「チョコレートグロス」

真琴に「絶対14日につけて、古代さんを待っててください」
と念押しされて、とりあえず貰ったリップスティックを化粧ポーチから出してみた。
仕事の時につけるリップは淡いピンク系が多かったから、たまにはもう少し赤い色もいいですよ
とかなんとか勧められたのがこのフランボワーズ色のリップだった。

『実はね、これって本物のチョコなんですよ。匂いも味も木苺で、うるうるなんです』

流行ってるんですって!とまくし立てられて素直にいただいたものだった。
キャップを開けて、くるくる回して、中身を確認すると、確かにチョコレートだ。
甘い匂いがする。あまりにいい匂いでクンクン嗅いでいたら、鼻のてっぺんにグロスがついた。
人差し指でこすり取って、恐る恐る舌先に乗せてみると。
「甘い! 甘酸っぱい!」

これはなかなかの感動ものだった。
食べられるんだ!って。




*****

彼と迎える初めてのバレンタイン・デー。古代は、それほど気合を入れていないようだが
雪はこの日のために、南部経由でなかなか手に入らない料理用のチョコレートを入手していた。
というのも、連日連夜仕事が忙しくて、買い物もままならず、深夜帰宅も日常茶飯事だったから。
彼へのプレゼントを選ぶ時間がなかったのだ。
土方夫人に料理を習う時間も取れず、雪はこの日一発勝負で、「鴨ローストのチョコレートソース添え」
に挑戦しようとしていた。どこからか『それは無謀だ』と声が聞こえてきそうだが……。

話を聞いていた真琴は、雪の料理の成功を祈りつつ、そのホケンとして紙袋を一つ手渡したのだった。
『もし料理が上手くいかなかったとしても、これがあればきっと大丈夫! 古代さんと二人でチョコレートで盛り上がってくださいね!』と。
中身をよく確認せずに、雪はありがとう、とそれを受け取った。
『古代さんと、使ってくださいね! あとで感想ききますから』
(やたらニヤニヤしていたっけ。真琴さん)
彼女の思惑がどこにあるのか、この時の雪は知る由もなかった。

チョコレートグロスに感動するあまり、鴨肉をローストし忘れるところだった。雪は大急ぎで、料理に取り掛かった。
キッチンの流しの横に立て置いたタブレッットを、時々覗き込んでは手を止めた。
「まずは鴨をローストよね。焼き方はレア、か」
「焦げ目がつくぐらいでいいのね」
普段絶対に使わないような香辛料やリキュールも、南部に頼んで取り寄せて貰っていた。
準備万端。道具一式を揃えてはいるが、いかんせん自信はあまりないのだ。
(もう愛よね。愛で乗り切るしかないわ!)
「ソースは、フルーティでスパイシーで、かつ濃厚ね~」
途中までは完璧に進む。鼻歌のメロディーに乗せ、歌うようにレシピを読み上げていた。
雪の決意だけは相当なものだった。



チャイムが鳴り、古代が到着を知らせる。
「はーい。どうぞ、上がってきてね」
彼は、雪が思っていた時間よりもかなり早めに到着し、その事が雪の手元を狂わせる。
彼女はついつい「古代君が喜んでくれるなら」と小匙一のところを大匙一、いや二だよねーと追加してく。
すると思った以上にパンチが利いたソースが出来あがりそうだった。
「最後にチョコを刻んでいれる」
と、こちらも二倍増しの量を投下。
グツグツ煮立ったフライパンからは甘ったるくて、スパイシーな香りが立ち、雪の1LDKの部屋はその臭いで充満した。
「遅くなって、ごめん」
ドアをあけるなり、立ち込めている不思議なソースの香りに、古代は眉を顰めた。
「……料理してくれてるの?」彼は恐る恐る尋ねる。
「うん! 鴨のローストチョコレートソース添えよ」
「米ある?」
と、間髪入れず聞く古代。
取りあえず、彼は米があればいいと思っているようだった。
「もちろん! 古代君専用米常備だもの」
古代が、着ていたコートを椅子にかけようとすると、キッチンから雪が飛んできて
コートはこっちよ、と彼の手から奪い、寝室のハンガーに掛けに行く。甲斐甲斐しく動く雪に、古代は目を細めた。
「結婚したら、こんな感じなのかなあ」
何気なく呟いた一言に、雪の頬がみるみる赤くなる。
「え?」
雪はお玉を持ったまま赤くなって固まっていた。はにかんだ雪が可愛くて、愛おしくて。
古代は咄嗟に彼女を抱き寄せた。
「こ、古代クン」
久しぶりにこんなに近くで彼女を見た。古代もその事実に心拍数が跳ねた。
じっくりと彼女を観察してみると、何かが違うような……。
「唇?」
どこかいつもと違うと感じていた彼女の艶っぽさの原因は唇だった。
雪は、古代の胸にもたれて、彼の次の言葉がすぐ近くから降りてくるのを待った。
「口紅、変えたの?」
「そうなの。この口紅、面白いのよ? 食べられるんだって! 真琴さんが今日絶対つけてくださいって、言ってプレゼント
してくれたの。あ、古代君へのバレンタインは鴨の」

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彼は、その長い人差し指で雪の唇を塞ぎ、言葉も遮った。
人差し指ですくった、木苺色のチョコレートグロスを、古代は躊躇なく口に運んだ。
「甘いな」
雪は何が起こっているのか理解できていない。
「……ローストチョコレートソース…添え」
ぽわんとした目で古代の指の動きを見つめる雪に
彼は「今はこっちが先」と唇を掠め取った。

舌を使ってチョコレートグロスをすべて舐めとった古代は、尚も雪の唇を食んだ。
フランボワーズの甘酸っぱい残り香と、雪の柔らかな唇の感触に、古代はつい夢中になってしまう。
「うまい……」
幾度となくキスを交わした仲なのに、雪は未だに慣れないらしい。そのはにかみ具合から
彼女の純真な清潔感が感じられて、古代は余計欲しくなってしまうのだ。
「ハァ」
蕩けそうな目で見上げてくる彼女は、自分の舌先で、唇にグロスが残っていないかを確かめている。
その仕草は古代を誘っているように見えて、彼はもう歯止めが利かなくなりつつある。
さらに激しく舌を絡めたキスを繰り返した。
「ん、古代君のキス、感じちゃう」
「それはどうも。鴨より俺はこっちがいいな」
すっかりグロスが剥げ落ちた雪の唇を、古代は親指で弾いて弄んだ。
「塗ってみて。俺、雪の唇食うの好きだよ」

二人は見つめあったまま、互いの視線を外せないでいる。
「あのね、古代君、まだ開けてないんだけど、もう一つ真琴さんからプレゼント貰ってるんだ」
彼の唇が降りてくるスレスレの距離で、雪は焦りながら彼にそう告げた。
今、彼のスイッチを押してしまうと、この後の展開が自分の想像を超えてしまいそうで。
「ね?開けてみない?」
と彼の意識を逸らせる作戦にでてみた。

「ん、いいけど」
あまりに雪が勧めるものだから、古代はキスするのを一旦諦めて、雪の指すラッピングを手に取った。
リボンを解くと、中からでてきたのは、結構重量のある茶色の可愛らしい瓶の容器だった。
「なに?これもチョコなのか?」
「ボディーシャンプーカカオ」
「ん? なになに? 古代さんと二人で使ってくださいね  by真琴?」
蓋をあけて中身を見ると、茶色の粘度のある液体だった。
クンクンと嗅いでみると、なるほど仄かにチョコレートの甘い香りがする。
「これは食えないのか」
「注意、飲食できません。だって」
「これも食えればいいのに……」
「はい? な、なに考えてるの!? 古代君!!」
「君が今頭の中で想像してることと同じ事」
「古代君のエッチ……」






古代は赤面してしまった雪を抱きしめて耳元で囁いた。


「鴨より先に、雪をチョコレートソース添えにしたい……」
耳からも頭の先からも湯気が立つほど、雪は真っ赤になった。
こういう時の彼には敵わない。








この後二人がバスルームに直行したのかどうかは……ナイショ。






2014 0214   hitomi higasino
イラスト: 牡丹さま

*****

イラストはもちろん牡丹さまですv リクエスト主も牡丹様。「チョコレートグロス」を使ったSSでした! 
無意識で誘ってる雪ちゃんと、誘われちゃった古代君のらぶらぶバレンタインv
うるうるしてる雪ちゃんのリップとお目目、見つめてる古代君に注目ですvv

牡丹様、素敵なイラストとリクエストを、ありがとうごいざいました!!楽しかったです!
 
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