3
あれ?
ここは何処?
進が顔を顰めたのは、カーテンの向こうの空が眩しいだけではなかった。焦点が合ってくると、霞んだ視界の先に、
一人の女性の姿が浮かび上がってきた。いつもの見慣れた亜麻色ではなく、長さも肩にかからないくらいで……。
何度目を擦っても、その姿は、雪のシルエットとは別人であった。
――情報長っ?
「目が覚めたの? ったく、もう。君、今日は何の日だかわかってるの? 」
静かに告げられた声には、怒りというより呆れの音が含まれていた。
独身最後の夜に羽目を外しすぎて、間違いを犯してしまったのかと、背筋が凍る思いだが、いくら思い出そうとしても、昨日の記憶に薫は出てこない。そもそも自分がそんな間違いを犯すはずもない。
――ない。
絶対にない、と信じたい。
しかしどうして新見さんなんだと、短時間の間で考えを巡らせたが、思考は上手くまとまらず、素直に下手に出て訊いた方がいいと結論付けた。
「オハヨウゴザイマス……。あの、此処は何処ですか? どうして新見さんが俺と一緒にいるんですか?」
訊ねられた薫は、二日酔いの進を気遣うのは止めた。
思い切り眉をひそめ、「はあ?」と耳の近くで大きな声で返してやった。
言い方が悪かったか、と進は気付いたようだった。
薫の声が、頭に響く。進は再度言い直して問う。
「すみません、俺、島たちと呑んでて、盛り上がってあいつらと店を出たところまでは覚えているんですけど、
そこから先の記憶がなくて……。新見さん、俺とどこで会いましたっけ?」
「どこでって。あなたねえ!」
思わず怒鳴りかけて、薫は思いとどまった。
「……とにかくとっとと酔いを醒まして、式場に向かうのが先決でしょ?」
「はっ、そうだった!」
自分で出した声が響いたのか、イテテと進は頭を抱えた。
「なんで私が君の二日酔いの後始末をしているんだか……」
薫は、頭を抱え込んだ進とは別の方向――後を振り向いて、意地悪い笑みを浮かべた。
「ほんと、止めていただきたいものだわ。いくらあなたの頼みだからって、私がここまで面倒見なきゃ
ならない理由ってある?」
進には見えていないのだが、薫にはうっすらとその姿が見えていたのだ。
守は情けなさそうに笑って、薫に向かって手を合わせている。
『ごめん、薫。君にしか頼める人が居なくてさ。雪君にこんな進を預けるのは申し訳ないし』
「……私ならいいと言うの?」
『あ、いや、そういうつもりは……』
守にしても、これは全くの誤算だった。
薫にも自分の姿が見えているということが。
前夜、と言っても今日の事であるが。
深夜まで盛り上がった一行は、店を出たところで、一人理性を保っていた真田によってタクシーに詰め込まれ、
式場近くのホテルに放り出された。
真田にとって、進は弟のようなものである。彼の人生の晴れ舞台を、兄に代わって面倒を見てやりたい。
そう思った真田の親切心により、進も仲間たちと同じホテルの一人部屋に放り込まれた。
ところが部屋に着いて早々に、進は眠り込んでしまい、そのまま朝まで起きる気配がなかった。
守が呼んでも揺すってもぐっすり眠ったままだ。
『おーい、進ぅ、起きろって。お前、今日は結婚式だろ。こら、起きろ! 大事なものを自分の部屋に置きっぱなしじゃないのか』
守は何度も呼びかけたり、強く揺すったりするが、起きる気配はない。
波長が合う者でなければ、守の存在を感じる事ができない。残念だが、進には守の声も姿も感じられないのだ。
『仕方ない』
守は、弟の懐から携帯電話を取り出し、知った者へメールを打った。
『薫、悪いけど助けてくれ』
雪へ救援を頼むのが筋なのかもしれないが、花嫁の手を煩わせるのも可哀そうだと判断したから、ここは薫に頼ることにしたのだ。
程なくして電話が鳴った。
薫からだ。守は出ることはできない。呼び出し音が鳴りつづけたが、進は一度寝返りを打っただけで、深い眠りの中で
全く覚醒しない。
呼び出し音が止むと、今度はメールが届いた。薫はかなりおかんむりのようだ。
『古代君、あなた雪さんへのメールを間違って、私に送ったのじゃないの? それに電話に出ないってどういう事?
』
守はすかさず返信を打つ。
守『説明している暇はないんだ。進がホテルに一人で泊まっているが、深酒していて、二日酔いが酷い。
今日の準備ができていない。だから薫に助けて欲しい。 守』
薫『悪い冗談はやめなさい。いくら酔っているからって、こんな酷い冗談、笑えないわ。本気で怒るわよ』
守『薫、冗談じゃなくて、俺は守だ。嘘だと思うなら、ホテルの進を訪ねてくれ。俺がいるから。どうしても君の助けが必要だ』
薫『進君、あなた、島君たちといるんでしょ? 彼らに助けてもらいなさい! とにかく、私に、もうメールしないで!!!!!!』
携帯電話の画面を、忌々しい表情で見つめながら返事を打っていた薫は、着信音に驚いて、電話を投げ出しそうになって思いとどまった。
着信者 古代進。
流石にイタズラが過ぎたとおもって詫びの電話を入れたのか。
薫は、一つ溜息を吐いてから、おもむろに電話に出た。
「はい?」
『薫か』
まさか……っ!
薫は息をするのも忘れ、今度は持っていた携帯を壁に投げつけた。
「何かの間違いよね? 古代君、私をからかうのも大概にしなさい」
怒鳴りつけるつもりで薫が出した声は震えていた。
携帯が拾った細い声を聞きとめた守は、これでやっと話が出来ると喜んだ。
『久しぶり。俺、守だよ。こんなこと頼めるのは薫しかいない。本気で助けて欲しい』。
真夜中に車を飛ばして、酔っ払いが眠りこける部屋までやってきた薫が、そこで見たのは
守の説明通り、進を介抱している守だった。
久しぶりの再会とでも言えばいいのか。
しかし、ゆっくり全部を説明している時間がない。
『俺が此処にいる事は、進には見えていない。唯一雪君だけは、俺と波長が合うのか
姿が見えて、会話もできる。俺がここに降りてきたのは、進と雪君を祝う為で、騒ぎを起こす気なんか毛頭ないんだ。
だから、彼女にその、迷惑かけるわけにはいかなくて』
薫を前にすると、どうしてなのか言い訳がましくなってしまう。しかしそれは本望ではない。
などという、手間がかかりそうな思考を振り払って、守は頭を下げて薫に頼んだ。
『悪い。君に迷惑をかけて。だけど薫しか頼る人がいなくてな。だから、頼む! 進の結婚式が無事に行われる様
こいつの部屋に行って、指輪を取ってきて欲しいんだ』
つづく
2015 0806 hitomi higasino
あれ?
ここは何処?
進が顔を顰めたのは、カーテンの向こうの空が眩しいだけではなかった。焦点が合ってくると、霞んだ視界の先に、
一人の女性の姿が浮かび上がってきた。いつもの見慣れた亜麻色ではなく、長さも肩にかからないくらいで……。
何度目を擦っても、その姿は、雪のシルエットとは別人であった。
――情報長っ?
「目が覚めたの? ったく、もう。君、今日は何の日だかわかってるの? 」
静かに告げられた声には、怒りというより呆れの音が含まれていた。
独身最後の夜に羽目を外しすぎて、間違いを犯してしまったのかと、背筋が凍る思いだが、いくら思い出そうとしても、昨日の記憶に薫は出てこない。そもそも自分がそんな間違いを犯すはずもない。
――ない。
絶対にない、と信じたい。
しかしどうして新見さんなんだと、短時間の間で考えを巡らせたが、思考は上手くまとまらず、素直に下手に出て訊いた方がいいと結論付けた。
「オハヨウゴザイマス……。あの、此処は何処ですか? どうして新見さんが俺と一緒にいるんですか?」
訊ねられた薫は、二日酔いの進を気遣うのは止めた。
思い切り眉をひそめ、「はあ?」と耳の近くで大きな声で返してやった。
言い方が悪かったか、と進は気付いたようだった。
薫の声が、頭に響く。進は再度言い直して問う。
「すみません、俺、島たちと呑んでて、盛り上がってあいつらと店を出たところまでは覚えているんですけど、
そこから先の記憶がなくて……。新見さん、俺とどこで会いましたっけ?」
「どこでって。あなたねえ!」
思わず怒鳴りかけて、薫は思いとどまった。
「……とにかくとっとと酔いを醒まして、式場に向かうのが先決でしょ?」
「はっ、そうだった!」
自分で出した声が響いたのか、イテテと進は頭を抱えた。
「なんで私が君の二日酔いの後始末をしているんだか……」
薫は、頭を抱え込んだ進とは別の方向――後を振り向いて、意地悪い笑みを浮かべた。
「ほんと、止めていただきたいものだわ。いくらあなたの頼みだからって、私がここまで面倒見なきゃ
ならない理由ってある?」
進には見えていないのだが、薫にはうっすらとその姿が見えていたのだ。
守は情けなさそうに笑って、薫に向かって手を合わせている。
『ごめん、薫。君にしか頼める人が居なくてさ。雪君にこんな進を預けるのは申し訳ないし』
「……私ならいいと言うの?」
『あ、いや、そういうつもりは……』
守にしても、これは全くの誤算だった。
薫にも自分の姿が見えているということが。
前夜、と言っても今日の事であるが。
深夜まで盛り上がった一行は、店を出たところで、一人理性を保っていた真田によってタクシーに詰め込まれ、
式場近くのホテルに放り出された。
真田にとって、進は弟のようなものである。彼の人生の晴れ舞台を、兄に代わって面倒を見てやりたい。
そう思った真田の親切心により、進も仲間たちと同じホテルの一人部屋に放り込まれた。
ところが部屋に着いて早々に、進は眠り込んでしまい、そのまま朝まで起きる気配がなかった。
守が呼んでも揺すってもぐっすり眠ったままだ。
『おーい、進ぅ、起きろって。お前、今日は結婚式だろ。こら、起きろ! 大事なものを自分の部屋に置きっぱなしじゃないのか』
守は何度も呼びかけたり、強く揺すったりするが、起きる気配はない。
波長が合う者でなければ、守の存在を感じる事ができない。残念だが、進には守の声も姿も感じられないのだ。
『仕方ない』
守は、弟の懐から携帯電話を取り出し、知った者へメールを打った。
『薫、悪いけど助けてくれ』
雪へ救援を頼むのが筋なのかもしれないが、花嫁の手を煩わせるのも可哀そうだと判断したから、ここは薫に頼ることにしたのだ。
程なくして電話が鳴った。
薫からだ。守は出ることはできない。呼び出し音が鳴りつづけたが、進は一度寝返りを打っただけで、深い眠りの中で
全く覚醒しない。
呼び出し音が止むと、今度はメールが届いた。薫はかなりおかんむりのようだ。
『古代君、あなた雪さんへのメールを間違って、私に送ったのじゃないの? それに電話に出ないってどういう事?
』
守はすかさず返信を打つ。
守『説明している暇はないんだ。進がホテルに一人で泊まっているが、深酒していて、二日酔いが酷い。
今日の準備ができていない。だから薫に助けて欲しい。 守』
薫『悪い冗談はやめなさい。いくら酔っているからって、こんな酷い冗談、笑えないわ。本気で怒るわよ』
守『薫、冗談じゃなくて、俺は守だ。嘘だと思うなら、ホテルの進を訪ねてくれ。俺がいるから。どうしても君の助けが必要だ』
薫『進君、あなた、島君たちといるんでしょ? 彼らに助けてもらいなさい! とにかく、私に、もうメールしないで!!!!!!』
携帯電話の画面を、忌々しい表情で見つめながら返事を打っていた薫は、着信音に驚いて、電話を投げ出しそうになって思いとどまった。
着信者 古代進。
流石にイタズラが過ぎたとおもって詫びの電話を入れたのか。
薫は、一つ溜息を吐いてから、おもむろに電話に出た。
「はい?」
『薫か』
まさか……っ!
薫は息をするのも忘れ、今度は持っていた携帯を壁に投げつけた。
「何かの間違いよね? 古代君、私をからかうのも大概にしなさい」
怒鳴りつけるつもりで薫が出した声は震えていた。
携帯が拾った細い声を聞きとめた守は、これでやっと話が出来ると喜んだ。
『久しぶり。俺、守だよ。こんなこと頼めるのは薫しかいない。本気で助けて欲しい』。
真夜中に車を飛ばして、酔っ払いが眠りこける部屋までやってきた薫が、そこで見たのは
守の説明通り、進を介抱している守だった。
久しぶりの再会とでも言えばいいのか。
しかし、ゆっくり全部を説明している時間がない。
『俺が此処にいる事は、進には見えていない。唯一雪君だけは、俺と波長が合うのか
姿が見えて、会話もできる。俺がここに降りてきたのは、進と雪君を祝う為で、騒ぎを起こす気なんか毛頭ないんだ。
だから、彼女にその、迷惑かけるわけにはいかなくて』
薫を前にすると、どうしてなのか言い訳がましくなってしまう。しかしそれは本望ではない。
などという、手間がかかりそうな思考を振り払って、守は頭を下げて薫に頼んだ。
『悪い。君に迷惑をかけて。だけど薫しか頼る人がいなくてな。だから、頼む! 進の結婚式が無事に行われる様
こいつの部屋に行って、指輪を取ってきて欲しいんだ』
つづく
2015 0806 hitomi higasino
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プロフィール

管理人 ひがしのひとみ
ヤマト2199に30数年ぶりにド嵌りしました。ほとんど古代くんと雪のSSです
こちらは宇宙戦艦ヤマト2199のファンサイトです。関係各社さまとは一切関係ございません。扱っているものはすべて個人の妄想による二次作品です。この意味がご理解いただける方のみ、お楽しみください。
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