「Trick or Treat」


うーーん。

キッチンで腕組みをしてしかめっ面の雪は、帰宅した古代にまだ気づかないでいる。

「ただいまって三回目なんだけど? 雪、何やってるの?」
「あ、こ、古代君!!!」

しまった、という顔をした雪は、コンロにある鍋を背で隠したつもりでいる。

「あ、今回も派手にやったか……」


地球に帰還して一年弱。互いに忙しくしていた古代と雪は、
激務の合間を縫ってデートを重ね、愛を育んできた。
古代の一人暮らしの部屋の合鍵は雪にも渡され、今日のように先に帰宅して彼の帰りを待つことも度々だった。
玄関に飾られた、ジャック・オ・ランタンに、古代は眉尻を下げた。
最愛の恋人が、おかえりなさいと出迎えてくれるのは、どんな時も嬉しいものだ。
しかし、今夜はエントランスで開錠したにも関わらず、彼女は気づいていないようだった。

帰宅してドアを開けた古代は、すぐにその”異変”に気づいていた。
(ん?なんか焦げ臭いぞ……火事??、雪っ!!)

何度呼んでも応答のない雪に、古代は心配になって、玄関から靴を脱ぐのも忘れ
キッチンまで乗り込んできてしまったというわけで。

失敗を見咎められたと思い込んだ雪は、ハの時に眉をさげた、古代の残念そうな顔を見て泣き出した。
「ごめんなさい……。またやっちゃったわ、私」

「大丈夫か?怪我とか火傷はない?」
心配する古代は、片方ずつ靴を脱ぎ捨て、雪に駆け寄る。
「うん。大丈夫よ。だけど、また夕飯を台無しにしちゃったの」

ステーキ肉は、まあ、大丈夫だろう。ウェルダン、と言えないことも、ない、きっと。
スープは煮詰まり、既に野菜の形がなくなってしまっている。これはこれで、アリか。

さて、問題は焦げたかぼちゃの煮つけ。
「苦くなっちゃったから、もう無理よね」
そう言って、雪は古代から見えないように、焦げ付いたかぼちゃの残骸を、鍋から引きはがす。

「ちょ、待てよ。リサイクルできるって」
「え?」
「着替えてくるから、そのままで待ってて」
婚約者の肩を抱き、耳元で優しく囁くと、古代はひとまず寝室へ消えた。

制服を脱ぎ、ラフなシャツに腕を通し、いつもはもっとくだけた部屋着を履く古代が、今夜はコットンパンツに履き替えて
キッチンに戻ってきた。

「ハイ。約束してたワイン。どれがいいかわからないから、適当に見繕ってもらった」
まだ泣きべそをかいている雪に、ボトルを1本手渡した。
「大丈夫。どれもちゃんと食おうよ。美味そうじゃないか」
わざと大げさに言い、ペロリと舌なめずりまでしてみせた婚約者に、雪はこの夜初めて笑顔を見せた。
「もう!古代くん!!いいわよ。そのかわり、残しちゃダメよ?」
「ハイハイ。完食するって」


エプロン姿の彼女を後ろから羽交い絞めにして、さっきまで涙を浮かべていた雪の頬に、軽くキスを落とす。
「僕も手伝うから」

一人暮らし歴の長さからか、古代は手際がいい。凝った料理はしないが、例えば前の日の残り物で
味噌汁を作ったりくらいは朝飯まえなのだ。
古代の主婦並みの手際に、雪は少し、いやかなりの部分で嫉妬しているのだった。
仕事上のミスがあったとしても、そのカバーはソツなくするし、人前で涙を見せることなど滅多にしない彼女だが。

こと、家事になるとどうにも失敗つづきで、いつも古代を困らせているのじゃないかと
できない自分が悔しくて堪らないのだ。


しかし、そんな我儘も言ってはいられない。半年もすると自分は彼の妻になるのだから。
今の世の中、女性だけが家事をして当たり前だとは言われないが、かと言って全くできないのも悲しい。
少しでも彼の役に立ちたい、それは彼も同じ思いだろうけど、私だって!
と、堂々巡りなのであった。

「雪、冷蔵庫からハム取って。コーヒーミルクも。きゅうりも。あ、ゆで卵2個作って」
「ハム、よし。コーヒーミルク、よし。あ、きゅうり…は半分しかないけど? よし? ゆで卵よーし」

いつしか二人は、鼻歌めいた号令の掛け合いですっかり和み、失敗煮つけのリサイクルに取り組んでいた。

「わあー、凄い。ゆで卵入れたら、苦みが薄れたわ。コーヒーミルクも使い様よね。これなら大丈夫。ステーキには
こっちのクリーミーかぼちゃサラダの方が合ってるわね」
「そうだろ、そうだろ」
うんうん、と古代も機嫌よく頷く。

少し焼き色の強いステーキも、水分の少なめのスープも、苦みは大人の味よね♪なかぼちゃのサラダも
すっかり平らげた二人。

ゆっくりグラスのワインを傾けた。
「で、雪ちゃん。今日は泊まり??」

「え、っと」
もちろん雪もそのつもりで用意してきているのだけど。

「Trick or Treat?」
「ヤ、古代君、どっちにしてもイタズラしちゃいそう……」
「……正解」

飲み干したグラスをテーブルに置いた。
古代は半身を乗り出して、向かいに座る雪に唇を求めた。
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