5章16話イズモ計画反乱~と17話亜空間ゲート攻略までの隙間



食堂は比較的空いている時間帯だった。
雪の席の周りには他に人はなく、かなり離れた場所にぽつぽつと居る程度だ。

イズモ計画派による反乱騒動から数日経っていたが、
周りの自分を見る目が以前とは違うと雪は感じていた。
自意識過剰なのかもしれないとも思うのだがそうではないらしい。
皆遠まわしに、自分を見るが話しかけてこないのだ。

(なんだか、私、悪いことでもしていたみたい……)
ここ一年の記憶しかない、と数人のクルーに話したことが、
例の噂話をもっともらしくさせてしまったようだった。
艦橋勤務時は緊張感もあって、こんな居心地の悪さは感じないのだけど。

冷めてしまったスープの具をつつきながら、どうやって時間を潰そうかと考えただけで
雪は気が滅入ってしまった。






「森くん?」

「えっ、あ、はい?」

気づくと前の席に島が座ろうとしている。島は大丈夫か?とでも言うように
雪の目のすぐ近くで手をひらひら躍らせた。

「ここ、いい?」
「ええ、もちろん」
雪がいつものように笑顔で応えようと、島のほうを見ると、彼は怪訝そうな表情を浮かべ
今度こそ本当に「大丈夫?」と訊いてきた。
「大丈夫そうに見えない?」
「…疲れてるんじゃないか? 飯もちゃんと食ってないかんじだな」
それ、と彼は雪の手元を指差した。
冷めたスープを、雪はただスプーンでかき回しているだけだ。

「お腹すいてきたから、食堂に来たんだけど、席に座ったらどうでもよくなっちゃって」

(それで暇を持て余した子どもみたいに、飲まないスープをクルクルか……)
ふーん、と島はそれ以上は追及せずに、軽めの夜食に手を付け始める。

「時間あるんだったら、デザートだけでも俺につきあってよ」
「いいわよ」

島の気遣いを、雪は素直に嬉しく思った。
そして「じゃあ、アイスクリーム取ってくる」と立ち上がった。




島は普段は明るく、男性、女性に関係なく誰とでもすぐに打ち解けて話す。
元の性格のせいでもあるのだが、意識して艦内ではそう振る舞っているようだった。
「島くんって、士官学校時代からだれからも人気があった、って古代くんに聞いたことがあるわ」
「えっ?? 古代のやつ、そんな話してたのか?」
「うん。後輩の面倒見はいいわ、先輩からも可愛がられるわ、そうそう、年上の女性からの人気は絶大だった、とか」

「あいつ、なんちゅう話をしとるんだあ」
気は悪くないのだろう。島はニヤニヤ笑いながら、ドン、とコップをテーブルに置く。
「あ、嬉しそう、島君。まんざらでもないってわけね?」
雪はくすくす笑い出す。

「じゃあ、ここはひとつ。あのヤローの暴露話といきますか」
食べ終わって空になった食器をテーブルの端に避けて、島はコホンと咳払いをして見せた。

「古代くん、自分の話はしてくれないのよね」
「あー、あいつは俺にも自分自身の話はあんまり話したことないよ」
「そう、なんだ……」
「俺だって、そうだけどさ。自分の事って案外わからないもんだよな」
「そう、ね……」
「あの、君の記憶の話、なんだけど」

島はいいにくそうに一旦そこで切って、水を一口流し込んだ。


「?」
「古代に、『森くんの記憶の話、お前知ってたか?』って訊いたら、あいつ
知ってた、ってさ。君が気にしてないって素振りだったって」

島は上目使いで雪を見る。話し始めてしまったが、続けていいのか伺いをたてるように。

同情してもらう為に話したんじゃない、と雪は説明しようとして思いとどまった。
島が、ただの好奇心からこの話を持ち出したわけではない、とわかっていたから。

「だからって、何か言う奴じゃないんだ。あいつは何も言わないけど」
そう話す島の目は優しい。親友をそんなふうに話す彼を、
彼らの関係が、雪にとっては羨ましくもあった。


「同じ場所に立っててくれてるって。あいつには一から十まで全部話さなくても、
わかってくれてるんじゃないかって、さ」
「私……」

あの時の古代くんも、そうだった。
一緒に必ず帰ってくるからと、地球にむかって手を振ったのだ。
感極まって雪は涙ぐみそうになる。

「おっと、これじゃ古代のやつをほめ過ぎだな。勘違いしちゃダメだぜ、森くん。あいつ
女の子の気持ちだけは、からっきしわからない超鈍感ヤローだからな」

本題はここからだよ、と島は雪にむかってぐいっと親指を立ててウィンクする。



「ねえ、訊かせて。島君と古代君の、学生時代の話!」
浮かべた涙はすぐに乾いた。
自分を信じてくれる人もいる。それだけで十分だと思う。
雪も島に調子を合わせて、空になったアイスクリームの器を、スプーンのふちで、小さくカンと鳴らした。
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