「見守る人々 乙女たちの祈り」






「古代さんたち、結婚式の前日に<独身最後の夜を祝う会>なんて言っちゃって、盛り上がるそうですね」
私は腕に子どもを抱いて、すっかり母親の顔になっている。
雪さんと古代さんの結婚式から遡ること一か月。休みが合うこともなかなかないからと言う理由で、この日、元ヤマト女子クルーの数人が雪さんのもとに集まった。
私が、百合亜と未来ちゃんと、クルー達のお母さんと慕われている豪徳寺さんにも声をかけて、五人は久しぶりに再会した。

「さぶちゃんが、『俺の分も、古代と雪さんを祝ってやってくれ』って言ってました。式に参加できない事が、残念だけどって」
「加藤さん、しばらく月基地だもんねー。自分の時は古代さんに祝う会を開いてもらったのに、お返しできなくて、残念なんですよね」
「そうそう、ヤマト艦内で結婚式するなんて、あの時の古代さん、よく思いついた……って、あ、」
「あんたはバカなの?」
思わずポカリと手が出てしまった。
あの結婚式の直前に、雪さんが一度仮死状態となってしまったことは、タブーではないけれど、未だに触れにくい話題にかわりない。ましてや結婚式前のおめでたい集まりなのに。
私は、ぷうっと頬を膨らませて、冗談めかして百合亜を睨んでやった。
百合亜は、未来ちゃんの後ろに隠れるように縮こまって、小さく「ごめんなさい」と自分の失言を反省していた。この子は時々こういうポカをやるから、これが本気の反省かどうかわかったものじゃない。
『今度やったらつまみ出すよ?』と脅かす意味も込めてくぎを刺したのだ。

「あ、あの時はヤマト艦内の限られた物品しかない中で、よくもまあウエディングドレスなんて用意できたわよね」
豪徳寺さん、流石のナイスフォロー!
自然な流れで、そうそう、あの時は平田さんから無理難題を吹っかけられて、というか、古代さんまで一緒になって
頼みに来て、大変だったんですよーと、雪さんのもうすぐお婿さんになる婚約者の意外な一面について、面白い話を披露することになった。
「そうなんだ?」

そっかー。雪さん知らないんだね。

「聞きたいですか?」

腕の中の子どもは寝息を立てて、寝入っている。私は、体をゆっくりゆすりながら、雪さんと目を合わせた。
「うん!」
子どもっぽい、いたずらっ子のように目を輝かせて、雪さんが微笑んだから、私も負けないくらい
「きっと益々惚れちゃいますよ」と笑い返したのだった。




「それで、面白いっていうのは?」
あの時、古代戦術長が落ち込んでいたのは周知の事実。それを無理して私たちの結婚披露パーティーを
開こうって言ってくれて、申し訳ない気持ちが半分と、もう半分は、私たちが元気づけてあげたいというものだった。
さぶちゃんは、どっちかというとこういった派手なイベントには消極的だから、私が全面的にパーティーの打ち合わせを、古代さんや平田さんと重ねることになった。
豪徳寺さんは、言わずと知れた女子クルー艦内服のデザイン担当者だったから、もちろん、パーティーで着るドレスについて一番に相談に行った。
「私の所に、真琴ちゃんから、パーティーで着るウエディングドレスについて打診があったのね。私がデザインを起こして、それをね」

ふんふん。
と、皆身を乗り出して、豪徳寺さんの話に聞き入っている。豪徳寺さんは、わざと勿体ぶって話を切り、グラスの水を飲んで、間をもたせた。

「此処だけの話、オムシスって万能なのよー。あれで仮縫い程度までは作れてしまうのよ。そこから、私と平田主計長の手作業で完成させたのがあのドレスなんだけど、実は、その前に何度も失敗作が出来ちゃって」

「知りませんでしたー。あれってオムシス作なんだ!」
未来ちゃんは普通に驚いていて、
「平田さんは、どこをお手伝いされていたんですかー」
百合亜は、平田さんの意外過ぎる特技に驚いてる。
雪さんは、(どこに古代君が出てくるんだろう?)とニコニコして話の展開を待っている。

だけど、私も知らなかったな。あのドレスをつくるまでにそんな失敗があったなんて。

「真琴ちゃんから、『ドレスについて相談がありました』って主計長に話したら、主計長が古代さんに確認に行ったの。たぶんその時点で、オムシスを使う案が出たのだと思うのだけど、あろうことか、古代さんは真田さんに相談しに行っちゃったのよ」
豪徳寺さんは、その逞しい二の腕をぷるぷる振りながら、身振り手振りを加えて説明してくれている。
「あらー、真田さんに? なんでだろう?」
「オムシスが故障した時もお世話になったからだと思う」


雪さんの部屋は、南北の窓が開けられていて、風の通りが気持ちいい。
気の利く雪さんは、居間のソファを動かして、テーブルの横に付けてくれた。
「お借りしますね」
私は、寝ている子を、静かにソファにおろし、隣に座って話の続きを聞いた。

「コスモリバースで手一杯な真田さんに、よく相談できたものだと感心しちゃうけど、そこは真田さん、
凄いのよ。ぱぱぱっと三時間ほどで、ドレスのようなものが出来上がったの」

「うそー、あの人、そんなことまでやっちゃうんですか!」
百合亜の目の中に、お星さまがきらきら輝いている。
「私の時も頼もうかなー」
未来ちゃんも胸の前で両手を組んで、百合亜と二人して、きゃあきゃあ騒いでる。

「だけど真田さんも万能ではなかったのよ。立体的でなかったり、生地がめちゃくちゃ薄かったり、変にこだわって
シームレスドレスがいい!とか言いだしたり」
「あらら、残念な結果だったんですね」
「ええ。古代さんが『真田さんはコスモリバースに専念してください』って言ってくれて。そこで私の存在を思い出したみたいね。オムシスに投入するまでの作業は、私に任せようってことになって、そこから順調にあのドレスが誕生したの」
「ふーん。私たちがパーティーの準備で忙しくしている裏でそんなことがあったんですね」

「古代さん、さぶちゃんより真剣になってて、びっくりしたの。『何が何でも間に合わせてくれ』って。ね?」
私は、豪徳寺さんと目を合わせて、二人で頷き合った。

「そうなんだ……」
あ、雪さんが遠い目をしちゃった。きっとあの時の古代さんに思いを馳せているんだろうな。
あの頃の古代さんは、張り詰めていた。辛いことを忘れるように、見ているこっちが辛くなるくらい、気を張っていたのを覚えている。皆の脳裏にも思い浮かんでいるはず。場がしんみりしそうになった時、いきなり雪さんが立ち上がった。

「なんか、悔しい!」

「へっ?」
「雪さん?」
何が悔しいの? と誰もが思っていると、「だって、私、その頃寝ていたから、知らないんだもの。私の知らない古代君を皆が知ってて、なんか悔しいの……」なんて、恋のパワーがそんな台詞を言わせるのかな。

「雪ちゃん、あの時の戦術長って、眠っているお姫様をどうやって起こそうか、色々考えてたんじゃないかな? だから彼の陰の努力は見ないふりでいいのよ」
豪徳寺さんは、上手く話をまとめてくれた。話し終えて、ケーキの塊を口の中に放りこんで満足げに笑った。

私も、豪徳寺さんにならって、手を付けるのを忘れていた雪さんお手製のパウンドケーキを一欠けら、フォークで崩して口に運んだ。ぽろぽろと崩れて粉々になってしまったケーキの屑を、フォークの背で固めてみたけれど、元の形には戻らなかった。仕方なくぽろぽろをフォークですくって、口に入れた。やっぱりパサパサのままで、喉が渇く。だけど、どこか懐かしく思えて口元が緩んだ。
手作り感たっぷりのパサパサしたパウンドケーキは、雪さんの努力の証であるように思えて、嬉しかった。





「ところで、豪徳寺さん、失敗ドレスたちは、どうなっちゃったんですか?」

ケーキ皿を空にした百合亜が、ついでに訊きました、って態で尋ねた。





「さあ……? 誰かの胃袋に消えたのかも」

カラカラと笑う豪徳寺さんの目の奥が、笑っていない!

部屋を流れる風が、なぜかひやりと背中を撫でた気がした。




(聞かなかったことにしよう)
そう決心した昼下がりだった。









2015 0724hitomi higasino
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