バラン攻略に成功し、一気に六万光年以上の行程を短縮したヤマト。
クルーたちの目前には、大マゼラン銀河が広がる。まずは目的の半分を達成したとの安堵から
彼らの表情は明るい。意識だけが覚醒した、ユリーシャ(岬の体を借りて)の存在も大きいだろう。
あとは一路、イスカンダルを目指す。






昼の休憩時、西条と雪は食堂の一角で話し込んでいた。
西条の相談を雪が受けている。手元には色紙折り紙で作ったたくさんの星、あみ飾り、わっか飾りなど。
幼いころに工作で作ったようなものが、山のように積み上げらレていた。
雪が傍らのダンボールに半分ほどを詰めると、西条は困ったような顔でこう言うのだった。
「私一人で、雪さんの代わりを全うできるか、このごろ自信ないんです」
「当分は二人で回さないといけないのよ。誰か、岬さんのかわりに少しでもシフト替わってくれそうな人
いればいいのだけど。西条さんは心当たりない?」
「それが……。私や岬さん以外に雪さんの代わりを務められそうな人って、なかなかいないんですよ」
「そうか。うーん。西条さんが苦しいときは遠慮なく言って。私がなんとかするわ」
「すみません……」
二人はそこまで話すと、手にしていたはさみをテーブルに置いた。
来月は七夕がある。食堂に笹飾りを作って、涼しさを演出しましょうという岬のアイディアから
西条と雪は、昼休憩の時間を使って笹飾りの準備をしている。当の岬は、本人の意識はない。
「ところで、雪さん、あのカードは雪さん担当するんでしょ?」
西条が言う、”あのカード”とはバースディカードのことだ。
ヤマト抜錨以来、少しでも艦内が明るい話題で、クルーたちを癒すことができれば、との思いから
船務科が音頭を取って、発信してきたものだ。この場合の”あのカード”とは特定の個人に宛てた
ものを指していた。
「あのカードって?」
雪は西条の意図に全く気付いていないのか、本気でわからないようだった。
「古代さんのですよ。来月でしょ? 古代さんのお誕生日」
ブッと雪が、ストローを吹く。グラスの中のジュースがぶくぶくと泡立った。
「えーと、そ、そうだっけ?」
「雪さん、月の初めの会議で、来月の誕生日リスト作った時に、じいっと見てたじゃないですか
戦術長の欄ばかり」
「そんなことないわ! 古代君の誕生日が七夕だったから、『あら珍しいわ。七夕生まれなのね』
って思っただけよ!」
「……古代さん、七夕生まれなんですね! じゃあ、これも一緒にお渡しすれば?」
西条は、目の前の山からその一つを取って、雪に手渡す。
「笹飾り?」
「短冊です。これに雪さんの気持ちをしたためて、戦術長に渡せば、雪さんの願いもきっと」
「何を言い出すのよ! わ、私は別に古代君のこと、す」
シマッタ! と唇を噛みしめる雪に、西条は「戦術長のカードは船務長担当っと」
持っていたタブレットから来月の誕生日リストを呼び出し、そこに雪の名前を入力したのだった。



古代は机の上のハーモニカを掴むと、展望室に向かって歩き出した。
(あれ?)
予想通り、そこに人影がある。森雪の姿がそこにあった。
窓の外に広がる景色に、手を組み、目を閉じて立っていた。
ドアの開閉音も無視したその姿は、畏敬の念すら抱かせた。
――森君。

古代の開きかけた唇から、その音は作られずに呑みこまれていった。
(特別な話があるわけでもなし)
そして取りだそうとしていたハーモニカも、もう一度ポケットにしまいこんだ。



展望室の雪は、誰かが来たことも気づいていない。一人になる時間をみつけては
こうやって星に祈りを捧げることがあった。
食堂での西条の言葉を思い出して、赤面する。
(違う、違う! 今私が願ったのは、そんな小さなことじゃないんです。次の戦闘で
誰も傷つきませんように……余裕がありましたら、私の願いも)

心の声が星に伝わってほしいという願いと、相反する一人の女性としての願いの狭間で
雪は嘆息する。そして思い直す。
(どちらも叶いますように)
二つとも選んでしまえばいい。だって天秤にかけられる願いではないのだから。
顔を上げた雪の表情は、晴れやかな笑顔に変わっていた。



大きな戦闘が迫っている。艦内は再びピリピリとした緊張感が高まっていた。
雪は、ここ最近ずっと休憩時間はここにきて、一人で居る時は星に願いを掛けていた。
それは、時として漠然とした人類の未来であったり、個人的な恋愛成就の願いであったり。
その時は、あるひとの無事を祈って。




古代が雪の姿を見かけたのは二度目だった。先日と同じく、後姿からも声を掛けられない雰囲気を
醸し出している彼女に、しばし声を失い戸惑った。
(話がないなら立ち去るべきだ)
今回もそう思い至って、ドアから出て行こうとすると。
「古代君だったの。誰かと思った」
背中に声を掛けられて、古代も振り返る。
「ああ。声かけそびれた」
「かけてくれて良かったのに」
「うん。なんとなくさ」
頭を掻きながら、古代は雪の横に並んだ。
「星に願いをかけるなんて、女の子はロマンチストなんだな」
「あら、古代君だって、その素質はあると思うわ」
「俺の? どこに?」
柔らかく微笑む雪はいつもの彼女だった。神々しいと思えた後姿とのギャップに、
古代は内心狼狽える。雪も古代にロマンチストだと言われて、心がざわめきだす。
しかしその気持ちを、彼に見せるわけにはいかない。
知らんふりをして、話を続ける。
「古代君、七夕生まれなんですってね。彦星と織姫の年に一度の逢瀬の日よ? そんな日に生まれた
なんて、ロマンの欠片を握って生まれてきたようなものよ。きっと」
「俺が? そんなの意識したことないな」
「小さい頃短冊を書いて、星にお祈りしたことくらいはあるでしょ?」
うーん、と古代は首を捻って考える。
「まだガミラスから攻撃を受ける前なら、書いた記憶があるんだけど」
「なんて書いたの?」
「なんだったかな? 『先生になりたい』とかなんとか」
「そうなんだ。古代君、先生になりたかったのね」
「体を動かすことが好きだったからさ。体育の先生になりたかったんだ」
古代は過去を懐かしむように、遠い目をして話した。
「思い出した。小さい子と一緒に短冊を書いてて、その子の短冊を手伝ってたから、笹に括りつけ損ねたんだ」
「古代君のことだから、自分の短冊より友達の短冊を括りつけてあげたのでしょう?」
「どうだったかな? よく覚えてないんだけど、次の日母さんに叱られたんだ。『ズボンのポケットに
色紙入れたまま洗濯したから、色移りした!』ってさ」
「ポケットにしまったまま忘れちゃったのか。それで古代君の願いは、お星さまに届かなかったってわけね」
「たぶんね」
「古代君らしいなあ」
「そう?」
「うん。自分のことより、他人の事心配して、自分は損してるイメージ」
「あー、それ当たってる……」
雪の冗談に、古代はがっくりと項垂れて見せた。
彼女の笑顔の横顔に古代は安心して、ついでに彼女の願い事を訊いてみようという気になった。
「ところで森君は、さっきなんてお願いしてたの?」
「えっ! 私? あははは」
「何だよ? 気になるな」
「気にしないで! なんでもない!」
「と言われるとますます気になる」
古代は覗き込むようにして、雪の瞳をまっすぐに見ていた。
何を言っても正直な気持ちが溢れてしまいそうだ。雪は、一つ深呼吸をして
自身を冷静に保とうと努力をする。
「あのね、私、古代君が」
「俺?」
「古代君が、織姫様と逢えますようにってお願いしてあげたのよっ!」
言葉の語尾がきつすぎた。恥ずかしさのあまり怒ったような口調になってしまった。
果たして自分は普段通りに話せているのか自信がなくて、雪は出てしまった言葉を後悔した。
「なんで、俺が織姫さまと?」
「古代君、鈍そうなんだもん。織姫さまが会いに来ても、古代彦星は気が付かなそうだから……」
「島によく言われるんだ。俺ってそんなに鈍感に見える?」
呑気に答える古代に、雪は若干苛立ちを覚え、開き直って続けた。
「今度こそちゃんと笹に括りつけて願いを叶えてね! 古代君だけ特別に、私から短冊飾りも
オプションでつけちゃうから!」
「オプションって何?」
「あ、お誕生日に、カードを書いて渡してるの。古代君、来月誕生日でしょ?」
「森君が俺の誕生日カード書いてくれるの? それは楽しみだな」
「普通のカードよ」
「普通がいいんだって」

雪は、自分にこんな顔を向ける古代に、期待してしまう。
どこかでそれは、自意識過剰かもしれないと思いながら。

「君の願いも叶うといい。そうだ。君の誕生日は俺がカード書いてやるよ」と古代は、言い
「私の誕生日は12月よ。きっと地球に帰還してる頃」と雪は答えた、
<地球に帰っても、会ってくれるの?>と、喉まで出かけた言葉を雪は引っ込めた。
『じゃあ、だめだな』
きっとそう言われると半ばあきらめて。
すると思いがけず、古代はいつもの調子でこう言ったのだ。
「いつ? ちゃんと覚えておくよ」
あまりにも普段の調子と同じすぎて、聞き間違えではないかと思いながらも、雪は答えた。
「24日。クリスマス・イブの日よ。忘れちゃうんじゃない?」
「森君が、短冊用意してくれるんだろ? そこにちゃんと書くよ。今度こそ」
古代が冗談なのか、本気なのか判断しかねた雪は、眉間に皺を寄せて言った。
「……なんて書く気?」

「12月24日に織姫とあえますように」
まさかの古代の言葉に、雪は彼ににじり寄った。
「今の! ねえ、どういう意味? 古代君っ!」
古代の意味ありげな笑みを、雪は問いたださずにはいられない。
「君が、星に願ってたことと同じ」
古代はそれだけ言うと、さっさとドアを開いて出て行こうとする。
「気になる! ねえ、何なの? 教えて!」


貴方の願いが叶いますように
イラストbyココママ





古代は背を向けたままで雪に手を振った。
彼の後姿からは、その表情はうかがい知れない。
顔色はわからなかったが、彼が頭を掻いた拍子に見えた首筋は、真っ赤だった。






END


2014 0707 古代君誕生日祭企画  ひがしのひとみ








スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。

拍手