平田の言葉に、彼女は小さく笑った。少し淋しそうに見えたその顔に、彼女には、愛しさに繋がる記憶がなかった、と思い至るが、それ以上、なにか言うことはよけいなことだろう。
「船務長は?」
かわりにすすめてみる。船務長として、祭り全体を仕切っていた彼女に、時間があったとは、思えないから。
「あと10分ほどで、赤道祭も終了です。最後ぐらい、自分のための時間を過ごされたらどうですか。」
「でも…」
「会場の片付けぐらい、私でも、指揮できますから。」
平田はそのまま部屋のドア近くに立ち、彼女にも、退出をうながす。通路に出ると、最後まで祭りを楽しむ乗組員達の声が、まだかすかに聞こえている。
「後方展望室なら、太陽が見えるはずですよ。」
その近くには、地球があるはずだ。
「ありがとうございます。あと、お願いします。」
そういって、もう一度頭を下げて、彼女は、平田とは逆の方向へ、歩いていった。その先は、もう、彼女の世界で、自分が関知するものではないだろう。
「さてと。」
平田も食堂に足を向ける。自分の別れの儀式はもう済んでいる。あとは、前に向かうだけだ。
イスカンダルへ。そして、必ず、帰ってくる…




夢見月*お題はこちらでお借りしております


2015 0629 とまみ

◇◇◇


とまみ と申します。

今回、ひがしのさまにお声をかけていただき、お歴々の並ぶ中、ずうずうしくも末席に加えていただきました。
この後があの展望室ね~、と、連想していただけたら、嬉しいです。
でも、実は、楽しかったのは、いけずな新見さん、だったりして^^

つたない作品をお読みいただきまして、ありがとうございました。
ひがしのさま、いろいろありがとうございました。







*****

とまみさまから届いたSSです。

雪を絡めた平田さんと新見さん視点のお話です。
それぞれの「愛しさの源」ですが、


新見さんのお話も、使命を全うしようとする彼らの強い気持ちがあるからこそで、
そんな雪と自分の今を対比できるようなお話だと思いました。

平田さんv
雪の懸命に任を全うしようと気持ちが、伝わってくるお話でしたv
古代君以外のキャラで、平田さんあたりと絡ませて語るのは説得力があります。
こうやって少しずつクルー同士の絆も深まっていったのでしょうねv
とまみさん、素敵なお話ありがとうございました!


hitomi higasino



























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