「Counting Stars~星を数えて」
<格納庫にて>
古代と山本
ドアが開く音がする。誰か、と問わなくてもその足音で古代だとわかった。
「おっ、山本か。がんばるなあ。自分で整備しているのか?」
昼休みの休憩時間を持て余す山本は、時々格納庫でゼロの機体を磨いたり、整備を行っていた。
オフの時間が合うと、こうやって戦術長と会うこともたまにあった。
「自分が乗る機体は、自分で見ていたいんです」
「そうか」
古代はいつもの笑顔を自分に向ける。その姿は凛々しく冷静でいながら、自然体だ。
気負いや構えているところが感じられない。しかしいつものような快活さに欠ける気がして
山本は視線を手元の計器から古代に移した。
「どうかしましたか?」
「うん? どうかとは?」
「あ、いえ。なんだかいつもより元気がないように見えたので」
「飯食ったあとだから、眠くなっただけだよ」
「それならいいんです」
山本は、口角をあげて古代に向かって微笑んだ。
「君も、がんばりすぎるなよ」
「そんなことないです。この間も雪さんに言われましたけど」
「森君が? 君に?」
「がんばりすぎると、身体によくない、と」
「森君が言うんだから、そうなんだろう。山本、君は根を詰める癖があるんじゃないか?
整備もそのくらいにして、あとは休養したほうがいい」
「いえ! 大丈夫です。私は、そんなに軟じゃありませんから!」
「山本、そういうところだよ」
古代は、ふっと息を吐きポンと山本の肩を叩く。
「あ、すみません。私偉そうなこと言ったりして。気を付けます」
「そんなこと気にしてないよ。な? 展望室でコーヒー奢ろうか?」
ついムキになって、上官である古代に対して声を荒げてしまったと、山本は反省する。
「いえ、お気持ちだけで。部屋で昼寝してきます」
展望室で、しばしば談笑する古代と雪を見かけていた山本は、素直に彼の
申し出を受け入れられない。
素直になれない自分を残念に思いつつ、工具を片付け始めた。
「雪さんに、私は大丈夫ですとお伝えください」
「わかった。ゆっくり休んでこい」
やはり、古代はどこか疲れてみえる。そう思いながらも、山本はコクピットから飛び降りて
彼に一礼して格納庫を後にした。
*****
<医務室にて>
雪と真琴
「原田さん、鎮痛剤ある?」
「雪さん、また頭痛ですか?」
ここのところ、雪は多忙で自分の時間すらまともに取れていなかった。
「雪さん働き過ぎなんじゃ? ほら。首から肩甲骨にかけてがちがち」
「うーん。そんなことないんだけど」
「百合亜ちゃんに、つかまってたんでしょ? あの子『今日は雪さんに相談するんだー』
って息巻いてましたから」図星を指されたのか、雪はえへへと笑って言葉を濁した。
「薬に頼っちゃだめですよ。ほら、ここ」と、真琴はベッドを指さした。
「うつ伏せになって寝てください」
「え? 何するの?」
「心の治療です。さあ」
遠慮がちに、簡易ベッドに横になった雪の背中を、真琴は優しく撫でる。
「わ、これ、ダメだわ。雪さん本格的にやっちゃおう」
「え? これでいいわよ?」
「ダメダメ。今誰も居ないし。やっちゃうなら今ですよ」
真琴はそう言いながら、雪の艦内服をするすると脱がしにかかり、上半身を剥いてしまった。
バスタオルで背中を覆い、そしてホットタオルを首筋にあてた。
「どうですか?」
「わあ。気持ちいい」
そう言ったきり無口になった雪の背中を、真琴はゆっくりと押していく。
肩の凝りが溶けてなくなる。ホットタオルの温かさもそうだけど、真琴の掌の温かさが
身に染みていくようだった。気が付くと、雪は涙を流していた。
「雪さん?」
「ごめんなさい、私どうしちゃったんだろう? 何も悲しいことなんてないのに。おかしいなあ」
雪は泣き笑いの顔になって真琴に詫びた。
「いいんですよ。雪さん、それ、心が疲れてたんです。ほぐれて涙になっただけですから」
「原田さん、優しいのね」
「誰かに、抱きとめてほしいってサインです」
「え? そんな。私、子どもじゃないのよ?」
「大人でもそういう時ありますって。ほら。こうやって抱きしめると、どうですか?」
「あ」
これではまるで子どもだ。雪は恥ずかしがって体を離そうとしたが、真琴の労わるような
優しい手の動きを、どこかで懐かしいと感じている。
「私、誰かにこうやって抱いてもらったこと、ないから」
雪は恥ずかしさのあまり、真琴に言い訳をする。
「じゃあ、私が、エンケラドゥスで見たのは一体何だったんですか?」
「は?」
「古代さんと抱き合ってたじゃないですか?」
「え、え、あれは! そんなんじゃないわよ。見てたんなら知ってるでしょ?」
真琴のからかうような視線を遮って、雪は慌てて飛び起き、艦内服を着る。
「うちより、新見さんのところ行きかな?」
「ここじゃダメかな? 原田さんのところに来ちゃだめかな?」
飾らない真琴の人柄に、いつしか雪も心を開いている。
「まさか! いつでもどうぞ。私でよければ、雪さんをほぐして差し上げます」
「ありがとう」
ファスナーを上げきったところで、雪は真琴に礼を言った。
*****
<医務室前の通路で>
古代と雪
「あれ? 森君? どうした? どこか悪い……」
彼女は泣きはらした目を古代にみられないように視線をはずして「ううん」と否定した。
「なんでもないの。内緒よ、古代君。ちょっとだけ原田さんのところでさぼっちゃってたから」
医務室からすぐの通路だ。雪の体調が悪くなったのかと、古代は心配したのだ。
「君の方ががんばりすぎてるんじゃないの?」
「なんの事?」
「山本が言ってたよ。君に頑張りすぎると体によくないよって言われたって」
「…仲いいんだ。山本さんと」
「格納庫でゼロの整備しようとしたら、山本が先に居てさ。あんまりがんばりすぎるなって
言ったら、森君にも同じ事を言われたって」
「彼女、がんばってるのはよくわかるの。凄腕なのも素人目にも歴然だしね」
「ああ。凄腕だよ、山本は」
「古代君だって、凄いと思うよ」
「え? 俺?」
まさか自分を褒めるだなんて、思いもしなかったのか、古代は呆けた顔になった。
「うん。専門的なことはわからないけどね」
そういって雪は舌をぺろっと出す。
「厳しいなあ、森君は。でも君は事実しか言わないからな。褒めて貰ったことにしておくよ」
古代も雪の態度に合わせておどけて見せた。
医務室前なので、誰かしら二人の横を通り過ぎる。その度に古代と雪は、狭い通路を
人ひとり歩けるスペースを作った。昼食を終えると、展望室でお茶を飲みながら、話をするのが
ここ最近の日課になっていた。食堂にいつもは見かける雪の姿がないのを、古代は不思議に思いながら
怪我をした部下の様子を訊くために、医務室に立ち寄ろうとしていたのだ。
「皆生き抜いていくために精一杯。私もそう。だけどやらなくちゃ。前向くしかないよ」
「ああ。絶対に成し遂げる」
「そうよ。古代君の凄いところはそこ」
「え? 俺の凄いところ?」
雪は勿体ぶった言い方をして、そこで言葉を切って、得意げに彼を見た。
「根拠のない自信!」
「えええーー」
古代は、へなへなと通路にへたり込みそうになった。
「それ、本気で褒めてるの?」
もっとポジティブな意見が聞けるかと思ったのに、と古代は少し気落ちしながら雪に尋ねた。
「もちろん、本気よ。古代君は凄いよ」
「そうなの? からかってるとしか思えないんだけど」
「そんなことないよ。ね、聞いて」
と、雪は話しはじめた。それは以前にも彼に伝えたことのあるエンケラドゥスでのことだ。
「古代君には任務だからって言われちゃったけど、それでも、私嬉しかったんだよ。あんな風に
守ってもらえて」
「ああ、あの時は、あれで必死だったんだ」
「うん。だけど、古代君ってさらっと言っちゃうんだもん。任務だからって。それにあんな風に」
「あんな風って?」
「嬉しかったんだ。私ね、記憶がないから、知らないんだ。人と触れ合うってこと」
言いにくそうに、雪はわずかに頬を紅潮させて言う。
「嬉しいっていうか、普通にスキンシップに慣れてる古代君が羨ましかったっていうのが本心かな。
ほら、島君と肩たたきあったり。拳骨こつんってしたりして。そういうところ
さらっと出来る古代君が羨ましかった。私は、どこか気後れしちゃってる部分があるんだよね
でも古代君はそれを普通にやり遂げちゃうの。さらっと任務だって言いきっちゃう。それは自信
のある証拠よ。自分を信じてる証拠」
なんだかよくわからないが、きっと雪は本気で褒めてくれているのだ。古代はそう思うことにした。
「じゃあ、握手」
「え?」
「スキンシップ」
古代は、右手を彼女に差し出した。大真面目に。雪が照れていることなんてわかりもしない。
「……。羨ましいとは言ったけど、別にそんなつもりで言ったんじゃないわ」
雪は差し出された掌を、パシっとたたいて笑った。
「これで、おあいこか。初めの挨拶で、俺、君の握手を断ったんだろ。こんな感じだったかな」
古代は、出した手をバツが悪そうに引っ込めたが、心は軽くなっていた。
(そうか。根拠のない自信か)
もともと楽天的な考えを持つ兄に影響されて、どちらかというと悲観的になるよりも
楽観的な思考にあると自分でも思っていたが。そんな自分が、知らず知らずのうちに戦術長
という重責に押しつぶされそうになっていたのかもしれなかった。ゼロを磨くかハーモニカを
吹くかをして気を紛らわせることが最近は多くなったと自己分析してみて、気が付いた。
「私は、これからお昼の休憩なの。古代君は?」
「ああ。俺はもう食ってきた。このまま艦橋に戻るよ」
「あら? まだ時間はあるのに?」
「うん。なんだか気分がいいから」
「そう。じゃあ、私、行くね」
「ああ。あとでな」
医務室から出てきたばかりの雪は、どことなく元気がないように見えたのだが
今の彼女はそれを取り戻したようにはつらつとしている。
それは、彼女のロングヘアが背中で揺れる様子をみるだけでなんとなくわかるのだ。
(よかった)
古代は雪の背中を見送りながら、口の端を上げた。
*****
<後方展望室にて>
雪と島
「あれ? 森君、何してるの?」
「あら、島君。お疲れ様。そろそろ交代の時間かな」
「いや。まだ早いよ。俺は、早めに替わっただけ。古代なら、もう」
「……古代君?」
「あ、いや、探してたのかと思って」
「私が? どうしてそう思うの?」
オレは内心シマッタと思ったが、そこは顔に出さずに、無言で森君の隣に並んだ。
少しの躊躇を伴って。
(綺麗だよな)
隣に並んでみて、改めてそう思う。艦橋にいる間は、そんなこと考える暇もないわけだけど。
古代が、あいつが森君とここで時々話している姿を見るにつけ、似合いの二人だなと思っていた。
ふと漏らした笑みに、森君はオレを覗き込んで、さらに問うた。
「ねえ、さっきの……どういう、意味?」
たじろぐ。あいつ、森君と話すときいつもこんなふうに見上げられてるのか。
「いや。古代と君が、ここでよく話し込んでたのを、何度かみかけたから。そうなのかと思っただけ」
ここで隣の森君をもう一度見る。彼女は右の眉を少し上げてオレの言葉の続きを待っていた。
「祈ってたでしょ?」
「あ、見てたのね」
「まあね。何をお祈りしてたの?」
そう言うと、森君は頬をバラ色に染めた。ああ。やっぱりそうなのか。
ただ相手があいつだけに、事の進展は遅いだろな。ヤマトが航海を終えるのと
古代が森君への気持ちに気付くのとどちらが早いのか。
きっと今頃当の本人は、戦術長席でクシャミしているはずだ。
「島君、私、サーシャさんに似てる?」
オレは(サーシャ? サーシャねえ)と思いを巡らせて、やっとそれが火星でみた
あのイスカンダルの女性だったことを思い出した。
「あ、ああ。似てると思うよ」
「そう」
森君はどこか嬉しそうだった。
(これは、もしかして?)
「その事、古代は何て言ってた?」
「えっ!?」
初めて森君と会った時の、古代の慌てぶりを思い出す。一瞬あいつは呆けたんだ。
親友のオレがそれを見逃す筈はない。滅多に人に隙ををみせないあいつが見せた素の部分だった。
「……古代君、変なこと言うんだもん」
「変って?」
「私に宇宙人の親せきがいるかどうかって」
「バカだなあ。あいつ。そんな風に君に訊いたの?」
「そう。変な事訊く人だなあって、思ってた」
「失礼しちゃうよな、あいつ。だけど、誤解を恐れずに言うと、本当に訊きたいと思ったから
そんなこと言ったんだと思うよ」
「私が宇宙人と親戚だって?」
あははは。いやーそうじゃなくってさ。
オレは大きく手を振ってそれを否定した。
「君がサーシャさんと似てるって言いたかったんだと思うよ。いきなりそれを言うのも失礼だと
思ったんだろ。で、余計君を怒らせた。古代なりに、気を遣った残念な結果だよ」
オレがそう言うと、森君も困ったような笑みを浮かべた。
*****
<後日、後方展望室にて>
雪
心が折れませんように。
私が私で、強くありますように。
そう祈る一方で、雪は淡い想いが心の片隅に陣取ってしまったことを自覚していた。
古代
珍しいと思った。一人で静かにいる姿が。
目が合えば、お小言かと身構えるほどではなくなったけれど、いつもなにか言いたそうにしていた。
静かに言葉を待つほど無口になって、そのうち話すことがなくても並んで立っていた。
だけど、この日の彼女は違った。ドアが開いた音にも反応しない。俺は踵を返し、展望室を後にした。
*****
<第一艦橋にて>
古代と島
「あれ? 珍しい」
艦橋に早めに戻ってきた親友は、交代要員の南部を席から退かせて、隣の席に座った。
古代は、「何が?」とこっちを見てオレに問う。
「珍しく一人で戻ってきたから。森君と一緒じゃないのか?」
何のことだかわからないとでも言いた気に、古代は「邪魔しちゃ悪いと思ったから」とそれだけ言って
前を見た。古代は、特に変わった様子もなくいつもの彼だった。
2014 0306 hitomi higasino
*****
3000キリリク マユコさま
古代君が雪を好きになる決定打 (12話くらいまで)みたいなリクだったんですけど;;
ああ、ごめんなさい;;決定打になってるかな;;
男って、自分を肯定してくれるとときめいちゃうかなあ~~~と思ったんです。
「根拠のない自信」って言葉はよくないかもしれないですけど
未来を信じる力というか、それを実現させていく力というか。
これって旧作古代君から2199古代君にも脈々と流れ、受け継がれ
ている不思議な力(=カリスマ性?)だと思います。
2199では、そこの部分、ちと弱い気もしないではないですが;
雪は、感じとっていたはず! と妄想しましたw
難しいリクエストでしたが、楽しかったです。ありがとうございました。
<格納庫にて>
古代と山本
ドアが開く音がする。誰か、と問わなくてもその足音で古代だとわかった。
「おっ、山本か。がんばるなあ。自分で整備しているのか?」
昼休みの休憩時間を持て余す山本は、時々格納庫でゼロの機体を磨いたり、整備を行っていた。
オフの時間が合うと、こうやって戦術長と会うこともたまにあった。
「自分が乗る機体は、自分で見ていたいんです」
「そうか」
古代はいつもの笑顔を自分に向ける。その姿は凛々しく冷静でいながら、自然体だ。
気負いや構えているところが感じられない。しかしいつものような快活さに欠ける気がして
山本は視線を手元の計器から古代に移した。
「どうかしましたか?」
「うん? どうかとは?」
「あ、いえ。なんだかいつもより元気がないように見えたので」
「飯食ったあとだから、眠くなっただけだよ」
「それならいいんです」
山本は、口角をあげて古代に向かって微笑んだ。
「君も、がんばりすぎるなよ」
「そんなことないです。この間も雪さんに言われましたけど」
「森君が? 君に?」
「がんばりすぎると、身体によくない、と」
「森君が言うんだから、そうなんだろう。山本、君は根を詰める癖があるんじゃないか?
整備もそのくらいにして、あとは休養したほうがいい」
「いえ! 大丈夫です。私は、そんなに軟じゃありませんから!」
「山本、そういうところだよ」
古代は、ふっと息を吐きポンと山本の肩を叩く。
「あ、すみません。私偉そうなこと言ったりして。気を付けます」
「そんなこと気にしてないよ。な? 展望室でコーヒー奢ろうか?」
ついムキになって、上官である古代に対して声を荒げてしまったと、山本は反省する。
「いえ、お気持ちだけで。部屋で昼寝してきます」
展望室で、しばしば談笑する古代と雪を見かけていた山本は、素直に彼の
申し出を受け入れられない。
素直になれない自分を残念に思いつつ、工具を片付け始めた。
「雪さんに、私は大丈夫ですとお伝えください」
「わかった。ゆっくり休んでこい」
やはり、古代はどこか疲れてみえる。そう思いながらも、山本はコクピットから飛び降りて
彼に一礼して格納庫を後にした。
*****
<医務室にて>
雪と真琴
「原田さん、鎮痛剤ある?」
「雪さん、また頭痛ですか?」
ここのところ、雪は多忙で自分の時間すらまともに取れていなかった。
「雪さん働き過ぎなんじゃ? ほら。首から肩甲骨にかけてがちがち」
「うーん。そんなことないんだけど」
「百合亜ちゃんに、つかまってたんでしょ? あの子『今日は雪さんに相談するんだー』
って息巻いてましたから」図星を指されたのか、雪はえへへと笑って言葉を濁した。
「薬に頼っちゃだめですよ。ほら、ここ」と、真琴はベッドを指さした。
「うつ伏せになって寝てください」
「え? 何するの?」
「心の治療です。さあ」
遠慮がちに、簡易ベッドに横になった雪の背中を、真琴は優しく撫でる。
「わ、これ、ダメだわ。雪さん本格的にやっちゃおう」
「え? これでいいわよ?」
「ダメダメ。今誰も居ないし。やっちゃうなら今ですよ」
真琴はそう言いながら、雪の艦内服をするすると脱がしにかかり、上半身を剥いてしまった。
バスタオルで背中を覆い、そしてホットタオルを首筋にあてた。
「どうですか?」
「わあ。気持ちいい」
そう言ったきり無口になった雪の背中を、真琴はゆっくりと押していく。
肩の凝りが溶けてなくなる。ホットタオルの温かさもそうだけど、真琴の掌の温かさが
身に染みていくようだった。気が付くと、雪は涙を流していた。
「雪さん?」
「ごめんなさい、私どうしちゃったんだろう? 何も悲しいことなんてないのに。おかしいなあ」
雪は泣き笑いの顔になって真琴に詫びた。
「いいんですよ。雪さん、それ、心が疲れてたんです。ほぐれて涙になっただけですから」
「原田さん、優しいのね」
「誰かに、抱きとめてほしいってサインです」
「え? そんな。私、子どもじゃないのよ?」
「大人でもそういう時ありますって。ほら。こうやって抱きしめると、どうですか?」
「あ」
これではまるで子どもだ。雪は恥ずかしがって体を離そうとしたが、真琴の労わるような
優しい手の動きを、どこかで懐かしいと感じている。
「私、誰かにこうやって抱いてもらったこと、ないから」
雪は恥ずかしさのあまり、真琴に言い訳をする。
「じゃあ、私が、エンケラドゥスで見たのは一体何だったんですか?」
「は?」
「古代さんと抱き合ってたじゃないですか?」
「え、え、あれは! そんなんじゃないわよ。見てたんなら知ってるでしょ?」
真琴のからかうような視線を遮って、雪は慌てて飛び起き、艦内服を着る。
「うちより、新見さんのところ行きかな?」
「ここじゃダメかな? 原田さんのところに来ちゃだめかな?」
飾らない真琴の人柄に、いつしか雪も心を開いている。
「まさか! いつでもどうぞ。私でよければ、雪さんをほぐして差し上げます」
「ありがとう」
ファスナーを上げきったところで、雪は真琴に礼を言った。
*****
<医務室前の通路で>
古代と雪
「あれ? 森君? どうした? どこか悪い……」
彼女は泣きはらした目を古代にみられないように視線をはずして「ううん」と否定した。
「なんでもないの。内緒よ、古代君。ちょっとだけ原田さんのところでさぼっちゃってたから」
医務室からすぐの通路だ。雪の体調が悪くなったのかと、古代は心配したのだ。
「君の方ががんばりすぎてるんじゃないの?」
「なんの事?」
「山本が言ってたよ。君に頑張りすぎると体によくないよって言われたって」
「…仲いいんだ。山本さんと」
「格納庫でゼロの整備しようとしたら、山本が先に居てさ。あんまりがんばりすぎるなって
言ったら、森君にも同じ事を言われたって」
「彼女、がんばってるのはよくわかるの。凄腕なのも素人目にも歴然だしね」
「ああ。凄腕だよ、山本は」
「古代君だって、凄いと思うよ」
「え? 俺?」
まさか自分を褒めるだなんて、思いもしなかったのか、古代は呆けた顔になった。
「うん。専門的なことはわからないけどね」
そういって雪は舌をぺろっと出す。
「厳しいなあ、森君は。でも君は事実しか言わないからな。褒めて貰ったことにしておくよ」
古代も雪の態度に合わせておどけて見せた。
医務室前なので、誰かしら二人の横を通り過ぎる。その度に古代と雪は、狭い通路を
人ひとり歩けるスペースを作った。昼食を終えると、展望室でお茶を飲みながら、話をするのが
ここ最近の日課になっていた。食堂にいつもは見かける雪の姿がないのを、古代は不思議に思いながら
怪我をした部下の様子を訊くために、医務室に立ち寄ろうとしていたのだ。
「皆生き抜いていくために精一杯。私もそう。だけどやらなくちゃ。前向くしかないよ」
「ああ。絶対に成し遂げる」
「そうよ。古代君の凄いところはそこ」
「え? 俺の凄いところ?」
雪は勿体ぶった言い方をして、そこで言葉を切って、得意げに彼を見た。
「根拠のない自信!」
「えええーー」
古代は、へなへなと通路にへたり込みそうになった。
「それ、本気で褒めてるの?」
もっとポジティブな意見が聞けるかと思ったのに、と古代は少し気落ちしながら雪に尋ねた。
「もちろん、本気よ。古代君は凄いよ」
「そうなの? からかってるとしか思えないんだけど」
「そんなことないよ。ね、聞いて」
と、雪は話しはじめた。それは以前にも彼に伝えたことのあるエンケラドゥスでのことだ。
「古代君には任務だからって言われちゃったけど、それでも、私嬉しかったんだよ。あんな風に
守ってもらえて」
「ああ、あの時は、あれで必死だったんだ」
「うん。だけど、古代君ってさらっと言っちゃうんだもん。任務だからって。それにあんな風に」
「あんな風って?」
「嬉しかったんだ。私ね、記憶がないから、知らないんだ。人と触れ合うってこと」
言いにくそうに、雪はわずかに頬を紅潮させて言う。
「嬉しいっていうか、普通にスキンシップに慣れてる古代君が羨ましかったっていうのが本心かな。
ほら、島君と肩たたきあったり。拳骨こつんってしたりして。そういうところ
さらっと出来る古代君が羨ましかった。私は、どこか気後れしちゃってる部分があるんだよね
でも古代君はそれを普通にやり遂げちゃうの。さらっと任務だって言いきっちゃう。それは自信
のある証拠よ。自分を信じてる証拠」
なんだかよくわからないが、きっと雪は本気で褒めてくれているのだ。古代はそう思うことにした。
「じゃあ、握手」
「え?」
「スキンシップ」
古代は、右手を彼女に差し出した。大真面目に。雪が照れていることなんてわかりもしない。
「……。羨ましいとは言ったけど、別にそんなつもりで言ったんじゃないわ」
雪は差し出された掌を、パシっとたたいて笑った。
「これで、おあいこか。初めの挨拶で、俺、君の握手を断ったんだろ。こんな感じだったかな」
古代は、出した手をバツが悪そうに引っ込めたが、心は軽くなっていた。
(そうか。根拠のない自信か)
もともと楽天的な考えを持つ兄に影響されて、どちらかというと悲観的になるよりも
楽観的な思考にあると自分でも思っていたが。そんな自分が、知らず知らずのうちに戦術長
という重責に押しつぶされそうになっていたのかもしれなかった。ゼロを磨くかハーモニカを
吹くかをして気を紛らわせることが最近は多くなったと自己分析してみて、気が付いた。
「私は、これからお昼の休憩なの。古代君は?」
「ああ。俺はもう食ってきた。このまま艦橋に戻るよ」
「あら? まだ時間はあるのに?」
「うん。なんだか気分がいいから」
「そう。じゃあ、私、行くね」
「ああ。あとでな」
医務室から出てきたばかりの雪は、どことなく元気がないように見えたのだが
今の彼女はそれを取り戻したようにはつらつとしている。
それは、彼女のロングヘアが背中で揺れる様子をみるだけでなんとなくわかるのだ。
(よかった)
古代は雪の背中を見送りながら、口の端を上げた。
*****
<後方展望室にて>
雪と島
「あれ? 森君、何してるの?」
「あら、島君。お疲れ様。そろそろ交代の時間かな」
「いや。まだ早いよ。俺は、早めに替わっただけ。古代なら、もう」
「……古代君?」
「あ、いや、探してたのかと思って」
「私が? どうしてそう思うの?」
オレは内心シマッタと思ったが、そこは顔に出さずに、無言で森君の隣に並んだ。
少しの躊躇を伴って。
(綺麗だよな)
隣に並んでみて、改めてそう思う。艦橋にいる間は、そんなこと考える暇もないわけだけど。
古代が、あいつが森君とここで時々話している姿を見るにつけ、似合いの二人だなと思っていた。
ふと漏らした笑みに、森君はオレを覗き込んで、さらに問うた。
「ねえ、さっきの……どういう、意味?」
たじろぐ。あいつ、森君と話すときいつもこんなふうに見上げられてるのか。
「いや。古代と君が、ここでよく話し込んでたのを、何度かみかけたから。そうなのかと思っただけ」
ここで隣の森君をもう一度見る。彼女は右の眉を少し上げてオレの言葉の続きを待っていた。
「祈ってたでしょ?」
「あ、見てたのね」
「まあね。何をお祈りしてたの?」
そう言うと、森君は頬をバラ色に染めた。ああ。やっぱりそうなのか。
ただ相手があいつだけに、事の進展は遅いだろな。ヤマトが航海を終えるのと
古代が森君への気持ちに気付くのとどちらが早いのか。
きっと今頃当の本人は、戦術長席でクシャミしているはずだ。
「島君、私、サーシャさんに似てる?」
オレは(サーシャ? サーシャねえ)と思いを巡らせて、やっとそれが火星でみた
あのイスカンダルの女性だったことを思い出した。
「あ、ああ。似てると思うよ」
「そう」
森君はどこか嬉しそうだった。
(これは、もしかして?)
「その事、古代は何て言ってた?」
「えっ!?」
初めて森君と会った時の、古代の慌てぶりを思い出す。一瞬あいつは呆けたんだ。
親友のオレがそれを見逃す筈はない。滅多に人に隙ををみせないあいつが見せた素の部分だった。
「……古代君、変なこと言うんだもん」
「変って?」
「私に宇宙人の親せきがいるかどうかって」
「バカだなあ。あいつ。そんな風に君に訊いたの?」
「そう。変な事訊く人だなあって、思ってた」
「失礼しちゃうよな、あいつ。だけど、誤解を恐れずに言うと、本当に訊きたいと思ったから
そんなこと言ったんだと思うよ」
「私が宇宙人と親戚だって?」
あははは。いやーそうじゃなくってさ。
オレは大きく手を振ってそれを否定した。
「君がサーシャさんと似てるって言いたかったんだと思うよ。いきなりそれを言うのも失礼だと
思ったんだろ。で、余計君を怒らせた。古代なりに、気を遣った残念な結果だよ」
オレがそう言うと、森君も困ったような笑みを浮かべた。
*****
<後日、後方展望室にて>
雪
心が折れませんように。
私が私で、強くありますように。
そう祈る一方で、雪は淡い想いが心の片隅に陣取ってしまったことを自覚していた。
古代
珍しいと思った。一人で静かにいる姿が。
目が合えば、お小言かと身構えるほどではなくなったけれど、いつもなにか言いたそうにしていた。
静かに言葉を待つほど無口になって、そのうち話すことがなくても並んで立っていた。
だけど、この日の彼女は違った。ドアが開いた音にも反応しない。俺は踵を返し、展望室を後にした。
*****
<第一艦橋にて>
古代と島
「あれ? 珍しい」
艦橋に早めに戻ってきた親友は、交代要員の南部を席から退かせて、隣の席に座った。
古代は、「何が?」とこっちを見てオレに問う。
「珍しく一人で戻ってきたから。森君と一緒じゃないのか?」
何のことだかわからないとでも言いた気に、古代は「邪魔しちゃ悪いと思ったから」とそれだけ言って
前を見た。古代は、特に変わった様子もなくいつもの彼だった。
2014 0306 hitomi higasino
*****
3000キリリク マユコさま
古代君が雪を好きになる決定打 (12話くらいまで)みたいなリクだったんですけど;;
ああ、ごめんなさい;;決定打になってるかな;;
男って、自分を肯定してくれるとときめいちゃうかなあ~~~と思ったんです。
「根拠のない自信」って言葉はよくないかもしれないですけど
未来を信じる力というか、それを実現させていく力というか。
これって旧作古代君から2199古代君にも脈々と流れ、受け継がれ
ている不思議な力(=カリスマ性?)だと思います。
2199では、そこの部分、ちと弱い気もしないではないですが;
雪は、感じとっていたはず! と妄想しましたw
難しいリクエストでしたが、楽しかったです。ありがとうございました。
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プロフィール

管理人 ひがしのひとみ
ヤマト2199に30数年ぶりにド嵌りしました。ほとんど古代くんと雪のSSです
こちらは宇宙戦艦ヤマト2199のファンサイトです。関係各社さまとは一切関係ございません。扱っているものはすべて個人の妄想による二次作品です。この意味がご理解いただける方のみ、お楽しみください。
また当サイトにある作品は、頂いたものも含めてすべて持ち出し禁止です。
また当サイトにある作品は、頂いたものも含めてすべて持ち出し禁止です。