3月14日 ロビーに19時。
待ち合わせはシンプルだった。確か1か月前のバレンタインデーの待ち合わせも全く同じだったはず。
あの時は、よかれと思って職員たちに配った義理チョコが、古代君の機嫌を損ねてしまい
車の中でケンカをしてしまったのだっけ。
それから、いつの間にか彼のペースに引き込まれてしまったんだわ、と雪は思い出している。
あれはあれで、良かったのかもしれな……と思いかけて、ぶんぶんと首を振った。
ダメよ、雪。今日こそは古代君に思い知らせるんだから!
スイッチ入っちゃったら、古代君のペースだから、それはダメ。素の時の古代君に言ってもらいたいの。
どうしても。
その為に、森雪、秘密の作戦行動に移ります!
( 立案:雪、真琴、西条、岬)
*****
「カレに好きと言わせる方法」
作戦行動前~前日3月13日 某所(雪宅)にて 雪、真琴、西条、岬
1 地味目なパンツスーツでのデート
2 古代さんに負けず劣らずのイケメンと秘密のデート
3 絶対に古代さんちに泊まっちゃダメ
4 キスしちゃダメですよ~~(ウヒヒby 真琴)
「えーっと、今出てるだけで四案ありますね。相手はあの古代さんですから
雪さん、油断しないでください。これ全部作戦に組み込みましょう!!」
主に作戦の指揮を執るのは真琴だ。
真琴は大きなお腹をさすりながら、豪快に笑った。
普段は大人しい西条が、イケメンと秘密のデート案だとか
古代さんちに泊まっちゃダメ案など、(他にもボツになった馬に人参作戦
=これは古代のスイッチが入る恐れがあるというのでボツ)この作戦にはノリノリだ。
「どうして地味目なパンツスーツでのデートの方が効果あるんですか?
私ならミニスカ穿きますけど」
「それじゃあ、古代さんのスイッチを全力で押すようなもんなのよ。ね? 雪さん
前回はそれで失敗しちゃったんですよね?」
「そうなの」
「古代さん、スイッチ入っちゃうと、どうなるんですか?」
「え?」
「アー、ダメダメ。百合亜ちゃん。あんたまだ子どもでしょ。ここから先は
大人の世界だからね」
「あ、あのぅ、オトナ、ですか?」
「そうよ~。お・と・な」
百合亜がごくりと唾を飲み込んだので、西条と真琴はそれを見て大笑いするのだった。
「でもさー、この『古代さんに負けず劣らずのイケメンと秘密のデート』って
相手を誰にするの? 古代さん以上の人いないよ? あ、サブちゃんはダメですからね
不倫になっちゃうから!」
(聞いてないし)の態度を貫く西条は、「北野君も、ちょっとお貸しできないですね
そもそも古代さんには負けてます」
とさらりと言ってのける。
「んー、星名に頼んでみましょうか?」と百合亜。
「星名くんと雪さんじゃ、姉弟って感じよね。秘密の恋には程遠い」
「そうよねー」
「……」
「あの、私、やっぱりこの案マズイかなあって思う」
口を開いたのは雪だった。
「古代君をだまして、試すようなこと、したくないんだ」
「あー、またそんな事言っちゃって。だって、雪さん、いつも古代さんに
メロメロになっちゃう、悔しいって言ってるじゃ
ないですか。今回は反対にメロメロにしちゃうんでしょ?」
「う、うん……」
「言ってほしいんでしょう? ちゃんと。好きだって」
「ええええ~~~、言わないの? 古代さん」
「そんなこともないんだけど。あの時しかいわないの……」
「あの時ってどんな時ですか? 雪さん」
「百合亜ちゃん、おとなの時間のこと」
またしても百合亜は赤面して俯いた。
「あった。超イケメンの心当たり」
雪の目に炎が点った瞬間だった。
*****
古代を超えるかもしれないイケメンに、雪は心当たりがあるという。
「雪さんって、魔性のおんな……」
何故だか、百合亜はぽっと頬を赤らめて嬉しそうだった。
パンツスーツは西条の見立て。細身の体にマニッシュスタイルのスーツ
髪はアップにする予定だ。
いつもの雪の雰囲気が、きっとがらりと変わるはず。デートがある日はスカート
多いが、 もともと、仕事への行きかえりはパンツスーツであることの方が多いのだ。
この日は、特別の意味を込めてこのスタイルを選んだ。
雪は気合いを入れ直す。真琴たちに勧められて、わざわざ古代とのデート直前に
ある人物との”デート”をセッテイングした。
「いいですか? 同じ場所で、古代さんにわざと見せつけるんです」
「うん。でもこんな急な用件で来てくださるかなあ」
「無理にでも来てもらいましょう! 古代さんは、ロビーで足止めしますね」
西条が、北野宛にメールを打ち始める。
3月14日 午後6時50分。ここは司令部のロビー。
雪の姿を見つけた南部が、彼女に近付いてきた。
「森君! 探したよ。はい、これ」
そう言って南部が手渡したのは、掌サイズにラッピングされたお菓子だった。
「南部君、お疲れ様。これは?」
「ホワイトデーのお菓子。この前のお返し」
「そんな気遣ってもらったなんて、悪いわ。あれは義」
義理チョコだと言い切ってしまうには、あまりにも南部が不憫だ。
せめて友情の証だと言ってほしい。南部の願いが雪に通じたのか
「ありがとう。遠慮なくいただくわ」
雪は言いかけた言葉を訂正する意味でも、満面の笑みを浮かべてみた。
「森君は、今日これから、予定は、あ、あるよな?」
ひょっとしてひょっとするかもしれないと、南部は、雪の予定を聞いた。
「あ、古代君……」
雪はそんな南部の言葉を聞いてはいない。エレベーターで降りてきた
彼の姿を見つけたのだ。 約束より10分ほど早めに、古代は降りてきた。
雪の姿を見とめると、笑顔で彼女に近付く。
(あ、作戦に移らなきゃ)
「あ、森さん、こんなところに居たんだ」
「森さん、この前のお返しです」
「受け取ってください、森さん」
「え? なんですか?」
雪の周りを、男性職員たちが取り囲んだ。その数、ざっと十人はいるだろう
彼らは口々に雪の名を呼び、 ホワイトデーのプレゼントを受け取れと迫る。
「あ、ありがとうございます! 私、約束があるので、これで失礼します!!」
雪はお菓子の包みなどを抱え、出口へと急いだ。ここで古代に捕まってしまう
わけにはいかないからだ。
「雪! どこに行くんだ?」
それに気付いた古代が、雪を追ってくる。
(ごめんなさい! 古代君、あとで、ね)
雪は心の中で詫びながら、先を急いだ。
「古代さん! ちょっとよろしいですか?」
「いや、急ぐんだ。北野、悪いけどまたにして」
「あの、古代さん、雪さんなら、用事があるから、古代さんにはあとで
メールするって言ってましたよ?」
機転を利かせた西条が、北野の脇を小突きながら、雪からの伝言を伝えた。
「え? そうなのか? 急ぎなのかな」
「そうみたいですよ! 凄く急いでましたから。誰かと会わなくちゃ
いけなくなったとか」
西条と北野は目を見合わせて、小さく頷いている。古代は、二人の様子を疑わず
自分の携帯を取り出して雪に連絡を入れた。
「雪? 急用ができたんだって? 今日は会うのやめにする? あ、そうなの。
わかった。じゃあ1時間後に、同じ店で」
雪は、手に大きな荷物を一つ抱えていた。さきほどの司令部ロビーで、
多くの男性職員から手渡されたお菓子の類ではなく、急いで立ち寄ってきた
紳士用ブティックから受け取ってきたものだ。
(喜んでくださるかな)
あれは丁度ひと月前のバレンタインデーでの出来事だった。
古代に渡すはずのカードが、何かの手違いでその人に渡ってしまったのだ。
「今日は貴方とずっと一緒にいたい」そんな言葉を
あの人に渡してしまっていたなんて。
夫人を通して、その日土方竜がずっと機嫌が悪かったという話を聞いている。
あれから何度か話す機会もあったのだが、互いに気まずくてそのままになっていた。
だから今回のこの作戦は、謝っておきたい雪にとっても渡りに舟だった。
落ち着いた雰囲気の店内で、雪は一人でその男を待っていた。
店内は恋人同士や夫婦で来ているものが多いのだが、雪の座るテーブルの
横を通り過ぎる度、 男性の方が、必ずと言っていいほど一度、二度と
雪を振り返るのだ。それも鼻の下を伸ばしきって。
連れの女性は、パートナーのだらしない顔を一睨みして
さっさと店外に出ていくのだった。
「おじ様! こっちです。無理言ってすみません」
「ああ。別に構わない。家に来ても良かったんだぞ?」
「ええ。でもこのあと、古代君と約束があって」
「ふん、そうか」
古代との婚約を、土方も了承している。けれどこういう時の男親の気持ちとしては
寂しさと、嫉妬にも似た感情があるのも事実。
妻のように手放しで喜べるほどではないのだ。
「おじ様に、これをお渡ししたかったんです」
そう言って、雪は大きな紙袋を土方に手渡した。
「なんだ? これは」
「この前の、バレンタインデーにお渡しする予定だったプレゼントです。
きっとおじ様に似合うと思います」
そう言われて悪い気がするはずがない。土方は雪の説明を聞かずに箱を開け
中のものを取り出した。
「サイズはおばさまに伺ってたから、ぴったりだと思いますよ」
目尻をこれでもかというくらい下げて、今にも泣き出しそうな土方。
二人の様子は、仲のいい親子といったところか。
ダンディーな宙将だと、女子職員にも噂されたことのある土方だ。
雪の選んだソフト帽は、 そんな土方によく似合っていた。
「ほら、思った通り! 素敵よ、おじ様」雪も喜ぶ土方を見て嬉しくなった。
****
最初の待ち合わせから、丁度一時間後。古代がこのレストランに到着した。
雪の慌てぶりからして、まだここには来ていないかもしれない。けれど時間前行動が
身に沁みついている古代は、指定された時間より早めにそこに着いていたかったのだ。
中に通された彼は、きょろきょろと見渡して、きているかもしれない雪を探した。
(あれ?)
てっきり一人でいるはずだと思っていた彼女が、誰かと親し気に笑っている。
相手は男だ。こちらに背を向けているが、がっしりした体型だ。
雪は、その男の頭から帽子を取り、被せなおしてやり、声をたてて嬉しそうに笑っていた。
雪の笑顔を見つめていると、やっと彼女はその視線に気が付いた。
(実際は古代の行動はお見通しで、彼が店内に入ってきたところから気が付いていた)
「古代君!」
雪の声に、土方も後ろを振り返った。
「おお、来ていたのか」
「土方さん……こんばんは」
(そうか。土方さんに用があったのか)
自分のあずかり知らない所で、雪が他の男と密会なんてするはずがない。
今までそんなことは一度も疑ったことはなかったから、さきほどの雪と土方の
仲睦まじそうなやりとりを見て、 なんとも言えない感情が自分に芽生えてしまったことに
古代は狼狽えた。しかしそんなことはおくびにも出さない。
「いえ、約束より早く着いてしまいましたから」
「古代君もこっちに来て」
「ああ、俺は退散するよ。二人の邪魔をするほど野暮ではないからな」
土方はすっかり上機嫌だった。「ゆっくりしていきなさい」などと
普段は絶対言わないような
台詞を口にしたほどだ。
「もうちょっと、いいじゃないですか。よかったらご一緒に食事でも」
古代も余裕のあるところを見せたくて、こちらも普段は言わないようなことを口にする。
土方は、雪の方を見て「妻が待っているから、俺は帰るよ」と言い
古代に自分の席を譲った。
「おじ様、おば様によろしくお伝えください。今度帰りますからって」
「ああ、わかった」
雪からのプレゼントを大事そうに抱え、土方は帰って行った。
土方を見送る彼の横顔は、いつもと変わらないように見えた。
「急な用って、土方さんとだったんだ」
「ええ。この前のカードの間違いをお詫びしたかったのもあったから、今日にしたの」
「そう」
メニューに目を通しながら、時々雪を見つめる古代はいつもと同じ、優しい笑顔だ。
クールで。余裕を感じる。
まだまだ。ここからが正念場だ。ここまでの事は想定内。
二人のデート中の会話も普段と変わらないものだった。
会計を済まそうと席を立つと、店員が「御代は頂いております」と
丁寧にお辞儀をして言った。
「おじ様ったら……」
「やられたね」
彼の横顔はまだ笑っているが、少し寂しそうに見えた。雪の胸も少しだけ痛んだ。
だけど、今日こそは言ってほしいのだ。
このあと、古代は地下鉄で送っていくというはずだ。
そして雪を自宅へときっと誘う。
婚約中で幸せ一杯な気持ちに変わりはないのだけれど、今日くらいはベッドの中でなく
素のままの彼から、その一言が聞きたい。そう思うのは我儘ではない。
「明日は休みだろ? 今夜は泊まっていく?」
改札を過ぎてすぐに、かれは雪を誘った。いつもと同じデートのつもりだったけれど
彼の安直な誘い方が、この日の雪には許せなかった。
「どうして、私が古代君の部屋に、簡単に泊まると思い込んでいるの?」
と思わず強い口調で言ってしまう。
「あれ? 明日、何か用があったの?」
「いいえ、ないわ。だけど今夜は家に帰ります」
「どうして? いつもうちに来るじゃないか」
「私の事、なんだと思ってるの? いつでもどうにかなるなんて思わないでほしい」
「なんでそうなるんだよ? そんな事思ってないよ」
「……だったら。家まで送って」
「わかった」
地下鉄を降り、二人は雪の部屋までの道を並んで歩いた。
雪は、古代に腕を絡めて身を持たれかけさせた。
「あ、明日も逢える?」
「わからない」
「なんで?」
「古代君次第」
「俺は、逢いたいよ」
「ふふ」
ここまではいつもの会話だ。
さっきのあれは、彼女の虫の居所が悪かったに違いない、と古代は思っていた。
「俺は……逢いたいよ」
古代は、笑って誤魔化す雪に、もう一度同じ言葉を告げた。
「連絡するわ。今日はありがとう」
マンションのエントランスで、雪はあっさりと古代の隣から離れる。
わずかに期待していた古代は、言われた言葉の意味がすぐには理解できず
彼女の腕を掴んで引き止めた。「部屋の前まで送るよ」
「ううん、ここでいいわ。岬さんの部屋に寄らなきゃいけないの」
「それも急ぎなのか?」
「そうじゃないけど。いまだとまだ彼女も起きてるだろうし」
「俺は、もう少し雪と一緒に居たい」
古代は、強引に雪の腰を抱き寄せて、耳元で囁いた。
いつもはここからなし崩し的に、いい雰囲気に持っていけるのだが。
彼女は、唇をよせようとした古代から顔を背けた。
*****
同時刻。
岬百合亜の部屋の窓から顔を覗かせて、下を見下ろしている影が二つ。
「未来ちゃん、連絡ないねー」
「しかたないですよ。今日は北野さんとデートだって言ってましたから」
「百合亜ちゃんはいいの?」
「星名は、私が大の雪さんファンだって知ってますから、いいんです」
「ふーん。うちは明日まで帰ってこないから、ここに泊めてもらえてかえって良かったんだけどね」
「しっ!」
百合亜の合図で、真琴も窓の内側に顔を引っ込めた。
古代が、マンションから出てきたのだ。
「作戦はどうやらここまで成功したみたいですね。雪さん、キスしなかったかな?」
「ふむ。帰っていく古代さんの背中が寂しそう。あれは、部屋の中に入れるのも
キスも拒否されたっぽい」
どこからか取り出した双眼鏡で、真琴は古代をそう分析した。
「なんか、可哀そう、戦術長」
「ダメだよ、ここで折れちゃ。雪さんと合流して、あと一押しさせる」
チャイムの音に、百合亜がドアを開けると、雪が半泣きの顔をして立っていた。
「雪さん? 古代さんとけんかしちゃいましたか?」
「ううん、大丈夫だったんだけど」
雪は声を震わせて、今にも泣き出しそうだった。
「まあまあ。中に入って。お話を聞こうじゃないですか」
真琴に促されて、雪は頷いて部屋に入る。
「それで、どうなりました?」
マグカップのコーヒーを百合亜に手渡され、一口啜ると、少し落ち着いた。
雪は顔をあげて話し始める。
「作戦通りに行動したの。部屋にも上げなかったし、キスもしなかった」
「古代さん、寂しそうだったですね?」
「そうなの。私も悲しくなっちゃって……」
一部再現~
「雪?」
キスしようとした古代から、雪はやんわりと体を離した。
「連絡するね。おやすみなさい」
「……おやすみ」
古代はそれ以上求めることなく、雪がマンションの中に入っていくのを寂しそうに見届けた、と言うのだ。
「で、次はどうしましょうか?」
真琴は、泣きそうになってる雪の手を握り、作戦を続けるのかやめるのか
どうするのかと迫った。
「明日は、会おうと思う。会いたい」
「そうですね。会わないほうが不自然ですし」
「そこで甘えちゃうのがいいかも」
「メールしますか?」
「ちょっと待って。すぐはダメですよ。焦らせてからね」
携帯をバッグがら取り出した雪に真琴は、もう少し焦らせとアドバイスをする。
「あ」
雪の携帯にメールが届いている。
「古代さんかな?」
「うん。そうみたい」
「……」
二人から少し離れて、雪はディスプレイの文字を追った。
「おやすみ。明日も逢いたい。メールして」
短いメール文から、彼の気持ちが伝わってきて、雪は切なさで胸が一杯になった。
*****
「逢いたい、メールして」と
何か気の利いた言葉がないものか探したが、何も浮かばず、ただ逢いたいとだけ伝えた。
宅配ボックスに届いていた花束を、抱えて自分の部屋に戻った古代は、はあとため息をついた。
「これ、どうしよう。明日まで持つかな」
独り言が大きくなる。
雪が喜ぶようなプレゼントがなかなか思い浮かばなくて、誰構わず聞きまくって出した答えが
花束のプレゼントだった。雪のイメージを花屋に伝える時に、思わず雄弁に語ってしまい
店員に「そんなに愛されている彼女さんが羨ましい」とまで言われたと思いだして
古代は赤くなった。
柄にもないことをしてしまったからか。恋人に花束のプレゼントなんて。
気恥ずかしさから、つい彼女に『泊まっていくだろう』などという誘い方をしてしまって
どうやらそれが彼女の機嫌を損ねたらしかった。
メールの返事はまだ来ない。
「やっぱり、今日中にこれだけ渡そう」
誰も聞いてはいないが声に出した。宣言したつもりで。
『雪へ 渡したいものがある。今から届けに行ってもいいかな? すぐに帰るから』
メールの返事を待つまでもなく、古代は花束を抱え、一旦脱いだジャケットを羽織って外に飛び出した。
ただ逢いたいという感情だけが、彼を突き動かしている。
ポケットの携帯に返事が届いている。
地下鉄に乗ったと同時に、彼女からのメールを確かめた。
『明日じゃダメなの?』
ここで、またもや弱気になりそうだったが『明日じゃだめなんだ。もう地下鉄に乗って
そっちに向かってる。長居しないから』
そして祈る気持ちで、送信した。
しばらくすると
『わかったわ。待ってます』
と返ってきたので、古代は、今日一番長い溜息をついた。
「はあーーーーーー」
最寄駅で降り、彼女の部屋まで歩いて5分。きっと今までで一番ドキドキしたのではないか。
彼女の気持ちが、まだよくわからなかった頃のものと、似ている。
気が付けば、いつも彼女に振り回されている。それは、決して嫌ではない。
楽しんでいる部分もあるくらいだった。
*****
インターフォンが彼の到着を知らせる。
「はい」
「古代です」
「どうぞ。あがってきて」
ここまではいつもと同じ。
さっきの彼の寂しそうな背中を思うと、もういいかとも思う。
だけど、今日くらいは言ってほしい。一言でいいから。
チャイムが鳴る前に、ドアを開けて、彼を待った。
「今日中に、どうしても渡したかったんだ! これ」
古代君は、部屋に着くなり花束を差し出した。
「これを、私に?」
「うん。俺の部屋で渡す準備をしてたんだけど。予定が狂ったから」
彼はそう言って笑う。
「花?」
「うん。花に俺の気持ちを託した。バラは真実の愛、チューリップは永遠の愛、それから」
「古代君が、そんな事やっちゃうわけ?」
「俺だって、やるときはやるんだよ……」
信じられない。いつもはあんなに凛々しい古代君が、消え入るような
小さな声で、恥かしがってるなんて。
「お花、ありがとう。嬉しい」
「本当? 喜んでくれたの?」
「もちろんよ。凄く嬉しいよ」
一気に気をよくした古代君は、そのまま私に抱きついてきて、ちゅっとキスをした。
そして私の目を見て、やっと言ってくれた。
「好きだよ」
耳まで真っ赤にして。
2014 0314 hitomi higasino
「Chocolate hidden under ……」R18SSの続編っぽいもの
**
待ち合わせはシンプルだった。確か1か月前のバレンタインデーの待ち合わせも全く同じだったはず。
あの時は、よかれと思って職員たちに配った義理チョコが、古代君の機嫌を損ねてしまい
車の中でケンカをしてしまったのだっけ。
それから、いつの間にか彼のペースに引き込まれてしまったんだわ、と雪は思い出している。
あれはあれで、良かったのかもしれな……と思いかけて、ぶんぶんと首を振った。
ダメよ、雪。今日こそは古代君に思い知らせるんだから!
スイッチ入っちゃったら、古代君のペースだから、それはダメ。素の時の古代君に言ってもらいたいの。
どうしても。
その為に、森雪、秘密の作戦行動に移ります!
( 立案:雪、真琴、西条、岬)
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「カレに好きと言わせる方法」
作戦行動前~前日3月13日 某所(雪宅)にて 雪、真琴、西条、岬
1 地味目なパンツスーツでのデート
2 古代さんに負けず劣らずのイケメンと秘密のデート
3 絶対に古代さんちに泊まっちゃダメ
4 キスしちゃダメですよ~~(ウヒヒby 真琴)
「えーっと、今出てるだけで四案ありますね。相手はあの古代さんですから
雪さん、油断しないでください。これ全部作戦に組み込みましょう!!」
主に作戦の指揮を執るのは真琴だ。
真琴は大きなお腹をさすりながら、豪快に笑った。
普段は大人しい西条が、イケメンと秘密のデート案だとか
古代さんちに泊まっちゃダメ案など、(他にもボツになった馬に人参作戦
=これは古代のスイッチが入る恐れがあるというのでボツ)この作戦にはノリノリだ。
「どうして地味目なパンツスーツでのデートの方が効果あるんですか?
私ならミニスカ穿きますけど」
「それじゃあ、古代さんのスイッチを全力で押すようなもんなのよ。ね? 雪さん
前回はそれで失敗しちゃったんですよね?」
「そうなの」
「古代さん、スイッチ入っちゃうと、どうなるんですか?」
「え?」
「アー、ダメダメ。百合亜ちゃん。あんたまだ子どもでしょ。ここから先は
大人の世界だからね」
「あ、あのぅ、オトナ、ですか?」
「そうよ~。お・と・な」
百合亜がごくりと唾を飲み込んだので、西条と真琴はそれを見て大笑いするのだった。
「でもさー、この『古代さんに負けず劣らずのイケメンと秘密のデート』って
相手を誰にするの? 古代さん以上の人いないよ? あ、サブちゃんはダメですからね
不倫になっちゃうから!」
(聞いてないし)の態度を貫く西条は、「北野君も、ちょっとお貸しできないですね
そもそも古代さんには負けてます」
とさらりと言ってのける。
「んー、星名に頼んでみましょうか?」と百合亜。
「星名くんと雪さんじゃ、姉弟って感じよね。秘密の恋には程遠い」
「そうよねー」
「……」
「あの、私、やっぱりこの案マズイかなあって思う」
口を開いたのは雪だった。
「古代君をだまして、試すようなこと、したくないんだ」
「あー、またそんな事言っちゃって。だって、雪さん、いつも古代さんに
メロメロになっちゃう、悔しいって言ってるじゃ
ないですか。今回は反対にメロメロにしちゃうんでしょ?」
「う、うん……」
「言ってほしいんでしょう? ちゃんと。好きだって」
「ええええ~~~、言わないの? 古代さん」
「そんなこともないんだけど。あの時しかいわないの……」
「あの時ってどんな時ですか? 雪さん」
「百合亜ちゃん、おとなの時間のこと」
またしても百合亜は赤面して俯いた。
「あった。超イケメンの心当たり」
雪の目に炎が点った瞬間だった。
*****
古代を超えるかもしれないイケメンに、雪は心当たりがあるという。
「雪さんって、魔性のおんな……」
何故だか、百合亜はぽっと頬を赤らめて嬉しそうだった。
パンツスーツは西条の見立て。細身の体にマニッシュスタイルのスーツ
髪はアップにする予定だ。
いつもの雪の雰囲気が、きっとがらりと変わるはず。デートがある日はスカート
多いが、 もともと、仕事への行きかえりはパンツスーツであることの方が多いのだ。
この日は、特別の意味を込めてこのスタイルを選んだ。
雪は気合いを入れ直す。真琴たちに勧められて、わざわざ古代とのデート直前に
ある人物との”デート”をセッテイングした。
「いいですか? 同じ場所で、古代さんにわざと見せつけるんです」
「うん。でもこんな急な用件で来てくださるかなあ」
「無理にでも来てもらいましょう! 古代さんは、ロビーで足止めしますね」
西条が、北野宛にメールを打ち始める。
3月14日 午後6時50分。ここは司令部のロビー。
雪の姿を見つけた南部が、彼女に近付いてきた。
「森君! 探したよ。はい、これ」
そう言って南部が手渡したのは、掌サイズにラッピングされたお菓子だった。
「南部君、お疲れ様。これは?」
「ホワイトデーのお菓子。この前のお返し」
「そんな気遣ってもらったなんて、悪いわ。あれは義」
義理チョコだと言い切ってしまうには、あまりにも南部が不憫だ。
せめて友情の証だと言ってほしい。南部の願いが雪に通じたのか
「ありがとう。遠慮なくいただくわ」
雪は言いかけた言葉を訂正する意味でも、満面の笑みを浮かべてみた。
「森君は、今日これから、予定は、あ、あるよな?」
ひょっとしてひょっとするかもしれないと、南部は、雪の予定を聞いた。
「あ、古代君……」
雪はそんな南部の言葉を聞いてはいない。エレベーターで降りてきた
彼の姿を見つけたのだ。 約束より10分ほど早めに、古代は降りてきた。
雪の姿を見とめると、笑顔で彼女に近付く。
(あ、作戦に移らなきゃ)
「あ、森さん、こんなところに居たんだ」
「森さん、この前のお返しです」
「受け取ってください、森さん」
「え? なんですか?」
雪の周りを、男性職員たちが取り囲んだ。その数、ざっと十人はいるだろう
彼らは口々に雪の名を呼び、 ホワイトデーのプレゼントを受け取れと迫る。
「あ、ありがとうございます! 私、約束があるので、これで失礼します!!」
雪はお菓子の包みなどを抱え、出口へと急いだ。ここで古代に捕まってしまう
わけにはいかないからだ。
「雪! どこに行くんだ?」
それに気付いた古代が、雪を追ってくる。
(ごめんなさい! 古代君、あとで、ね)
雪は心の中で詫びながら、先を急いだ。
「古代さん! ちょっとよろしいですか?」
「いや、急ぐんだ。北野、悪いけどまたにして」
「あの、古代さん、雪さんなら、用事があるから、古代さんにはあとで
メールするって言ってましたよ?」
機転を利かせた西条が、北野の脇を小突きながら、雪からの伝言を伝えた。
「え? そうなのか? 急ぎなのかな」
「そうみたいですよ! 凄く急いでましたから。誰かと会わなくちゃ
いけなくなったとか」
西条と北野は目を見合わせて、小さく頷いている。古代は、二人の様子を疑わず
自分の携帯を取り出して雪に連絡を入れた。
「雪? 急用ができたんだって? 今日は会うのやめにする? あ、そうなの。
わかった。じゃあ1時間後に、同じ店で」
雪は、手に大きな荷物を一つ抱えていた。さきほどの司令部ロビーで、
多くの男性職員から手渡されたお菓子の類ではなく、急いで立ち寄ってきた
紳士用ブティックから受け取ってきたものだ。
(喜んでくださるかな)
あれは丁度ひと月前のバレンタインデーでの出来事だった。
古代に渡すはずのカードが、何かの手違いでその人に渡ってしまったのだ。
「今日は貴方とずっと一緒にいたい」そんな言葉を
あの人に渡してしまっていたなんて。
夫人を通して、その日土方竜がずっと機嫌が悪かったという話を聞いている。
あれから何度か話す機会もあったのだが、互いに気まずくてそのままになっていた。
だから今回のこの作戦は、謝っておきたい雪にとっても渡りに舟だった。
落ち着いた雰囲気の店内で、雪は一人でその男を待っていた。
店内は恋人同士や夫婦で来ているものが多いのだが、雪の座るテーブルの
横を通り過ぎる度、 男性の方が、必ずと言っていいほど一度、二度と
雪を振り返るのだ。それも鼻の下を伸ばしきって。
連れの女性は、パートナーのだらしない顔を一睨みして
さっさと店外に出ていくのだった。
「おじ様! こっちです。無理言ってすみません」
「ああ。別に構わない。家に来ても良かったんだぞ?」
「ええ。でもこのあと、古代君と約束があって」
「ふん、そうか」
古代との婚約を、土方も了承している。けれどこういう時の男親の気持ちとしては
寂しさと、嫉妬にも似た感情があるのも事実。
妻のように手放しで喜べるほどではないのだ。
「おじ様に、これをお渡ししたかったんです」
そう言って、雪は大きな紙袋を土方に手渡した。
「なんだ? これは」
「この前の、バレンタインデーにお渡しする予定だったプレゼントです。
きっとおじ様に似合うと思います」
そう言われて悪い気がするはずがない。土方は雪の説明を聞かずに箱を開け
中のものを取り出した。
「サイズはおばさまに伺ってたから、ぴったりだと思いますよ」
目尻をこれでもかというくらい下げて、今にも泣き出しそうな土方。
二人の様子は、仲のいい親子といったところか。
ダンディーな宙将だと、女子職員にも噂されたことのある土方だ。
雪の選んだソフト帽は、 そんな土方によく似合っていた。
「ほら、思った通り! 素敵よ、おじ様」雪も喜ぶ土方を見て嬉しくなった。
****
最初の待ち合わせから、丁度一時間後。古代がこのレストランに到着した。
雪の慌てぶりからして、まだここには来ていないかもしれない。けれど時間前行動が
身に沁みついている古代は、指定された時間より早めにそこに着いていたかったのだ。
中に通された彼は、きょろきょろと見渡して、きているかもしれない雪を探した。
(あれ?)
てっきり一人でいるはずだと思っていた彼女が、誰かと親し気に笑っている。
相手は男だ。こちらに背を向けているが、がっしりした体型だ。
雪は、その男の頭から帽子を取り、被せなおしてやり、声をたてて嬉しそうに笑っていた。
雪の笑顔を見つめていると、やっと彼女はその視線に気が付いた。
(実際は古代の行動はお見通しで、彼が店内に入ってきたところから気が付いていた)
「古代君!」
雪の声に、土方も後ろを振り返った。
「おお、来ていたのか」
「土方さん……こんばんは」
(そうか。土方さんに用があったのか)
自分のあずかり知らない所で、雪が他の男と密会なんてするはずがない。
今までそんなことは一度も疑ったことはなかったから、さきほどの雪と土方の
仲睦まじそうなやりとりを見て、 なんとも言えない感情が自分に芽生えてしまったことに
古代は狼狽えた。しかしそんなことはおくびにも出さない。
「いえ、約束より早く着いてしまいましたから」
「古代君もこっちに来て」
「ああ、俺は退散するよ。二人の邪魔をするほど野暮ではないからな」
土方はすっかり上機嫌だった。「ゆっくりしていきなさい」などと
普段は絶対言わないような
台詞を口にしたほどだ。
「もうちょっと、いいじゃないですか。よかったらご一緒に食事でも」
古代も余裕のあるところを見せたくて、こちらも普段は言わないようなことを口にする。
土方は、雪の方を見て「妻が待っているから、俺は帰るよ」と言い
古代に自分の席を譲った。
「おじ様、おば様によろしくお伝えください。今度帰りますからって」
「ああ、わかった」
雪からのプレゼントを大事そうに抱え、土方は帰って行った。
土方を見送る彼の横顔は、いつもと変わらないように見えた。
「急な用って、土方さんとだったんだ」
「ええ。この前のカードの間違いをお詫びしたかったのもあったから、今日にしたの」
「そう」
メニューに目を通しながら、時々雪を見つめる古代はいつもと同じ、優しい笑顔だ。
クールで。余裕を感じる。
まだまだ。ここからが正念場だ。ここまでの事は想定内。
二人のデート中の会話も普段と変わらないものだった。
会計を済まそうと席を立つと、店員が「御代は頂いております」と
丁寧にお辞儀をして言った。
「おじ様ったら……」
「やられたね」
彼の横顔はまだ笑っているが、少し寂しそうに見えた。雪の胸も少しだけ痛んだ。
だけど、今日こそは言ってほしいのだ。
このあと、古代は地下鉄で送っていくというはずだ。
そして雪を自宅へときっと誘う。
婚約中で幸せ一杯な気持ちに変わりはないのだけれど、今日くらいはベッドの中でなく
素のままの彼から、その一言が聞きたい。そう思うのは我儘ではない。
「明日は休みだろ? 今夜は泊まっていく?」
改札を過ぎてすぐに、かれは雪を誘った。いつもと同じデートのつもりだったけれど
彼の安直な誘い方が、この日の雪には許せなかった。
「どうして、私が古代君の部屋に、簡単に泊まると思い込んでいるの?」
と思わず強い口調で言ってしまう。
「あれ? 明日、何か用があったの?」
「いいえ、ないわ。だけど今夜は家に帰ります」
「どうして? いつもうちに来るじゃないか」
「私の事、なんだと思ってるの? いつでもどうにかなるなんて思わないでほしい」
「なんでそうなるんだよ? そんな事思ってないよ」
「……だったら。家まで送って」
「わかった」
地下鉄を降り、二人は雪の部屋までの道を並んで歩いた。
雪は、古代に腕を絡めて身を持たれかけさせた。
「あ、明日も逢える?」
「わからない」
「なんで?」
「古代君次第」
「俺は、逢いたいよ」
「ふふ」
ここまではいつもの会話だ。
さっきのあれは、彼女の虫の居所が悪かったに違いない、と古代は思っていた。
「俺は……逢いたいよ」
古代は、笑って誤魔化す雪に、もう一度同じ言葉を告げた。
「連絡するわ。今日はありがとう」
マンションのエントランスで、雪はあっさりと古代の隣から離れる。
わずかに期待していた古代は、言われた言葉の意味がすぐには理解できず
彼女の腕を掴んで引き止めた。「部屋の前まで送るよ」
「ううん、ここでいいわ。岬さんの部屋に寄らなきゃいけないの」
「それも急ぎなのか?」
「そうじゃないけど。いまだとまだ彼女も起きてるだろうし」
「俺は、もう少し雪と一緒に居たい」
古代は、強引に雪の腰を抱き寄せて、耳元で囁いた。
いつもはここからなし崩し的に、いい雰囲気に持っていけるのだが。
彼女は、唇をよせようとした古代から顔を背けた。
*****
同時刻。
岬百合亜の部屋の窓から顔を覗かせて、下を見下ろしている影が二つ。
「未来ちゃん、連絡ないねー」
「しかたないですよ。今日は北野さんとデートだって言ってましたから」
「百合亜ちゃんはいいの?」
「星名は、私が大の雪さんファンだって知ってますから、いいんです」
「ふーん。うちは明日まで帰ってこないから、ここに泊めてもらえてかえって良かったんだけどね」
「しっ!」
百合亜の合図で、真琴も窓の内側に顔を引っ込めた。
古代が、マンションから出てきたのだ。
「作戦はどうやらここまで成功したみたいですね。雪さん、キスしなかったかな?」
「ふむ。帰っていく古代さんの背中が寂しそう。あれは、部屋の中に入れるのも
キスも拒否されたっぽい」
どこからか取り出した双眼鏡で、真琴は古代をそう分析した。
「なんか、可哀そう、戦術長」
「ダメだよ、ここで折れちゃ。雪さんと合流して、あと一押しさせる」
チャイムの音に、百合亜がドアを開けると、雪が半泣きの顔をして立っていた。
「雪さん? 古代さんとけんかしちゃいましたか?」
「ううん、大丈夫だったんだけど」
雪は声を震わせて、今にも泣き出しそうだった。
「まあまあ。中に入って。お話を聞こうじゃないですか」
真琴に促されて、雪は頷いて部屋に入る。
「それで、どうなりました?」
マグカップのコーヒーを百合亜に手渡され、一口啜ると、少し落ち着いた。
雪は顔をあげて話し始める。
「作戦通りに行動したの。部屋にも上げなかったし、キスもしなかった」
「古代さん、寂しそうだったですね?」
「そうなの。私も悲しくなっちゃって……」
一部再現~
「雪?」
キスしようとした古代から、雪はやんわりと体を離した。
「連絡するね。おやすみなさい」
「……おやすみ」
古代はそれ以上求めることなく、雪がマンションの中に入っていくのを寂しそうに見届けた、と言うのだ。
「で、次はどうしましょうか?」
真琴は、泣きそうになってる雪の手を握り、作戦を続けるのかやめるのか
どうするのかと迫った。
「明日は、会おうと思う。会いたい」
「そうですね。会わないほうが不自然ですし」
「そこで甘えちゃうのがいいかも」
「メールしますか?」
「ちょっと待って。すぐはダメですよ。焦らせてからね」
携帯をバッグがら取り出した雪に真琴は、もう少し焦らせとアドバイスをする。
「あ」
雪の携帯にメールが届いている。
「古代さんかな?」
「うん。そうみたい」
「……」
二人から少し離れて、雪はディスプレイの文字を追った。
「おやすみ。明日も逢いたい。メールして」
短いメール文から、彼の気持ちが伝わってきて、雪は切なさで胸が一杯になった。
*****
「逢いたい、メールして」と
何か気の利いた言葉がないものか探したが、何も浮かばず、ただ逢いたいとだけ伝えた。
宅配ボックスに届いていた花束を、抱えて自分の部屋に戻った古代は、はあとため息をついた。
「これ、どうしよう。明日まで持つかな」
独り言が大きくなる。
雪が喜ぶようなプレゼントがなかなか思い浮かばなくて、誰構わず聞きまくって出した答えが
花束のプレゼントだった。雪のイメージを花屋に伝える時に、思わず雄弁に語ってしまい
店員に「そんなに愛されている彼女さんが羨ましい」とまで言われたと思いだして
古代は赤くなった。
柄にもないことをしてしまったからか。恋人に花束のプレゼントなんて。
気恥ずかしさから、つい彼女に『泊まっていくだろう』などという誘い方をしてしまって
どうやらそれが彼女の機嫌を損ねたらしかった。
メールの返事はまだ来ない。
「やっぱり、今日中にこれだけ渡そう」
誰も聞いてはいないが声に出した。宣言したつもりで。
『雪へ 渡したいものがある。今から届けに行ってもいいかな? すぐに帰るから』
メールの返事を待つまでもなく、古代は花束を抱え、一旦脱いだジャケットを羽織って外に飛び出した。
ただ逢いたいという感情だけが、彼を突き動かしている。
ポケットの携帯に返事が届いている。
地下鉄に乗ったと同時に、彼女からのメールを確かめた。
『明日じゃダメなの?』
ここで、またもや弱気になりそうだったが『明日じゃだめなんだ。もう地下鉄に乗って
そっちに向かってる。長居しないから』
そして祈る気持ちで、送信した。
しばらくすると
『わかったわ。待ってます』
と返ってきたので、古代は、今日一番長い溜息をついた。
「はあーーーーーー」
最寄駅で降り、彼女の部屋まで歩いて5分。きっと今までで一番ドキドキしたのではないか。
彼女の気持ちが、まだよくわからなかった頃のものと、似ている。
気が付けば、いつも彼女に振り回されている。それは、決して嫌ではない。
楽しんでいる部分もあるくらいだった。
*****
インターフォンが彼の到着を知らせる。
「はい」
「古代です」
「どうぞ。あがってきて」
ここまではいつもと同じ。
さっきの彼の寂しそうな背中を思うと、もういいかとも思う。
だけど、今日くらいは言ってほしい。一言でいいから。
チャイムが鳴る前に、ドアを開けて、彼を待った。
「今日中に、どうしても渡したかったんだ! これ」
古代君は、部屋に着くなり花束を差し出した。
「これを、私に?」
「うん。俺の部屋で渡す準備をしてたんだけど。予定が狂ったから」
彼はそう言って笑う。
「花?」
「うん。花に俺の気持ちを託した。バラは真実の愛、チューリップは永遠の愛、それから」
「古代君が、そんな事やっちゃうわけ?」
「俺だって、やるときはやるんだよ……」
信じられない。いつもはあんなに凛々しい古代君が、消え入るような
小さな声で、恥かしがってるなんて。
「お花、ありがとう。嬉しい」
「本当? 喜んでくれたの?」
「もちろんよ。凄く嬉しいよ」
一気に気をよくした古代君は、そのまま私に抱きついてきて、ちゅっとキスをした。
そして私の目を見て、やっと言ってくれた。
「好きだよ」
耳まで真っ赤にして。
2014 0314 hitomi higasino
「Chocolate hidden under ……」R18SSの続編っぽいもの
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プロフィール

管理人 ひがしのひとみ
ヤマト2199に30数年ぶりにド嵌りしました。ほとんど古代くんと雪のSSです
こちらは宇宙戦艦ヤマト2199のファンサイトです。関係各社さまとは一切関係ございません。扱っているものはすべて個人の妄想による二次作品です。この意味がご理解いただける方のみ、お楽しみください。
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