「あなたのもとへ」
「ここでいいよ! 帰ります」
「何言ってるんだ? ここから君の家までどれだけ時間かかると思ってる?」
「無理言って遠くに連れてきてもらって悪かったわ。だけど、楽しみにしてたのよ? あんな言い方酷い」
売り言葉に買い言葉で、あっという間に険悪ムードに陥ってしまった。
楽しかったはずの二週間ぶりのデートなのに、最悪の結果だ。
すぐに謝ればよかったのに、この時はもっと優しくしてくれてもいいのに、とつい自分の気持ちを押し通そうとしてしまった。
信号待ちで止まった車のドアを、素早く開け、力いっぱい閉めた。
「雪ッ!」
運転席の窓を開けて呼ぶ古代君を、私は一切振り返らなかった。
後ろでクラクションが、けたたましく鳴っている。
頭に血が上ってしまった私は、その音にさえ苛立ちを感じ、謝る事なんて思いつかなかったのだ。
知らない場所を、ただ走った。そのうち大きな通りに出て、考えなしにタクシーに飛び乗った。
携帯に古代君からメールが届いていたけれど、謝る言葉ではなかった。
『俺だって楽しみにしてたんだ。明日から月基地で任務だっていうのに、この時間まで付き合ってたんだ。
どうしてそれが、君にわからないんだ? しばらく離れて、お互い頭を冷やす時間が必要だな 古代』
(なによ! 一人で帰らせておいて、心配もしてないわけ?)
メールを見るなり、私は携帯の電源をオフにした。後々思い出してみると、我ながら勝手な言い草だ。
わかっているんだ。本当は。
古代君が、疲れていたことも知ってる。遠出したいと言った時、少し考えてから「いいよ」と彼は言ったのだ。
いつもなら、こんなお願いはしないし、古代君だって、ハッキリNOと言うだろう。
だけど、すれ違う日々の中で、お互い言わなきゃならないことを言えなくなって、ついには言ってはいけない事を言ってしまった。
疲れの色の濃い古代君が、私との会話で生返事を繰り返した事に、私が腹を立てた。
それで、余計なひと言を言ってしまったのだ。
『仕事が大変なのは、私だって同じよ? もう少し恋人に気を遣ってもいいんじゃないの?』
それに対する古代君の返事が、また酷かった。
『各国での新造船竣工パーティーに呼ばれて飛んで行き、愛想笑いを浮かべながら、
お偉方のお相手をするのが、雪の仕事だろ? 酒飲んでヘラヘラしてる奴相手にさ』
呆れて、すぐに返事もできないでいると、古代君はあからさまに面白くなさそうに私から視線を外して黙り込んでしまった。
『私の事、そんな風に思ってたんだ……』
『嫌でも耳に入ってくるんだ。君が、どこの国の誰かに、また口説かれたって』
『そんな噂、まさか信じてるの?』
『口説かれてるってのは本当らしいからな。君は何も言わないけれど』
『あんなのリップサービスに決まってるじゃない。バカみたい、そんな噂鵜のみにするなんて』
『ああ。バカで悪かったな!』
古代君は、アクセルを踏み込んだ。
今までで最悪のデートだった。
後悔してる。
わかってほしいと、彼に自分の気持ちばかりを押し付けてしまった。
「ごめんなさい」と謝りたくても、彼は今、別世界に居る。
今夜のように月が綺麗な夜は、心の奥底まで照らし出されてしまうようで、
こんな煌びやかな場所に居るのに、孤独を感じてしまう。
右から左へと言葉が流れる。
シャンパングラス片手の外交のお供も、そろそろ限界だった。
「ちょっと、外してもいいですか?」
長官は「ここは大丈夫だから、もう休みなさい」と言って、私をパーティーの会場から解放してくださった。
お言葉に甘えて退出するために出口へと向かう。
時々かかる声に、あやふやな笑顔で対応した。
外に出ると、見上げた空には、大きな丸い月が浮かんでいる。
今夜は一段と輝いて見える。
月のクレーターが、いつしか古代君の姿になった。
目が離せないでいると、それは悲しい顔つきになり寂しそうに笑ったかと思うと、消えていった。
出立の朝、私の携帯は鳴らなかった。
喧嘩したあの日から、もう十二日。地下鉄の駅までの帰り道、私は何度となく月を見上げてはため息を吐く。
地下鉄を降りて、すぐのコンビニエンスストアに立ち寄った。
立食形式だと、ほとんど何も食べずに終わってしまうのだ。
お腹が空いているけれど、今の時間からお弁当を食べる気分にはなれなかった。
野菜ジュースと、ヨーグルトをカゴに入れて、レジ待ちしていると、
本日の特価品コーナーに売れ残りの月見団子を見つけた。
(古代君に謝らなきゃ!)
簡単なことだ。
私は、咄嗟にそれをカゴに入れた。
『明日から月基地で任務なんだ。2週間くらいで戻る』
そういって彼が地球をたってから、もうすぐ2週間。
鳴らない携帯を手に取り、彼のアドレスを呼び出す。
彼が、帰ってきてすぐに見ないかもしれない。だけど伝えなきゃ。
私は、一言「ごめんなさい」とだけ打って、テーブルの上に置いた。
そうそう、月見団子。
色気よりも食い気かって、古代君は笑うだろうな。
でも一人酒するよりはいいでしょ? と、私はガサガサとビニール袋から、プラスチックの
味気ない容器に入れられた団子を取り出した。
そうよ。お団子食べて、あなたが居ないことを、今だけ忘れるんだから……っ。
ダイニングの椅子に、スーツのまま腰掛けた。腕を伸ばしてすぐ横の窓を開けると
雲が一切かかってない夜空に、今も丸いお月様が輝いている。
「古代君、逢いたいな……」
名前を口に出すと、もうダメだ。さっきの決意がボロボロと崩れていく。
涙が滲む。私は急いで団子を頬張った。
「……」
ほのかに甘い黄色い月を、もう一口放り込む。
喉が詰まりそうだ。
ペットボトルの野菜ジュースで流し込んだ。
「……」
私は、
なんで、
ひとりで、
お月見しながら、
お団子を食べているの!?
甘い?
これを一人で全部食べるの?
喉が詰まる。
ううん。
胸が詰まりそうなくらい。
逢いたいの。
いま、あなたに触れたい。キスしたい……。
涙が頬を伝って、流れ落ちそうになったとき。
携帯が着信を知らせた。
「?」
「よかった! 帰ってたんだ! なあ、下見てみろよ?」
いきなり飛び込んできた元気のいい声は、まぎれもない古代君の声。
「え? ちょっと待って!」
窓から顔をのぞかせる前に、急いで涙をふき、下を覗きこんだ。
「古代君っ!!」
丁度窓の下あたりに、制服姿のままで、コンビニの袋ごと手を振る古代君の姿があった。
「トラブルがあって、早めに切り上げることになったんだ。今帰ってきたところ。なあ、そっち行っていい?」
「だめっ!」
「え……っ。ダメ、か」古代君が、肩を落とした。
目が真っ赤だから、恥ずかしい。そう繋ぐ言葉が出てこない。
「あの、そうじゃ、ないのよ」
なんて言っていいのかわからなくて、言葉が頭の中をぐるぐるまわる。
――ごめんなさい
――好きなの
――抱きしめて
――キスして
私の態度に焦れた古代君が、「ちょっと待ってろ」と言ってエントランスの鍵まで開錠してエレベーターに乗った。
泣いていたなんて知られたら、呆れられてしまいそう。
スーツの皺もピンと伸ばし、背筋を正して、彼の到着を待った。
すぐにチャイムの音がして、彼が私の元に帰ってきた。
「お帰りなさい。ごめんね。私。本当にごめんなさい……」
赤い目を見られるのが恥かしくて、彼から目を逸らしてそこまで話す。
「雪」
ドアを開けるなり、コンビニ袋を手にしたまま、彼は私を抱きしめた。
「こうしたかった」
私の髪に顔を埋もれさせ、ぎゅっと強く抱きしめてきた彼の腕に、自分の手を重ねてみた。
「私もこうしたかったの」
自分の気持ちに素直に従って、私も彼を抱きかえす。強く。
古代君の鼓動と私の鼓動が、溶け合ってハーモニーを奏でている。
――ぐぅ。
「あ」
「やだ。古代君たら」
私たちは抱き合ったまま、声を出して笑い合った。
「な、月見団子、食べる?半分にわけてさ」
実は、もう食べちゃった。
とは言わずに、素直に彼のお言葉に甘えることにした。
誰も見てないから、彼は私の口元にそれを運ぶ。
唇で丸い月を挟んでいると、彼の唇が迫ってきた。
彼は口を窄めて、私の唇から月を盗んだ。

イラストby まみさま
「あ」
いじわるな笑みを浮かべた古代君が、もうひとつ、月を手に取り
今度は、自分でそれを咥えてみせた。
そして私に食え、と差し出す。
私が彼の真似をして、唇を寄せた時。
彼は熱烈に、私の後頭部を押さえて、強く抱きしめてきた。
え?
と思う暇もなく、咥えた団子をさっきと同じように吸い込んで一人で食べてしまった。
「ごめん。俺、雪に酷いこと言った」
口を開いてそれだけ言うと、今度こそ強く塞がれた。
せっかく泣き止んだのに。
私は、また大粒の涙を流していた。
団子を食べてから交わしたキスは、ちょっとだけしょっぱくて、今までで一番甘い味がした。
2014 0915 hitomi higasino
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ブログに勢いだけで書いたSSSに、まみさまが素敵な古雪絵を付けてくださいました。
お題企画でまみさまの絵に、私が駄文を付けたことがあるのですが、企画以外では初めてコラボさせていただきましたv
一言で言い表すのが難しいのですが、とても繊細な色で、指先とか雪ちゃんの目とか、(古代君が映ってるのかなv)
髪の毛一本まで美しく描いてくださりました。躍動感もあって、匂いも感じます。
絵の雰囲気も大事にしたかったので、ブログに載せたものを書きなおしてみました。少しは大人っぽくなったでしょうか^^;;
まみさま、素敵な絵をありがとうございました。
SSを書き直せて、楽しかったですv
ひがしのひとみ
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プロフィール

管理人 ひがしのひとみ
ヤマト2199に30数年ぶりにド嵌りしました。ほとんど古代くんと雪のSSです
こちらは宇宙戦艦ヤマト2199のファンサイトです。関係各社さまとは一切関係ございません。扱っているものはすべて個人の妄想による二次作品です。この意味がご理解いただける方のみ、お楽しみください。
また当サイトにある作品は、頂いたものも含めてすべて持ち出し禁止です。
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