「マゼランパフェの罠」
「あら、珍しい」
声のした方向に顔を上げると、船務長である雪さんがトレイに自分と同じものを乗せてきょとんとしていた。
彼女は四人の組み合わせと、それぞれがスプーンでつついているものに驚いて、声を掛けたようだ。
偶然なのか示し合わせたのかと、考えている。
私たちの組み合わせはこうだ。テーブルを挟んで、真琴と加藤隊長、その横に篠原がいて、向かいに自分が座っている。
揃いも揃って皆マゼランパフェをつついているのだから、不思議な光景と思われても仕方がない。
珍しい、の言葉の意味を隊長は取り違えて「ああ、俺がシフトを他のやつと替わってやったから、篠原と休憩時間が揃っただけです」
と、スプーンを振りかざしながら説明をしていた。
「そうなんですね」
雪さんはニコニコ笑って加藤隊長に応対していた。
同じものを注文したよしみで、一緒にどうぞと真琴あたりが誘いそうな雰囲気で、嫌な予感がする。
「雪さんも、ご一緒にどうですか?」
ホラ、きた。
私は思わず眉を顰めて真琴を見る。雪さんからは見えない角度で。
察してよ、とは言えないから、怪訝そうに私を見返した真琴に、かろうじて聞こえるくらい小さく舌打ちをした。
「うん、ありがとう……」
私の頭の上から、雪さんの言葉が降ってきたが、それは心なしか弱く響いた。
(あ、マズイ。見えちゃったかな)
私のこの態度。
上官に対してあるまじきものだと自覚している。
本来は心の奥に仕舞い込むべきものだとわかっているのに、笑って見過ごせないのだ。
笑えるくらいなら、とっくにそうしている。できない自分は見なければいいと思ってしまう。
だから、あの時も走って逃げだしたんだ。
――お願い、見せないで。あなたの好意は、私にはただ苦いだけだとわかって。
「古代くーん、こっち、こっち!」
雪さんは、こんな私の気持ちに気付くはずもなく、食堂の入り口にいた古代さんを呼びよせていた。
見なくてもわかる。古代さんは雪さんの正面に座るはず。
げんなりした私は、パフェのアイスにスプーンを垂直に突き刺した。
「おい玲、もうちょっと行儀よく食べろよ? 仮にも女なんだし」
「隊長、女とか男とか関係ないんじゃないんですか? 誰にも迷惑かけているわけじゃないし。
私が、どういう食べ方をしようと、勝手だと思います」
「まあまあ。隊長に八つ当たりしたって、しょうがないっしょ?」
「はあ? 何の事言ってるのよ?」
あーあ。今回も私の気持ちは伝わらないんだ。私が笑いさえすれば済む話なんだろうけど。
悪いけど、心からの笑顔なんて向けられない。
古代さんがこっちに到着すれば、私はまた卑屈になってしまう。
私は、ブスブスとアイスにスプーンを突き立てて、猛烈な勢いでそれを口に運んだ。
馬鹿みたいだとはわかってるんだけど。
ここからダッシュで走り去るのと、パフェをやけ食いするのと、篠原の椅子を蹴飛ばすのとでは
どれが一番マシだろうか。
賢い収め方を思いつかなくて、憮然とするしかなかった。
「なに一人で顔赤くしてんの?」
「べ、別に! 赤くなんてなってないでしょ?」
篠原はいつものように、わかったような、でも気づいていないふりをしながらぐいっと顔を近づけた。
「へ……変なこと言わないでよ」
顔を上げた目前に、篠原の変な顔が迫っていた。
彼の顔がいつも変だと言うわけではない。篠原は、私を笑わせようとして白目を剥き、大げさすぎるほど
口をへの字に曲げていたのだ。
そんな篠原のヘン顔に一瞬怯んで絶句してしまった。
「仲いいよねー、玲と篠原さん!」
真琴までが、調子いい言葉を投げかける。
「そ、そんなんじゃないっ! 真琴と隊長はそうなんだろうけど、私たちはぜんぜんっ、違う!」
「だって、そんなに顔を近づけちゃってるんだもん。仲よくないとできないよね?」
「それも、そうだな」
真琴の言葉に加藤隊長までが同意して頷いた。
「えっ」
気が付くと私たちは、テーブルを挟んでいるとはいえ、ほんの数センチほど距離を隔てているだけだった。
鼻先がこすれ合うかもしれない近さだ。
篠原が、その長身をテーブルの上に乗りだしてきていた。
「な、なによっ! びっくりするじゃない!」
「ハイ、恥ずかしがらない~~」
「ばっ、ちがっ、そうじゃない!」
「必死に否定しすぎるところが、余計に怪しいぞ、お前ら」
口下手な私を、三人が一斉にからかいだして、ますます私の形勢が悪くなった。
「わ、わたしの、理想の人は、もっと、こう、まっすぐで」
「俺、玲ちゃん一筋だよ? まっすぐ一直線っ!」
「あんたは、都合いい言葉遊びしてるだけでしょ!」
私が必死で否定していると、間が悪いことに、その人が雪さんの前の席に到着してしまったのだった。
眩しいくらいの笑顔でこっちを見ている。
「面白いのよ。篠原さんと山本さん」と、追い打ちをかけたのは雪さんだった。
けれど、それよりも私にトドメを刺したのは、あろうことかその人本人だった。
「へえー。篠原と山本は仲がいいんだな」
……。
「……違います」
私はやっと小さく言葉を捻りだすと、あとはもくもくとパフェのアイスクリームを崩すことに専念したのだった。
古代さんと雪さんの親しげな会話は、その後も私の頭上で交わされていた。
だけど、私の耳に内容までは届かない。
私は完全に、心も耳も閉ざしてパフェを食べ続けた。
あれ以来、マゼランパフェを甘いと感じたことは無い。
甘いのにほろ苦い。
おまけにしょっぱさまで感じる、失恋の味になった。
*****
その人に呼び出されたのは、会わなくなってから一年以上が経ってからのことだった。
月基地での任務を終えた私の地球帰還を、彼女がどこで知ったのかわからない。
しかしきっと待っていたのだろう。帰ってきてすぐに連絡があった。
親しい間柄と言うわけではないのに、久しぶりに聞く声は弾んでいて、名乗る前からすぐに
その人が雪さんだと気付いていた。
「お珍しい。どうしたんですか?」
私は愛想がいいほうではない。声のトーンが低いが、機嫌が悪いわけではないし
ましてや怒っているわけでもなく通常運転のものだ。
挨拶もそこそこに私が切り出すと、携帯電話の向こうで雪さんが苦笑しているらしかった。
『そんなに身構えないでよ。山本さん、元気だった?』
「はい。ずっと月基地にいました。最近こっちに帰ってきたところです」
どう頑張ってみたところで、雪さんのように愛想よく話せない。
「雪さんは?」 とは訊かない。
だって、知っているもの。
元ヤマトクルーの仲間内では、それは秘密でも何でもなく。
「ご結婚されるのですね。おめでとうございます」
声のトーンはそのままだけど。
携帯電話の小さなモニターに、映し出してもいい。
今の私は、これでも思いっきり笑顔だ。
月基地から帰還して、雪さんから連絡があった、その三日後。
私たちは、とある女の子に人気のカフェで待ち合わせをしている。
「山本さん!」
雪さんが両腕を高く掲げて、私に向かって手を振ってこちらに向かってくる。
一年ぶりの再会だけど、雪さんは以前と少しも変わらない。
(私たち、こんなに仲よかったかな?)
そんな勘違いをしてしまうほど、彼女は屈託ない笑顔を私に向けるから、
私は、どんな顔をしていいのかわからなくなった。
「お待たせしちゃってごめんね。お休みのところ来てくれてありがとう!」
「いえ、こっちにも来てみたかったので。あの、それに、お祝いを言いたかったし……」
本当はこっちを先に言いたいのだけど、不愛想な口をついて出るのは言い訳ばかりだ。
私が、そう答えると、雪さんは笑って聞いてくれていた。
走って来たのかな?
激しくはないけれど、肩を上下させている。
彼女は、羽織っていたブラウスを椅子の背もたれにかけて、リラックスした様子だった。
「素敵なお店ね? 山本さん、よく来るの?」
「真琴に教えて貰ってたんですけど、来たのは今日が初めてです。元航海科の食いしん坊が
ここのパティシェに頼み込んで、再現させたメニューがあるそうなんですよ」
「ひょっとして?」
「そうです。アレですよ」
雪さんと目が合った瞬間、私たちはぷうーっと吹き出して大笑いをし始めた。
「あれね。あれは酷かったよね」
雪さんが遠い目をして懐かしんだ。私も同じ方向を見る。二人いっぺんに、タイムスリップでも
したかのように、<あの頃>に戻っていた。
「雪さんのイジワル、凄いキレ味でした!」
「あはは。よく言うわ! 山本さんの嫌味には勝てなかったわよ」
「あーあ。古代さん、知っているのかなあ? 雪さんのあんな一面」
私が、最後のイジワルのつもりでチクリと刺すと、雪さんは流石に余裕の笑みで
「大丈夫。ヤキモチ焼きなところも、ちゃんと知ってると思うわ」とかわされた。
あれ、とは『あれ』だ。
意地の張り合いから、いつの間にかパフェの奢りあいっこに発展し、ついには互いのお腹の具合が悪くなって、ドローに終わった一戦だ。
イスカンダルからの帰り道。
思い出作りの為に撮ってもらった古代さんとのツーショット写真を、私は、私なりに心に収めるつもりでいた。
そんな私の目前で始まった雪さんと古代さんのデート現場。
仲の良いところを見せ付けられた気がして、大人気の無い態度を取ってしまった。
あの後、気を遣った雪さんが、写真ができたよ、と持ってきてくれて、ついでにパフェを驕るから一緒に食べようって
誘われたから、つい本音で言ったのだ。
『私、そういう気遣いって好きじゃないんです』って。
狼狽えるんじゃないかと思われた雪さんは、意外にも
『気なんか遣ってないよ。そう捉えられるのは心外ね。山本さん、考え過ぎじゃないの?』
と強気な言葉が返ってきたから、応戦するつもりで始まってしまったのだ。
「あのパフェ事件以来、マゼランパフェは見るのも嫌になったんだけど、地球でも食べられるのなら
久しぶりに食べてみたいなあ。あのー、すみません、オーダーお願いします!」
雪さんは私の返事も訊かずに、さっさと「マゼランパフェ二つ!」と注文していた。
「ねえ、またいくつ食べられるか競争する?」
「止めておきます。っていうか、雪さん、ウェディングドレスが入らなくなりますよ。古代さんに嫌われちゃってもいいんですか」
「大丈夫よ。そんなことで嫌ったりするひとじゃないから」
来た来た!ってまるで子どもみたいにはしゃぐ雪さんは、パフェの上に乗っているイチゴを、早速摘まんで口の中に放り込んだ。
「結婚式、いつでしたっけ?」
「来月」
雪さんの返事は鼻歌交じりのように軽やかだ。
幸せ一杯といったところかな。どこもかも緩みっぱなしな雪さんを見ていると、こっちまで嬉しいと言うか
恥ずかしいというか……。
私にないものを持っているこの人を、直視するのが気恥ずかしいのだ。
「あの、なんで私を誘ったんですか? ハッキリ言って、私と雪さん、そこまで仲が好いわけじゃないですよね?」
以前、私はこの人の事を勝手にライバル視して、想い人に伝えることもなく失恋していたのだ。
この人の、お節介な気の遣いようは好きじゃないと、断ったこともあるし、そもそもなんで、ここまで私に拘るのか
ずっと不思議だった。私の思い違いでなければ、だけど。
「ええ? そんなに不思議? 私は山本さんの事好きなんだけど」
――ふぁっ。
息を呑む音が、雪さんにもはっきり聞こえただろう。
それくらいびっくりした。声もでない。
しばらく、ふー、はーと、息を吐いたり吸い込んだりを繰り返していた。
「私が山本さんに憧れる気持ちって、そんなに変?」
「うそぉ……。古代さんに憧れる私の事を、牽制するつもりだと思ってました……」
失礼な言葉が私の口を出た。
「私、そこまで嫌な女じゃないよ。山本さんは、古代君の事好きなのかなって思うことはあったけど……」
雪さんは、そこで言葉を詰まらせた。
……。
……。
言葉を失った私たちは、スプーンを口に運ぶ。
うっかりすると、またあの時みたいにパフェの奢りあいっこになってしまいそうだ。
「あの……」
「うん……」
二人とも、パフェスプーンがさっきから何度もグラスの底を突いている。
やることがなくなってしまった私が、先にグラスを離した。
雪さんも続いてグラスから手を離す。
「……パフェ事件の事、披露宴の二次会で暴露しちゃっていいですか? 船務長」
これくらいの意趣返しは、我慢してもらおう。
声も低いし、愛想笑いなんてできないのが、この私なんだから。
「わかった。そのかわり今日のパフェは山本さんの奢りよ?」
雪さんはスプーンを私に向けて、あの事件の時と同じように不敵に笑った。
悔しいけれど、こんな雪さんのこと、嫌いになれない。
意識しすぎて、ガチガチに固まっていたのは、私の方だったのかもしれない。
「いいですよ。結婚祝いに、マゼランパフェ、百杯でも奢ります」
私も、身を乗り出して大見得を切ったつもりで言い放った。
「……ありがと」
雪さんは、いきなり力を抜いた。
私を見て、柔らかく微笑んだ。
私は焦る。ああ。私が先に言わなきゃいけなかったのに。
早く巻き返さなければと、テーブルを叩いた。
ダンッ!
勢いまかせに私は、立ち上がった。
「こ、古代さんとのご結婚、おめでとうございますっ!」
パフェスプーンがグラスの中でカラカラ音を立てた。
「ありがとう!」
雪さんも、カラカラと声を上げて笑っていた。
2015 0703 hitomi higasino
*****
「マゼランパフェで一騎打ちwな雪と玲」は方舟ブルーレイ特典から^^
「何やってんスか」と隣の席に座っていた太田オチにしようかと思ったけど、蛇足なのでやめましたw
(結構太田クンオチが管理人は好きですがw誰得ですw
古代君の誕生日祝いのつもりです^^
連載ではないのですが、数話続きますv
「あら、珍しい」
声のした方向に顔を上げると、船務長である雪さんがトレイに自分と同じものを乗せてきょとんとしていた。
彼女は四人の組み合わせと、それぞれがスプーンでつついているものに驚いて、声を掛けたようだ。
偶然なのか示し合わせたのかと、考えている。
私たちの組み合わせはこうだ。テーブルを挟んで、真琴と加藤隊長、その横に篠原がいて、向かいに自分が座っている。
揃いも揃って皆マゼランパフェをつついているのだから、不思議な光景と思われても仕方がない。
珍しい、の言葉の意味を隊長は取り違えて「ああ、俺がシフトを他のやつと替わってやったから、篠原と休憩時間が揃っただけです」
と、スプーンを振りかざしながら説明をしていた。
「そうなんですね」
雪さんはニコニコ笑って加藤隊長に応対していた。
同じものを注文したよしみで、一緒にどうぞと真琴あたりが誘いそうな雰囲気で、嫌な予感がする。
「雪さんも、ご一緒にどうですか?」
ホラ、きた。
私は思わず眉を顰めて真琴を見る。雪さんからは見えない角度で。
察してよ、とは言えないから、怪訝そうに私を見返した真琴に、かろうじて聞こえるくらい小さく舌打ちをした。
「うん、ありがとう……」
私の頭の上から、雪さんの言葉が降ってきたが、それは心なしか弱く響いた。
(あ、マズイ。見えちゃったかな)
私のこの態度。
上官に対してあるまじきものだと自覚している。
本来は心の奥に仕舞い込むべきものだとわかっているのに、笑って見過ごせないのだ。
笑えるくらいなら、とっくにそうしている。できない自分は見なければいいと思ってしまう。
だから、あの時も走って逃げだしたんだ。
――お願い、見せないで。あなたの好意は、私にはただ苦いだけだとわかって。
「古代くーん、こっち、こっち!」
雪さんは、こんな私の気持ちに気付くはずもなく、食堂の入り口にいた古代さんを呼びよせていた。
見なくてもわかる。古代さんは雪さんの正面に座るはず。
げんなりした私は、パフェのアイスにスプーンを垂直に突き刺した。
「おい玲、もうちょっと行儀よく食べろよ? 仮にも女なんだし」
「隊長、女とか男とか関係ないんじゃないんですか? 誰にも迷惑かけているわけじゃないし。
私が、どういう食べ方をしようと、勝手だと思います」
「まあまあ。隊長に八つ当たりしたって、しょうがないっしょ?」
「はあ? 何の事言ってるのよ?」
あーあ。今回も私の気持ちは伝わらないんだ。私が笑いさえすれば済む話なんだろうけど。
悪いけど、心からの笑顔なんて向けられない。
古代さんがこっちに到着すれば、私はまた卑屈になってしまう。
私は、ブスブスとアイスにスプーンを突き立てて、猛烈な勢いでそれを口に運んだ。
馬鹿みたいだとはわかってるんだけど。
ここからダッシュで走り去るのと、パフェをやけ食いするのと、篠原の椅子を蹴飛ばすのとでは
どれが一番マシだろうか。
賢い収め方を思いつかなくて、憮然とするしかなかった。
「なに一人で顔赤くしてんの?」
「べ、別に! 赤くなんてなってないでしょ?」
篠原はいつものように、わかったような、でも気づいていないふりをしながらぐいっと顔を近づけた。
「へ……変なこと言わないでよ」
顔を上げた目前に、篠原の変な顔が迫っていた。
彼の顔がいつも変だと言うわけではない。篠原は、私を笑わせようとして白目を剥き、大げさすぎるほど
口をへの字に曲げていたのだ。
そんな篠原のヘン顔に一瞬怯んで絶句してしまった。
「仲いいよねー、玲と篠原さん!」
真琴までが、調子いい言葉を投げかける。
「そ、そんなんじゃないっ! 真琴と隊長はそうなんだろうけど、私たちはぜんぜんっ、違う!」
「だって、そんなに顔を近づけちゃってるんだもん。仲よくないとできないよね?」
「それも、そうだな」
真琴の言葉に加藤隊長までが同意して頷いた。
「えっ」
気が付くと私たちは、テーブルを挟んでいるとはいえ、ほんの数センチほど距離を隔てているだけだった。
鼻先がこすれ合うかもしれない近さだ。
篠原が、その長身をテーブルの上に乗りだしてきていた。
「な、なによっ! びっくりするじゃない!」
「ハイ、恥ずかしがらない~~」
「ばっ、ちがっ、そうじゃない!」
「必死に否定しすぎるところが、余計に怪しいぞ、お前ら」
口下手な私を、三人が一斉にからかいだして、ますます私の形勢が悪くなった。
「わ、わたしの、理想の人は、もっと、こう、まっすぐで」
「俺、玲ちゃん一筋だよ? まっすぐ一直線っ!」
「あんたは、都合いい言葉遊びしてるだけでしょ!」
私が必死で否定していると、間が悪いことに、その人が雪さんの前の席に到着してしまったのだった。
眩しいくらいの笑顔でこっちを見ている。
「面白いのよ。篠原さんと山本さん」と、追い打ちをかけたのは雪さんだった。
けれど、それよりも私にトドメを刺したのは、あろうことかその人本人だった。
「へえー。篠原と山本は仲がいいんだな」
……。
「……違います」
私はやっと小さく言葉を捻りだすと、あとはもくもくとパフェのアイスクリームを崩すことに専念したのだった。
古代さんと雪さんの親しげな会話は、その後も私の頭上で交わされていた。
だけど、私の耳に内容までは届かない。
私は完全に、心も耳も閉ざしてパフェを食べ続けた。
あれ以来、マゼランパフェを甘いと感じたことは無い。
甘いのにほろ苦い。
おまけにしょっぱさまで感じる、失恋の味になった。
*****
その人に呼び出されたのは、会わなくなってから一年以上が経ってからのことだった。
月基地での任務を終えた私の地球帰還を、彼女がどこで知ったのかわからない。
しかしきっと待っていたのだろう。帰ってきてすぐに連絡があった。
親しい間柄と言うわけではないのに、久しぶりに聞く声は弾んでいて、名乗る前からすぐに
その人が雪さんだと気付いていた。
「お珍しい。どうしたんですか?」
私は愛想がいいほうではない。声のトーンが低いが、機嫌が悪いわけではないし
ましてや怒っているわけでもなく通常運転のものだ。
挨拶もそこそこに私が切り出すと、携帯電話の向こうで雪さんが苦笑しているらしかった。
『そんなに身構えないでよ。山本さん、元気だった?』
「はい。ずっと月基地にいました。最近こっちに帰ってきたところです」
どう頑張ってみたところで、雪さんのように愛想よく話せない。
「雪さんは?」 とは訊かない。
だって、知っているもの。
元ヤマトクルーの仲間内では、それは秘密でも何でもなく。
「ご結婚されるのですね。おめでとうございます」
声のトーンはそのままだけど。
携帯電話の小さなモニターに、映し出してもいい。
今の私は、これでも思いっきり笑顔だ。
月基地から帰還して、雪さんから連絡があった、その三日後。
私たちは、とある女の子に人気のカフェで待ち合わせをしている。
「山本さん!」
雪さんが両腕を高く掲げて、私に向かって手を振ってこちらに向かってくる。
一年ぶりの再会だけど、雪さんは以前と少しも変わらない。
(私たち、こんなに仲よかったかな?)
そんな勘違いをしてしまうほど、彼女は屈託ない笑顔を私に向けるから、
私は、どんな顔をしていいのかわからなくなった。
「お待たせしちゃってごめんね。お休みのところ来てくれてありがとう!」
「いえ、こっちにも来てみたかったので。あの、それに、お祝いを言いたかったし……」
本当はこっちを先に言いたいのだけど、不愛想な口をついて出るのは言い訳ばかりだ。
私が、そう答えると、雪さんは笑って聞いてくれていた。
走って来たのかな?
激しくはないけれど、肩を上下させている。
彼女は、羽織っていたブラウスを椅子の背もたれにかけて、リラックスした様子だった。
「素敵なお店ね? 山本さん、よく来るの?」
「真琴に教えて貰ってたんですけど、来たのは今日が初めてです。元航海科の食いしん坊が
ここのパティシェに頼み込んで、再現させたメニューがあるそうなんですよ」
「ひょっとして?」
「そうです。アレですよ」
雪さんと目が合った瞬間、私たちはぷうーっと吹き出して大笑いをし始めた。
「あれね。あれは酷かったよね」
雪さんが遠い目をして懐かしんだ。私も同じ方向を見る。二人いっぺんに、タイムスリップでも
したかのように、<あの頃>に戻っていた。
「雪さんのイジワル、凄いキレ味でした!」
「あはは。よく言うわ! 山本さんの嫌味には勝てなかったわよ」
「あーあ。古代さん、知っているのかなあ? 雪さんのあんな一面」
私が、最後のイジワルのつもりでチクリと刺すと、雪さんは流石に余裕の笑みで
「大丈夫。ヤキモチ焼きなところも、ちゃんと知ってると思うわ」とかわされた。
あれ、とは『あれ』だ。
意地の張り合いから、いつの間にかパフェの奢りあいっこに発展し、ついには互いのお腹の具合が悪くなって、ドローに終わった一戦だ。
イスカンダルからの帰り道。
思い出作りの為に撮ってもらった古代さんとのツーショット写真を、私は、私なりに心に収めるつもりでいた。
そんな私の目前で始まった雪さんと古代さんのデート現場。
仲の良いところを見せ付けられた気がして、大人気の無い態度を取ってしまった。
あの後、気を遣った雪さんが、写真ができたよ、と持ってきてくれて、ついでにパフェを驕るから一緒に食べようって
誘われたから、つい本音で言ったのだ。
『私、そういう気遣いって好きじゃないんです』って。
狼狽えるんじゃないかと思われた雪さんは、意外にも
『気なんか遣ってないよ。そう捉えられるのは心外ね。山本さん、考え過ぎじゃないの?』
と強気な言葉が返ってきたから、応戦するつもりで始まってしまったのだ。
「あのパフェ事件以来、マゼランパフェは見るのも嫌になったんだけど、地球でも食べられるのなら
久しぶりに食べてみたいなあ。あのー、すみません、オーダーお願いします!」
雪さんは私の返事も訊かずに、さっさと「マゼランパフェ二つ!」と注文していた。
「ねえ、またいくつ食べられるか競争する?」
「止めておきます。っていうか、雪さん、ウェディングドレスが入らなくなりますよ。古代さんに嫌われちゃってもいいんですか」
「大丈夫よ。そんなことで嫌ったりするひとじゃないから」
来た来た!ってまるで子どもみたいにはしゃぐ雪さんは、パフェの上に乗っているイチゴを、早速摘まんで口の中に放り込んだ。
「結婚式、いつでしたっけ?」
「来月」
雪さんの返事は鼻歌交じりのように軽やかだ。
幸せ一杯といったところかな。どこもかも緩みっぱなしな雪さんを見ていると、こっちまで嬉しいと言うか
恥ずかしいというか……。
私にないものを持っているこの人を、直視するのが気恥ずかしいのだ。
「あの、なんで私を誘ったんですか? ハッキリ言って、私と雪さん、そこまで仲が好いわけじゃないですよね?」
以前、私はこの人の事を勝手にライバル視して、想い人に伝えることもなく失恋していたのだ。
この人の、お節介な気の遣いようは好きじゃないと、断ったこともあるし、そもそもなんで、ここまで私に拘るのか
ずっと不思議だった。私の思い違いでなければ、だけど。
「ええ? そんなに不思議? 私は山本さんの事好きなんだけど」
――ふぁっ。
息を呑む音が、雪さんにもはっきり聞こえただろう。
それくらいびっくりした。声もでない。
しばらく、ふー、はーと、息を吐いたり吸い込んだりを繰り返していた。
「私が山本さんに憧れる気持ちって、そんなに変?」
「うそぉ……。古代さんに憧れる私の事を、牽制するつもりだと思ってました……」
失礼な言葉が私の口を出た。
「私、そこまで嫌な女じゃないよ。山本さんは、古代君の事好きなのかなって思うことはあったけど……」
雪さんは、そこで言葉を詰まらせた。
……。
……。
言葉を失った私たちは、スプーンを口に運ぶ。
うっかりすると、またあの時みたいにパフェの奢りあいっこになってしまいそうだ。
「あの……」
「うん……」
二人とも、パフェスプーンがさっきから何度もグラスの底を突いている。
やることがなくなってしまった私が、先にグラスを離した。
雪さんも続いてグラスから手を離す。
「……パフェ事件の事、披露宴の二次会で暴露しちゃっていいですか? 船務長」
これくらいの意趣返しは、我慢してもらおう。
声も低いし、愛想笑いなんてできないのが、この私なんだから。
「わかった。そのかわり今日のパフェは山本さんの奢りよ?」
雪さんはスプーンを私に向けて、あの事件の時と同じように不敵に笑った。
悔しいけれど、こんな雪さんのこと、嫌いになれない。
意識しすぎて、ガチガチに固まっていたのは、私の方だったのかもしれない。
「いいですよ。結婚祝いに、マゼランパフェ、百杯でも奢ります」
私も、身を乗り出して大見得を切ったつもりで言い放った。
「……ありがと」
雪さんは、いきなり力を抜いた。
私を見て、柔らかく微笑んだ。
私は焦る。ああ。私が先に言わなきゃいけなかったのに。
早く巻き返さなければと、テーブルを叩いた。
ダンッ!
勢いまかせに私は、立ち上がった。
「こ、古代さんとのご結婚、おめでとうございますっ!」
パフェスプーンがグラスの中でカラカラ音を立てた。
「ありがとう!」
雪さんも、カラカラと声を上げて笑っていた。
2015 0703 hitomi higasino
*****
「マゼランパフェで一騎打ちwな雪と玲」は方舟ブルーレイ特典から^^
「何やってんスか」と隣の席に座っていた太田オチにしようかと思ったけど、蛇足なのでやめましたw
(結構太田クンオチが管理人は好きですがw誰得ですw
古代君の誕生日祝いのつもりです^^
連載ではないのですが、数話続きますv
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プロフィール

管理人 ひがしのひとみ
ヤマト2199に30数年ぶりにド嵌りしました。ほとんど古代くんと雪のSSです
こちらは宇宙戦艦ヤマト2199のファンサイトです。関係各社さまとは一切関係ございません。扱っているものはすべて個人の妄想による二次作品です。この意味がご理解いただける方のみ、お楽しみください。
また当サイトにある作品は、頂いたものも含めてすべて持ち出し禁止です。
また当サイトにある作品は、頂いたものも含めてすべて持ち出し禁止です。