恋の終焉は唐突にやってきた。
玲にとって、これが恋だと呼べるのかどうなのかはわからないけれど。

目の前で繰り広げられる古代と雪の抱擁に、何故だか「収まるところに収まった」
という言葉が胸にストンと落ちてきて。

自他ともに認めるブラザーコンプレックス故に、兄の面影を、
古代にダブらせて見ていた気もする。
それでも、主計課から航空隊への抜擢や、メ2号作戦中での連携など
玲にしかわからない、知り得ない古代のことを、好ましく思っていたのは事実だった。
エンケラドゥスでの活躍を認めてもらえて単純に嬉しかったし、
航空隊への転属の口添えまでしてもらって、優しく接してくれた古代に
惹かれていったのも事実。
赤道祭の際は、互いの境遇に運命のようなものを感じてしまって
ヘルメット越しの近い笑顔にドキドキしていたのもそうだった。



けれど、自分はそこでいいのだと思っていた。
淡く芽生えた感情を、そのままにしていいと。
彼女の存在がなければ、きっと。




――雪さん。


『とっつきにくい人だと思っていました』

あの日、雪に誘われて一緒にジムでの汗を流した時のことを、玲はちらりと思い出す。
古代への感情を隠そうとしない雪に、初めは警戒心を持って対応していた。
きっと、そのことで何か話があるのではないかと。
けれど、彼女が気にしていたのは、そちらではなかった。
メルダとの一件の後も、目を覚ますと雪がそばにいた。

もやもやする気持ちを抱えながら、どうしてだか、このライバルを嫌いになれなかった。
だからと言って、仲良くしたいとも思えなかったけれど。
対極に位置する女性だと、決めつけていた。その雪が、こうもあっさりと
自分の枕もとで励ますように微笑んでくる。
嫉妬と、羨望のような気持ち―それがない交ぜになって、苦しいような、でも嬉しいような。

古代とは、上司と部下の関係以外に接点はないに等しい。
それを、自分は埋めようと努力はしなかったし、できなかった。
(私は、しないでいるのに、雪さんは平然と垣根を越えてくるんだ)
それは嫉妬の感情でもあり、羨ましさへの裏返しでもあった。
自分の醜い嫉妬を、コントロールできなくて八つ当たりもした。
それで、すっきりできたわけはなかったけれど、凹んだロッカーを見る度に
苦笑してしまう自分は、少しは成長できたのかも、と思いたかった。







****




「えええええええ~~~~~~」
目の前でがっくりと肩を落とす男性もまた、ラブシーンを見せつけられて
失恋確定したクチだろう。あまり好きではなかった南部康夫に対して
今だけは同志にしかわからない気持ちを、少しくらい共有してもいいだろう、と思った。





「砲雷長」

眉尻も口の端も下げっぱなしの情けない姿の南部の背中に一発。
バシっと活を入れてやる気持ちで。
これも優しさのあらわれなのだ。

「ああ」

南部はきっとわかっていないだろう。猫背を正そうともせず、振り返って玲を見た。

「砲雷長、眼鏡がずり落ちてますよ」

「う、うん」

玲はいつも通りのクールな笑顔を”同志”に向けていた。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。

拍手