本人には、そんな気は全くない。艦内に爽やかに広がる笑顔が、女性クルーの胸キュンを誘っているとは露知らず。
何事にも生真面目すぎる古代が、親友の島から『おまえは真面目すぎる。航空隊の連中と、もっと和やかに接した方がよくないか?』
とアドバイスされたのを受けて、先ずは隊員たちに、気さくに話しかけることから始めたのが、往路での話。
イスカンダルからの帰り道で、ガトランティスの奇襲を、ガミラス残存艦隊と共闘して撃退した際の
戦術長の鮮やかな指揮は、クルーの記憶に新しい。この頃になると、航空隊員の方から声をかけてくることの方が多くなった。
それを、艦内通路や食堂などで見かけた女性クルーが『戦術長の一生懸命さが実を結んだ』などと陰で噂しているのだ。
 もちろん、その噂は森船務長の耳にもすぐに届いた。
 岬百合亜から『古代さん、最近人気ですね』と聞かされたものだから、気が気でないのだ。     
「あら、そうなの」などと言いながら、どこかで彼を問い質したい心境だった。そんなある日。
 展望室デートを重ねていた古代と雪。シフトが合えば、互いの部屋を行き来することもある。
狭い艦内の一室で、二人は束の間の逢瀬を楽しんでいた。
雪は隣の古代の寝顔を覗き込んでいる。艦長が倒れてから、古代は休む時間があまりない。
だから今夜も、雪と抱き合った後、すぐに眠り込んでしまった。
(古代君の寝顔を知っているのは、私だけ)
 そう思うと、最近の女子人気についても、まあいいかと思えなくもない。
雪が微笑を浮かべかけた時、彼の携帯型端末機がチカチカと点滅しているのに気が付いた。
主計科からの連絡で、制服のパスコードを初期コードから、変えろという達しだった。
「ふうん。古代君の制服にもパスコードがあるんだ」
古代を信じないわけではないけれど、余計なムシは近づけたくない。これも雪の本音。
(えーと、こうやって一旦解除するのね。それから新パスコード。どうせならワードにしちゃえ)
 雪は、ほんのイタズラ心から、彼には事後報告すればいい、と独自のコード変更をこっそりと完了させたのだった。
 


「古代さん! 早く!」
「なーにを、もたついておるんじゃ!」
医務室から溢れ出た負傷者が、艦内通路脇の簡易担架に横たえられ、手当てを受けている。
再び襲いかかってきたガトランティスに、ヤマトは波動砲を使うわけにもいかず、航空隊を発進させた。
作戦指揮を執る為、乗り慣れないファルコンで出撃した古代は、その際、腕に傷を負ってしまったのだ。

「佐渡先生、自分は大丈夫です」
古代の負傷した上腕部から、血が滴り落ちている。
「さっさと腕を出さんか! 真琴! 上着を脱ぐ手伝いをしてやれ」
「古代さん、失礼しまーす。あ、痛みますか?」
 顔を顰めた古代は、あることを思い出した。
「これ、脱ぐ際に、パスコードが必要なんだ」
「ええっ! 男性の制服にもパスコードがあったんですね。えーと、古代さん、利き手を怪我してるし、
自分で解除できないでしょ? 教えてくだされば、私が解除しますよ」
「いや、いいよ。自分でなんとかする」
「なんとかするって、無理ですよ。覚えてないなら、主計科に連絡して教えて貰いましょうか?」
 古代は、顔を真っ青にして焦りだした。
「ダメだ。それは断る」
「はい? なんでですか? 私、悪用なんてしませんよ」
 女子クルーに、この情報を売りつけたらどうなるだろう? などと一瞬でも思った真琴だが、それは口にしない。
「しかし……、やっぱりそれは」
「古代、他の負傷者の手当てもせにゃいかん。おまえだけに構っておれん。さっさと教えんかいっ!」
 頑なに、パスコードを教える事を拒んでいた古代は、渋々口を開いた。
「あの……ワイユーケイアイ、える、おー、ぶい……」
「はい、ワイ、ユー、ケイ、アイ、と。あれ? ユキ?」
 何の事だかさっぱりわからない佐渡は、「わしは向こうへ行くぞ」と言い置いて、別の患者の元に向かった。
「へぇ。古代さん、ユキさんに愛されてていいなあ」
 耳打ちした真琴に、古代は、「言うな!」と慌てふためいた。
この後、古代の手当てをしたいと申し出る看護師たちに、真琴は言うのだった。
「古代さんのハートは、雪さんによって既に解除済み!」
 
パスワードは(ユキラブ)。
 この事件後、彼のパスワードがカノジョによって再度変更されたのかどうか、電探に精通している雪にしかわからないかもしれない。
           
     八月十二日 書き下ろし(色々と適当な妄想)

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