「第二次接近 赤道祭のふたり」


艦長による乾杯の音頭と同時に、あちこちから歓声があがり、ヤマト艦内はいつもと違った空気に包まれていた。
ハーモニカの哀愁を帯びたメロディーに誘われて、ここ後部展望室のドアを開ければ、
森にとって、今一番逢いたくて、逢いたくなかった古代がそこにいた。
ドアの開閉する音に、メロディーがぴたりと止んだ。互いに顔を見合わせて、あっと息をのんだ。
森の脳裏に先程の古代と山本が仲良くヤマトの補修作業に勤しむ姿が浮かんだ。
いつものトーンで、さり気なく話そうとしたつもりが、声に嫉妬が滲んでしまうのが自分でもよくわかった。
「補修作業ご苦労様」
「えっ?」
古代は、やはりというべきか、全く気付いていない。あんなに仲良く女性と作業していたのに
目だってないとでも思っているのか?と森は少々腹立たしく思ってしまう。
「見えてたわよ」
と少し柔らかな口調で冗談にしてしまおう。さっきの声はトゲがあったかもしれないと反省する。

「どうせやることなかったしな」
生真面目な古代は、そんな森の胸中など知る由もない。ここで一人で居た理由も、地球との交信に向かわなかった理由も
特に他人に話す必要はないのだ。だから、どうして交信しなかったのかと彼女に問われた時、出来るだけさらりとその理由を告げたのだ。
家族は全員死んだ、と。
背中で彼女の”聞いてしまってごめんなさい”という気遣いを感じた古代は、自分のことよりも
「君の方は、どうだったの?家族と話せたの?」
と森の事を気にして訊ねた。

「そっちと同じ、かな?」
「ごめん」
咄嗟に謝罪の言葉が浮かんだ古代に、森も彼とおなじようにバツの悪そうな笑みを浮かべ、「謝らないで」と一言告げる。
彼女が自分の隣に並んで、寂しげに目を伏せた。自分もそうだったように、ここは気遣い不要だろう。
隣に立ち、遠く離れていく地球に想いを馳せるだけでいい。しばらく言葉を交わさずに、赤茶けた星を見ていた。




一人で居るのが寂しいと感じたのは、こうして誰かと静かに話がしたかったからかもしれない。
古代が相手だと、気負うことなく自分の内なる感情を話してしまえる不思議な心地よさに、森は口を開いた。

「私ね、昔の自分を知らないの。覚えてるのはここ一年の記憶だけ」
「そう……か」

いきなりのプライベートな告白に、古代を戸惑わせたのかもしれなかったが、彼は上辺だけの励ましも言わず、
知らん振りをするわけでもなく、静かに受け止めたように森は感じていた。

艦内に流れるのは、先程古代がハーモニカで奏でていた曲と同じ古い曲。
森の記憶にはなかった曲だったが、どこか懐かしく、思い出はなくとも、地球に居た頃をしみじみ思い出させてくれる
ような郷愁を感じる曲だった。


この曲が終わったら、前だけを向いて行かなければ。
間もなくヤマトは太陽圏に別れを告げる。
隣に立っていてくれる古代の存在は心強い。一人だときっと寂しくてさようならとは言えなかったけれど。

「さようなら、地球」
「俺たちは必ず帰ってくる」



森は隣の古代をちらりと見上げた。エンケラドゥスで自分を助けてくれた彼を意識しだして、彼の態度が気になるようになって。
女性には、というよりも、誰にでも親切に接する彼にやきもきし、彼に接近する女性に嫉妬したのだと、思い知らされた。
これは、ひょっとして?



忘れていた感情は、いつか自分を思い出すきっかけになるかもしれない。
わずかな期待と、少しの不安を抱いたまま、何でもない風を装って小さく息を吐いた。
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