『未来(あす)に願いを』





「さあ、できた!」

余所行きの服に着替えさせた我が子の可愛さに雪が満足していると、私服に着替えてきた古代がおめかしした娘を見て感嘆の声を上げる。

「おっ、美雪。今日はまた一段と可愛いなぁ!」
「うふふ、でしょぉ!」

 親バカぶりを発揮して、二人は笑いあう。そして古代は美雪を抱き上げた。

「よし、それじゃ行こうか。土方さんも待ってるだろうし」
「ええ。・・・でも大丈夫? 昨日まで仕事大変そうだったのに。疲れてるんじゃない?」

 今日7月7日は七夕であり、古代の誕生日でもある。親子三人でお祝いでも、と雪はそう思っていたのだが、美雪が産まれてからすっかり爺バカと化した土方が、初めてのイベントとなる七夕に共に食事でもと誘ってきたのだ。

 果たして土方の脳内に古代の誕生日という項目があったかどうかはおいといて、ならば一緒にお祝いをしようと、雪と土方夫人がはりきって準備に勤しんでいた。

 だがここのところ古代は仕事が忙しく、当日の休みは取れなかった。それでもなんとか夕食会の時間に間に合わせようと根を詰めていたようで、雪はイベントを共に過ごせることは嬉しいが、彼が無理をしていないかと心配でもあった。

 しかし古代はくったくのない顔で笑う。

「平気平気。それに明日は午前中休みとれたしね。せっかく土方さんが美雪の始めての七夕にって食事に誘ってくれたんだから行っておかないと」
「あなたのお誕生日祝いも、よ」
「絶対土方さんは考えてもなかったろうなぁ。」
「私とおばさまが色々と考えたんだから、おじさまにとやかく言わせません」
「ははは、わかったわかった。ありがたく受け取るよ」
「でもきついなら無理はしなくていいから、ね?」
「だから大丈夫だって。・・・それに」

 古代は腕に抱えた美雪の目を柔らかく塞いで、そしてチュッと雪にキスをする。

「帰ったら雪が癒してくれるんだろ?」
「・・・もう、美雪の前で」
「何も見えてなかったよな~、美雪。さ、行こうか」

 美雪を連れて機嫌よく玄関を出て行く古代に、雪はまったくもう、と言いながらもまんざらでもなさそうだった。



いちあさんSS
イラストby牡丹






「おお、また大きくなったな、美雪」

 到着するなり美雪をひったくるようにしてあやしている土方に、とてもこんな姿を軍の連中には見せられないな、と古代は心の中で苦笑する。
 鬼の土方が目じりを下げて赤ん坊を抱いてる姿など、本当の所は写真に撮って島に送ってやりたいぐらいなのだが。


 雪が夫人と共に最後の仕上げにとキッチンに行ってしまったので、美雪の面倒は古代と土方の担当だった。

 リビングには個人宅にしては立派な笹があり、綺麗に飾りつけがされている。これも雪たちが準備しておいてくれたのだろう。
 願い事を書いてねと短冊も渡され、まだ見雪は字を書くどころではないけれど、とりあえず雰囲気だけでもと一枚渡してみる。

「ほら、美雪。これは短冊って言うんだよ。これに願い事を書いて笹にくくりつけるんだ」
「う?」

 色鮮やかな短冊を、しかし美雪が理解はずもなく。彼女は小さな手でそれを掴んでじっと見つめた後、はむと齧り付いていた。


「あっ、ダメだよ、美雪! それは食べる物じゃないんだ」
「あぅ!」
「ご、ごめん。でもこれ味はしないし、栄養価もないし、お腹壊しちゃうかもしれないだろ?」
「うぅ~」

 短冊を慌てて取り上げた古代だったが、自分のものを取られてご立腹な娘におろおろしながら小難しい説明をしている様はなんとも愉快で、それを見ていた土方は顔を背けて笑っている。

 彼に笑われているのに気づいた古代は、気まずい思いをしながらも娘の代わりに短冊に「元気に育ちますように」と書き、そして一応美雪にペンを握らせてやる。

「あら、美雪ちゃんもお願い事書いたの?」
「一体なんて書いたのかわかりませんけどね」

 様子を見に来た夫人に古代は苦笑してその短冊を見せる。
 古代の文字の横にみみずののたくったような線が書かれていて、果たして彼女が何をお願いしたのかは誰にも分からなかった。

「ふふ、もしかしたら、誰かさんのお嫁さんになりたい、なんて書いてあるのかも」
「なっ、そんなバカなっ!」
「まだ早い!」

 夫人の言葉に男共は声を上げ、そんな二人を美雪はきょとんと見上げている。

「いやね、もう。二人して。そんなに目くじら立てないの。美雪ちゃんがびっくりしてるじゃない」
「む」
「う」

 夫人に諌められて二人は一旦言葉を引っ込めるが、しかし承服しかねるのか土方が、「きっと将来何になりたいか、と書いたはずだ。雪に似て呑み込みの早い優秀な子だからな(断言)」と言うと、古代もそれに同調して、「そうですよね!」と頷いている。

 その昔、古代はその恩恵に預かったくせにそれは棚に上げているようだ。
 そしてこれまで雪を挟んで何かとあった二人なのだが、美雪のことに関してはよき理解者、よき協力者となるのかもしれない。

 本当に困った人たちね、と夫人が苦笑しながら出て行った後、古代は美雪が短冊を握っていることに気がつき、また口に入れられてはいけないと声をかける。

「美雪、こっちにおいで。短冊を笹につけてあげるよ」

 最近になって美雪はハイハイをしだしていた。まっすぐに自分に向かってきてくれる姿には毎回えも言われぬ感動と幸福感を覚えるものだ。今回も両手を広げて彼女が動き出すのを待つ古代に、横から待ったの声がかかった。

「いや、美雪。私がつけてあげよう。こちらにきなさい」

 古代と土方の視線がバチバチと火花を上げてぶつかり合う。数秒のにらみ合いの後、二人は同時に美雪を呼び寄せた。

「美雪、私の方にきなさい」
「いや、美雪、パパの方においで!」
「・・・・・・」

 鬼気迫る二人をじっと見つめていた美雪はふいにくるりと向きを変えて二人からものすごい勢いで遠ざかっていく。

「「み、美雪!? どこに・・・!」」
「あら、美雪。どうしたの?」
「あ~♪」

 支度ができたと呼びに来た雪に、美雪は嬉しそうに両手を上げる。そんな娘を抱き上げて雪は美雪に振られた男共を見た。

「二人とも、どうしたの? そんな怖い顔してるから美雪が逃げだしてるじゃない」
「むっ」
「うっ」

 バツが悪そうに二人を顔を背けあった。
 前言撤回。この二人は今後も何かと張り合っていくのだろう。

 そんないつもの光景(?)を繰り広げながら、七夕と古代の誕生祝は賑やかに行われたのだった。



「あれ、雪?」

 お風呂から上がってきた古代は、リビングに雪の姿がなくてキョロキョロと探した。
 土方邸から戻って美雪も寝かせつけ、改めて二人で乾杯をしようと約束していたからだ。

 ふとベランダに続く窓が開いてることに気づいて覗くと、雪が手すりに乗せた腕に顔を乗せ、空を見上げいた。

「雪」

 声をかけその隣に立つと、雪は顔を上げてにっこりと笑う。それに笑い返して彼も空を見上げた。
 星が綺麗に瞬いている。まだガミラスに襲撃される前、地上は明かりにあふれすぎていて、夜空の星が見えなくなっていたのだという。

 今は人々が地上に戻り、徐々に復興が進んでいる状態だ。だけどこの星空はずっと見えるようであってほしいとも古代は思う。

「後ちょっとで日付が変わっちゃうけど、改めてお誕生日おめでとう、あなた」
「ありがとう」
「ふふ。今日はお天気も良かったから、織姫様と彦星様は無事に逢瀬を楽しんだのかしらね」
「そうだね。でも地上に雨が降ってもこっそり隠れて逢ってるような気がするなぁ」

 その時風が吹いて、サワサワという音が二人の耳に聞こえる。古代家のベランダにも一応小さな笹が用意されてて、そこには三人の(もちろん美雪のミミズ文字入り)短冊がぶら下がっていた。

「今年はなんて書いたんだい?」
「あなたと美雪が健康で。そしてずっと一緒にいられますようにって」
「美雪の部分は増えたとして、結婚してからずっと同じじゃないか? 欲がないなぁ」
「あなただってそうじゃない」
「んー、まあそうなんだけど」
「それに私の一番の願いはもう叶ったもの。いいの、これ以上多くは望まないわ」
「”よよむくんのお嫁さんに”なれたから?」
「ふふ、どうかしらね?」

 子供の頃に書いた短冊は、今、雪の宝物として大事に保管されている。

 この時の願いは叶えられた。これが物語ならめでたしめでたし、で終わるのだろう。だけど二人の物語はこの先もまだまだ続いていくのだ。
 願いなんて細かいことを言っていたら数限りないだろうが、だけれど一つだけ選べ、といわれたら”ずっと一緒に”というものしか雪には選択の余地はないのだ。

 いつの間にか雪にとって7月7日は、古代がこの世に生まれてきてくれたことを感謝し、ずっと一緒に生きていくことを願う日となっていた。


「・・・でも、”ずっと一緒に”って本当はとっても欲深い願いなのかもしれないわね」
「え、どうして?」
「だって、相手の一生を自分に縛り付けたいってことにもなるんだもの。こんな我がまま言って、神様が怒って七夕の二人のように引き裂かれたりしなければいいのだけれど」
「それはないよ」

 やけにはっきり言い切る古代に、雪はどうして?と視線を向ける。

「だって、俺達その神様に向かってずっと一緒にいるって誓ったんだ。逆に離れようとしたら怒られちゃうって」
「・・・ふふ、そうね。そうだったわ」

 雪は何度も頷いて、そして古代の顔を見上げる。


「ねぇ、あなたは私がしわくちゃのおばあちゃんになっても一緒にいてくれる?」
「君は俺がしわくちゃのおじいちゃんになっても一緒にいてくれるかい?」

 質問に質問で返して古代はニッと笑う。雪も何かに気づいたのか笑って頷く。

「じゃあ、せぇ~ので答えを言ってみる?」
「いいよ。それじゃぁ、せぇ~の・・・」


「「もちろん!!」」

 二人の声が重なって、そして二人は同時に笑い出す。
 しかし大きな声で美雪を起こしてしまっては、と一旦笑いを引っ込めた。が、とても収まりきれなくて二人はクスクスと笑いながらその手を取り合う。

 そしてお互いの想いが同じであることを確認しあった二人のシルエットは、ゆっくりと重なるのだった。





2014 0707 古代君誕生日祭企画  いちあ

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