「Chocolate hidden under ……」

土方今日子は、その日森雪を伴って、都内デパート9階特設会場にいた。
「今日からバレンタインセールがスタートだったの。ここのチョコが美味しくってねえ。あ、雪さんはどれにするの?」
会場の客は百パーセント女性で、年配の女性から中学生くらいの女子学生まで。
会場内は熱気に包まれ、人気パティシェが登場するたびに女性の群れが大挙してそちらに押し寄せていた。

「なんだか、凄いところに来てしまったみたいね?」
「そのようですね。熱気というか殺気立ってるというか……」
意中の男性一人に心を込めて贈るというのなら、その意気込みもわからないではないけれど。

今日子と雪は趣味が似ているのか、偶然にも全く同じブランドの同じチョコレートを選んでいた。
「おばさまも、それを選んだんですか?」
「あら、雪さんも?」
二人は顔を見合わせて笑い合った。
「あの人には、有名パティシエのものや高級ブランドもののチョコを贈ったところで、味の違いなんて
わからないもの。こういう『シンプルなものが一番美味いんだ』ってね」
「おばさま、それはおじさまの照れ隠しですよ。本当はおばさまから贈られるものはなんだって
嬉しいはずです」
「あの人が、どんな顔をしてこれを受け取るのか想像に難くないわね」
雪も今日子のその言葉に同意して頷く。
「想像できちゃいますね」
「それにしてもよ。雪さんは、どうして、もっと若い人が好むようなブランドもののチョコにしなかったの?」
指さされたチョコはラッピングも添えられたカードまで全く同じで、会計で前後に並んだ時に初めて気づいた。
「あの、渡し方を工夫したくて、この形にしたんです」
「そうなの」
それがどんな工夫なのか、聞いてみたい気がした今日子だったが、敢えてそれは聞かずにおくことにした。
若い二人がどんなデートを予定しているのか、土方は気にするだろうけれど、今日子は静かに見守ってやりたかった。




*****

「ごめんなさい、あの、もう無くなりましたっ!」
ここは司令部ロビー。
かなり広いロビーなのだが、ある一点に人だかりができ、険悪なムードが立ち込めていた。
「おまえ、二個もらったんじゃないのか?」
「言いがかりは止せよ。僕は昔馴染みでずっと前にもう貰っているんだから」
鼻先の眼鏡をくいっと持ち上げながらそう話す青年は、ああ、あいつか。
仕事も終わり、ロビーで目立たないようにして待ち合わせするはずだった恋人は
何故か終業後も、こうやってロビーで男どもに何かを一つずつ配っているのだ。
遠巻きに彼女を待っていた古代は、いよいよもう我慢が出来なくなると
雪の前に飛び出していった。
「もう無いんだって言ってるだろう? あっちの列に並べよ!向こうの列は空いてるだろ!」
と、年配の女性職員の列を指さした。

(古代君、そんな言い方、先輩に失礼よ……)
雪は気が気でない。
「お、古代」
南部は、バツが悪そうに小さな声で彼の名を呼んだ。
「俺は、まだ貰ってない!」
目をそらす南部の眼鏡の奥を覗き込んだ古代が、怒ったように大声で「帰るぞ」と周りの連中に告げる。
きょとんとしている雪の腕を掴むと、古代は強引に彼女を人の輪から引っ張り出した。
「ちょっと待ってよ、古代君、まだ配り終えてないの、あっちの先輩のも配らなくちゃ」
「いいって。君の分はもう配り終えたんだろ」
二つの紙袋を持った古代が、雪の手を引いてロビーから去っていく姿を見て南部は呟くのだった。
「いいじゃないか、義理チョコの一つや二つ……」



(俺にはくれないのか)
デートの時だって、そんなに短いスカートは履かなかったじゃないか!
と叫びだしたくなるくらい、それは短くて。俺だけじゃなく、あの場にいた男どもは全員(と古代は妄想する)
ドキドキして鼻の下を伸ばしていたに違いない。デレデレしたまま雪からチョコを受け取る輩を大勢古代は確認している。
そして大いに憤慨しているのだ。
あまりにも憤慨して、そこにいた南部に「俺はまだ貰ってない!」なんて大声で申告してしまった。

自分だけに、その姿を見せて欲しかった。
自分に一番先にチョコ(でも何でもいい)を渡してほしかった。
義理チョコだろうが、何だろうが、いい気はしないのだ。
手にした紙袋のことを棚に上げて、古代は一人嫉妬の炎に身を焦がしていた。



バレンタインの日のデート。
これは女の子なら、誰でも気合を入れて臨むものだ。
いつもより丈の短めのスカート穿いて(寒いの!)
肌の色がきれいに見えるようにペールピンクのモヘアのセーターで
うんと甘えちゃうんだから!!
雪はいつにもまして、気合十分だった。
古代がエアカーをレンタルしてデートするという。
どこか遠出するのかしら。
もしかして帰れなくなるくらい遠くに。
それからそれから。
止まらなくなる雪の空想。
助手席の彼女は、ピンクに上気した頬に、時々手をあてて頬の緩みを古代から隠そうとしていた。
「ちょっと遠出するけど?」
「いいわよ(ニッコリ)」
私の空想が彼にバレませんように。
笑いそうになる唇をぎゅっと閉じると、怒ったような顔になって困ってしまった。
隠しているのはそれだけではないのだけれど。
ちょっとイケナイ気分になるのはそのせいかもしれなかった。


と、雪の想像では、ニコニコイチャイチャないつものデートだったのだが。
古代はハンドルを握ったままでこちらを見ようともしない。

――何をそんなに怒ってるのかしら?
男性職員たちにチョコレートを配っていたのがそんなに気に食わなかったのかな??
それにしたって、古代君だって女の子たちからたくさんチョコレートを貰ってるじゃないの。
そう思うと、段々と腹が立ってきた。無造作に置かれた後部座席の紙袋二つ。
エアコンスイッチを入れると、車内に甘い香りが漂い始める。

「他の男どもがどんな目で君を見ていたか知っているのか?」
口を開けばいきなりこれだ。
雪は古代のあまりの剣幕にびっくりした。
「どういうこと? さっきのロビーでの事を言ってるの?」
「そうだ。俺との待ち合わせがあるっていうのに、君はそんな短いスカートで! 他の男どもにニコニコして!」
「ちょっと待ってよ、古代君! あれはお仕事の一環。あれとこれを一緒にしないでよ」
呆れた雪は嘆息して古代に言葉を投げつけた。
「君のお仕事に<男どもにニコニコしてチョコを配る>があるのか?」

いつもは温厚な古代が、こんなに声を荒げることは滅多にない。
怯みかけた雪だが、彼女も黙ってはいなかった。どちらかと言うと雪の方が弁は立つのだ。

「じゃあ私も言わせて頂きますけど! 古代君が持ってきたあの袋の中身は何?」
「チョコレートだよ。義理チョコだよ。全部」
「そんなの古代君が勝手にそう思い込んでるだけでしょ? だいたい他の女の子から貰った
チョコを車に積んで、私とバレンタインデートってデリカシーが無さすぎるんじゃないの!?」
デリカシーが無いと言われると、反論できず、うっと答えに詰まる古代だった。

車内のネットラジオから流れていた曲がフェードアウトして、彼はそのリズムに合わせるかのように
静かに車を減速させた。


いくら古代くんでも、これは許せない!
せっかくのバレンタインデートだというのに、どうして私以外の女の子からもらった
チョコに私が囲まれなきゃならないの!!
たっぷり10個以上は入っているだろう紙袋が二つ。雪は助手席から後部座席に手を伸ばし
袋を乱暴に引き寄せた。
小さな、明らかに義理チョコと思しきものから、やけに高価そうなもの。
ラッピングからして、本命だろうと思われるもの。
彼女の権限で、ざっと物色してみるとその数30個。
まさか、まさかの山本さんからのまである!!

「確かめてみていいかしら?」
きっとぞっとするほど低い声だったに違いない。
言葉が漏れた時点で、雪は後悔し始めていた。
「ど、どうぞ。疾しいことなんて何一つないんだからな」
強がってみせる古代の目前で、雪はラッピングを解いた。添えられたミニカードには文字がしたためられている。

『戦術長と船務長へ お二人で召し上がってください。山本玲』

玲のイメージからはかけ離れた、可愛らしいピンクの文字で書かれたカードを見ると
雪も、古代も先ほどまでの嫉妬の気持ちが見る見るうちに萎んでいく。



「ごめん……一旦うちに持って帰る予定だったんだけど、島と電話してるうちに忘れてしまったんだ」

「じゃあ、島君に手伝ってもらえばよかったんじゃないの?」
「いや、それだとデートの時間に遅れるだろ?」


自分の嫉妬だけが大きくて、彼女のヤキモチには全く気が付かない。
そして、助手席に滑り込んだ雪のスカートの短さに、実はドキドキしている。

落ち着け、そうだ。貰ったチョコレートでも食べて、って、あれって催淫効果あるんだよな、とか考えると
古代の空想は膨らみ……止まらなくなる。
彼女はまだ少し怒っている。その証拠にこちらを見ない。






車内は甘ったるいチョコレートの匂いで充満していた。




怒った雪にこちらを向いてもらうにはどうすればいいか。
本能で、古代は助手席のシートフラットになるまで倒した。
「え、何??」
驚いた雪は、起き上がろうとする。

が、古代は雪の上体に覆いかぶさるようにして、彼女の亜麻色の髪に口づけた。

「俺にはくれないの?」
彼が何を欲しがっているのか、雪は本気でわからなかった。
「何を?」
拗ねた古代に、雪は笑った。
「くれないなら、俺から貰いにいくけど、いいの?」
一瞬戸惑いの表情を見せた雪だが、彼女自身も甘ったるい香りに誘われるように
小悪魔に変身し魅惑的な笑顔を古代に向けた。

予感は、ロビーで彼女を見かけた時からあった。きっと止まらなくなるだろうと。
彼女なのか。チョコレートなのか。
この甘い香りは。
「バカね」
――キスしてくれたら、あげるよ。古代君のキス、好きなの。
そのセリフは古代の箍を外すのに十分すぎる破壊力を持っていた。

どんな高価なチョコレートだって、君の甘い唇には敵うわけない。
やめられない。とまらない。
君が止めてって言ってもね。
止められるはずないんだ。


恋人たちの夜は長い。狭い密室の中、チョコレートの甘い香りに誘われて
二人の熱い夜が始まる……。




その頃。

土方家では。


雪と今日子が想像していた通り、妻からチョコレートを受け取った土方は、「ありがとう」と
だけ礼を言ったきり、読みかけの本に視線を戻した。


「そのチョコ、雪さんと同じものを選んでたのよ」
「そうか」土方は、今日子のその言葉に眉を少しばかり動かした。
あいつにも同じものをやるのだな。
考えないようにしていたが、気になりだすと止まらない。
土方は包装を解いて、中からビターチョコレートを取りだして、割り口に入れた。
「ああ。美味いな」
何気なく、添えられていたカードを手に取り、開いてみる。



『古代君へ  今日はあなたとずっと一緒に居たいな。   雪』

コ、コレハッ!!!!
「なんなんだ、これはっ!!!」
「あら。店員さんが間違って入れちゃったのね。私たち全く同じものを選んでしまったみたいだから」
今日子は、夫の手からカートを奪い取って、にっこり笑う。
「そういう問題か! 雪に電話する!」
「それはダメです!!」
恋人たちのいいムードをぶち壊そうとする夫に、妻は、今日は絶対にダメだと強く反対した。
「二人はもう大人なんですからね。私たちは静かに見守りましょう」
「いや、しかし……」
「ダメですっ!」

妻の有無を言わせない態度に、土方は反論できなくなって、苦い苦いビターチョコレートを
また一かけら割って、口に放り込んだのだった。




一旦end(続きます)
2014 0214 hitomi higasino

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リクエスト 
内容はこれが一番多かったンデス。古代君が他の女の子にチョコもらってて、雪がそれに嫉妬してケンカしちゃうんだけど
結果的にラブラブして仲直り。 なので、一つにまとめてみましたv
土方さんと古代君へのチョコ(というかカード間違い)間違い、雪が他の職員たちにチョコ配りしてるの
古代くんが嫉妬、これもリクエストから頂きました。
土方サンオチは私の趣味^^ 二人のデートを邪魔しないようなオチはリクエストのアイデアから捻ってみましたv
いただいたアイデアを全ていかせなくてすみません;;かわいいわ~~って他にも使いたいものもあったんですが
きっと、それは他の方が書いてくださるというか描いてくださるv
一つのモチーフを繋げていく作業は楽しかったです。

R18バージョンもお楽しみいただけたらv

(リクエスト:まりこ―Kさま、よこぴさま、komiyuさま、七海さま、柊 悠さま、はるさま)皆様ありがとうございました。








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