「雪のコーヒーネタ  ひがしのひとみバージョン」




~引っ越し前夜~ 電話でイチャつく二人。

週末の深夜。
ヤマトを降りて、しばらく土方夫妻の家に世話になっていた雪が、一人暮らしを始めるその前夜。
雪は、翌日手伝いにきてくれる恋人に電話を入れていた。
おおまかな荷造りは、ほとんど終っていて、ベッドの周りはダンボールの山と化していた。

「古代君って和食党だったよね?」
「うん。でも何でも食べるよ。好き嫌いはないな」
「そっか。なら大丈夫ね。やきそばパン大丈夫?」
「ん?やきそばパン?」(なんでそんなメニューなんだろう??)
「嫌い?」
「いや、大丈夫だよ」
「了解! お弁当に持っていくね。古代君、まだ雪ちゃん特製コーヒーは飲んだことなかったよね?」
「えっ!?」
「水道も電気もすぐに使えるから、目の前で淹れてあげるね!」
「あ、ありがとう……」
「じゃあ、明日! お手伝いよろしくお願いします!」

淹れる気満々の雪に、<遠慮しておくよ>とは言えずに、携帯電話を握る手に、汗を掻く古代であった。



そして当日。

朝早くから、夫人と荷物の詰め込み作業の最終チェックを終えたにもかかわらず、後から起きてきた
土方が、「あれは持っていかないのか」「これも持っていけ」と言うたびに、ダンボールが一つ、二つとまた増えた。

「あなた、もういいわよ。足りない分は買い足せばいいわ。少し余分にお金を持たせてあげた方が」
「あっても困らないものばかりだぞ。無いよりはいいだろう。雪、持っていきなさい」
「おじさま、ありがとう。ジェスベを一つ持って行っていいですか? コーヒーの粉も」
「もちろんだ」
「雪さん、こっちの箱に詰めたから、すぐに取り出して使ってね」
それから、これも。
最後に二人分のランチボックスを、バスケットにつめると、出発準備OKだ。

古代が土方家に到着すると、土方は無口になり、黙々と作業に没頭していた。
古代がレンタルしてきたワンボックスの車にダンボールを運び入れる。
土方が手押し台車に荷物を乗せて階下まで運び、受け取った古代が車に積み込む流れ作業で
二往復して最後の荷物を運びこむのに、2時間もかからないほどだった。

「おじさま、おばさまお世話になりました」
「うむ。いつでも帰ってきていいんだぞ」
「そうよ。雪さん、時々顔を見せてね。古代さんを連れて」
「はい。遊びにきますね」
「はい、これ」

最後に雪が夫人から受け取ったバスケットからは、香ばしい、いい匂いがしていた。

運転席の古代は、何気なく「それが焼きそばパンなの?」と雪に問うと
雪は、「え?」と答えに窮して困った顔になった。

「違うよ」
「そうか、メニュー変更したんだな」
古代は特に気にすることなく、車を走らせる方に神経を集中させていた。

雪の新居には、すでに島、岬、西条が待機していて、雪の指示通りにダンボールを部屋ごとに
分けて運び入れてあった。
古代と雪の到着と、丁度昼時が重なったので、一旦昼休憩を挟むこととなる。

テーブルも椅子も、まだ届いていない時間だったので、五人は冷たいフローリングの床に直に腰を下ろして昼食タイムとなった。
「島君たちが応援に来てくれること、知らなくて、お昼ご飯二人分しか作ってないの」
「さっき岬君が、俺たちの分、コンビニで買ってきてくれたから、大丈夫さ」
島は、雪がダンボール箱から、小さな銅製の手鍋のようなものを取り出したのを見て、内心(弁当買ってきてよかった)と
ほっとしていた。

「それ、何ですか?」
岬が好奇心に満ちた目で、雪の手元を見ている。
「コーヒー淹れるの」
「えええええっ!!!!」

島、岬、西条が同じくらいの大きな声でハモった。
古代は観念しているのか苦笑いを浮かべるだけだ。

「島、一緒に俺と」
コーヒーを飲まないか?と古代が訊ねる間もなく、三者三様にそれぞれ尤もらしく主張する。

「俺は、ハンバーグ弁当だ。お茶だよ、お茶。日本人だからお茶が好きなんだ!!」
「私もお茶です! ちらし寿司にしたから」
「カフェインは摂らない主義なので、オレンジジュースとサンドイッチです!」

雪は鼻歌を歌いながら、キッチンで特製のコーヒーを作り始めている。
「ごめんねー。カップが二つしかないの」
また今度飲みに来てね~とメロディーをつけ、上機嫌である。

「古代君、バスケットから”焼きサバぱん”出してお皿に入れてくれる?」

各々が、弁当のフタを開け、一息入れようとしていた手が、雪の一言によってピタリと止まる。

「サバ? って、魚の?」
「うん。焼いたサバをバゲットでサンドしたの。このコーヒーによく合うのよ」


「……なんで焼きサバをわざわざパンに挟むんだ? その必要性はあるのか?」
米粒大好きな古代にとって、これは何かの罰ゲームか? というほどの衝撃だった。
「マジだ。焼きサバがパンに挟まってやがる……」バスケットを覗き込む二人の男に、
雪が追い打ちをかけた。

「お待たせ!! 雪ちゃん特製のトルココーヒーよっ!」
なにやらドロドロした液状のコーヒーのようなものが、手鍋で運ばれてきた。
雪が、小さ目のコーヒーカップに一杯ずつ淹れ終ると、ようやくそこで古代が呆けた顔でいるのを知った。

「どうしたの? これ、トルコのお昼の定番のヤキサバサンドとコーヒーなの。珍しいでしょ?」

『いや、そこは普通におにぎりとお茶でもよかったんだが』
と言いたいのを、古代はぐっと我慢して「ホント、珍しいよな」と言って、サバサンドの匂いを嗅いでみた。

「土方のおばさまがトルコ大好きでね、よく作ってくれたの。最初はびっくりするけど、案外いけるのよ? 食べてみて」
オニオンスライスにたっぷり絞られたレモン果汁が、サバの臭みを消して、思ったほど悪くない。


っていうか!

「……信じられない。ウマイ」
古代は、焼いたサバとフランスパンという奇妙なコンビネーションと、そこから想像できない不思議な味のマッチングに
感動を覚えて、手を震わせた。

脂が乗ったサバと、苦くて甘いトルココーヒーは相性がよかった。
トルココーヒーとは、専用の手鍋に粉と同僚の砂糖を入れ、水から煮出していくコーヒーだ。

「え、これ、ヤマトで作ったコーヒー?」
「ヤマトの中じゃ、ここまで細かいコーヒーの粉は使わなくて、粗挽きだったし、ジェスベはなかったから、鍋で代用したのね。
そうしたら、ちょっとだけ違うコーヒーになったみたいなの……」

「そうか、だから変に甘ったるいだけで、じゃりじゃりしたコーヒー粉が混じってたのか」
マズかったよ、とは口に出さず、事実だけを述べる元航海長。

岬は憧れの雪が、唯一苦手だと思われていた分野の料理が、実はそうでもないのかと思うと嬉しかった。




終り

2014 0114 hitomi higasino
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