*****

古代にその通知が届いたのは、仮申し込みが完了してからすぐだった。



<XX月○●日 二二〇〇時 喫茶娯楽室使用についての注意>
彼女から仮申し込みが済んだとの報告を受ける前だったので、古代は一瞬何のことだと訝しがった。

「例の件仮申し込みは済ませました。あとは古代君が原田さんから直接聞いてください。
それで全て完了なんだって」
仕事の用件の最後にそれらしく混ぜ込んで、雪は格納庫に居る古代に笑顔を向けた。
「了解。もう原田君から通知が来たよ。早速来いってさ」
「ええ。あとはお願いします」

航空隊の面々が揃いだした。大破したゼロの機体を修理するかどうかの会議らしい。
「じゃあ、そういう事で」
古代は、片手をあげて合図を送った。沢村が古代に何か話しかけていた。
古代はわざとらしく咳払いして、離れた場所に居た篠原を呼び寄せて、冷やかされたのを誤魔化している。

古代は、こうやって二人で話している場を、他のクルーに冷やかされるのがどうにも苦手らしいのだ。
雪は、そんな彼の様子を見るにつけ、古代君らしいとも思うのだが、
(ちょっとはこっちを見てくれてもいいのになあ)と頬を膨らませたのだった。



******

原田真琴の勤務時間については、通知のメールに書きこまれていた時間に従った。


面白がって申込んでみた、というのは表向き。
彼女を自室へ招くこと自体、どこか後ろめたく感じてもいたし、彼女だけにコソコソさせているようにも思えて
それはしたくないと思い始めていた。
だからこの案は、幾分か、いや相当かはマシなのだ。

注意を聞いたらすぐに終わるだろうと、古代はたかを括って医務室に臨んだ。

向かった先には先客が居た。具合の悪そうな患者を、佐渡が診察中である。
「古代さん、ちょっと待っててくださいね」
「いいよ、別に急ぎじゃないし」
真琴はパタパタと室内を走り回る。
「真琴、奥の個室で点滴じゃ」
「ハイ!」
佐渡の指示通りに彼女はてきぱきと動いた。
古代は、負傷したクルーの見舞いで何度か医務室を訪れたが、自らの疾病が原因でこの場所を
訪れるのは、滅多にない事だった。消毒液の匂いが、なんとなく落ち着かない。
身体が弱くて、しょっちゅう医者に掛かっていた幼少の頃を思い出す為なのか。
古代は、ぼんやりとそんな昔を思い出していた。

彼が待たされている間も、腹が痛い、足を捻ったと、非番中のクルーが訪ねてきていた。
真琴は、奥の部屋から「ちょっと待っててくださーい!」と、その二人に声をかけている。
待合の椅子に、三人並んで座っていると、居心地の悪さが増長する。
また後で来ます、そう真琴に伝えようかと古代が思案していると。
程無くして、奥の個室から佐渡と彼女が戻ってきた。

「お待たせです、古代さん」
「いや、こちらこそ忙しいところすみません」

「おお、町田来とったんかい、どうしたんじゃ?」
佐渡が気を利かせて真琴に「あっち、空いとるよ」と佐渡がいつも仮眠を取る(酒を呑む)狭い和室を指差した。
「はーい。古代さん、こちらでお薬の説明しますね」
こっちです、と手招きされて、古代は椅子から立ちあがって、彼女の後に続いた。



「ごめんなさい、他に患者さんが居るので、小声で話しますね」
「お願いします」
「喫茶娯楽室、XX月○●日、二二○○から三時間レンタルされますね?」
ちゃぶ台を挟んで、二人は向い合せになった。
 はい、これが使用上の注意です。読み上げてもいいですが……、そうですね
ご自分で読んでください。了承、同意していただけたら、お名前をいただきます」
表示されるものを流し読み終えた古代は、気になっていたことを真琴に尋ねる。
「……、用意してほしいものって、食べものもいいの? 飲み物とか。腹空くし、のど乾きそうだし」
「古代さん!いつもそんなにハードなんですかあ?」小声だが、身振り手振りで真琴は古代に尋ねた。
「え…いや」
<シマッタ>
彼の心の中を一言で表すならこうだろう。いつはも凛々しい古代が、耳まで赤くして小さくなって俯いている。
「あ、立ち入ってすみません、飲み物は大丈夫です。ですが、食べ物はアウトです。規則ですので」
持ち前の好奇心を抑えうとはするが、こんなに面白い戦術長の素顔はそうそう見られない。
真琴はついイタズラ心を発揮して追い打ちをかけた。
「飲み物は食前……にお持ちしますか? あ、後がいいなら大体の時間を」
「あの、前、前でいいよ。二人分で」
個室にいる点滴中の患者が気になって、古代は早口で伝えた。
聞かれてはいけないと焦るあまり、体を真琴の方に乗り出し、耳元で囁くようにして。


「コ、古代さん……、あの了解デス、ココにお名前いただきます。雪さんのは先に貰っていますので」
「???」
古代は、え?と動揺している真琴にも気が付かない。彼女がどうして照れているのかも、だ。
「これで、完了です」
「ありがとう」
とにかくそこから早く解放されたい一心で手続きを済ませ、古代は医務室を出た。








*****

その翌日。
「雪さーん」
呼び止められた雪は、何だろう?と真琴の方を見た。
休憩時間もそろそろ終わる頃だ。古代からは例の件がどうだったかの連絡はない。
まさか何か不都合でも生じたのか、と雪は不安になりながら彼女の傍まで近づいた。
「今からお昼ですか?」
「そうなの。原田さんはもう終わったの?」
「これからデザートタイムです。雪さんご一緒しませんか?」
ガラスの器の中のアイスクリームは半分溶けかかっていた。
「いいわよ」
雪が彼女の隣に座ると、真琴は目配せして切り出した。

「雪さん、古代さんってモテますよね? 私、加藤さんのことがなかったら、古代さんに惚れちゃってたかも」
「ええ??」
雪は水を吹きだしそうになった。
「な、なんで?」
真琴は目を輝かしながら、雪の手を取った。

「私、雪さんに説明したときみたいにタブレットで説明してたんです。そしたら、すごく真面目に聞かれて
それに答えたら、ありがとうってあの笑みですよ?? なんだか、私までぽわ~~~んとしちゃって。
古代さんがモテるわけがわかりました。童顔でケセっ毛が母性本能くすぐりますよね。一般的には。
私は断然坊主派ですけど!!!えっと、何でしたっけ? そうそう、それでね、
こうだっけ?なんて言いながら、こっちのパーソナルスペースに半歩踏み入れちゃうみたいなところないですか?
あれ、ヤバイです。止めさせた方がいいです。そうしないと他の女の子、きっと惚れちゃうなあ」
などと、目にハートマークまではいかないが、嬉しそうに頬を紅潮させて一気に話した。
「はあ。そうなの……」
「ハイ、絶対あれは誤解を生みます」
はっきり断言されると、雪も心配になる。
でも、確かにそうかも。

自分だってきっかけはそうだったと、雪は思い出した。エンケラドゥスで、彼は照れもせずに雪の肩を抱いたのだ。
あの頃はまだ互いに恋愛感情はなかったはず。
彼の愛情を疑うなんて、これっぽっちもないのだけど。
何かのついでに釘を差すのも悪くはないか。
次のデートは、予約済みなのだし。
(甘えついでに訊きだしちゃえ!)
拳を握って何かを決意した雪の隣で、真琴も「がんばってください!」と
雪と同じように両手をぎゅっと握っていた。








*****

XX月○●日 二二○○時

聞いていた暗証番号で、雪がドアを開けて部屋に入ってきた。
「古代君」
「俺も今来たところ」
「……」
「……」
二人の会話が途切れると、ドアが閉まる音だけが、部屋に響いた。
「…緊張するな」
「そうね」
二人は、まず部屋を見渡した。
そこは狭くもなく、さして広くもなく。恋人同士が憩うのに適度な広さの部屋だった。
マットレスだけのベッド、少し離れて二人掛けができる小さなソファ。
よく見れば簡易ベッドを元に作られた簡素なものだ。
そしてテーブルの上には、ちゃんと飲み物が用意されてある。
「……座ろうか」
「うん」
古代は用意してあった映画でも観ようと、リモコンのスイッチを入れる。
「映画でも観る? 雪は何がいい?」
「恋愛ものがいいな」
「俺はわからないから雪が適当に選んでよ」
そうして雪が選んだ映画は、ラブシーンから始まるものだった。
主人公の二人が激しく絡み合うシーンに、しばし古代も雪も固まってしまう。

「違うの、タイトルしか知らない映画だったの、私、そんな気は…ごめんなさい!」
雪は焦ってしどろもどろになりながら、古代に謝った。
身の置き所がどこにもなくて、雪はおろおろするばかりだ。
「謝る必要なんてないよ」
恥ずかしがる雪が可愛くて、古代は思わず抱きしめた。

最初はもじもじと恥ずかしがっていた雪だが、古代に促されるまま顔を上げた。
顎をとらえられると、すぐ近くに彼が迫ってくる。
目を閉じると柔らかな感触が雪の唇を包んだ。

「古代君……」
雪がトロンと瞳をうるませて見上げている。
「雪……」
古代が、彼女に覆いかぶさる。
と、雪は唇を離し、
「キス……、凄く感じるんだけど」
と吐息交じりで古代に訴えた。
「それは、どうも」
さらに続きをと、唇を合わせようとしてくる古代は、雪の怪訝そうな顔にストップをかけられた。
「ねえ?」
「ん? どうした?」
「古代君の、キス、いつも蕩けちゃう」
「ありがとう。って言うのも変だよな?」
蕩けるくらい感じてるのなら、それでいいじゃないかと半ば強引に唇を合わせようとする古代に
彼女は顔を逸らせた。
「どうしたんだよ? なんで怒ってるの?」
「だって。どうしてそんなに巧いの? 何人の女の子を蕩けさせてきたの??」
「はあ???」
古代は腕を解き、まじまじと雪を見る。
「古代君……? 怒らせちゃった?」
「つまらないことで君が拗ねたから、呆れてる」
「つまらない? 私にとっては一大関心事よ」
「キスの巧い下手が?」
「違うわよ。古代君が、女の子にモテる事がよ」
「はあ?」
彼女は口を尖らせて拗ねた見せた。
古代の頭の中は、疑問符で一杯になった。
全くもって雪の言ってる意味がわからない。開いた口がふさがらないとはこの事だ。
雪にやきもちを妬かせるような事は何一つない。それは断言できる。

せっかくのデートを楽しみたいのだ。雪の愚痴を聞いてやるのもデートのうちだと考えればいいのだろうが
いかんせん時間に限界がある。そんな話はどこででもできるのだ。
なんとか彼女の不満を取り除いて、甘いムードに戻りたい。ここはひとつ下手に出て
謝ってしまおうかとも思った古代だが。

「雪にだけモテてれば俺はいいんだけど」
古代は強引にキスをした。いきなりの深いキスに雪の思考は飛んでしまう。
古代は唇を離し、吐息だけで彼女に訊く。
「巧いって、どこが?」
「……そういうところ」
なんだかいつもキスではぐらかされている、と雪は思っている。
「私ばかりが、古代君に蕩けちゃってる……」
古代は、その言葉に反射的に身体を離した。

(雪は気づいてないのか? 俺が君と一緒にいる間、理性を保つだけで精一杯だってことを)
狭いソファで二人はもう一度抱き合った。
更に深いキスを続ける古代に、雪は次第に身体を預けるようになっていった。
「君だけに、俺は参ってる。雪が好きだからキスしたい」
「うん」
彼女はもう観念したのか、目を閉じて古代に続きを促した。

――俺だって君に蕩けてる

これからの短い時間でどうやってそれを伝えようか。
彼女を抱く。今まで以上に気持ちを伝える為に。
あれこれと考える前に、唇一つを額に落とした。






*****


<おまけ>
古代君のキスがどうしてそんなに巧いのか???その謎が明かされます
*大人な描写がありますので注意





<蛇足的おまけ>
”食前ジュース”は、結局”食後”に、二人で美味しくいただいています♪


さっぱりした味のアプリコットジュースは、酸味もほのかな甘みもあって、
程よく疲れた二人の体に染みていった。
「ねえ、やっぱり、私気になる……」
まだ言うか、と古代は隣で寝そべる彼女を見る。
頬を上気させて、潤んだ目で甘えるような顔を向ける彼女に
古代は、やれやれと思わないでもない。
彼は、グラスから一口ジュースを口に含んで、そのまま彼女に口づけた。

甘酸っぱい液体が、香りと共に雪の口に流れ込んでくる。
冷たい液体は、喉の奥に流れて行ってしまい、残された熱い舌が絡みあった。

雪は意識がまた飛びそうになるのを、必死で堪えて古代を睨みつけた。
「ん、う、んん…んっ、古代、くん!」
「何がそんなに気になるの?」
いいムードで抱き合って、この後も喧嘩はしたくない。言い訳もなにも、自分は雪以外誰も目に入らないのだ。
その想いを、全身全霊で、ついさっき彼女に伝えたはずなんだが。
どうやったら、どういえば雪は不安を取り除いてくれるのか?と古代は先程よりは真剣に考えてみる。

「古代くんが……モテるのは本当よ。だから、過去のあなたも、こんな風に女の子とキスしたり、抱き合ったり経験豊富なのかな?って。
過去を気にしてるってわけじゃないの。でも今のあなたの姿から想像できないの」

何を言い出すかと思えば。雪はとんだ勘違いをしている。古代は目を丸くして彼女を見る。
ヤマト艦内でも、いや地球にいた頃からきっと高値の花だ、姫だと
周りから言われ続けていたであろう彼女の本音が、見えもしない誰かへの嫉妬だったのだ。

(ヤバイ。可愛いすぎるだろ、それ!)
もう1時間延長できないものか?という思いが一瞬古代の頭を過る。

それから、ひょっとしてこれが原因じゃないかと思い当たった。
唐突に兄の言葉を思い出したのだ。

『最近、俺のキスが上手いって褒めるんだ。彼女が』
兄貴はこれのおかげかもな、と笑ってた。まだ小学生だった自分は、何のことだかさっぱりわからなくて
ふーんと頷いていただけだった。




「君が、嫉妬してる相手って、さ」
「あ、私、別に嫉妬してるわけじゃ!」
プライド高きお姫様は、本音を吐くことは、なかなか容易ではないのだ。
「これだよ」
床に捨ててあった艦内服のポケットから、古代は銀色のそれを取り出した。

「ハーモニカ?」
「ああ。これが、きっと雪が聞きたがってたキスの秘密」
「どういうこと?」

と、展望室でよく吹いているあの曲をワンフレーズを、聞かせてやる。
しかし、それはいつものあの曲ではあっても、アレンジが違うというのか、全く違って聞こえてきた。
雑音が混じるような音で、子どもが出鱈目に吹いているような音だ。

雪が、あれ?というような顔を古代に向けていると、彼はまた同じ曲を繰り返した。
そして二番目に吹いたフレーズは、いつものあの曲だった。

「な? 違うだろ」
「うん……」
「これ、複音ハーモニカって言って、上下に二つ穴がある。一つの音だけを出し続けるのって
けっこう難しくてさ。こうやったり、こうやったり……」
透明のハーモニカを咥えて、タンブロックで舌を遣ったり、口をすぼめてみたりして雪に教えてやった。

古代のレクチャーする姿が可笑しくて、雪はころころと笑い出した。
「なあに、それ!」
「こいつが、原因ってわけだ」
「キスの?」
「そう! ほら、こうやるんだ」
古代はふざけて、すぼめた口で雪にキスをした。

ちゅっと大げさに音をたてて。












end
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