『艦内美化任務 その三 大浴場』戦術長、絶叫する

テーブルを挟んで、主計科の豪徳寺と平田が話し込んでいる。
人気の少ない時間帯の食堂で、自分の管理するランドリーマシンの調子が
悪いと豪徳寺が主計長である平田に相談しているのだ。
「……そういうことなら、真田さんに一度見て貰いましょうか」
「主計長、よろしくお願いします」
さあ、これで用は終わったと、豪徳寺が席から立ちかけた時、いつもと様子の違う古代が
食堂に入って来たのだった。
一瞬怪訝そうな顔を戦術長に向けてから、彼女は「お疲れ様です」と古代に挨拶をしていた。

艦内服の袖を捲り、手にはモップとバケツを持った古代が、平田主計長に声を掛けたのは
『艦内美化任務』について。
彼がこの次に赴くのは、平田が管理する<大浴場>だったからだ。
平田は、おおまかな「美化任務」の趣旨について森船務長から聞かされている。
要は「罰当番」と言うわけなのだが。
島も同様の罰を受けていて、こちらも渋々ではあるが、きちんと任務をこなしていた。
果たして古代はどうであるか。

彼の場合も、淡々と言った調子で告げてきたのだった。

「平田、これから大浴場の清掃なんだ。悪いけど確認後、このカードに判子を押してくれないか」
「ああ。森さんから聞いているよ。終わったら呼び出してくれ」
「わかった」
そう言って古代が出て行こうとするのを、平田が呼び止めた。
同じく席を立って、古代の後ろを歩いていた豪徳寺の名前も呼んで。
「古代、豪徳寺さんに一緒に行ってもらえ。浴場入口の表示を変更しなくてはならんからな。
というわけで、豪徳寺さん、これから古代が大浴場の清掃に当たりますので、
表示変更をお願いします」
「わかりました」
こうして、体格のいい豪徳寺の後を、古代がモップとバケツを持って歩く姿は、
まるで”お母さんに怒られた子どもが、バツを言い渡されている”ように見えて
通りすがりの口の悪いクルーに『あの戦術長が、しゅんとしていた』と後日、噂になった。


「古代さん、大浴場の清掃は、実は二時間ほど前に一度終わっていますので、30分もかからないと思いますよ」
「そうなんですか……」
生真面目そうな古代を気遣ってそう話した豪徳寺なのだが、彼女の頭の中には、今日の洗濯を
故障していないマシンだけで、どうやって終わらせようかとそのことで一杯だったので
うっかり、先に清掃を担当したクルーに事の事情を説明しておくべきだったのを省いてしまったのだ。
彼女自身、まさかそんな事態を引き起こす事になろうとは露にも思わず。


*****

やがて大浴場に着いた豪徳寺は、先に入り口の表示が女湯だったのを見て、
誰も居ないこと事を確認してから、古代に告げる。
「では、古代さん、表示を”清掃中”としておきますので、掃除をお願いします。終わりましたら
平田主計長にご連絡ください。そこから誰か主計科の者がこちらに来るようになっています」
「わかりました」
古代は、それほど真剣に聞いていたわけではなかったし、豪徳寺も、ランドリールームに急行しなければと焦っていたので
意志の疎通が、完璧ではなかった。両者にとって自分の都合のいいように理解されていたのだ。

古代は、脱衣所の清掃を五分ほどで終え、誰も居ない浴場の清掃に取り掛かる。
上着の袖も捲っていたが、ズボンのすそも三重に折り返して、裸足になる。
少し濡れた床に足を入れると、解放されたように感じられて気持ちが良かった。
循環式なので湯は張られたままだ。ほかほかと湯気が立ち、浴室全体が暖かい。
罰当番であることも忘れてしまいそうだった。
そういえば、豪徳寺は言っていた。ここの清掃は少し前に終わっているのだから、ほどほどでいいと。

「……」

(少しばかり休んでもいいか)
それは悪魔のささやきだったのかもしれない。
誰も来ないのだから。数分だけ湯に浸かってもいいだろう。
疲れた体が、癒しを求めている。
そうと決めれば、行動は早い。
古代は猛然と着ていたものを脱ぎだした。
こんな時でも、脱いだものをひとまとめにしておくのは、古代の性格ゆえだ。
「んんーーーっ」
裸になって、気持ちが大きくなった彼は、浴槽の中で大きく伸びをした。
伸ばしきった腕をだらりと下げると、今度は「はぁ」と、溜息交じりの声が出た。
そして数分のつもりで目を閉じてしまったのだった。




古代が湯に浸かって舟を漕いでいる頃、一人の主計科クルーが不思議そうな顔で
「清掃中」と表示されたドアの上を見ていた。
「おかしいな? 俺、表示をそのままにして掃除終わったっけ?」
彼は、ほんの二時間半ほど前に大浴場の一通りの清掃を終え、最後に入り口の表示を
「清掃中」から「女湯」に変えたはずだった。
(寝ぼけていたんだろうか。また主計長に怒られるから、黙って変更しておこう)

珍事件が起こったのは、その主計科クルーが、中を確認しなくてもいいと思ってしまった事、
古代が居眠りをしてしまった事、豪徳寺が忙しくて
戦術長の罰当番遂行中であるのを失念してしまったこと。
あらゆる偶然が重なった結果だった。



******

古代と島に罰当番ともいえる「艦内美化任務」を言い渡し、彼らの清掃任務をある程度見届けて
安心しきった雪は、ジムで軽くひと汗掻いた後、いつものように大浴場で体を休めようとしていた。
他のクルーの姿は脱衣所に見当たらない。
浴室内からも何も音がしないので、久しぶりに貸切状態になる。
トレーニングウェアを脱いだ雪は、自然と口元を綻ばせながら浴室のドアを開けた。

湯気が立ち込めていてよく見えないが、やはり誰もいないようだった。
(貸切りね)
心の独りごとは誰にも聞こえない。
湯船の傍まできて、やっとそこに誰かの後姿に雪は気付いた。かなり端の方で入り口に背を向けている。
湯気の向こうにあるその人の横顔をうかがいながら、雪は足から湯船に入った。

ちゃぷん……。

静かだった浴室に水温が響いた。
「ちょうどいい湯加減ですね」
雪は、そこにいる誰かに声を掛けた。
知らないもの同士であっても、ハダカの付き合いだ。こういう場所で仲良くなることだってあり得るのだ。
「ン……」
相手が湯の中で身じろいで、広がった波紋が雪の所まで到達した。
その人は軽く頭を振っている。
「あの、どうかしました?」
その人の行動を訝しく思った雪が、距離を縮めてくる。
両手で顔を覆ったかと思うと、その手で前髪を掻き上げ、ゆっくりとその横顔がこちらに向けられた。


「あぁっ!」
「きゃあああああああっ!!」

同時に大声を出していた。





立ち上がりかけた古代は、やばいと悟って湯の中に、半分顔を沈めた。
「ご、ごめんっ!」
雪は、立ち上がることもできず、古代に背を向けて自分を抱きしめて怒鳴った。
「ちょっ、何やってるのよっ!! なんで古代君が痴漢みたいなことしてるのよっ!!
あなた、まだ罰当番中のはずでしょっ!!」

「あのっ、掃除中に、そのっ、風呂入ったら、うっかり寝ちまって……。痴漢だなんてとんでもない!
信じてくれ!」

「そんなこと言って、この状況でそんな言い逃れ出来ないわよ! ああ、もうっ! 罰当番もう一つ増やしますからね!」

雪の返事に、古代は思わず彼女ににじり寄った。
「だけど、だいたい入り口の表示をちゃんと見ないで入ってきた君も君だろ? ちゃんと清掃中となってたはずだ」
「女湯ってなってたわ」
「嘘。豪徳寺さんが清掃中と変えてくれたはずだ」
「嘘つきは古代君のほうよ」
「違う、雪の見間違いだよ」

等と二人が言い争っている間に、浴室内の時計の針がキリのいい数字を差した。
「あ……」
「こんなこと言い合ってる場合じゃない! 他の女性クルーが入ってきたら大変だ……」
古代がやっとそのことに気付くと、彼は雪に「こっち見るな、そこを動くな」と言い置いて
自分は一まとめにしておいた艦内服を、濡れた体の上から着始めた。
「どうするつもり?」
古代に背を向けた雪は、首だけこちらに巡らせて、潤んだ瞳で語りかけた。
(きゃっ)

心の悲鳴は響かせずに、彼女は視線を逸らせた。
「と、とにかく、俺はここを出るっ! 誓って痴漢じゃないからな。何も見てないし」



ずぶ濡れの彼は、ズボンのファスナーを上げながら、慌ただしく出て行った。
こうして彼は、大浴場から走り去ることに一応成功したのだった。


一人取り残された感のある雪は、どうにも納得がいかない。
湯あたりしそうに火照った体を、冷水シャワーで足先から冷やしながら考えた。

壁際に残されたモップとバケツを、彼は取りに戻るのだろか。
まだ全部の任務を終えたわけではなさそうだ。

「持って行って渡してあげてもいいわね」
独りごとの裏で、雪は、彼に何をお願いしようかと考えを巡らせ始めた。

一つばかりか二つほど貸しを作れそうだと思い直すことで、雪の機嫌はすっかりよくなっていた








2015 0620 hitomi higasino


*****

らっきーすけ○なオバカ話。原作よりカテに入れはしましたが、捏造しまくりです~。
スミマセン;;;

















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