前日までの梅雨空が嘘のような晴天。

空には雲一つない。
何処までも真っ青な空が気持ち良くて、雪は午前五時には起床して、寝室の窓を開けた。
「これで、風が涼しかったら完璧に気持ちのいい朝なんだけど」
隣の彼の寝顔を覗き込みながら、ぼそっと呟くと、彼は片目を開けて、「おはよ」とリップシンクで答えた。
「お誕生日おめでとう!」
雪は、彼の誕生日を祝いたくて、早朝から目覚めて欲しかったに違いない。おはようの挨拶は、今日は二の次だ。

「あ、そうか。今日誕生日か」
まだ半分寝ぼけながら、寝癖のついた髪をくしゃくしゃと掻き上げ、ベッドの上で胡坐を組む彼。

「今日は、平日でしょ。夜もゆっくりお祝い出来ないかもしれないから、朝からお誕生日をお祝いしましょ!朝食メニューは<特別そうめん>なの」

彼は、よく回らない頭で(どうして誕生日メニューがそうめんなのか)とか、(夜はゆっくりできないのか)とか、疑問と言うか、腑に落ちないというか
雪に、なぜかと訊いてみたいと思ったが、彼女がとても機嫌よく、ニコニコわらっているので、(そんな事、どうでもいいか)と頭の片隅に追いやった。

「今日は暑くなるんだって! 古代君の夏がやっと到来するわよ」

素肌にキャミソール一枚の姿の雪は、手早く髪をポニーテールに縛って、まだ寝ぼけている彼の頬にキスをした。

「俺の夏?」
彼の声は、かすれ気味だが、雪にしっかり届いた。

「そう。夏生まれの古代君は、夏が一番元気だもん。夏バテ知らずだし」

雪にそう言われると、彼も(そうか。そうなのかもな)とぼんやり思い出していく。
ようやく目が覚めた彼は、片足ずつ床につけて立ち、うーんと背伸びをした。

「皆、食欲減退したり、睡眠不足になったりするけど、古代君は、そんなことないもん」
「うん。朝からステーキだってがっつり食えるよ」
「それっていいことだよね。だけど、今朝はそうめんね。ね、顔洗ってきて。すぐにそうめんの支度するから」

雪は、やたら張り切って「そうめん」を連呼し、キッチンに向かった。

彼女が寝室から出て行ってから、彼もすぐに後を追おうとして、パジャマのズボンを穿きかえていた。
床にズボンを落とし、片足で蹴りあげようとした時、自分がどうして夏に強くなったのか、子どもの頃の思い出が蘇った。


「母さん……」









七夕の日だった。
僕は夏風邪をひいて、誕生日だと言うのに寝込んでいたんだ。
食欲もなくてぐったりしていた時、母さんが「これなら、食べられる?」と言って作ってくれたのがそうめんだった。
何故だか、白い面に混じって、ピンクや黄色の麺まであって、子ども心に「きれいだな」と思った事を覚えていた。
「七夕の日に御素麺を食べると、病気が治るのよ」
そんなの迷信だ、と本気にしなかった僕だけど、風邪はその日で全快して、思えばあれ以来、病気もしなくなったし
夏バテとは無縁な丈夫な身体になった気がする。





「古代くーん、七夕バージョンのそうめんが出来てるよ!」

キッチンから雪の声がして、彼は急いで着替えてダイニングに向かった。
「綺麗に盛り付けたんだな。美味そう!」
彼が顔も洗わずにテーブルに着こうとするので、雪は「先に顔を洗っていらっしゃい」と急き立てた。

具材だけ、昨夜のうちに下準備をしていたようだ。
なにも特別な事のない朝だけど、少しだけ特別な気持ちになる朝に、気負いのないメニューは、彼の胃にも彼女の胃にも優しいのだろう。

二人は他愛のない会話を、いつもの朝と同じように楽しみながら、ぺろりとそうめんを平らげた。

「ごちそうさま」
「どういたしまして」


同時に手を合わせた二人は、同時に立ち上がって、並んで食器を片しはじめた。


「誕生日のメニューって、普通もっと豪勢だろ? なんでそうめんなの?」
彼は、疑問に思っていたことを、彼女に質した。

「無病息災を願って」
「そうめん食べる事に、意味があったのか」
「古代中国で帝の子が、七夕に亡くなったんだって。その子が鬼になってしまって、病を流行らせたの。
帝は、その子が好きだったそうめんのルーツだといわれてる<索餅(さくべい)をお供えしたところ、病の流行が治まったんだって。
この伝説にあやかって、、七夕の日にそうめんを食べると、病気にならないと言われているの」
「へえ。そんな言い伝えがあったのか。昔母さんが、誕生日の日に寝込んでた俺に、そうめん作ってくれたことがあったのを、
さっき思い出していたんだ。ふうん。そうだったのか」

「いつまでも元気でいてね」
「もちろん! 君もだよ」

「あ、もうこんな時間だわ! 古代君、食器は洗い流さないでいいよ]
「おっと、もうこんな時間か。今朝は一足先に出るよ。なるべく早く帰るから」
「うん。気をつけていってらっしゃい」

泡まみれの手を拭きながら、頬と頬を軽く合わせる二人。

「古代君、」

と雪は彼を呼び止めようとした。

すると、彼は困った顔をして言った。






「なあ、雪。君も『古代』なんだから、そろそろ、その『古代君』っていう呼び方は変えないか?
俺達、結婚して一年なんだから」






end






*******

HAPPY BIRTHDAY! SUSUMU!


2016 0707 hitomi higasino




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