(焦ってるわけじゃないんだから……っ!!)

地球に戻ってきたから早半年。古代とはヤマトでの約一年の航海を経て
気持ちを打ち明けあった。お互いに好意を寄せあっていたのに、帰還後もすれ違いの毎日であった。
古代の宇宙勤務が明けると、今度は雪が出張がちで、デートもままならず。
二人は地球防衛軍の施設内で立ち話をするか、カフェテリアで
ランチを共にするかくらいしか逢える時間がなかった。
そのためか、今一歩進展せずに清い関係のままでいる。
手を握ってドキドキするなんて、中学生レベルの恋なのだ。
それを不満に思わないのだろうか、彼は?



同僚たちとのプライベートな会話の中で、時々古代の話がでる。
彼女たちにとって、ヤマトの古代や雪は好奇心の対象でもあるわけだ。
他人と比較することに意味はないとわかりつつも、彼女たちの恋人との親密度を
聞くにつけ、雪は不安になるのだった。
他人は他人。私たちは、私たち。そう頭では理解していても、心の中でもやもやするものを感じる。
彼の態度が、素っ気なく思えたり。自分だけが好きで、彼のほうはそれほどでもないのではないかと
疑心暗鬼になったりして、自己嫌悪するのだ。


そんなある時。
一通のメールが彼女に届く。

『来週の日曜日、空いている? XXX地区のA通りで夏まつりが開かれるそうなんだ。
よければ一緒にいかないか? 古代』


昼の休憩時に、嬉しそうに携帯メールに見入る雪を同僚たちが取り囲んで、
すぐに返事するなだとか、一旦保留しろだとか駆け引きするように訴える。
雪は、ただただ古代からの誘いが嬉しくて、二つ返事で「嬉しい。必ず行くから」とメールを返した。
「あーらら。もう返事しちゃったの?」
「うん、だって早く返事しなきゃ、またお流れになっちゃいそうで」
「あー、そうか。古代さんも忙しいもんね。雪って健気!」
「彼の前だと、恋する一人の女の子だもんね、雪は」

自分の本質はどうだったかなんて、悩んだことも今は昔。
彼の前では一人の女性。あるがままの自分でいいと思えるようになったのは、彼のおかげかもしれない。






****

「古代君!」
こっちよ、こっち、と髪をアップにした雪が手招きしている。
「ごめん、待った?」
「いや」
「支度に時間かかっちゃって」
浄化されつつあるとはいえ、地表の大部分はまだ、立ち入り禁止区域のままだ。
それでも人々は活気を取り戻し、地下の広場で何年振りかで夏祭りが開かれていた。



黒地に紫のアザミの花のがらは、シンプルでいて雪の大人っぽい容姿を更に妖艶に引き立てている。
古代の方は、カーキ色のシャツにブラックジーンズというラフな恰好だ。

結い上げた髪に差したかんざしの飾り玉に無意識に手をやって
上目づかいで古代を見ると、呆けたような彼の眼差しとぶつかって驚いた。

「私、ヘンかな……?」
「い、いや、ヘンなんかじゃないっ」
口もぽかんとあけていたままだったんじゃないか、我ながらバカ面してたかも、と古代は焦る。
『とにかく、森くんをデートに誘え!』
と、親友に散々背中を押されて、やっとの思いで約束を取り付けた古代だが、
デートの経験も、知識にも乏しい自分には、雪とのデートは、高すぎるハードルだった。


「雪の浴衣姿初めて見たから」
「似合ってない?」
「まさか!その、いいと思うよ。似合ってる。可愛い。きれいだよ」

古代は思いつくかぎりの言葉を並べてみる。
雪は(本当にそう思ってるの?)といわんばかりで、右の眉尻だけを器用にあげて見せた。
「本当だって! 他の男に見せたくないくらい綺麗だ」

昔ながらの出店が並んだ通りは行き交う人たちでごった返している。お互いの声が聞き取れず、
二人は自然とくっ付くようにして歩き出す。
「え?なんて言ったの古代君?」
「いや、」

艶やかな彼女の浴衣姿に、振り向く男は数知れず。待ち合わせの場所にたどり着くまで
彼女が一体何人の男にナンパされていたかと古代は気が気でない。


ぐっと肩を引き寄せて、耳元で囁く。
「俺の為だけに綺麗でいて」
「古代くんたら……」
古代の熱っぽい眼差しに、彼の本気を感じて、雪はぽっと赤くなった。
露わになった耳たぶもほんのりと赤らめて、古代を見る。
かんざしについた小さなビーズや陶器、真鍮の飾り玉がチェーンの先で小刻みに揺れている。
雪の瞳の色と同じアメジスト色のそれは、亜麻色の髪にも映えて、美しい。


彼女の繊細さや儚さといったものも感じられて、古代はいますぐにでも抱きしめたい衝動に駆られた。
「……はぐれるなよ」
言い訳のような気がしたが、それを口実に彼女の肩を抱き寄せた。
軍の施設内で会えば、会釈くらいでスキンシップはない。物足りないなんてものじゃない。全然足りない。
とは言うものの、どう先に進めていいのかわからなかった。
「離さないで」
離れるのが怖い、と地球に帰還してから一度だけ雪に言われたことがあった。
はぐれないように、掴んでいて欲しいのだと。
わかったよと言って、自分はその時、雪の肩を抱く事しかできなかった。まだ迷いがあったのだ。
ストレートに自分の感情を自分に向ける雪に対して、自分はどうだろうか?


「離すもんか」

二人は人の流れに逆らって歩きだした。
何処に行くのかと彼女は問わなかった。裾を気にして、ほとんど小走りの状態で古代に付いていく。
履きなれない下駄で走るものだから、鼻緒擦れを起こして、歩くのすら苦痛になっている。
走る必要もなかったのだが。
気が付けば、祭りの広場から遠く離た場所まで来ていた。

「古代くん、待って。足が」
痛くてと話しかけた雪の両肩をがっちり抱きとめて、古代は顔を近づけた。
「え……」

掠めるように軽く唇を合せた。
どうすれば正解なのかはわからない。本能のままに。
まあるく見開かれた雪の目を閉じさせるようにして、瞼にも一つキスを落として。
彼女の伏せられた長い睫が震えているのを確認すると、今度は深く角度をつけて、もう一度唇を奪った。








****

互いに夢中になりすぎたと気が付いた頃には、雪のアップにした髪もほつれ、浴衣も着崩れて、
どこから見ても、<情事のあと>。
こんな姿じゃ帰れないとベソをかく雪を、なだめるのに必死な古代君でありました。
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