ドアが閉まったと同時に、ほっそりした指が十階のボタンを押した。
四角い箱は彼女と僕を乗せて上昇する。
彼女とはこうして何度か一緒になった。
前に同乗した時に上官について「コンピューター人間みたいだ」などと愚痴ったこともある。

エレベーターが上がると同時に、自分の気分も高揚していくように感じた。
なにが、どうというわけではない。ないのだが。

階を上がるごとに、話さなければと会話の糸口を探している自分を、
もう一人の冷静な自分がやめておけよと釘を差す。

「これ、今度の艦内シフト?」
なんて本当はどうでもいい会話だと知っている。
でもたぶん、それは本能的にわかっていることだ。

ここで自分が緊張してしまったら、森君も察知して急に黙り込んでしまうだろうって。

一瞬鎮まったエレベーター内。空気が動いていくのが手に取るようにわかる。


マズイ。また可笑しなことを口走ってしまいそうだ。
<宇宙人の親戚がいるのか?>あれは最たるものだった……。

「古代君、前に私に言ったよね? 宇宙人の親戚がいるのか?って」
「えっ!」

嘘だろッ!心の声が森君にダダもれなのか……。
「あれってサーシャさん?」
森君はそう続けた。

僕はゴクリと唾を飲み込む。
「……ああ。似てたんだよ」
そうだ、似てたと記憶の中の火星の女性と、目の前にいる森君を見比べた。
すると彼女は一瞬だったが笑ったように見えたんだ。
(あれ? 怒らないのか?)
言葉の応酬になるかと身構えたけれど杞憂に終わって、ほっとした。
だけど、それだけで終わらない。引っかかるんだ。

横顔に一瞬だけ浮かんだ笑みの意味。
嬉しいのか、悲しいのか。
どうして彼女は、その感情を言葉に乗せないのか。

森君から奪ったタブレットに視線を落として、繋がる言葉を探す。
(今更だけど、あのときの無礼を、いま謝ったほうがいい)
なのに、口をついて出た言葉は、
「そういえば、その一年前にももう一人来たんだよな」

自分の思考と言語を繋いでいる回路は一体どうなっている??

<続けたいのか、こんな会話!?>

僕は自分のバカさ加減を呪う。
どうにか修正しなければ、と焦るうちに彼女は僕に背を向けた。
「ユリーシャ・イスカンダル」
「え?」

きっと間の抜けた面をしていたに違いない。彼女が背を向けたままでいたことに感謝する。
「――彼女の名前よ」

『だから、何なんだ? そんなのうろ覚えで知ったこっちゃいない』

なんて、自分が振った話だから、言えるはずもなく。

彼女の背に掛ける言葉がみつからないうちに、ドアが開き、森君が先に降りた。
自分たちの周りを囲んでいた空気も一緒に流れ出した。
ちぐはぐだった会話も戻せないし、流れて行った空気も引き戻せない。


もし次に話す機会があったらと考えた。

その時は彼女の話を聞こう。そう決めた。


森君に続いて、僕も戦術長に戻る。


20141229 hitomi higasino


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