「おぅ……。古代か」
いつもは「戦術長」と呼ぶところ、加藤は呼び捨てで呼んでしまった。
篠原から訊いていた古代のことが気になっていたせいもある。
加藤は、午後からのトレーニングを開始するべく、トレーニングルームにやって来た。

つい心の声が口に出て、その声に反応した古代がこちらを振り返った。
「ああ。身体を鍛えておくのも任務の一つだしな」
加藤が、隣、いいか?と訊くまでもなく、古代は、隣のベンチプレスにかけてあったタオルを外した。
呼び捨てにされたことも気にしていないようだ。
額にうっすらと掻いた汗をタオルで拭って、また真面目な顔に戻した古代に、
加藤は、今日こそは何か話しかけてみるか、と話題を探している。

初めて古代に会った時、彼と島は、その頃まだ上の階級だった自分を振り切って、無茶な命令違反を犯した。
大事な戦闘機をおしゃかにされたことも、無断で飛び出していったことも、下手すれば怪我をするか死んでいた
かもしれない、そんな無鉄砲な身勝手さに腹が立って、殴りつけた。
そのことを、今更詫びるつもりもない。乗艦してすぐに、自分なりのけじめをつけたつもりでいた。

反目しあっているわけではないし、先日のメ二号作戦は、連携して上手くいった。
玲の航空隊入隊についても、ひっかかりは感じていたが、作戦の成功によりそれも消えた。
だったら、もっと仲良くするべきか。

――と、加藤は心の奥で考えていたのだ。


「ここのところ三日連続だな」
「よく知ってるな。あ、篠原だな? 昨日も一昨日も、あいつにからかわれた」

そうだ。篠原に自分も聞いたのだ。戦術長が最近頻繁に航空隊員と一緒にトレーニングしていると。
『古代、自分たちと距離を感じているのかもしれません。最近よくトレーニングが一緒になるんです。
挨拶と、軽い会話しかしませんけど、なんか隊長に話でもあるんですかね?』

昨日の昼飯を食べている時、篠原がなんとはなしに話していたのだ。
加藤は、長髪、長身で一見チャラい外見の副隊長を、思い浮かべる。
(あいつは、自然体でいながら、気配りも上手い。俺も、古代も、心配されているのか)


「そうか……。あ、山本は、うちの隊に馴染んでいってる。心配ない」
「それはよかった。加藤のおかげだな」
「篠原や、他の隊員も気にかけてやってる。それにあいつも努力しているしな」

ベンチの上に半身を起こしていた古代は、加藤の言葉をきいてから、またベンチに仰向けになった。
そして、準備されていたバーベルに手を掛け、腹筋に力を入れる。腹から出たような呼吸の漏れによって
、これから古代はまた黙々とトレーニングに励むつもりだと、加藤にもわかった。

「俺、て、手伝おうか?」
何か話さなければいけない、と思った加藤は、古代のバーベルを逆手に掴んで、補助役を買って出ていた。

「えっ、いや、別にいいよ。これ、そんなに重くないし。補助なしで大丈夫だ」
「是非補助をさせてくれ! なんだったら100キロに挑戦するか? 」
ベンチに仰向けになって、バーベルを持ち上げようとしている古代と、上から覗き込んでバーベルを掴んでいる加藤。
傍からみると、二人ともなぜか困惑した表情で、バーバルの取り合いをしているようにも、睨みあっているようにも見えた。

「本当に大丈夫だって。俺は50キロくらいを一人で持ち上げるくらいが丁度いいんだ」
「いいや、100に挑戦しよう! 俺と一緒に!」

まわりの隊員たちは、いつも違う隊長と、戦術長のやりとりにざわつきだした。



沢村が、篠原を呼んで来ようと、と立ち上がりかけた時、

「隊長! 何やってるんすか! そんな体勢で喧嘩売るなんて、古代さんが不利でしょう!」と、
トレーニングをしようとやってきた篠原が、加藤と古代の様子を見て、血相を変えて飛んできた。

「へ?」
逆手で掴んでいたバーを離して、加藤は間抜けな面構えで篠原を見る。
「うぉっ!?」
急に重さが増加したバーバルを、額の上すれすれのところまで落としそうになった古代は、普段出さないような大声を出した。
端の方でトレーニング中の者まで振り返った。

「あぶねっ!」と、少し離れた場所で黙々とトレッドミルで走り込んでいた沢村が、手を伸ばしてきて、古代のバーベルに手を添えた。
小橋は、顔を真っ赤にしたまま無言で、走り寄った。

古代が気づくと、その場にいた航空隊員全員が、彼が仰向けに寝ているベンチをぐるりと取り囲むような形で、覗きこんでいた。

「大丈夫ですか?」
一拍置いてから、篠原が古代に訊く。
「え、あ、ああ。大丈夫。今日は100キロ挑戦は遠慮しておくよ、加藤」
バツが悪くなった古代は、もうベンチプレストレーニングをする気も無くなって、バーをもとの位置に戻した。
なんとなく場の雰囲気を察した加藤は、背後から篠原に突かれながら、
「古代、邪魔して悪かったな。今度は一緒にトレーニングしようぜ。今度こそ100キロに挑戦だ」と言った。
二人の様子から、(なんだ喧嘩したんじゃないのか)と、隊員たちはそれぞれの胸をほっとなでおろし、三々五々、散らばっていった。

「ああ。わかった。明日はどうだ?」
腰を上げた古代は、そう言いながら、加藤に右手を出していた。
古代も加藤も似た者同士。少し不器用であるが、わからずやではない。
出された右手同士を握り合って、加藤と古代は頷き合った。
「お、おう! 明日な。同じ時間だ。篠原、お前も来いよ」
「はいはい」
篠原は握手には加わらず、両手を頭の後ろに回して組んでいた。
「じゃあ、先に失礼する」
古代は、来た時と同じ真面目な顔に戻って、後方にいる隊員たちにも届くような声で返したのだった。




それからわずか10分足らずの間に。

トレーニングルームにいた隊員たちから、”男二人の友情トレーニング”情報は、一斉に拡散されたのだった。


―― 明日○○XXトレーニングルームにて。
古代戦術長と、加藤航空隊長のベンチプレス対決! 必見!!







2016 0726  hitomi higasino






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