「あ、いたいた」
トレーを片手に、もう一方の空いた手をぶんぶんと振った島は、親友がスープの最後の一口を
飲み干している姿をキャッチして近づいてくる。
古代も、隣の空いた椅子を引いて、島が来るのを待った。
いつもと変わらない光景だ。
「あ、島さん、森さんならあっちですよ」
「え?」
横から島を呼び止めたのは沢村だった。その声は、古代にも届いている。
「いや、森君には用事はないけど? 森君が俺に何か用でもあるの?」
体は進行方向、顔だけ横に向けた島は、手っ取り早くそう答えた。
「俺に訊かないで、森さんに訊けばいいんじゃないですか?」
島もまさか自分がお節介を焼いたために、雪との仲を怪しまれているとは思っていない。
なんだろう?と首を捻る。
なんとなく後ろからの視線を感じた沢村が、後ろを振り向くと、古代が自分と島をじっと見ている。
からかい甲斐のない島を、これ以上構うのも面倒くさく感じた沢村は、「じゃ、俺はあっちなんで」と出口に居た加藤を目指して出て行ってしまった。
わけがわからない島は、古代と目を合わせつつ、雪を指さす。
『用があるから後でな』とジェスチャーで示し、古代の目の前で雪を呼んだ。
***
「森君、俺に何か用?」
雪が視線を上げると、島が立っている。
「私が? いいえ。特に何もないよ」
「本当? 沢村が森君に訊けって言うから……」
島は、そこまで言いかけて口を噤んだ。雪の隣の百合亜は口を挟まず聞いている。
「何の事?」
「さあ? あいつ勘違いしたのかもな」
からかわれたと悟った島は、何もなかったように雪に話しかけた。
「あっちに移らないか? 古代がいるんだけど」
あ、というような顔を百合亜が島に向ける。
「あの、島さん。私、雪さんに相談があるんで……」
「そ、そうなんだ。だから、ちょっと、ごめん。行けないな」
「そうか。じゃあ仕方ないな」
なんとも気まずい雰囲気を、三人が各々感じていた。
雪と百合亜が、島の申し出を断るつもりで嘘を吐いているのは、島もうすうす感じている。
が、強引に連れ出すと余計に厄介な事になる。
「邪魔して悪かったね」
「いいえ。また今度ね」
親友の視線を背中に感じながら、島は雪にそう答えるのが精一杯だった。
*****
「あの、私、余計な事しちゃいました?」
恐る恐る自分に訊ねてくる百合亜にそう訊かれるまで、雪は落ち着かない様子で後ろを気にしていた。
「ううん。いいの。丁度あなたにシフトについて聞きたいこともあったし」
「私が言うのもなんですけど――」
間髪入れず、百合亜は言いにくそうに口を開く。
「大丈夫よ。どんな意見でもちゃんと訊くから」
雪は無理に笑顔を作った。
言い繕おうとしている自分を、正当化したがっているのだと、自分でもよくわかった上で。
百合亜は、顔を上げて、まっすぐ雪の目を見た。
「自分に素直になった方がいいんじゃないですか」
彼女の言葉は、全く想定外のものだった。
「岬さん、それって……」
どういう意味? と訊くまでもなく、雪はその意味を理解している。
言葉を濁したのは、自信のなさの表れだ。
「すみません。生意気を言っているのはわかっています。だけど、怖がらないで一歩を踏み出して欲しいんです」
弱点を突かれた思いだった。わかっているけれど、今の自分ではどうしようもない。
自分をコントロールできなくて、困っている事を、年下の百合亜に助言されてしまうなんて。
雪は、しばしの間呆気にとられていた。
それは、百合亜の自分に対する言葉と、動けなくなっている自分に対して。
「……」
「あ、スミマセン! 私、雪さんの事怒らせるつもりじゃ」
雪が無言でいるのを、百合亜は、自分が怒らせたと勘違いして焦った。
急に立ち上がると、今度は直角に体を折り、深く頭を垂れた。
「すみませんっ!!」
そして今度は、食堂に響き渡るくらい大きな声で、雪に謝り始めた。
「本当に、すみませんっ! 雪さんが悲しくなるような事言っちゃったり、あの、私、全然そんなつもりじゃなくて……っ」
「岬さん、ちょっと、そんなに謝らないでよ。私は、別に怒ってなんか」
雪は、何度も頭を下げる百合亜を制しようとする。
そのうちに、まわりにいる者がざわざわしだした。
傍からみると、失敗をした百合亜が、上官の雪に怒られている図に見える。
「本当にすみません! あた……っ」
ごちん、と鈍い音がした。百合亜がテーブルに頭をぶつけた音だ。
「ね、本当に、私怒ってないから、座って」
*****
「用は済んだのか?」
そう訊いたのは古代。最後に残っていたスープも飲み干して、ご馳走様と手を合わせたところだ。
訊かれた方の島は、「うん」と頷いた。
「おまえ、食うの早いな。一緒に食おうと思ったのに」
島は、親友がもうすでに昼食を終えたのを見て、そう言った。
「さっさとこっちに来ないからだ」
島が自分のもとに来る前に、雪の方に寄り道したことを、古代は端的に伝えた。
「そう、怒るなよ」
「別に怒ってなんかない」
(そうとも。怒る理由がない)
怒っていないが、なんとなく面白くない。だから笑う気にもなれない。
ぶっきら棒に答えてしまう今の自分が、なぜそうなのか。
単純に、面白くないからだ。
その自覚が古代にはあった。
「怒ってるじゃないか? 俺が森君の傍に行ったのが面白くないんだろ?」
島は、なあ? と古代に向って首を傾げる仕草をした。
「怒って、ない……っ」
古代は自分でもわからなかった。気が付くと、親友を威圧するように、テーブルに手をついて立ち上がっていた。
軽くテーブルを叩いたつもりが、結構大きな音を立てたようだ。
「なあ、古代」
島は、親友をからかうつもりはない。
「怒ってないなら」と、真面目な表情で古代に語りかけた。
いま一度、古代は島の言葉を反芻する。
(森君に腹を立てているのか?)
――いや、そうじゃない。
と即座に心の中で否定した。
「観測室に行けよ」
続いた島の言葉に、古代は、え? と、一瞬返答に困った。
だが、すぐに「ああ、そうする」と答えていた。
<怒ってないなら、観測室に行け>
どうして? 何の為に? という疑問は、古代の胸に湧かなかった。島の言葉を待たずとも、答えはそこにあるとわかったのだ。
「いまから行く。先に」
古代は、食器の上に箸を揃え、トレーを持ちあげた。
その視線の先には、百合亜と雪が自分たちと同じように、困惑の中でにらめっこをしていた。
「何の伝言ゲームだよ。……ったく」
食堂を出て行こうとする古代に、島は悪態をつく。古代が雪を見ていることに安堵していることは、顔に出さないつもりで。
使った椅子を片しながら、古代は横目で親友を合図を送った。
古代が食堂を出て行ってからしばらくして、たっぷり時間を使って、勿体つけた島が、雪たちのテーブルに近づいた。
「あのさ、森君。怒ってないなら観測室に行った方がいいよ」
「何なの、島君まで……」
「先に行くってさ」
島の声に過剰反応しかけた雪だが、彼の言葉の意味を正しく理解したらしい。
「よくわからないけど、伝言」
がある、と言いかけた島の横をすり抜けて、雪は「ありがとう!」と言ったきり、後ろを振り返らずに食堂から走り去ろうとする。
ようやく振り返ったと思ったら、食堂の出入り口で、「岬さん、トレーを片しておいてね」と一言だけ言い置くためだった。
雪の行動力に、百合亜は口をあんぐりと開け、島は目を丸くして驚いていた。
*****
ドアの前で、コツコツと響いていた靴音が止んだ。
古代は、耳を澄ます。
静かに息を深く吸う。それを全部吐き出す頃、きっとドアが開く。
開閉音は聞こえなかった。
ただ、外の薄白い光が、観測室内に差しこんでくるのを見て、思わず笑顔になった。
end
2016 0303 hitomi higasino
トレーを片手に、もう一方の空いた手をぶんぶんと振った島は、親友がスープの最後の一口を
飲み干している姿をキャッチして近づいてくる。
古代も、隣の空いた椅子を引いて、島が来るのを待った。
いつもと変わらない光景だ。
「あ、島さん、森さんならあっちですよ」
「え?」
横から島を呼び止めたのは沢村だった。その声は、古代にも届いている。
「いや、森君には用事はないけど? 森君が俺に何か用でもあるの?」
体は進行方向、顔だけ横に向けた島は、手っ取り早くそう答えた。
「俺に訊かないで、森さんに訊けばいいんじゃないですか?」
島もまさか自分がお節介を焼いたために、雪との仲を怪しまれているとは思っていない。
なんだろう?と首を捻る。
なんとなく後ろからの視線を感じた沢村が、後ろを振り向くと、古代が自分と島をじっと見ている。
からかい甲斐のない島を、これ以上構うのも面倒くさく感じた沢村は、「じゃ、俺はあっちなんで」と出口に居た加藤を目指して出て行ってしまった。
わけがわからない島は、古代と目を合わせつつ、雪を指さす。
『用があるから後でな』とジェスチャーで示し、古代の目の前で雪を呼んだ。
***
「森君、俺に何か用?」
雪が視線を上げると、島が立っている。
「私が? いいえ。特に何もないよ」
「本当? 沢村が森君に訊けって言うから……」
島は、そこまで言いかけて口を噤んだ。雪の隣の百合亜は口を挟まず聞いている。
「何の事?」
「さあ? あいつ勘違いしたのかもな」
からかわれたと悟った島は、何もなかったように雪に話しかけた。
「あっちに移らないか? 古代がいるんだけど」
あ、というような顔を百合亜が島に向ける。
「あの、島さん。私、雪さんに相談があるんで……」
「そ、そうなんだ。だから、ちょっと、ごめん。行けないな」
「そうか。じゃあ仕方ないな」
なんとも気まずい雰囲気を、三人が各々感じていた。
雪と百合亜が、島の申し出を断るつもりで嘘を吐いているのは、島もうすうす感じている。
が、強引に連れ出すと余計に厄介な事になる。
「邪魔して悪かったね」
「いいえ。また今度ね」
親友の視線を背中に感じながら、島は雪にそう答えるのが精一杯だった。
*****
「あの、私、余計な事しちゃいました?」
恐る恐る自分に訊ねてくる百合亜にそう訊かれるまで、雪は落ち着かない様子で後ろを気にしていた。
「ううん。いいの。丁度あなたにシフトについて聞きたいこともあったし」
「私が言うのもなんですけど――」
間髪入れず、百合亜は言いにくそうに口を開く。
「大丈夫よ。どんな意見でもちゃんと訊くから」
雪は無理に笑顔を作った。
言い繕おうとしている自分を、正当化したがっているのだと、自分でもよくわかった上で。
百合亜は、顔を上げて、まっすぐ雪の目を見た。
「自分に素直になった方がいいんじゃないですか」
彼女の言葉は、全く想定外のものだった。
「岬さん、それって……」
どういう意味? と訊くまでもなく、雪はその意味を理解している。
言葉を濁したのは、自信のなさの表れだ。
「すみません。生意気を言っているのはわかっています。だけど、怖がらないで一歩を踏み出して欲しいんです」
弱点を突かれた思いだった。わかっているけれど、今の自分ではどうしようもない。
自分をコントロールできなくて、困っている事を、年下の百合亜に助言されてしまうなんて。
雪は、しばしの間呆気にとられていた。
それは、百合亜の自分に対する言葉と、動けなくなっている自分に対して。
「……」
「あ、スミマセン! 私、雪さんの事怒らせるつもりじゃ」
雪が無言でいるのを、百合亜は、自分が怒らせたと勘違いして焦った。
急に立ち上がると、今度は直角に体を折り、深く頭を垂れた。
「すみませんっ!!」
そして今度は、食堂に響き渡るくらい大きな声で、雪に謝り始めた。
「本当に、すみませんっ! 雪さんが悲しくなるような事言っちゃったり、あの、私、全然そんなつもりじゃなくて……っ」
「岬さん、ちょっと、そんなに謝らないでよ。私は、別に怒ってなんか」
雪は、何度も頭を下げる百合亜を制しようとする。
そのうちに、まわりにいる者がざわざわしだした。
傍からみると、失敗をした百合亜が、上官の雪に怒られている図に見える。
「本当にすみません! あた……っ」
ごちん、と鈍い音がした。百合亜がテーブルに頭をぶつけた音だ。
「ね、本当に、私怒ってないから、座って」
*****
「用は済んだのか?」
そう訊いたのは古代。最後に残っていたスープも飲み干して、ご馳走様と手を合わせたところだ。
訊かれた方の島は、「うん」と頷いた。
「おまえ、食うの早いな。一緒に食おうと思ったのに」
島は、親友がもうすでに昼食を終えたのを見て、そう言った。
「さっさとこっちに来ないからだ」
島が自分のもとに来る前に、雪の方に寄り道したことを、古代は端的に伝えた。
「そう、怒るなよ」
「別に怒ってなんかない」
(そうとも。怒る理由がない)
怒っていないが、なんとなく面白くない。だから笑う気にもなれない。
ぶっきら棒に答えてしまう今の自分が、なぜそうなのか。
単純に、面白くないからだ。
その自覚が古代にはあった。
「怒ってるじゃないか? 俺が森君の傍に行ったのが面白くないんだろ?」
島は、なあ? と古代に向って首を傾げる仕草をした。
「怒って、ない……っ」
古代は自分でもわからなかった。気が付くと、親友を威圧するように、テーブルに手をついて立ち上がっていた。
軽くテーブルを叩いたつもりが、結構大きな音を立てたようだ。
「なあ、古代」
島は、親友をからかうつもりはない。
「怒ってないなら」と、真面目な表情で古代に語りかけた。
いま一度、古代は島の言葉を反芻する。
(森君に腹を立てているのか?)
――いや、そうじゃない。
と即座に心の中で否定した。
「観測室に行けよ」
続いた島の言葉に、古代は、え? と、一瞬返答に困った。
だが、すぐに「ああ、そうする」と答えていた。
<怒ってないなら、観測室に行け>
どうして? 何の為に? という疑問は、古代の胸に湧かなかった。島の言葉を待たずとも、答えはそこにあるとわかったのだ。
「いまから行く。先に」
古代は、食器の上に箸を揃え、トレーを持ちあげた。
その視線の先には、百合亜と雪が自分たちと同じように、困惑の中でにらめっこをしていた。
「何の伝言ゲームだよ。……ったく」
食堂を出て行こうとする古代に、島は悪態をつく。古代が雪を見ていることに安堵していることは、顔に出さないつもりで。
使った椅子を片しながら、古代は横目で親友を合図を送った。
古代が食堂を出て行ってからしばらくして、たっぷり時間を使って、勿体つけた島が、雪たちのテーブルに近づいた。
「あのさ、森君。怒ってないなら観測室に行った方がいいよ」
「何なの、島君まで……」
「先に行くってさ」
島の声に過剰反応しかけた雪だが、彼の言葉の意味を正しく理解したらしい。
「よくわからないけど、伝言」
がある、と言いかけた島の横をすり抜けて、雪は「ありがとう!」と言ったきり、後ろを振り返らずに食堂から走り去ろうとする。
ようやく振り返ったと思ったら、食堂の出入り口で、「岬さん、トレーを片しておいてね」と一言だけ言い置くためだった。
雪の行動力に、百合亜は口をあんぐりと開け、島は目を丸くして驚いていた。
*****
ドアの前で、コツコツと響いていた靴音が止んだ。
古代は、耳を澄ます。
静かに息を深く吸う。それを全部吐き出す頃、きっとドアが開く。
開閉音は聞こえなかった。
ただ、外の薄白い光が、観測室内に差しこんでくるのを見て、思わず笑顔になった。
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2016 0303 hitomi higasino
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