「通勤」  Hisato


古代くんが地球勤務のときは、彼が毎朝迎えに来てくれて、一緒に車で通勤する。
無理に私の都合に合わせなくていいって言うのに…
「地球にいる間くらい…少しでも長く、雪と一緒にいたいからね」
そんな風に大好きな人に笑顔を向けられて、嬉しくない女の子なんている?
いつも私ばかりがドキドキ…嬉しいけれど、何だか悔しい。
だから、ほんの少し困らせてみたくなる。

「ね、古代くん?」
「え?」
信号待ちの隙をついて、私はオードトワレを勢いよく彼のスカーフに吹きつけた。
「え…ちょっと、何これ!香水?」
「うん、古代くんが前に好きだって言ってくれた香りよ」
「言ったけど…これ、どう考えても女の子のつける香りだろ?…参ったな、これから仕事だっていうのに」
少し顔を顰めながら、古代くんは車を急発進させた。

「古代くん…もしかして、怒った?」
「そんなことない…けど、理由次第では怒るよ。何でこんなことしたの?」
「こうしたら、古代くんに近づく女の子が減るかなって思って…」
「雪…俺は、君のことしか…」
「わかってるわ。信じてる。だけど、古代くんは誰にでも分け隔てなく親切だから…
その優しさに好意を寄せる子は多いのよ?」
「そう、なの…?」
やっぱり、気づいていなかったんだ…そういう女の子が多いこと。
こんな朴念仁くんには、勝手にヤキモキするだけ時間の無駄なのかもね。

「…困らせてごめんなさい。今日は私のスカーフと交換しましょ。それなら大丈夫でしょ?」
話しているうちに駐車場に着いたので、私はすぐに自分のスカーフを取り、古代くんの首に巻いてあげた。
「スカーフ…雪の匂いがするね。やっぱりこっちだな」
「え?」
「こんな幸運が待ってるなら、悪戯されるのもたまにはいいかも」
「も…もうっ!」
その柔らかい笑顔にどきっとして、私は思わず俯いてしまった。
ほら、やっぱり私ばかりが振り回されている。
彼が何事かと覗き込んで来たけれど、私はわざと気づかないふりをした。



お題 yamami
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