夜道だったこともあって、急ぎ足で歩けばそんなに目立つこともなかった。人通りが多いと
かえって目立たなくなるのだ。
エアカーをとめてあったパーキングまでたどり着くと、悪いと思ったのか
雪は古代に下ろすよう頼んだ。
「足、もう痛くないの?」
「うん、少しなら大丈夫」
鼻緒擦れが治ったわけではないので、歩くとやはり痛む。
「ほらみろ」
言うが早いか、今度は雪を抱きかかえて歩き出した。
「古代君!重いから、いい」
「重くないって。それにそこまで少しの距離だから」
等と、言い合ううちに無事にエアカーまで到着。
「で、どうする?雪の部屋へ戻る?」
「ダメ、土方のおじさまがエントランスで待ってるかもしれないし」
「じゃあ、俺んち来る?」
そこで、着なおせばいいよ、と古代は涼しい顔で言う。
「そんなに簡単に着付けできないのよ……」
と雪は、また半泣きになってしまう。
「大丈夫だって。ネットで調べて、俺も手伝うし」
「え? 古代くん、私の着替え手伝うつもり?」
「あ、えっと。今は下心ゼロ。何もしないよ」
「い・ま・は??」
「あ、揚げ足とるなよ……」
本心を見透かされてそうで、古代は面白くない。小さな子どものように口を尖らせて拗ねたふりをする。
「ま、いいわ。古代君を信用する」
機嫌を直した雪は、古代の隣に乗り込んだ。そして思い出したように携帯電話の電源をオフにした。
****
雪にとって、古代の部屋を訪れるのは初めての事だ。
地球に戻ってきてしばらくは以前の寮に住んでいた古代だったが、そこも取り壊されることが決まり、
新たな住居を求めて、雪の住む町のすぐ隣町に引っ越してきたのが3か月ほど前。
地上は今建設ラッシュで、古代の入居したタイプの高層マンションは、竣工と同時に入居者が埋まる。
彼は運よく即入居できた方だ。
多忙なスケジュールの合間を縫って、雪は何度か掃除をしたい、食事を作りたい、
と古代に申し出たのだが、互いの都合が合わなかった為、今回が初めてとなる。
二人の関係が今一歩前進しないのも、こういった理由が一因だろう。
上昇するエレベーター。わずかの緊張感の中で、二人は向き合った。
ルームナンバー707とは覚えやすい。「あとで、認証番号教えるから。いつでも来れるだろ?」
「いつ来てもいいの?私?」
「いいよ。俺の留守中でも構わない」
「ほんと!?」
下心がゼロだなんて、この時点で嘘だ。
あわよくば、な気持ちが無いなんてわけがない。けれど雪を大切にしたい気持ちの方が圧倒的に強い。
まだしばらくは理性が勝ちそうだ、と古代は他人事のように考えていた。
二通りの認証ブロックを解除して、扉を開けると、まだ解かれていない荷が転がっていた。
「お邪魔します。わあー、殺風景ね。古代君らしい部屋」
「それ褒めてる?わけじゃないよな?」
「古代君らしいってこと! 嫌いじゃないわ」
「でも、好きでもない?」
「ううん、大好き!」
雪は踊りながら、古代の首に腕を回す。浴衣の袂からふわりと彼女の柔らかな匂いがして古代の鼻腔をくすぐる。
****
着崩れた浴衣のままでは雪も落ち着かないだろうということで。
二人は早速ネットで検索して、協力して浴衣を着付けなおそうと意見が一致した。
まずは帯だ。
しゅるしゅるしゅるっとこれは割と簡単に解ける。
「なんだ、脱がせるのって簡単なんだな」
とつい口走ってしまい、「古代君!!」と雪から大目玉を喰らう。
「え、帯の下にまだある……」
古代が目にしたのは伊達締めで、その下に胸紐、おはしょりの更に下に腰紐まで結んである。
しかしここまで脱がせたら、あとは楽勝だ。
そう。古代はすっかりその気モードに片寄りつつある。
「こんなに巻いて、苦しかったんじゃないか?」
左右の身ごろを開くと、キャミソールスリップ一枚の姿が見えた。
「だめっ!」
雪はプイと横を向いて急いで身ごろを合わせ、片手で腰紐を探した。
「え?古代君??あ」
「さっきの続き……」
雪が驚いて、古代の手を払いのけようとするが、逆に彼にがっちりとその手を捉えられてしまった。
(だめだ、我慢できない……っ!)
うっすら汗を掻いた首筋が妙に色っぽくて、艶めかしい。
白い肌に鎖骨が浮き上がっている。古代は誘われるように、首筋に唇をよせた。
「だめだって、浴衣、皺になるでしょ」
「脱げばいいよ。あとで一緒に着付ければいい」
言ってるそばから浴衣を脱がし始める。
首筋にキスを落とされると、雪の抵抗も弱いものになっていく。
「だめって…言ってる……のに」
皺になっては雪の機嫌を損ねてしまう。
肩からそでを抜き、脱がせた浴衣を古代はそっとソファの上に置いた。
雪の方は、抵抗むなしくすっかり古代に組み伏せられている。
フローリングの床に、押し付けられるようにして雪は古代のキスを受けていた。
額にかかる前髪を左手で払い、そこにキスを一つ。
かんざしを抜いて、結われた髪も下ろすと、固かった雪の表情が柔らかになる。
同時に、忙しなく上下していた肩も落ち着いている。
積みあがったダンボールケースが目に飛び込んでくる。
「あっち行こう」
古代は彼女を抱いて、寝室へと向かった。
****
ゆっくりと彼女をベッドに下ろす。そして躊躇することなくキャミソールの肩ひもを下ろしていく。
薄暗い部屋はベッド一つ置いてあるだけ。
雪はどうしていいかわからず、ぎゅっと目を瞑り、彼にその身を預けている。
「そんなに怖がるな。俺だって緊張してる」
「うん……」
いよいよ彼女の柔肌を……と思ったその時。
けたたましく電話の呼び出し音が部屋に響いた。
二人はびくっと体を震わせる。
しかし、これからがいいトコロなのだ。こんなトコロで止められるかと、古代は少々焦り気味に彼女の
鎖骨の下あたりに唇を這わす。
放っておいてもかまわない。今は電話より、雪だ。
古代は呼び出し音を無視して雪にのめりこんでいく。
しばらくそうしているうちに呼び出し音はパタリと止んだ。
二人は目と目で、「よかった」と会話をし、さあ、仕切り直しだと、古代は彼女の肩紐を肘の辺りまでずり下げた。
雪は恥ずかしさのあまり両腕で自分自身を抱きしめた。
彼女の胸の谷間が強調されるのを見て、古代はごくりと唾をのむ。
すると、今度はジーンズの尻ポケットから振動が伝わってきた。
古代が彼女に近づこうとするのを阻止するように、Brbrrrr…。
しかし今度も古代は耐える。(畜生、誰なんだ、一体)と心の中では思っていても、
雪がせっかくその気になってくれているのだから、この期を逃したくないのだ。
彼女に振動音を悟られないように、気を配りながら、古代は携帯電話の電源をオフにした。
今度こそ、誰にも邪魔はさせない!と意気込んで、ついに古代は彼女の胸に手を触れ……。
と、思ったのだが。
またしても部屋の電話が、先程よりも二倍増しかと思われるけたたましさで部屋中に響いた。
「くそっ!なんなんだよ、さっきからっ!」
古代は忌々しげに電話の方を見やる。
「電話、緊急かもしれないわ。出たら?」
雪も観念したのか、古代を心配そうに覗き込んだ。
古代はそれでも出たくない、と無視を決め込んだが、電話は留守電モードに切り替わった。
『おい、古代!!そこに居るんだろ?こっちに出なくていいから、携帯のほうに出ろ。お前
土方さんに殺されてもしらないぞ!!』
Piii……t。
メッセージは名も告げずにそれだけ言って切れた。
聞かなくてもあれは彼だ。
声の主は親友だ。それもかなり切羽詰った声だ。などと悠長に構えてられるか!!
古代は尻ポケットから携帯を取り出し、急いで電源をオンにした。
程無く島から着信があった。
『お前なあっ!!さっきから俺が何回鳴らしてると思ってるんだ!!』
あまりの大声に、寄り添うようにして聞いていた雪までもびっくりしてベッドの上で飛び上がりそうになった。
『な、いきなりなんだ?お前が言うから、森くん誘ってなあ。今彼女と一緒なんだよ。察しろ』
『その森くんを、土方さんが探してるってさ。実家にまで連絡あったんだぞ?古代の住所を知らないか?とな。
彼女から電話させて安心させてやれよ。おやっさん、心配症なんだからさ』
『あーーー……。ちょっと今は無理か、な?雪、無理だよな?うん。彼女、今は無理って言ってる』
「はああああっ???何言ってるんだ?そんなの俺の知ったことじゃないだろ?二人でなんとかしろ。じゃあな!!』
島はかなりご立腹のようで、言いたいことだけ言って電話は切られた。
雪は放心状態だ。
さっきまでのいいムードはどこへやら。目に涙を浮かべて古代を睨む。
「お、俺のせい??だよな?そう、だよな……」
二人とも大人なんだし、恋人同士なのだから。それにこれは別に悪いことじゃないんだ。
とわかっていても、今一つ古代の歯切れは悪い。
「とにかく。今からシャワー浴びて、浴衣着直そう?な」
「うん……。私たち、悪いことしてたんじゃないものね?」
「当たり前だろ? ちゃんと挨拶にも行くよ。だから雪は心配するな」
「うん」
古代は雪にタオルを持たせ、風呂場へ連れていってやった。
シャワーの音が聞こえてきたので、嘆息してソファに座ると。
また携帯が鳴り始めた。
発信者の名前を見ると、肩に知らず知らず力が入る。
古代は決心して電話を取った。
****
古代の携帯が再び受信を告げる。
発信者は、非通知。古代の背筋を、冷たいものが流れ落ちた。
『古代か?』
迫力のある太い声は、わずか一手目で、すでに古代を追い詰めた。
『は、はいっ!土方さんっ!ご無沙汰しておりますっ!!』
古代の声は上ずって語尾は掠れてしまい、怪しいことこのうえない。
『雪は一緒か?』
『はい、一緒です』
土方の迫力ある低音ボイスに、つい古代も正直に話してしまい、頭の中で軽くパニックを起こしかける。
『代わってくれないか?』
『今、ですか?』
『そうだ、今すぐにだ。都合が悪いのか?』
『いえっ!決してそんなことはっ!!』
雪は、シャワーを終えて、古代のTシャツとジーンスを借りた姿で、リビングに戻ってきていた。
横で聞いていた雪の方が度胸が据わっていて、「貸して、古代君」と彼の手から携帯を奪い取り、
『もしもし、おじさま?』と電話に出た。
『今、古代君の家に来ているの』
(雪ぃぃぃぃぃぃっ!!!)
彼女のいきなりの爆弾発言に慄く古代。それは言っちゃだめだろ、俺殺される……と意気消沈する。
『なんだと?古代の家にいるだと?雪、おまえは大切な宝だと、あれほど」
『大丈夫です、おじさま。古代君は紳士です。私を大切にしてくれてます』
(スミマセン……。大切にします……)
雪の堂々たる宣言ぶりの傍らで、古代は小さくなる。雪の言葉が胸に刺さるようだ。
『慣れない下駄で、足を痛めてしまったんです。それでここに来させてもらったの。』
『それなら、家に来るか、自分の部屋に戻った方が良かったんじゃないのか?』
土方の言い分は真っ当だった。古代は、潔く土方に詫びを入れようと思い、雪に合図を送る。
しかし、雪も譲らなかった。
『そうするべきだと古代君も言ったんです。でも、まだ帰りたくなかったんです。古代君と一緒に居たかったから……』
ふぅ、と寂しげなため息が雪に伝わった。
電話の向こうで土方は、やれやれと呆れているのだろう。けれど、ここは嘘をつきたくなかったし、
自分達は大人だから、信用してほしかった。もしこれで土方と喧嘩になっても構わない。
いつか解ってもらおう、と雪は覚悟していた。尚も土方に話そう、とする雪を、古代は止めた。
そして、貸して、と今度は古代が電話を取った。
『土方さん、遅くなってすみません。家にきてもらったのも、自分が誘ったからです。
雪は――雪さんは悪くないです。すみません。でも自分たちは真剣に付き合ってます。わかってください。僕は雪さんを大切にします』
黙り込んでしまった土方が不気味だが、誠心誠意を込めて言うしかない。
無言の土方に、古代は緊張のあまり直立不動で息まで詰めて答えを待った。
切られていまうのではないかと危惧した古代だが、しばらく経ってから土方は諦めた口調でこう告げた。
『古代、雪を、大切にな』
『はいっ!』
古代もそう答えるのが精一杯だった。
通話を終えると、どっと汗が噴き出した。
古代は、その場にへなへなと崩れ、胡坐を掻いて何度も大きなため息をついた。
「古代くん、ありがと」
土方を相手に、はっきりと交際を宣言してくれた古代を、ちょっとだけ頼もしいと思いつつ、
その後の姿に、ちょっとだけ情けなさを感じつつ。
いや、それすらも。全部ひっくるめて愛おしいのだ、と雪は思い直した。
かえって目立たなくなるのだ。
エアカーをとめてあったパーキングまでたどり着くと、悪いと思ったのか
雪は古代に下ろすよう頼んだ。
「足、もう痛くないの?」
「うん、少しなら大丈夫」
鼻緒擦れが治ったわけではないので、歩くとやはり痛む。
「ほらみろ」
言うが早いか、今度は雪を抱きかかえて歩き出した。
「古代君!重いから、いい」
「重くないって。それにそこまで少しの距離だから」
等と、言い合ううちに無事にエアカーまで到着。
「で、どうする?雪の部屋へ戻る?」
「ダメ、土方のおじさまがエントランスで待ってるかもしれないし」
「じゃあ、俺んち来る?」
そこで、着なおせばいいよ、と古代は涼しい顔で言う。
「そんなに簡単に着付けできないのよ……」
と雪は、また半泣きになってしまう。
「大丈夫だって。ネットで調べて、俺も手伝うし」
「え? 古代くん、私の着替え手伝うつもり?」
「あ、えっと。今は下心ゼロ。何もしないよ」
「い・ま・は??」
「あ、揚げ足とるなよ……」
本心を見透かされてそうで、古代は面白くない。小さな子どものように口を尖らせて拗ねたふりをする。
「ま、いいわ。古代君を信用する」
機嫌を直した雪は、古代の隣に乗り込んだ。そして思い出したように携帯電話の電源をオフにした。
****
雪にとって、古代の部屋を訪れるのは初めての事だ。
地球に戻ってきてしばらくは以前の寮に住んでいた古代だったが、そこも取り壊されることが決まり、
新たな住居を求めて、雪の住む町のすぐ隣町に引っ越してきたのが3か月ほど前。
地上は今建設ラッシュで、古代の入居したタイプの高層マンションは、竣工と同時に入居者が埋まる。
彼は運よく即入居できた方だ。
多忙なスケジュールの合間を縫って、雪は何度か掃除をしたい、食事を作りたい、
と古代に申し出たのだが、互いの都合が合わなかった為、今回が初めてとなる。
二人の関係が今一歩前進しないのも、こういった理由が一因だろう。
上昇するエレベーター。わずかの緊張感の中で、二人は向き合った。
ルームナンバー707とは覚えやすい。「あとで、認証番号教えるから。いつでも来れるだろ?」
「いつ来てもいいの?私?」
「いいよ。俺の留守中でも構わない」
「ほんと!?」
下心がゼロだなんて、この時点で嘘だ。
あわよくば、な気持ちが無いなんてわけがない。けれど雪を大切にしたい気持ちの方が圧倒的に強い。
まだしばらくは理性が勝ちそうだ、と古代は他人事のように考えていた。
二通りの認証ブロックを解除して、扉を開けると、まだ解かれていない荷が転がっていた。
「お邪魔します。わあー、殺風景ね。古代君らしい部屋」
「それ褒めてる?わけじゃないよな?」
「古代君らしいってこと! 嫌いじゃないわ」
「でも、好きでもない?」
「ううん、大好き!」
雪は踊りながら、古代の首に腕を回す。浴衣の袂からふわりと彼女の柔らかな匂いがして古代の鼻腔をくすぐる。
****
着崩れた浴衣のままでは雪も落ち着かないだろうということで。
二人は早速ネットで検索して、協力して浴衣を着付けなおそうと意見が一致した。
まずは帯だ。
しゅるしゅるしゅるっとこれは割と簡単に解ける。
「なんだ、脱がせるのって簡単なんだな」
とつい口走ってしまい、「古代君!!」と雪から大目玉を喰らう。
「え、帯の下にまだある……」
古代が目にしたのは伊達締めで、その下に胸紐、おはしょりの更に下に腰紐まで結んである。
しかしここまで脱がせたら、あとは楽勝だ。
そう。古代はすっかりその気モードに片寄りつつある。
「こんなに巻いて、苦しかったんじゃないか?」
左右の身ごろを開くと、キャミソールスリップ一枚の姿が見えた。
「だめっ!」
雪はプイと横を向いて急いで身ごろを合わせ、片手で腰紐を探した。
「え?古代君??あ」
「さっきの続き……」
雪が驚いて、古代の手を払いのけようとするが、逆に彼にがっちりとその手を捉えられてしまった。
(だめだ、我慢できない……っ!)
うっすら汗を掻いた首筋が妙に色っぽくて、艶めかしい。
白い肌に鎖骨が浮き上がっている。古代は誘われるように、首筋に唇をよせた。
「だめだって、浴衣、皺になるでしょ」
「脱げばいいよ。あとで一緒に着付ければいい」
言ってるそばから浴衣を脱がし始める。
首筋にキスを落とされると、雪の抵抗も弱いものになっていく。
「だめって…言ってる……のに」
皺になっては雪の機嫌を損ねてしまう。
肩からそでを抜き、脱がせた浴衣を古代はそっとソファの上に置いた。
雪の方は、抵抗むなしくすっかり古代に組み伏せられている。
フローリングの床に、押し付けられるようにして雪は古代のキスを受けていた。
額にかかる前髪を左手で払い、そこにキスを一つ。
かんざしを抜いて、結われた髪も下ろすと、固かった雪の表情が柔らかになる。
同時に、忙しなく上下していた肩も落ち着いている。
積みあがったダンボールケースが目に飛び込んでくる。
「あっち行こう」
古代は彼女を抱いて、寝室へと向かった。
****
ゆっくりと彼女をベッドに下ろす。そして躊躇することなくキャミソールの肩ひもを下ろしていく。
薄暗い部屋はベッド一つ置いてあるだけ。
雪はどうしていいかわからず、ぎゅっと目を瞑り、彼にその身を預けている。
「そんなに怖がるな。俺だって緊張してる」
「うん……」
いよいよ彼女の柔肌を……と思ったその時。
けたたましく電話の呼び出し音が部屋に響いた。
二人はびくっと体を震わせる。
しかし、これからがいいトコロなのだ。こんなトコロで止められるかと、古代は少々焦り気味に彼女の
鎖骨の下あたりに唇を這わす。
放っておいてもかまわない。今は電話より、雪だ。
古代は呼び出し音を無視して雪にのめりこんでいく。
しばらくそうしているうちに呼び出し音はパタリと止んだ。
二人は目と目で、「よかった」と会話をし、さあ、仕切り直しだと、古代は彼女の肩紐を肘の辺りまでずり下げた。
雪は恥ずかしさのあまり両腕で自分自身を抱きしめた。
彼女の胸の谷間が強調されるのを見て、古代はごくりと唾をのむ。
すると、今度はジーンズの尻ポケットから振動が伝わってきた。
古代が彼女に近づこうとするのを阻止するように、Brbrrrr…。
しかし今度も古代は耐える。(畜生、誰なんだ、一体)と心の中では思っていても、
雪がせっかくその気になってくれているのだから、この期を逃したくないのだ。
彼女に振動音を悟られないように、気を配りながら、古代は携帯電話の電源をオフにした。
今度こそ、誰にも邪魔はさせない!と意気込んで、ついに古代は彼女の胸に手を触れ……。
と、思ったのだが。
またしても部屋の電話が、先程よりも二倍増しかと思われるけたたましさで部屋中に響いた。
「くそっ!なんなんだよ、さっきからっ!」
古代は忌々しげに電話の方を見やる。
「電話、緊急かもしれないわ。出たら?」
雪も観念したのか、古代を心配そうに覗き込んだ。
古代はそれでも出たくない、と無視を決め込んだが、電話は留守電モードに切り替わった。
『おい、古代!!そこに居るんだろ?こっちに出なくていいから、携帯のほうに出ろ。お前
土方さんに殺されてもしらないぞ!!』
Piii……t。
メッセージは名も告げずにそれだけ言って切れた。
聞かなくてもあれは彼だ。
声の主は親友だ。それもかなり切羽詰った声だ。などと悠長に構えてられるか!!
古代は尻ポケットから携帯を取り出し、急いで電源をオンにした。
程無く島から着信があった。
『お前なあっ!!さっきから俺が何回鳴らしてると思ってるんだ!!』
あまりの大声に、寄り添うようにして聞いていた雪までもびっくりしてベッドの上で飛び上がりそうになった。
『な、いきなりなんだ?お前が言うから、森くん誘ってなあ。今彼女と一緒なんだよ。察しろ』
『その森くんを、土方さんが探してるってさ。実家にまで連絡あったんだぞ?古代の住所を知らないか?とな。
彼女から電話させて安心させてやれよ。おやっさん、心配症なんだからさ』
『あーーー……。ちょっと今は無理か、な?雪、無理だよな?うん。彼女、今は無理って言ってる』
「はああああっ???何言ってるんだ?そんなの俺の知ったことじゃないだろ?二人でなんとかしろ。じゃあな!!』
島はかなりご立腹のようで、言いたいことだけ言って電話は切られた。
雪は放心状態だ。
さっきまでのいいムードはどこへやら。目に涙を浮かべて古代を睨む。
「お、俺のせい??だよな?そう、だよな……」
二人とも大人なんだし、恋人同士なのだから。それにこれは別に悪いことじゃないんだ。
とわかっていても、今一つ古代の歯切れは悪い。
「とにかく。今からシャワー浴びて、浴衣着直そう?な」
「うん……。私たち、悪いことしてたんじゃないものね?」
「当たり前だろ? ちゃんと挨拶にも行くよ。だから雪は心配するな」
「うん」
古代は雪にタオルを持たせ、風呂場へ連れていってやった。
シャワーの音が聞こえてきたので、嘆息してソファに座ると。
また携帯が鳴り始めた。
発信者の名前を見ると、肩に知らず知らず力が入る。
古代は決心して電話を取った。
****
古代の携帯が再び受信を告げる。
発信者は、非通知。古代の背筋を、冷たいものが流れ落ちた。
『古代か?』
迫力のある太い声は、わずか一手目で、すでに古代を追い詰めた。
『は、はいっ!土方さんっ!ご無沙汰しておりますっ!!』
古代の声は上ずって語尾は掠れてしまい、怪しいことこのうえない。
『雪は一緒か?』
『はい、一緒です』
土方の迫力ある低音ボイスに、つい古代も正直に話してしまい、頭の中で軽くパニックを起こしかける。
『代わってくれないか?』
『今、ですか?』
『そうだ、今すぐにだ。都合が悪いのか?』
『いえっ!決してそんなことはっ!!』
雪は、シャワーを終えて、古代のTシャツとジーンスを借りた姿で、リビングに戻ってきていた。
横で聞いていた雪の方が度胸が据わっていて、「貸して、古代君」と彼の手から携帯を奪い取り、
『もしもし、おじさま?』と電話に出た。
『今、古代君の家に来ているの』
(雪ぃぃぃぃぃぃっ!!!)
彼女のいきなりの爆弾発言に慄く古代。それは言っちゃだめだろ、俺殺される……と意気消沈する。
『なんだと?古代の家にいるだと?雪、おまえは大切な宝だと、あれほど」
『大丈夫です、おじさま。古代君は紳士です。私を大切にしてくれてます』
(スミマセン……。大切にします……)
雪の堂々たる宣言ぶりの傍らで、古代は小さくなる。雪の言葉が胸に刺さるようだ。
『慣れない下駄で、足を痛めてしまったんです。それでここに来させてもらったの。』
『それなら、家に来るか、自分の部屋に戻った方が良かったんじゃないのか?』
土方の言い分は真っ当だった。古代は、潔く土方に詫びを入れようと思い、雪に合図を送る。
しかし、雪も譲らなかった。
『そうするべきだと古代君も言ったんです。でも、まだ帰りたくなかったんです。古代君と一緒に居たかったから……』
ふぅ、と寂しげなため息が雪に伝わった。
電話の向こうで土方は、やれやれと呆れているのだろう。けれど、ここは嘘をつきたくなかったし、
自分達は大人だから、信用してほしかった。もしこれで土方と喧嘩になっても構わない。
いつか解ってもらおう、と雪は覚悟していた。尚も土方に話そう、とする雪を、古代は止めた。
そして、貸して、と今度は古代が電話を取った。
『土方さん、遅くなってすみません。家にきてもらったのも、自分が誘ったからです。
雪は――雪さんは悪くないです。すみません。でも自分たちは真剣に付き合ってます。わかってください。僕は雪さんを大切にします』
黙り込んでしまった土方が不気味だが、誠心誠意を込めて言うしかない。
無言の土方に、古代は緊張のあまり直立不動で息まで詰めて答えを待った。
切られていまうのではないかと危惧した古代だが、しばらく経ってから土方は諦めた口調でこう告げた。
『古代、雪を、大切にな』
『はいっ!』
古代もそう答えるのが精一杯だった。
通話を終えると、どっと汗が噴き出した。
古代は、その場にへなへなと崩れ、胡坐を掻いて何度も大きなため息をついた。
「古代くん、ありがと」
土方を相手に、はっきりと交際を宣言してくれた古代を、ちょっとだけ頼もしいと思いつつ、
その後の姿に、ちょっとだけ情けなさを感じつつ。
いや、それすらも。全部ひっくるめて愛おしいのだ、と雪は思い直した。
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プロフィール

管理人 ひがしのひとみ
ヤマト2199に30数年ぶりにド嵌りしました。ほとんど古代くんと雪のSSです
こちらは宇宙戦艦ヤマト2199のファンサイトです。関係各社さまとは一切関係ございません。扱っているものはすべて個人の妄想による二次作品です。この意味がご理解いただける方のみ、お楽しみください。
また当サイトにある作品は、頂いたものも含めてすべて持ち出し禁止です。
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