然るべき場所へ

――戦術長だ、航海長だと言ってみても所詮はガキだな。
声には出さずとも、そう言いたげである。
加藤はわざと大げさに溜息を吐いた。
しかし、古代はそれを気にも留めないように黙々と航空隊ブリーフィングルーム檀上の床を磨いていた。

――船務長殿に仰せつかったからな。

と、これも言葉には出さない。
彼は、ヤマト船務長である森から、「戦術長が航空隊ブリーフィングルームで、航海長が
控室で、『艦内美化任務』を行うので、確認されたし」とお達しを受けてここに来たのだ。

先に着いたブリーフィングルームで、古代は文句も言わずに、段になっているデスクの下を、一つずつモップがけを
しているところだった。
「戦術長、終ったら言ってくれ。ハンコ押すから」
「うん、わかった……」
ボードに背をもたせ掛けて腕組みをしながら、

無駄口を利くでもなく、真面目に取り組む古代を、加藤は不思議そうに見ている。

やがて、加藤の存在を無視していたわけではない古代が、やっと顔を上げてこちらを見た。
「悪かったな……。今非番なんだろ? こんなことに付き合わせてしまって」
「いや、別に構わない」
謝罪の言葉が欲しかったわけではない。素直に謝られると加藤の方でも居心地が悪くなる。
「これも任務の一環だと思えばこそ、だ」
「悪い……」
古代は、心底悪いと思ったのか、この時初めてモップ掛けしている手を止めて
加藤に頭を下げた。
「冗談だって」
加藤は、そう言いつつ古代の肩をポンと叩いた。
彼は、森のクールな横顔を思い出している。
『諸事情があって、航海長と戦術長に<艦内を清掃せよ>との艦長命令が下りました。
非番のところ、大変申し訳ないのですが、加藤隊長にもご協力いただきたいのです』
森船務長は、そう言って非番で休憩中である加藤を呼び出したのだ。
そして『手加減は無用ですから』と涼しい顔で付け加えたのだった。
(あれは結構本気だったな。船務長はオン、オフの切り替えが上手いのかもしれん。
いや、アメとムチか?)

等と考えていると頬が緩みそうになる。
古代が、自分を見て首を傾げているので、加藤は慌てて別の話題を振った。

「玲は、”六日間のお勤め”を終えたぞ。篠原と二人で軽く説教しておいたから心配するな」
「ああ。俺がこんな罰当番中だからな。何もできずにすまん」
「玲のヤツ、反省していたようだ。今度ばかりはな」
「そうか。加藤や篠原が居てくれて助かる」
「まあ、そこんところは俺や篠原にまかせておけ」
「……頼む」

古代は、唇を真一文字に結んで、律儀に答えた。

ハンディ端末から着信音が鳴り、”島航海長”からの知らせが浮かんでいる。
「っと、今度は航海長殿からのお呼びだ。人気者は辛いよな」
「これから航空隊控室か?」
「ああ。あっちは、周りの奴らに冷やかされながら美化任務に取り組んでるだろうな」
「そうだな……。すまんな、加藤。迷惑かける」
加藤はくいくいと人差し指を折り曲げて、古代を呼び寄せる。
「ここは、もういいぞ。ハンコ押しておくから、次行け」
「わかった」
古代は頷いて、首からかけてあるプレートを、素直に加藤に差し出した。
加藤はハンコを押して、そのまま先に出て行こうとして、ふと思ったことを口にした。

「ところで森君、会いに来たのか?」

「えっ」

と言ったまま二の句を継げない古代を見て、加藤は(野暮だったか)と声を押し殺して笑うのだった。





******

ここは航空隊控室。
「航海長、ここ、しっかり磨いてくださいよーっ」
「煩いな、どいつもこいつもっ! こんな時とばかりに偉そうに言いやがって」
「だって、森さんから『手加減無用』と言われてるんですから。つべこべ言わず頑張ってください」
ね、船務長。

とその場に居る篠原、根本、沢村らが一斉に森の方を見たので、森も一瞬困った顔をしたが、
すぐに表情を引き締めて「文句言わない!」と島の背中を押したのだった。

加藤が、雪の”アメとムチ”について考えながら航空隊控室の扉を開けると、
彼の想像通り、島が、他の隊員たちにからかわれながら、こちらもモップ掛けに勤しんでいる最中だった。
が、一つ予想に反して、そこには森船務長の姿があった。

「お、森船務長、直々に見回りか」
「そういうわけじゃないけど……。近くを通ったので来てみただけです」
そうではない事を、加藤は知っている。
現に、古代のもとを訪れていたのだから。
「古代は、ブリーフィングルームの清掃を終えましたよ」
「そう……」
知っているはずのくせに。

と心の中で森に話しかけるが、当の森の反応は思ったよりも薄い。
古代との仲をからかわれるのを気にするよりも、島の事を心配しているようだった。

「……俺のところより、古代の様子を見に行けばいいんじゃないの?」
島が横目で森を見ながら、手だけは動かし続けて、そう言う。
「島くんっ! 私は、真面目にっ」
「あー、はいはい。俺も真面目にやってるよ。だからそんなに熱い眼差しで見ないでくれよ?」
先ほどまで肩をいからせて仏頂面でモップがけしていた態度を、急に島は軟化させて、
船務長を相手にしてからかうように笑った。

森は再び困ったような、半笑いの顔になる。
「そんなに掃除がしたいのなら、もう一カ所追加で清掃をお願いしますけど?」
島の首からプレートをぶんどった森は、「はい!」と加藤の鼻先にそれを突き出した。
「えっ? 俺も怒られてるわけ?」
加藤まで巻き添えを食って、八つ当たりされたのを、島は可笑しそうに見ていた。
「怒ってないですっ! 忙しいから、私はもう行きます! 島君、テーブルの上の拭き掃除も追加よ!」
「はぁ? なんだよ、それ」
「まあ、腐るな。仕方ないよ。おまえが船務長をからかったりするからだぞ」
「加藤さん、あとはよろしくっ!」
森はくるりと背を向けて、靴の音をカツカツ鳴らして出て行った。
「……怖ぇー」
島は一声鳴いて、がっくりと肩を落とす。


(森君、島にはアメがなくて、ムチだけだったな……)

この後、古代と島が、また一戦交えるのではないかと心配になる加藤だった。








2015 0612 hitomi higasino





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