「カレが好きといったあと」

無事に花束も渡せて、雪もそれを喜んでくれたことに安堵した古代は「じゃあ、また明日!メールするよ」
と清々しい笑顔で、雪に背を向けた。
「え、あの、コーヒーでも飲んでいかないの?」
「いいよ、もう遅いから。じゃあな。おやすみ」


「……この展開は想定外だわ」
一人残された雪は、唖然として古代の背中を見送った。




家に着いた古代からは、再度『明日迎えにいくよ。朝の7時にスポーツウェアを着て、待機のこと』
とメールが届いた。
雪は、彼からもらった花束を、水を張ったバケツに付けながら、古代の事を想う。
「バラの花言葉、チューリップの花言葉。えっと、これは何の花だっけ?」
古代がどんな顔をして、この花束を作ってもらっていたのか。想像するだけでちょっと可笑しい。
「明日、デートのついでに花瓶も買っちゃおう」
さっきまで泣きそうになっていた顔が、古代からのたった一言で、もう笑顔だ。
「お・や・す・み。古代君」
バラの花の香りを胸いっぱいに吸い込むと、強烈な幸福感が押し寄せてきて、雪は勢いそのまま
ベッドに飛び込んだのだった。



翌朝。
目覚まし時計のベルで雪は飛び起きた。慌てて早朝デートの準備に取り掛かる。
彼からのメールでは、軽く走るからとだけあったので、雪もそれに備えて体を整える。
ヤマトから降りてからは、彼と会う時は、薄くても化粧をしている方が多かったのだが
今日はスッピンの方がいいのだろうか、髪は結んだ方がいいよね。などとやっているうちに
約束の七時になり、古代がエントランスに到着した。
雪は彼の元へ急いだ。

「おはよう」
「おはよう、古代君」
「今朝は気持ちいいから、隣の街まで走るよ。旨いベーカリーを発掘したんだ。そこで朝飯買って、雪の部屋で食う」
「それいいわね! 古代君このルートはよく走るの?」
「最近よく走ってるよ」
「時々、私も誘ってね」
「いいよ。じゃあ、出発しよう」


地下都市と言えど、朝は気持ちがいい。空気も澄んでいるし。
時々、古代が速度を速めたり、緩めたりして雪をリードしながら二人は走った。


「古代さん?」

そこがもう、べーかりーだよと古代が雪に話しかけていたときに、誰かに古代が呼び止められた。
「やっぱり、古代様ですよね?」
「はい、古代ですが」
雪は、エプロン姿の若い女性が、にこにこと彼に笑いかけているのを見て、彼の脇を小突いた。
「先日は、花束をお買い上げありがとうございました」
女性はそういって、ぺこりとお辞儀をする。
「ああ、花屋の……」
「はい。古代さんってお名前が印象的で、それにあの時のお客様の様子がとても印象に残っていて」
「おかげでとても喜んでくれたんだ」
「ひょっとしないでも、彼女さん? ですよね?」
突然話が振られて、雪は「え??」と固まった。
「古代様の花束を作らせていただいたの、私なんです。その時の古代様が」
「また来るよ。彼女のプレゼント買う為に」
「なんですか? 聞きたいです。古代君のその時の様子」
雪は、面白がってその先を聞きたがった。花屋の店員も同じくらいの若い店員だったので
雪の気持ちがわかるのだろう。身を乗り出す勢いで話し始める。

「彼女にプレゼントしたいからというお話だったので、その方のイメージをお伺いしたんです
とても綺麗なひとだっておっしゃって。 気高く、可憐で、いじらしくて、可愛らしい。
おまけに人への思いやりがあって、優しい。時々とても強くて、芯が一本通ってて、頑固でもあるって。
熱弁を奮ってらっしゃいまして、これは私も気合いをいれたものをおつくりしなければ、と思いました」
「あ、君仕事中だろ? 雪、隣のベーカリーのバゲットが今焼けたらしいぞ」
古代は、花屋の話を遮って、雪の手を掴んだ。
「素敵なお花をありがとう。また作ってくださいね」
雪は頬を上気させて、花屋に礼をいう。
「はい。是非また!」

「忘れて。今のは。雪の好きなパン全部買ってやるから!」
「古代君、可愛い」
雪は彼に引引きずられて早足で歩くが、満面の笑みを浮かべていた。







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