『人気ショコラテイエのピエール・ロイエ氏、もうすぐ登場致します!』
グレーのスーツを着た中年男性のよびかけに、その場に居た女性たちが
悲鳴に近い歓声を口々にあげた。
「嘘! ほんと?」
「きゃー。あのイケメンショコラティエが?」
「絶対会わなきゃ!」

本日は特別な日。日本でももはや国民的イベントと化した、恋人たちのお祭りだ。
そして、ここは、とあるバレンタインチョコの売り場会場。
普段なら、流行ものにそこまで敏感でない雪だが、古代と付き合いだして初めてのバレンタインデー。
初々しい恋人たちのイベントとして張り切らないわけにはいかない。
「古代君にチョコレートを渡して、甘いデートをするの」
というのが、彼女の目下の願いだ。




ピエール・ロイエと言えば、今年日本初上陸の超人気ショコラグティックだ。
雪はその情報を、岬や未来から仕入れたところだった。
「ベルギーではここのチョコのことを<プラリネ>と呼ぶそうよ。それでね、クーベルチュール専門店ではここの特徴的なホットチョコを飲むこともできるんだって。古代君、あとで一緒に行こうよ」
「いいよ」
専門用語の名称には、興味が持てなかったし、なにより甘ったるいこの空気は、人をわけのわからない高揚感で包む。

古代は、雪の舞い上がり方が可愛いとは思ったが、この場に、自分は長居できないと思っていた。

「あんまり乗り気じゃない?」
「うーん、俺あんまり甘いもの得意じゃないしな。俺が好きな甘いものは雪の……」
古代が雪の耳に囁こうとした時、前の方から、フラッシュが一斉にたかれた。
「ピエール・ロイエさんです! 皆さん拍手を」
キャーーーー!!!
スピーカーから最初に聞こえてきたのはぼそぼそとした外国語だった。それを追いかけた女性たちの歓声が、古代の言葉を遮った。
人の波が一気に押し寄せる。
古代と雪が周りを見渡している数秒の間に、二人は別々の波に飲みこまれてしまった。
「ゆ、雪っ!」
「古代君!」


突如として目の前の道がぱっと開けた。
「あ……」

雪ひとりだけが、そこに放り込まれてしまったのだ。

青い眼、金色の短髪。うっすらと生やした無精ひげの下は、
身にまとった真っ白なコックコートよりも眩しいくらいの笑顔。
彼は躓いた雪に手を差し出したのだ。
「ダイジョウブデスカ」
隣にいる日本人通訳より早く発せられた、ヘッドセットマイクを通した有名ショコラティエの言葉に
雪は頬を赤らめた。
「あ、ハイ……」
咄嗟に、雪は彼の手に自分の手を重ねた。



「ゆきっ、大丈夫か!」

少し遅れて飛び出してきた自分の目前で、知らない外国人の男が、どうしてだか恋人の手を握っている!
「あんたっ、なんで雪の手を握ってるんだ?」
事の成り行きを知らない古代は、憤慨せずにいられない。つかつかとショコラティエの目の前まで近寄った。

「*********」
ショコラティエは額に脂汗を滲ませて、隣の通訳に何かを囁いた。
通訳はこくりと頷き無感情にこう話した。
「お客様、お怪我が無くてよかったです」
「あの、ありがとうございます」

握られていた手を解いた雪は、今度はその肘で、軽く古代を突いた。退散を命じたのだ。

「+++++++++」
ショコラティエは、楊枝に刺したプラリネを、雪の後ろに列をなしていた女性たち向けて何かを言うと、
彼女たちは、一斉にそちらに向かって動き出した。
「どうぞ、少量ですがお味見してください。こちらは人気のプラリネシリーズの……」
通訳の言葉も掻き消されてしまうほどの彼女たちのパワー。
この会場にいるのは、ほとんどが女性だ。殺気立っている彼女たちに、古代は、つまはじきにされた。


人の波が引くと、そこには古代と雪以外誰も居なくなった。

「すごい影響力だな」
これには古代も苦笑せざるを得なかった。

「ホットチョコレートはまた次の機会にしよう」
さっきの雪の態度も面白くないし、そもそも自分は甘いものは得意じゃないんだ、と古代は言いたい。
けれど、雪の残念そうな顔を見ると言えなくなってしまう。
「俺の好きな甘いものは」
古代の言葉に被せるようにして、雪は彼の胸に頭をもたせ掛けた。
会場から降下するエレベーターの乗り込んだのは、二人だけだった。
「残念だったなあ。ロイエのプラリネは、女の子の舌を溶かすほど甘いって噂なの。古代君にも味わってほしかったな」

上目使いで見上げてくる雪に、古代の心臓はドキドキと早鐘をうつ。

「君の舌を蕩けさせるのは、ロイエじゃなくて、俺の役目……」


甘い吐息が頬にかかるほど、顔を近づけて。



一口もチョコを口にしなかったこの日の二人だが、チョコレートの香りにも催淫効果はあるようだ。
こうして二人の甘い夜は始まった。



*******
ベタなタイトル^^;;;

2016 0127 hitomi higasino








スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。

拍手