「いえ、必要ありません!!」


すっと背筋を伸ばして背後にいる彼を全身で拒否していた。








初めて会った時の不躾ともいえる古代の視線に、雪はまたか、と思った。時々こういった類の視線に出会い、雪はうんざりしてきたのだ。
関わりを持たない方が賢明だと判断して、その場をすぐに離れはしたのだが、思いがけずその人はヤマト計画の選抜メンバーで、
同じ艦橋勤務の同僚でもあったのだった。

二度目にあった時は、前に会ったよねと話しつつも、その時の彼の失礼を自分は水に流してにっこりほほ笑んだというのに。
彼は、同じ失敗を繰り返してしまったのだ。舐められてるのではないか、と雪が勘繰るのも仕方がない。

古代の肩を持つように、島が苦し紛れのフォローをしていたようだが、私はそんなに甘くないとの思いが、無意識のうちに態度に出てしまっていた。
それは雪のプライド故だったのかもしれない。






「とにかく」
苛立つ気持ちで声がひっくりかえりそうになるのを我慢して、一呼吸おいて。

「救難活動はこちらの指示に従ってもらいます」
低目の通る声で、古代にはっきり伝えた。

なのに、彼は茶化すような言動でこちらを見る。
「あなたねえっ!!」
ついにはイライラを募らせて声を荒げる始末だ。素の自分を曝け出してしまって、雪は慌てた。

(ああ、だめだ。この人のペースに乗せられてはだめ。もっと冷静にならなくっちゃ)

後部座席の原田からの好奇心のような視線を感じて、雪は尚更落ち着かなければと気を引き締めた。


ふう。
――仕切り直し。

そう言い聞かせた自分に、彼は変なことを訊いていいかと尋ねたのだ。
神妙な表情の古代につられて、自分も「いいけど……」と答えた。





****


「君、宇宙人に親戚とか居る?」

「はいぃぃぃっ???」
一瞬、何を訊かれたのか理解できず、普段出さないような声で反応を返してしまっている。

「いや、いい。忘れて」

開いた口が塞がらない、とはこの事をいうのだろう。

何なのだろう、このひと。からかったつもりなのかと思えば、真面目な顔で黙り込んでしまうし。
(冗談のつもりじゃないみたいだし。よくわからない人ね。古代さん)

幸い、アナライザーのもうすぐ発信地点という一言で、任務時の顔に戻った戦術長に雪はほっと胸をなでおろした。





****


的確な判断と行動で、窮地に陥った自分を救い出してくれた古代の能力の高さについて、雪は驚き、素直に感心していた。
初めの頃から抱いていた彼への不信感のようなものは、この一件で完全に払拭された。
そして同時に、彼の心の内に触れてしまった。古代に対する感情の一つ一つが、まだ整理しきれずにいるのに。




皮肉な巡りあわせだ。神様の悪戯にしては残酷すぎるこの現実を突きつけられて、彼はがっくりと膝を折り、立ち上がれないでいる。
ヘルメットでよく見えなかったが、涙はなかったのかもしれない。けれど、雪には古代が慟哭しているように見えた。


沈痛な面持ちの古代にかける言葉もない。遭難していた駆逐艦が『ゆきかぜ』だったこと、生存者はなかったことを原田と確認し、
雪達は救助にきた探索艇に乗り込んだ。
無口になってしまった古代は、兄の形見となった銃を膝におき、じっと見つめていた。
そして上昇する機体に揺られて、小さくなりつつある眼下の「ゆきかぜ」を無言で見送る。雪もまた、彼の背中越しに「ゆきかぜ」を見送った。




――真面目で正直な人。

<失礼な人>から昇格した古代の印象について、もう一つ増えたことがある。
それは内側に哀しみを抱えた人だった、ということ。
同情と、言い切るのはおこがましい気がした。
自分は古代進について、まだ何も知らないに等しい。

(私、知りたいの……かな?)

失った記憶ごと閉じ込めたと思っていた感情が動き出すかもしれない。
それは雪に芽生えた、小さな願いだった。





****

プレイボーイには見えない。女の子をエスコートなんてスマートな真似できそうにない。
そう思っていたのに。
覆いかぶさって自分をかばった古代の動きがフラッシュバックする。雪は一人ベッドの中でのた打ち回る思いだ。
助け起こしてくれた古代は、自然と自分と抱き合う格好になっていた。
自分は照れてしまったのに、彼はまったく意に介さず。
たった数秒の出来事だったのかもしれないが、どのシーンもまるでコマ送りの映像をみているように
脳裏にやきついて離れない。

(もしかして古代くんって、女の子と抱き合うことに慣れてるの???)

宇宙服ごしの接触だったので、体温とか、指先の力とかわからなかったけれど。

薄いピローから埋めていた顔を上げて、その感触を思い出そうとすればするほど
近すぎる彼の笑顔に行き当たって、ドギマギした。
(あんな風に、他人に笑顔を向ける人だったのね)

(もしかして……もしかしなくても、彼ってモテるの?? 彼女とかいるーーーー??)
ちらほらと耳に入ってくる彼の士官学校時代の噂話が本当なら、既に恋人がいたって不思議ではない。
楽しそうに話す原田に、『私は別に興味ないわ』と早々に会話を切り上げてしまったのが、今となっては悔やまれる。


(ひょっとしてモテすぎて、彼女の二人や三人くらいいるのかな)
(タイプじゃなかったから見落としていたんだわ。古代くんって、……よね)
ストレートに彼にそんな質問はできるはずもなく、あれこれと雪の妄想は広がるばかり。


はあ。雪のため息が白く吐き出された。
起き上がって、抱きかかえていた薄いピローの両端を、ぽんぽんと手で撫でつけて。
狭い室内のベッドに仰向けになると、明かりを絞った低い天井に、彼の寂しそうな背中がぼんやりと浮かんだ。





(助けてもらったお礼だけは言いたいな)

夜中の独り言は闇に消えていく。
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