「嫉妬」
1
船務科の女子クルーの間で、最近話題に上るのが、森船務長の<記憶障害について>だ。
噂の出所は船務長本人なので、記憶障害のみについてなら、それは事実だった。
ただその事実に尾ひれがついて、憶測の域を出ない話がまことしやかに流れているといったところだ。
雪が自身の記憶障害を利用して、古代戦術長に色仕掛けというものだった。
噂を聞いた岬が「そんなことはない」と雪を庇っていたが、それも焼け石に水のようで
噂好き、詮索好きな女子クルーの間に広がっていってしまった。
もちろん雪はそんな噂にまともに取り合わなかったが、ある時その噂話を目前で流され
流石にカチンときて、注意をしようと立ち上がった。昼休憩の食堂での出来事だった。
「清水さん、それ、どういうこと? 私が戦術長に色仕掛けだなんて。そんな破廉恥な事
私はしていないわよ?」
「船務長。私は事実を申し上げたまでです。船務長が過去に事故に遭われて、記憶をなくされた
ことはお気の毒に思います。けれど、それを多忙な戦術長に相談したり、気を引こうとして
戦闘機の訓練を始めたり。それってどうなんでしょうか? 部下に示しがつきますか?」
清水と呼ばれた女子クルーからの強い口調の反論に、しかし雪は一歩も引かずに胸を張った。
「私に疾しい気持ちはひとつもありません」
「自覚がおありではないのですね? 戦術長はお優しいから、船務長に同情されているのですよ?
お気づきになりませんか?」
そこまで言われて、雪ははっと息を飲んだ。
「今気づかれましたか?」
清水は、心配そうに脇に立っている他の女子クルーに腕を引っ張られながら、その場を後にした。
幸い、誰も二人の口論に気付くものはいなかった。しかし、雪が呆然とその場に立ち尽くしている
姿を、真琴は不審に思い、声をかけた。
「雪さん? どうしました? ボーっとしちゃって。ごはんちゃんと食べました?」
「あ、ええ。今済ませたところ」
顔色が冴えない雪は、無理をして真琴に笑顔を向けた。
「デザートご一緒しませんか?」
「ううん。お腹いっぱいなの」
取り繕った笑顔は、きっと真琴にばればれだろう。でも彼女はそれ以上の詮索はせずに
「またお話聞かせてくださいね」とだけ告げて、他の女子クルーのもとに向かった。
2
そうなのだろうか。自分は同情されていた?
雪の脳裏に浮かんだのは、哀れみの目を自分に向ける古代の姿だった。
彼は、自分に向けていた笑顔を清水に向け、二人で見つめあいながら、
自分からどんどん離れていってしまう。
「違うわ。そんな人じゃない」
思わず出たため息とか細い声は、しかし、しっかりと後ろのテーブルにいた古代の耳に届いていた。
「何が違うって?」
今まさに思っていた人に声を掛けられた雪は、思わず「何でもない!」と声を荒げてしまった。
「あ、いえ、ごめんなさい」
古代の驚いた顔に、雪は申し訳なさそうに謝った。
「さっきからぼーっとしてただろ? 原田くんと話してた時も上の空で」
「見てたの? いつから?」
ひょっとして清水との口論も聞いていたのかもしれないと思うと、雪は泣きたくなった。
「俺はさっき来たばかりだよ。席について前を見たら、君が原田君としゃべってた。誘おうかと
思ったんだけど、君はもう飯食い終わったみたいだし」
「このあとの」
「そうそう。戦闘機のシミュレーション訓練の事だけどさ」
「今日はいいわ。ごめん。せっかく時間作ってもらったのに」
「ん? やっぱりどこか具合でも悪いの?」
「ちょっとね。休めば大丈夫」
「わかった。ゆっくり休めよ。また別に時間作るよ」
「でも、本当にいいの? 古代君、忙しいのに何だか申し訳ないな」
「今更な話だな。君がどうしても覚えたいって言うから始めたんだろ? 怖気づいたの?」
古代はいつもの調子で、からかうように雪を挑発した。
「違うわ! やる気だけは誰にも負けないんだから」
こうなると古代のペースだ。彼はしたり顔でスープを口に運ぼうとしていた。
「OK。また連絡するよ」
「わかった。ありがとう」
古代が多忙なのは事実だ。雪と話し終わると、彼はスープを飲みながら、持ってきたタブレット
を覗き、考え込んでいた。
沖田艦長が床に臥すことが多くなり、副長共々益々多忙になったのだ。
真面目な性格からして責任感も相当強い。自分の飛行訓練についても、引き受けてしまった
以上、全うしなければとの思いが強いのだろう。
(同情なんかじゃない。責任感の強さから……だよね)
そう思うことで、雪の気持ちは軽くなるはずだったのだが。
余計な負担を掛けているのでは、と心配になるのだった。
それから、変な噂についても。自分は何を言われても構わないが、古代がその的になることは
本意ではない。
どちらにせよ、このまま知らんふりするわけにはいかない。
本当のことを話せば、一笑に付される。それでもやり抜こうとするのだろう。
自分もたぶんそうだから。
だとしたら、やっぱり。何も話さずに距離を置こう。
雪の頭の中には、今日から7日分の彼との飛行訓練のスケジュールがインプットされていた。
その一つずつを先に消去していく。
古代に何と言い訳しようかと考えれば、溜息しか出てこなくなった。
3
「森君? 彼女なら疲れていたみたいだから、自分の部屋で休んでいるんじゃないか?」
第一格納庫。昼食の後雪の飛行訓練に付き合うつもりだった古代は
空いた時間を持て余して此処に来た。ゼロの機体を磨いていると、船務科の清水が船務長がいないか
と訪ねてきたのだった。
「そうなんですか……。てっきりこちらにいらっしゃるのだと思ってました」
清水は、タブレットから古代へ視線を移し、小さく溜息を吐く。
雪を探しに来たのだと思っていた清水は、しかし、古代に何か言いたそうにしてチラチラと視線を送る。
「何? 僕に用なの?」
堪らず古代は、清水の視線を受け止めて訊いた。
「戦術長は、気にならないんですか?」
古代は、何の事だかさっぱりわからず、眉間に皺を寄せている清水に
「何の事だ?」と再度問うた。
「森さんのことです」
「森君の? 何?」
「記憶を失くされたことです」
「彼女は、そういったハンディを感じさせないで任務を全うしているんじゃないか? 何か問題でも?」
「……戦闘機の訓練をされていると聞いています。戦術長の同情を誘って。違いますか?」
「はあ?」
「事故に遭われたのはお気の毒だと思います。だけどそれを利用して、何もお忙しい古代さんに
訓練を頼まなくても。見ていて不快です。これは問題じゃないでしょうか?」
清水の言い分を黙って聞いていた古代が口を開いた。
「ああ。それは問題だな」
古代の答えに、清水は目を見開いた。
「やっぱりそうですよね! 私、森さんにさっきそう言ったんですよ。なのに、船務長は
疾しいことなんてないっておっしゃるから。自覚がおありじゃなかったみたいなんですよ。
古代さんから、そう話してくださいませんか?」
古代は、まくり上げていた袖を元に戻しながら、清水に向き直った。
「森君も僕も、訓練中は真剣だ。彼女の熱意は相当なものだよ。艦長もご存知で了解を得ている。
船務科での仕事に支障をきたすわけでもない。問題なのは君の方じゃないのか?」
自分の意見に賛同してくれると思っていた古代から、はっきりと否定されて清水は返答に詰まった。
「あの、でも。これは私一人の意見ではなくて……」
「僕は特に問題はないと判断している。これが答えだ」
「どうしてですか? どうしてそんなに森さんの肩を持つんです?」
「それは、一目瞭然だからだ。君が何のために此処に来たのか。森君を探すふりをして
実際は彼女のことを俺に告げ口しにきたんだろ? 疾しい気持ちがあるのは君のほうじゃないか?
だから、最初に嘘をついた。違う?」
「古代君」
扉が開いて、雪が立っている。
一旦は訓練自体を止めてしまおうと思った雪だったが、そうすることで古代の厚意を無にすることになると
考えを改めた。今日できなかった訓練を、また別の機会に。そう古代に話そうと思い立ち
部屋のベッドから飛び起きて、格納庫へ来たのだった。中で清水と話す古代の声が聞こえてきて
雪はしばらく動けないでいた。
4
「清水さんが私を探しに来たのは本当だと思う」
雪の言葉に、清水は思わず後ずさった。
現れた雪に一番驚いたのは清水だ。告げ口に行った先の古代からは、それを否定された。
雪にタイミング悪くその場面を押さえられて、言い訳ができなかった。
下を向き肩を震わせていた。
「引き継ぎの件で相談を受けていたのに、さっきは私情でそれを無視してしまった。
だから、来てくれたんでしょ? ごめんなさいね」
「あの、私は。森さん……」
雪は硬かった表情を解き、俯いている清水の顔を覗き込んだ。
「あなたから信用されていないのは、私に問題があるのよね。反省しています」
「あなたはっ! 何でも持っていて。何でもこなす能力があって、人望も厚くて
だから、私は、そんな森さんが……嫌いです」
最後の方は消え入るくらいに小さな声だった。
清水の話した内容に一貫性がなくて、古代は苦笑いをする。
「嫌いですけど、信用していないわけではないです」
雪も古代と目が合うと、苦笑を浮かべるしかなかった。
「嫌われてるけど信用はしてくれてるんだよね? ならよかったわ」
「とても失礼な事をした自覚はあるので、どんな処分でもお受けします。その覚悟はあります」
雪の態度から身構えてしまう清水だったが、そんな彼女に古代は吹き出して言った。
「それじゃあ、森君の操縦する100式に同乗するってのはどうだろう?」
「それバツゲームっていいたいの? 酷いんじゃない?」
また二人のイチャイチャが始まるだなんて、清水にとっては耐え難い。これこそ最悪のバツゲームだ。
「いえ、それだけは勘弁してください……」
心の底からそれだけは嫌だと清水は思った。
「清水君、一つ言い忘れていたけど」
真顔になった古代は、清水に、そしてその隣にいる雪に向けて告げる。
「はい?」
「人に教えることで、僕にとっても訓練になっているんだ。僕も森君から教わることが多いんだよ」
二人の間に、自分が入り込む余地は少しもない。はっきりと悟って、清水は項垂れそうになりながらも
顔を上げて雪を見た。
「申し訳ありませんでした。船務長。戦術長、ご迷惑おかけしてすみません」
「不満があれば、今日みたいに直接言ってほしいの。善処しますから」
「はい」
「だけど、本音を言うと、悔しい気持ちもあったのよ。何をやっても信じて貰えないのかな、なんてね」
「それは……」
「怒ってるんじゃないの。誤解しないでね」
雪の顔に、寂しげな影が落ちるのを見て、清水はその時初めて胸に痛みを感じた。
「森さんは、華やかで、いつも誰かがそばにいて、きっと寂しいなんて感情は持ち合わせていらっしゃらない
そう思ってました」
「誰にでも孤独だと思う瞬間はあると思うな。君も、森君も。僕も」
「戦術長も、ですか?」
「そりゃあ、一人の人間だからね」
「私、私、森さんに嫉妬してたんです!」
今まで仏頂面で誤魔化していた清水の顔が急に歪み、それを隠すように両手で顔を覆った。
そしてわあっと声を上げて泣き出してしまった。
「清水さん?」
「ごめんなさい。つまらない人間なんですっ、わたし」
しゃくりあげはじめた清水には古代も困ってしまって、おろおろと落ち着かなかった。
「森君、彼女、誰かと交代させてやったら?」
「うん。こういう時は原田さんのところに行くと落ち着くのよ。ね? 医務室行こう」
雪は、小柄な清水の肩を抱き、そっとハンカチを渡して、格納庫の扉を開けた。
後ろを振り返れば、古代が大げさに溜息をつく振りをして、自分を笑わせてくれた。
彼の無言のエールが、いつだって雪には頼もしく感じられて、一人ではない、と思わせてくれるのだ。
古代から貰ったエールを、清水にも分けてあげたい。
本心からそう願えば、冷たく感じていた小柄な体からすっと体温が伝わってきて、雪は嬉しく思うのだった。
end
2014 0515 hitomi higasino
******
リクエストは2月のバレンタイン企画で頂いたものです。リク主はyamamiさま
記憶のないことを悩んでいた雪が、古代くんに全く相手にされない女の子たちのお話を偶然聞く。
自分の過去がわからないような人は古代君の相手にはふさわしくないとかという、雪ちゃん対する嫉妬心からの話
最後は前以上にラブラブになるというような感じ
というリクエストだったのですが;; 自分解釈でところどころ変えてしまいました;;
遅くなりまして、ほんとすみません;;
雪が、自分の記憶障害についてどこまで悩んでいたのだろう?とか考え直すきっかけになりました。
古代君との関係も、まだまだ発展途上な頃で、こういう方向に向いてくれたら、と願いながら書いていました。
自分の中に、古雪の落としどころを、一つ増やすことができて、リクくださったyamamiさまに感謝の気持ちで一杯です。
ありがとうございました!! 考えて、悩みもしましたが、それ以上に楽しかったですv
ひがしのひとみ
1
船務科の女子クルーの間で、最近話題に上るのが、森船務長の<記憶障害について>だ。
噂の出所は船務長本人なので、記憶障害のみについてなら、それは事実だった。
ただその事実に尾ひれがついて、憶測の域を出ない話がまことしやかに流れているといったところだ。
雪が自身の記憶障害を利用して、古代戦術長に色仕掛けというものだった。
噂を聞いた岬が「そんなことはない」と雪を庇っていたが、それも焼け石に水のようで
噂好き、詮索好きな女子クルーの間に広がっていってしまった。
もちろん雪はそんな噂にまともに取り合わなかったが、ある時その噂話を目前で流され
流石にカチンときて、注意をしようと立ち上がった。昼休憩の食堂での出来事だった。
「清水さん、それ、どういうこと? 私が戦術長に色仕掛けだなんて。そんな破廉恥な事
私はしていないわよ?」
「船務長。私は事実を申し上げたまでです。船務長が過去に事故に遭われて、記憶をなくされた
ことはお気の毒に思います。けれど、それを多忙な戦術長に相談したり、気を引こうとして
戦闘機の訓練を始めたり。それってどうなんでしょうか? 部下に示しがつきますか?」
清水と呼ばれた女子クルーからの強い口調の反論に、しかし雪は一歩も引かずに胸を張った。
「私に疾しい気持ちはひとつもありません」
「自覚がおありではないのですね? 戦術長はお優しいから、船務長に同情されているのですよ?
お気づきになりませんか?」
そこまで言われて、雪ははっと息を飲んだ。
「今気づかれましたか?」
清水は、心配そうに脇に立っている他の女子クルーに腕を引っ張られながら、その場を後にした。
幸い、誰も二人の口論に気付くものはいなかった。しかし、雪が呆然とその場に立ち尽くしている
姿を、真琴は不審に思い、声をかけた。
「雪さん? どうしました? ボーっとしちゃって。ごはんちゃんと食べました?」
「あ、ええ。今済ませたところ」
顔色が冴えない雪は、無理をして真琴に笑顔を向けた。
「デザートご一緒しませんか?」
「ううん。お腹いっぱいなの」
取り繕った笑顔は、きっと真琴にばればれだろう。でも彼女はそれ以上の詮索はせずに
「またお話聞かせてくださいね」とだけ告げて、他の女子クルーのもとに向かった。
2
そうなのだろうか。自分は同情されていた?
雪の脳裏に浮かんだのは、哀れみの目を自分に向ける古代の姿だった。
彼は、自分に向けていた笑顔を清水に向け、二人で見つめあいながら、
自分からどんどん離れていってしまう。
「違うわ。そんな人じゃない」
思わず出たため息とか細い声は、しかし、しっかりと後ろのテーブルにいた古代の耳に届いていた。
「何が違うって?」
今まさに思っていた人に声を掛けられた雪は、思わず「何でもない!」と声を荒げてしまった。
「あ、いえ、ごめんなさい」
古代の驚いた顔に、雪は申し訳なさそうに謝った。
「さっきからぼーっとしてただろ? 原田くんと話してた時も上の空で」
「見てたの? いつから?」
ひょっとして清水との口論も聞いていたのかもしれないと思うと、雪は泣きたくなった。
「俺はさっき来たばかりだよ。席について前を見たら、君が原田君としゃべってた。誘おうかと
思ったんだけど、君はもう飯食い終わったみたいだし」
「このあとの」
「そうそう。戦闘機のシミュレーション訓練の事だけどさ」
「今日はいいわ。ごめん。せっかく時間作ってもらったのに」
「ん? やっぱりどこか具合でも悪いの?」
「ちょっとね。休めば大丈夫」
「わかった。ゆっくり休めよ。また別に時間作るよ」
「でも、本当にいいの? 古代君、忙しいのに何だか申し訳ないな」
「今更な話だな。君がどうしても覚えたいって言うから始めたんだろ? 怖気づいたの?」
古代はいつもの調子で、からかうように雪を挑発した。
「違うわ! やる気だけは誰にも負けないんだから」
こうなると古代のペースだ。彼はしたり顔でスープを口に運ぼうとしていた。
「OK。また連絡するよ」
「わかった。ありがとう」
古代が多忙なのは事実だ。雪と話し終わると、彼はスープを飲みながら、持ってきたタブレット
を覗き、考え込んでいた。
沖田艦長が床に臥すことが多くなり、副長共々益々多忙になったのだ。
真面目な性格からして責任感も相当強い。自分の飛行訓練についても、引き受けてしまった
以上、全うしなければとの思いが強いのだろう。
(同情なんかじゃない。責任感の強さから……だよね)
そう思うことで、雪の気持ちは軽くなるはずだったのだが。
余計な負担を掛けているのでは、と心配になるのだった。
それから、変な噂についても。自分は何を言われても構わないが、古代がその的になることは
本意ではない。
どちらにせよ、このまま知らんふりするわけにはいかない。
本当のことを話せば、一笑に付される。それでもやり抜こうとするのだろう。
自分もたぶんそうだから。
だとしたら、やっぱり。何も話さずに距離を置こう。
雪の頭の中には、今日から7日分の彼との飛行訓練のスケジュールがインプットされていた。
その一つずつを先に消去していく。
古代に何と言い訳しようかと考えれば、溜息しか出てこなくなった。
3
「森君? 彼女なら疲れていたみたいだから、自分の部屋で休んでいるんじゃないか?」
第一格納庫。昼食の後雪の飛行訓練に付き合うつもりだった古代は
空いた時間を持て余して此処に来た。ゼロの機体を磨いていると、船務科の清水が船務長がいないか
と訪ねてきたのだった。
「そうなんですか……。てっきりこちらにいらっしゃるのだと思ってました」
清水は、タブレットから古代へ視線を移し、小さく溜息を吐く。
雪を探しに来たのだと思っていた清水は、しかし、古代に何か言いたそうにしてチラチラと視線を送る。
「何? 僕に用なの?」
堪らず古代は、清水の視線を受け止めて訊いた。
「戦術長は、気にならないんですか?」
古代は、何の事だかさっぱりわからず、眉間に皺を寄せている清水に
「何の事だ?」と再度問うた。
「森さんのことです」
「森君の? 何?」
「記憶を失くされたことです」
「彼女は、そういったハンディを感じさせないで任務を全うしているんじゃないか? 何か問題でも?」
「……戦闘機の訓練をされていると聞いています。戦術長の同情を誘って。違いますか?」
「はあ?」
「事故に遭われたのはお気の毒だと思います。だけどそれを利用して、何もお忙しい古代さんに
訓練を頼まなくても。見ていて不快です。これは問題じゃないでしょうか?」
清水の言い分を黙って聞いていた古代が口を開いた。
「ああ。それは問題だな」
古代の答えに、清水は目を見開いた。
「やっぱりそうですよね! 私、森さんにさっきそう言ったんですよ。なのに、船務長は
疾しいことなんてないっておっしゃるから。自覚がおありじゃなかったみたいなんですよ。
古代さんから、そう話してくださいませんか?」
古代は、まくり上げていた袖を元に戻しながら、清水に向き直った。
「森君も僕も、訓練中は真剣だ。彼女の熱意は相当なものだよ。艦長もご存知で了解を得ている。
船務科での仕事に支障をきたすわけでもない。問題なのは君の方じゃないのか?」
自分の意見に賛同してくれると思っていた古代から、はっきりと否定されて清水は返答に詰まった。
「あの、でも。これは私一人の意見ではなくて……」
「僕は特に問題はないと判断している。これが答えだ」
「どうしてですか? どうしてそんなに森さんの肩を持つんです?」
「それは、一目瞭然だからだ。君が何のために此処に来たのか。森君を探すふりをして
実際は彼女のことを俺に告げ口しにきたんだろ? 疾しい気持ちがあるのは君のほうじゃないか?
だから、最初に嘘をついた。違う?」
「古代君」
扉が開いて、雪が立っている。
一旦は訓練自体を止めてしまおうと思った雪だったが、そうすることで古代の厚意を無にすることになると
考えを改めた。今日できなかった訓練を、また別の機会に。そう古代に話そうと思い立ち
部屋のベッドから飛び起きて、格納庫へ来たのだった。中で清水と話す古代の声が聞こえてきて
雪はしばらく動けないでいた。
4
「清水さんが私を探しに来たのは本当だと思う」
雪の言葉に、清水は思わず後ずさった。
現れた雪に一番驚いたのは清水だ。告げ口に行った先の古代からは、それを否定された。
雪にタイミング悪くその場面を押さえられて、言い訳ができなかった。
下を向き肩を震わせていた。
「引き継ぎの件で相談を受けていたのに、さっきは私情でそれを無視してしまった。
だから、来てくれたんでしょ? ごめんなさいね」
「あの、私は。森さん……」
雪は硬かった表情を解き、俯いている清水の顔を覗き込んだ。
「あなたから信用されていないのは、私に問題があるのよね。反省しています」
「あなたはっ! 何でも持っていて。何でもこなす能力があって、人望も厚くて
だから、私は、そんな森さんが……嫌いです」
最後の方は消え入るくらいに小さな声だった。
清水の話した内容に一貫性がなくて、古代は苦笑いをする。
「嫌いですけど、信用していないわけではないです」
雪も古代と目が合うと、苦笑を浮かべるしかなかった。
「嫌われてるけど信用はしてくれてるんだよね? ならよかったわ」
「とても失礼な事をした自覚はあるので、どんな処分でもお受けします。その覚悟はあります」
雪の態度から身構えてしまう清水だったが、そんな彼女に古代は吹き出して言った。
「それじゃあ、森君の操縦する100式に同乗するってのはどうだろう?」
「それバツゲームっていいたいの? 酷いんじゃない?」
また二人のイチャイチャが始まるだなんて、清水にとっては耐え難い。これこそ最悪のバツゲームだ。
「いえ、それだけは勘弁してください……」
心の底からそれだけは嫌だと清水は思った。
「清水君、一つ言い忘れていたけど」
真顔になった古代は、清水に、そしてその隣にいる雪に向けて告げる。
「はい?」
「人に教えることで、僕にとっても訓練になっているんだ。僕も森君から教わることが多いんだよ」
二人の間に、自分が入り込む余地は少しもない。はっきりと悟って、清水は項垂れそうになりながらも
顔を上げて雪を見た。
「申し訳ありませんでした。船務長。戦術長、ご迷惑おかけしてすみません」
「不満があれば、今日みたいに直接言ってほしいの。善処しますから」
「はい」
「だけど、本音を言うと、悔しい気持ちもあったのよ。何をやっても信じて貰えないのかな、なんてね」
「それは……」
「怒ってるんじゃないの。誤解しないでね」
雪の顔に、寂しげな影が落ちるのを見て、清水はその時初めて胸に痛みを感じた。
「森さんは、華やかで、いつも誰かがそばにいて、きっと寂しいなんて感情は持ち合わせていらっしゃらない
そう思ってました」
「誰にでも孤独だと思う瞬間はあると思うな。君も、森君も。僕も」
「戦術長も、ですか?」
「そりゃあ、一人の人間だからね」
「私、私、森さんに嫉妬してたんです!」
今まで仏頂面で誤魔化していた清水の顔が急に歪み、それを隠すように両手で顔を覆った。
そしてわあっと声を上げて泣き出してしまった。
「清水さん?」
「ごめんなさい。つまらない人間なんですっ、わたし」
しゃくりあげはじめた清水には古代も困ってしまって、おろおろと落ち着かなかった。
「森君、彼女、誰かと交代させてやったら?」
「うん。こういう時は原田さんのところに行くと落ち着くのよ。ね? 医務室行こう」
雪は、小柄な清水の肩を抱き、そっとハンカチを渡して、格納庫の扉を開けた。
後ろを振り返れば、古代が大げさに溜息をつく振りをして、自分を笑わせてくれた。
彼の無言のエールが、いつだって雪には頼もしく感じられて、一人ではない、と思わせてくれるのだ。
古代から貰ったエールを、清水にも分けてあげたい。
本心からそう願えば、冷たく感じていた小柄な体からすっと体温が伝わってきて、雪は嬉しく思うのだった。
end
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リクエストは2月のバレンタイン企画で頂いたものです。リク主はyamamiさま
記憶のないことを悩んでいた雪が、古代くんに全く相手にされない女の子たちのお話を偶然聞く。
自分の過去がわからないような人は古代君の相手にはふさわしくないとかという、雪ちゃん対する嫉妬心からの話
最後は前以上にラブラブになるというような感じ
というリクエストだったのですが;; 自分解釈でところどころ変えてしまいました;;
遅くなりまして、ほんとすみません;;
雪が、自分の記憶障害についてどこまで悩んでいたのだろう?とか考え直すきっかけになりました。
古代君との関係も、まだまだ発展途上な頃で、こういう方向に向いてくれたら、と願いながら書いていました。
自分の中に、古雪の落としどころを、一つ増やすことができて、リクくださったyamamiさまに感謝の気持ちで一杯です。
ありがとうございました!! 考えて、悩みもしましたが、それ以上に楽しかったですv
ひがしのひとみ
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プロフィール

管理人 ひがしのひとみ
ヤマト2199に30数年ぶりにド嵌りしました。ほとんど古代くんと雪のSSです
こちらは宇宙戦艦ヤマト2199のファンサイトです。関係各社さまとは一切関係ございません。扱っているものはすべて個人の妄想による二次作品です。この意味がご理解いただける方のみ、お楽しみください。
また当サイトにある作品は、頂いたものも含めてすべて持ち出し禁止です。
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