「Touch and go」
「何って哨戒任務のことに決まってるだろ?ねえ、森さん」
「はあ……」
「何が面白いんだか知らないが、自分も森君も任務には出ないから」
それだけ言い置いて、古代はすっと席を立つ。
雪の席を通り過ぎ、一瞥もくれずエレベーターに消えていく。
「なんなんだ、あいつ?」
「さあ?」
南部も相原もヤレヤレといった表情で、雪の方をチラ見した。
雪の方こそさっぱり、なのだ。
彼が何に怒っているのかわからないまま、雪は古代と最近ずっとギクシャクしたままである。
ガミラスに捕らわれていたところを、仲間の協力もあって、古代に助けてもらった。
そこで、お互いに無事でよかったと再会を喜んだ。自然と交わした抱擁に、淡い期待を抱いて
ヤマトに帰ってきてみると。
どこか彼は余所余所しい態度を取るようになっていた。
初めは気のせいかと思っていた雪だが、先程の彼の態度で、それは確信に変わった。
久しぶりに哨戒デートでもしてきたらどうなんだ?という南部のからかいに、
あからさまにむっとした態度を取った。
「おまえら、古代をあんまりからかうなよ」
副長も艦長もいないからといって、たるんでるぞ、と島は釘をさす。
「森君にまで、いい迷惑じゃないか?」
「あ、いえ、私は別に」
雪もどう答えていいかわからず、言葉を濁す。
雪が気になってるのはただ一点だけ。
古代の心変わりのような態度のみ。
直接訊けば答えてくれるのかもしれないと、
何度か話そうと試みたが、はぐらかされて言いたいことも訊きたいこともできずにいる。
あからさまに避けられていたなら、どういうことかとはっきり訊けそうなのに、
そうでもないから、言い出し辛い。
何か彼の気を悪くさせるような言動があったかと
必死に思い出そうとしても、原因となるようなことは何一つない。
「古代君、最近変じゃない?」
思い切って、雪は島に探りを入れることにした。
休憩時間の食堂で、都合のいいことに島は一人だった。
「ああ、そうかもな」島はあっさりとそれを認めた。
「島君も、そう思ってたの? どうしてだか知ってる?」
「いいや。あいつ何も言わないし。イライラしてるってことだけはわかるけど」
「私が、原因なのかな?」
「え? なんで?」
「だって、私を助けてくれた時はそんなことなかったのに、ヤマトに戻ってきてから態度がおかしくなったの。
私に原因があったのかな?って思うじゃない」
「振ったの?古代のやつを」
それを聞いた雪は、途端に顔を真っ赤にしてブンブンと首を振った。
「えっ??なんでそうなるの???私たち何もそんなこと、何も言われてないし、言ってないし。ないのよ。何も」
「ふーん。じゃ、あいつが勝手にそう思い込んでるだけとか?」
「思い込むも何も……本当に何もないのよ、私たち」
何もないをこんなに強調しなければならないなんて、と悲しくなるが、事実そうなのだ。
「森君が拉致されて、あいつがどんなに落ち込んだか、君は知らないからな」
初めて、雪は自分が居なくなったあとの彼について聴くことができた。
「俺から訊いたのは内緒だからな」
島は、その時の古代の落胆ぶりを事細かに雪に訊かせる。
独りでいたがるようになった。作戦会議中もどこかうわの空だった。
笑わなくなった。救出作戦について、初めは却下した。
そして、かれはずっと拉致事件について、自分を責めていたと。
「今さら君に話しても、意味のないことだけど」
「ううん、そんなことない。ありがとう。話してくれて」
原因が何なのかは、やっぱりわからなかったけれど、
でも自分がそうさせている、とそれだけはわかった。
「少し時間をやってくれよ、古代に。あいつ、あんなだろ?たぶん何から君に
話せばいいのか、混乱してるだけだと思うよ」
「そう…なのかな」
「ああ。あいつの不器用さと、頑固さはヤマト一だからな」
「そうね」
「森君があいつに愛想尽かさないでくれると、俺も嬉しい」
「島君ったら、もうっ!」
飲みかけのオレンジジュースをもう少しで吹き出すところだった。
雪の笑顔を見届けると、島は、「じゃ、そういうことでよろしく」と立ち上がった。
****
行儀悪くジュースをぶくぶくと泡立ててしまって、雪は急に恥ずかしくなった。
「何やってるんですか?」
島の背中に向けてアッカンベーとやらかしている雪を、山本玲が不思議そうな目で見下ろしていた。
「あ、山本さん!!」
「どうしたんです?」
玲は昼食のランチセットを乗せたトレイを、雪の隣の席に置いた。
「ううん、何でもないの。あははは」
「雪さんでも、子どもみたいな顔するんですね」
普段は取り合わせの珍しいペアだ。雪も玲も、同じシフト時間であっても
こうやって隣同士で食事を摂ることは滅多にないことだった。
避けていたわけではないのだろうが、なんとなく。
「私でもって、どういう意味?」
玲の話し方が嫌味に聞こえたわけではなかったけれど、
どんな理由で彼女が隣に来たのか訊いてみたいと、雪は思った。
「変な意味じゃないですよ。そのまんま。私、雪さんのそんな表情見たことがなかったから」
「そうね。私もあんな顔するのって、久しぶりだったかも」
「古代さんには、しないんですか?」
あまりの直球ぶりに、今度こそ雪は飲んでいたジュースにむせ、ゲホゲホとせき込んだ。
心を開くと、見えないものも見えてくるものだ。
勤務中の雪の凛とした姿からはとても想像ができないが、案外可愛らしいところも見せる人なんだ
と玲の雪への認識は変わっていた。とっつきにくい印象があった彼女と、
今こんな恋愛話をしているなんて。自分の変わりようにも少々驚きながら。
「え、ちょっ、何言い出すの?山本さん!?」
「何って、雪さんと古代さんの仲は有名じゃないですか。何を今更照れてるんです?」
「待って、ね、有名って何?私と古代君はそんなんじゃ」
「黙ってましたけど、今まで私が何度、格納庫デートを目撃させられてると思ってるんですか?」
玲はニヤリと笑って、雪の耳元で低く囁く。おかげでゼロの整備しそこねたことも多々あるんですよ、といたずらっ子のように。
「違うの、そんなんじゃないの。ああ、どうしよう。誤解されてるのね」
雪の慌てぶりを、ちょっと可愛いなと思いつつ、玲はもう少しからかってみたいと思いつく。
「誤解って、それはあんまりじゃないですか。古代さん、あんなに雪さんのこと……」
「私、のこと?……」
雪は真っ赤になりながら、その先を訊きたがった。
玲はわざとそこで話を遮り、ランチに手を付け始めた。
あまりにも雪がじいっと見つめてくるのが可笑しくて、今度は玲が吹き出しそうになる。
訊きたいですか?ともったいつけて、しっかり水を飲みほしてから、おもむろに話を再開する。
「古代さん、雪さんを助けようと必死でしたよ。あれは誤解じゃありません」
以前篠原に訊いた、古代の慌てぶり――攫われた雪を追って、ゼロで出撃した古代の話を、玲は思い出していた。
薄い装備でそのまま飛び出そうとして、篠原にヘルメットを投げられた事や、
沈んだ表情の、それまで玲が見たことのなかった古代の様子を、雪に告げた。
島の話や玲の話を聞いて、雪は、古代への申し訳ないという気持ちとともに、彼への感謝の念を新たにした。
****
「森さん、さっきはごめん」
神妙な顔つきの南部が、雪たちの背後に立っていた。
盛り上がっていそうな女の子同士の会話の最中に、申し訳なさげにそれだけ言うと、
トレイ返却口まで歩いて行こうとする。
玲は、反乱騒動後のあの出来事――古代と雪の抱擁を見て落ち込む南部の姿を思い出し、
ほとんど反射的に彼の背中を、ぱしっと叩く。
「痛っ!」
何をするんだ、君は!とずり落ちそうな眼鏡の奥の目が訴えていたが、
玲はそんなことはまったく気にせず、
「南部さんも、どうぞ?雪さん悩んでらっしゃるみたいなんで、相談に乗っていただけます?」
などと、勝手に話をすすめる。
雪が困っている、と聞くと話は別だ。
南部は腕まくりしながら、「何?どうしたの」と雪を挟んで並んで座った。
「雪さんが、古代さんと仲がいいのは誤解だって言い張るんですよ。おかしいですよね?」
「山本さんったら!何言い出すのよ。南部君、違うの」
「じゃあ、まだ古代とは何でもないの?」
一瞬嬉しそうに雪に訊き返す南部の背を、玲は手を伸ばして、今度こそ本気でばしっと叩いた。
これは絶対手形がくっきりと背中についているはずだ。
「った~~~~~。山本!」
「そんなわけないですよ。南部さん、寝ぼけてます?」
「寝ぼけてなんかいるかよ。ああそうだろうな。少なくとも古代は森さんに気があるよ。
あいつ、君が攫われた時、相当参ってた。俺たちの見えないところで一人で悩んでた」
もう叩くなよ、頼むから、と南部は雪の背後から玲に手を合わせた。
そういえば、反乱騒動のどさくさに紛れて、以前も山本に背中を叩かれたような気がするが、
はっきり思い出せない。俺こいつとこんなに仲よかったけ??と思い返しながら、
玲のペースに引き込まれた南部も、二人の仲を認めざるを得ない
気持ちの上ではとっくに諦めもついていたのだが。
出来ることなら、自分にその笑顔を向けてくれるなら嬉しい。
しかし、その相手は自分ではないことくらいわかっている。そうだ、古代だよ。
「あいつさ、初めは僕の立案した君の救出作戦まで却下したんだよ?
なんて非情なやつだと思った。でも、あいつ悩んでた。人前で見せないようにしてただけで」
しばらく二人の話を聞くだけだった雪が、口を開いた。
「古代君らしいわ」
自分が彼の立場だったら、そう考えた時、きっと雪も同じ選択をしていただろうと思う。
彼には感謝の念しかない。それは揺るぎない事実だ。
「古代君には感謝してる。感謝の気持ちを、私は『ありがとう』としか言えなくて。
もっと伝えたいんだけど、それ以上の言葉がみつからないの」
「で、古代さんはなんて?」
「無事でよかったって。それだけよ」
「まあ、そうなりますよね」
「あいつならそれがいっぱいいっぱいだろうな」
玲と南部という、これまた珍しい取り合わせの二人は、同じように腕組みをし、
うーんと首を捻っていた。
「雪さん!」
「は、はい?」
「それを、もう一度伝えてみたらどうですか?」
「それ?」
「もっと伝えたいことです。ありがとう、って」
「うん……」
「あとは古代次第、かな?森さん、それでも古代が何もわからないようだったら、僕のところに…」
うっかり雪を口説きかけた南部に、玲が鋭い視線を送る。
「あ、いや。がんばれよ、森さん」
「あの、ありがと」
「南部さんって案外お人よしなんですね」玲の耳打ちに雪は肩をすくめて笑った。
自分の話を聞いてくれるだろうか?自分は上手く話せるだろうか?
わずかな不安を抱き、それでも話すしかない、話したいと思う雪だった。
****
復路のヤマト艦内は至って平和だ。
大きなトラブルもなく、順調に航路を進む。
主計科の平田から戦術科とのシフト変更を打診されて、
雪は古代に相談しようと彼を探していた。
展望室。
扉が開くと、そこに静かに彼が立っていた。
振り返る古代。一歩踏み入れようとして躊躇する雪。
互いに小さく「あっ」と声に出す。
きまり悪そうに古代は頭を掻いて、雪に「入れば?」と入室を促した。
「うん……」
雪はそろりと古代に近づき、いつもより少し距離を取って、隣に収まった。
「主計科からシフトチェンジを希望されてるの。戦術科の誰かを要員として借りられない?」
「わかった。後で連絡するよ」
話したいことは山ほどあるはずなのに、言葉が出てこない。
饒舌ではない古代と並んで立っていると、窓の外に拡がる宇宙空間に吸い込まれてしまいそうだ。
いつもの自分なら、それも悪くないと、静かに佇んでいただろうか。
静寂を割って、古代が口を開く。
「ハーモニカ、持ってくるの忘れた」
誰に言うとはなしに呟くように。
「気を紛らわせたかったの?」
雪は恐る恐る古代に尋ねる。
(何から?)
話す必要に迫られそうで、古代は「なんとなく」としか答えない。
「ねえ、よかったら私に話して」
「話すって、何を」
「古代君がハーモニカを吹きたくなる理由。前みたいに。ここでよく話し込んだじゃない?」
「理由なんてないよ」
入ってないとわかっているのに、古代はポケットに手を突っ込んでハーモニカを探す。
そうしないではいられなかった。
「古い、昔の曲よね?古代君があれを吹いてると、聴き入ってしまうの。それで悲しくなる」
え?と驚いた表情を雪に向ける古代に、雪は寂しそうに微笑んだ。
「悲しいことも、辛いことも言わないでしょ?」
「…参ったな。そんな風に思われてたんだ」
精一杯の強がりは、空回りして闇に消えていった。手持無沙汰からなのか、古代は
からのポケットに手を突っ込んだまま。
「私にできることって、ないのかな?」
「君は、君のままでいればいい。何もしないでいいんだ」
雪の表情がくしゃりと歪んだ。
「それは、私じゃダメだってこと?力になりたいの。私じゃダメなの?」
「森くん……」
展望室を薄く照らす光が雪の半身に光と影を差した。
「君が無事でよかったって、言ったろ?それだけで十分なんだ。君が俺に何かしようなんて
思わなくていいんだ」
「でもしたいの。伝えたいの。ありがとうだけじゃ伝わらないもの」
肩を震わせて歪ませた表情で、それでも笑顔を作り、雪は古代に歩み寄る。
「ありがとう。私を救ってくれて。何千回のありがとうでも足りないくらい、感謝してる」
助けてもらった時に口にした言葉を、雪はまた繰り返した。
繰り返したいと思う。この思いが伝わるまで。玲の言った言葉の意味が今はなんとなくわかる。
雪に迷いはない。古代に向けられた笑顔は、今まで見たことのないくらい美しかった。古代は思わず息をのむ。
「雪……」
「古代君……」
「無事でよかった。それが一番なんだ。感謝してるのは俺の方。無事でいてくれてありがとう」
ゆっくりと古代の腕が雪に伸び、頭の後ろから、抱き寄せた。
雪は古代にされるがまま、彼の腕に抱かれてじっとしている。
「君を守れなかった。すぐに救出できなかった。俺は君が無事に戻ってきてからも
そのことを謝りたかった。無事だったからそれでいい、とは思えなかった」
「そんなこと!私はちっとも気にしてない。古代君が気に病むことでもない」
「ああ。だけど俺は君に感謝されるような男じゃないんだ」
「どうしてそうなるの?」
抱き寄せた雪の髪に、古代は顔を埋める。
温かい。抱きしめているのに、自分の方が雪に守られているように古代は感じていた。
「俺、救出作戦を却下したんだ。君を、見捨てて……」
「わかってる。貴方は戦術長として任務を全うしようとした。それだけでしょう?」
「しかし、君を」
「助けてくれた。これは事実。貴方への感謝の気持ちに一ミリの狂いもない。これも事実」
雪を抱いて、古代は泣きたくなった。
言葉に出すと、気持ちが溢れてしまいそうで、強くぎゅっと抱きしめるしか今の古代に術はなかった。
古代の肩が上下している。彼もまた緊張しているようだった。
苦しいほど抱きしめられて拘束されたかのようだった両手は、古代の背中に回された。
「雪…雪……」
彼は言葉に出来ない感情を、吐き出している。自分の名前を呼び続けながら。
古代の想いが痛いほど伝わってくる。
言葉に乗せないでいるのにこんなにも。
彼への恋情が、触れたい、と思わせた。雪は少し背伸びして自分の頬を、彼の頬に近づけた。
そしてぴたりと合わせて、彼にだけ聞こえるくらいの小声で伝えた。
「古代君のハーモニカもあの曲も、本当は大好きよ」
古代は、抱きしめていた腕を解き、身体を離して雪を見た。
恥ずかしそうに笑う雪の肩を、古代はもう一度抱き寄せて、耳元でささやく。
「俺の事は?」
「あ、」
「……」
「……」
「俺は、雪が好きだけど」
古代は、君はどうなんだ?と雪の右頬に軽くキスを落として笑う。
雪にとって、それはいつもの優しい笑顔だった。
「何って哨戒任務のことに決まってるだろ?ねえ、森さん」
「はあ……」
「何が面白いんだか知らないが、自分も森君も任務には出ないから」
それだけ言い置いて、古代はすっと席を立つ。
雪の席を通り過ぎ、一瞥もくれずエレベーターに消えていく。
「なんなんだ、あいつ?」
「さあ?」
南部も相原もヤレヤレといった表情で、雪の方をチラ見した。
雪の方こそさっぱり、なのだ。
彼が何に怒っているのかわからないまま、雪は古代と最近ずっとギクシャクしたままである。
ガミラスに捕らわれていたところを、仲間の協力もあって、古代に助けてもらった。
そこで、お互いに無事でよかったと再会を喜んだ。自然と交わした抱擁に、淡い期待を抱いて
ヤマトに帰ってきてみると。
どこか彼は余所余所しい態度を取るようになっていた。
初めは気のせいかと思っていた雪だが、先程の彼の態度で、それは確信に変わった。
久しぶりに哨戒デートでもしてきたらどうなんだ?という南部のからかいに、
あからさまにむっとした態度を取った。
「おまえら、古代をあんまりからかうなよ」
副長も艦長もいないからといって、たるんでるぞ、と島は釘をさす。
「森君にまで、いい迷惑じゃないか?」
「あ、いえ、私は別に」
雪もどう答えていいかわからず、言葉を濁す。
雪が気になってるのはただ一点だけ。
古代の心変わりのような態度のみ。
直接訊けば答えてくれるのかもしれないと、
何度か話そうと試みたが、はぐらかされて言いたいことも訊きたいこともできずにいる。
あからさまに避けられていたなら、どういうことかとはっきり訊けそうなのに、
そうでもないから、言い出し辛い。
何か彼の気を悪くさせるような言動があったかと
必死に思い出そうとしても、原因となるようなことは何一つない。
「古代君、最近変じゃない?」
思い切って、雪は島に探りを入れることにした。
休憩時間の食堂で、都合のいいことに島は一人だった。
「ああ、そうかもな」島はあっさりとそれを認めた。
「島君も、そう思ってたの? どうしてだか知ってる?」
「いいや。あいつ何も言わないし。イライラしてるってことだけはわかるけど」
「私が、原因なのかな?」
「え? なんで?」
「だって、私を助けてくれた時はそんなことなかったのに、ヤマトに戻ってきてから態度がおかしくなったの。
私に原因があったのかな?って思うじゃない」
「振ったの?古代のやつを」
それを聞いた雪は、途端に顔を真っ赤にしてブンブンと首を振った。
「えっ??なんでそうなるの???私たち何もそんなこと、何も言われてないし、言ってないし。ないのよ。何も」
「ふーん。じゃ、あいつが勝手にそう思い込んでるだけとか?」
「思い込むも何も……本当に何もないのよ、私たち」
何もないをこんなに強調しなければならないなんて、と悲しくなるが、事実そうなのだ。
「森君が拉致されて、あいつがどんなに落ち込んだか、君は知らないからな」
初めて、雪は自分が居なくなったあとの彼について聴くことができた。
「俺から訊いたのは内緒だからな」
島は、その時の古代の落胆ぶりを事細かに雪に訊かせる。
独りでいたがるようになった。作戦会議中もどこかうわの空だった。
笑わなくなった。救出作戦について、初めは却下した。
そして、かれはずっと拉致事件について、自分を責めていたと。
「今さら君に話しても、意味のないことだけど」
「ううん、そんなことない。ありがとう。話してくれて」
原因が何なのかは、やっぱりわからなかったけれど、
でも自分がそうさせている、とそれだけはわかった。
「少し時間をやってくれよ、古代に。あいつ、あんなだろ?たぶん何から君に
話せばいいのか、混乱してるだけだと思うよ」
「そう…なのかな」
「ああ。あいつの不器用さと、頑固さはヤマト一だからな」
「そうね」
「森君があいつに愛想尽かさないでくれると、俺も嬉しい」
「島君ったら、もうっ!」
飲みかけのオレンジジュースをもう少しで吹き出すところだった。
雪の笑顔を見届けると、島は、「じゃ、そういうことでよろしく」と立ち上がった。
****
行儀悪くジュースをぶくぶくと泡立ててしまって、雪は急に恥ずかしくなった。
「何やってるんですか?」
島の背中に向けてアッカンベーとやらかしている雪を、山本玲が不思議そうな目で見下ろしていた。
「あ、山本さん!!」
「どうしたんです?」
玲は昼食のランチセットを乗せたトレイを、雪の隣の席に置いた。
「ううん、何でもないの。あははは」
「雪さんでも、子どもみたいな顔するんですね」
普段は取り合わせの珍しいペアだ。雪も玲も、同じシフト時間であっても
こうやって隣同士で食事を摂ることは滅多にないことだった。
避けていたわけではないのだろうが、なんとなく。
「私でもって、どういう意味?」
玲の話し方が嫌味に聞こえたわけではなかったけれど、
どんな理由で彼女が隣に来たのか訊いてみたいと、雪は思った。
「変な意味じゃないですよ。そのまんま。私、雪さんのそんな表情見たことがなかったから」
「そうね。私もあんな顔するのって、久しぶりだったかも」
「古代さんには、しないんですか?」
あまりの直球ぶりに、今度こそ雪は飲んでいたジュースにむせ、ゲホゲホとせき込んだ。
心を開くと、見えないものも見えてくるものだ。
勤務中の雪の凛とした姿からはとても想像ができないが、案外可愛らしいところも見せる人なんだ
と玲の雪への認識は変わっていた。とっつきにくい印象があった彼女と、
今こんな恋愛話をしているなんて。自分の変わりようにも少々驚きながら。
「え、ちょっ、何言い出すの?山本さん!?」
「何って、雪さんと古代さんの仲は有名じゃないですか。何を今更照れてるんです?」
「待って、ね、有名って何?私と古代君はそんなんじゃ」
「黙ってましたけど、今まで私が何度、格納庫デートを目撃させられてると思ってるんですか?」
玲はニヤリと笑って、雪の耳元で低く囁く。おかげでゼロの整備しそこねたことも多々あるんですよ、といたずらっ子のように。
「違うの、そんなんじゃないの。ああ、どうしよう。誤解されてるのね」
雪の慌てぶりを、ちょっと可愛いなと思いつつ、玲はもう少しからかってみたいと思いつく。
「誤解って、それはあんまりじゃないですか。古代さん、あんなに雪さんのこと……」
「私、のこと?……」
雪は真っ赤になりながら、その先を訊きたがった。
玲はわざとそこで話を遮り、ランチに手を付け始めた。
あまりにも雪がじいっと見つめてくるのが可笑しくて、今度は玲が吹き出しそうになる。
訊きたいですか?ともったいつけて、しっかり水を飲みほしてから、おもむろに話を再開する。
「古代さん、雪さんを助けようと必死でしたよ。あれは誤解じゃありません」
以前篠原に訊いた、古代の慌てぶり――攫われた雪を追って、ゼロで出撃した古代の話を、玲は思い出していた。
薄い装備でそのまま飛び出そうとして、篠原にヘルメットを投げられた事や、
沈んだ表情の、それまで玲が見たことのなかった古代の様子を、雪に告げた。
島の話や玲の話を聞いて、雪は、古代への申し訳ないという気持ちとともに、彼への感謝の念を新たにした。
****
「森さん、さっきはごめん」
神妙な顔つきの南部が、雪たちの背後に立っていた。
盛り上がっていそうな女の子同士の会話の最中に、申し訳なさげにそれだけ言うと、
トレイ返却口まで歩いて行こうとする。
玲は、反乱騒動後のあの出来事――古代と雪の抱擁を見て落ち込む南部の姿を思い出し、
ほとんど反射的に彼の背中を、ぱしっと叩く。
「痛っ!」
何をするんだ、君は!とずり落ちそうな眼鏡の奥の目が訴えていたが、
玲はそんなことはまったく気にせず、
「南部さんも、どうぞ?雪さん悩んでらっしゃるみたいなんで、相談に乗っていただけます?」
などと、勝手に話をすすめる。
雪が困っている、と聞くと話は別だ。
南部は腕まくりしながら、「何?どうしたの」と雪を挟んで並んで座った。
「雪さんが、古代さんと仲がいいのは誤解だって言い張るんですよ。おかしいですよね?」
「山本さんったら!何言い出すのよ。南部君、違うの」
「じゃあ、まだ古代とは何でもないの?」
一瞬嬉しそうに雪に訊き返す南部の背を、玲は手を伸ばして、今度こそ本気でばしっと叩いた。
これは絶対手形がくっきりと背中についているはずだ。
「った~~~~~。山本!」
「そんなわけないですよ。南部さん、寝ぼけてます?」
「寝ぼけてなんかいるかよ。ああそうだろうな。少なくとも古代は森さんに気があるよ。
あいつ、君が攫われた時、相当参ってた。俺たちの見えないところで一人で悩んでた」
もう叩くなよ、頼むから、と南部は雪の背後から玲に手を合わせた。
そういえば、反乱騒動のどさくさに紛れて、以前も山本に背中を叩かれたような気がするが、
はっきり思い出せない。俺こいつとこんなに仲よかったけ??と思い返しながら、
玲のペースに引き込まれた南部も、二人の仲を認めざるを得ない
気持ちの上ではとっくに諦めもついていたのだが。
出来ることなら、自分にその笑顔を向けてくれるなら嬉しい。
しかし、その相手は自分ではないことくらいわかっている。そうだ、古代だよ。
「あいつさ、初めは僕の立案した君の救出作戦まで却下したんだよ?
なんて非情なやつだと思った。でも、あいつ悩んでた。人前で見せないようにしてただけで」
しばらく二人の話を聞くだけだった雪が、口を開いた。
「古代君らしいわ」
自分が彼の立場だったら、そう考えた時、きっと雪も同じ選択をしていただろうと思う。
彼には感謝の念しかない。それは揺るぎない事実だ。
「古代君には感謝してる。感謝の気持ちを、私は『ありがとう』としか言えなくて。
もっと伝えたいんだけど、それ以上の言葉がみつからないの」
「で、古代さんはなんて?」
「無事でよかったって。それだけよ」
「まあ、そうなりますよね」
「あいつならそれがいっぱいいっぱいだろうな」
玲と南部という、これまた珍しい取り合わせの二人は、同じように腕組みをし、
うーんと首を捻っていた。
「雪さん!」
「は、はい?」
「それを、もう一度伝えてみたらどうですか?」
「それ?」
「もっと伝えたいことです。ありがとう、って」
「うん……」
「あとは古代次第、かな?森さん、それでも古代が何もわからないようだったら、僕のところに…」
うっかり雪を口説きかけた南部に、玲が鋭い視線を送る。
「あ、いや。がんばれよ、森さん」
「あの、ありがと」
「南部さんって案外お人よしなんですね」玲の耳打ちに雪は肩をすくめて笑った。
自分の話を聞いてくれるだろうか?自分は上手く話せるだろうか?
わずかな不安を抱き、それでも話すしかない、話したいと思う雪だった。
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復路のヤマト艦内は至って平和だ。
大きなトラブルもなく、順調に航路を進む。
主計科の平田から戦術科とのシフト変更を打診されて、
雪は古代に相談しようと彼を探していた。
展望室。
扉が開くと、そこに静かに彼が立っていた。
振り返る古代。一歩踏み入れようとして躊躇する雪。
互いに小さく「あっ」と声に出す。
きまり悪そうに古代は頭を掻いて、雪に「入れば?」と入室を促した。
「うん……」
雪はそろりと古代に近づき、いつもより少し距離を取って、隣に収まった。
「主計科からシフトチェンジを希望されてるの。戦術科の誰かを要員として借りられない?」
「わかった。後で連絡するよ」
話したいことは山ほどあるはずなのに、言葉が出てこない。
饒舌ではない古代と並んで立っていると、窓の外に拡がる宇宙空間に吸い込まれてしまいそうだ。
いつもの自分なら、それも悪くないと、静かに佇んでいただろうか。
静寂を割って、古代が口を開く。
「ハーモニカ、持ってくるの忘れた」
誰に言うとはなしに呟くように。
「気を紛らわせたかったの?」
雪は恐る恐る古代に尋ねる。
(何から?)
話す必要に迫られそうで、古代は「なんとなく」としか答えない。
「ねえ、よかったら私に話して」
「話すって、何を」
「古代君がハーモニカを吹きたくなる理由。前みたいに。ここでよく話し込んだじゃない?」
「理由なんてないよ」
入ってないとわかっているのに、古代はポケットに手を突っ込んでハーモニカを探す。
そうしないではいられなかった。
「古い、昔の曲よね?古代君があれを吹いてると、聴き入ってしまうの。それで悲しくなる」
え?と驚いた表情を雪に向ける古代に、雪は寂しそうに微笑んだ。
「悲しいことも、辛いことも言わないでしょ?」
「…参ったな。そんな風に思われてたんだ」
精一杯の強がりは、空回りして闇に消えていった。手持無沙汰からなのか、古代は
からのポケットに手を突っ込んだまま。
「私にできることって、ないのかな?」
「君は、君のままでいればいい。何もしないでいいんだ」
雪の表情がくしゃりと歪んだ。
「それは、私じゃダメだってこと?力になりたいの。私じゃダメなの?」
「森くん……」
展望室を薄く照らす光が雪の半身に光と影を差した。
「君が無事でよかったって、言ったろ?それだけで十分なんだ。君が俺に何かしようなんて
思わなくていいんだ」
「でもしたいの。伝えたいの。ありがとうだけじゃ伝わらないもの」
肩を震わせて歪ませた表情で、それでも笑顔を作り、雪は古代に歩み寄る。
「ありがとう。私を救ってくれて。何千回のありがとうでも足りないくらい、感謝してる」
助けてもらった時に口にした言葉を、雪はまた繰り返した。
繰り返したいと思う。この思いが伝わるまで。玲の言った言葉の意味が今はなんとなくわかる。
雪に迷いはない。古代に向けられた笑顔は、今まで見たことのないくらい美しかった。古代は思わず息をのむ。
「雪……」
「古代君……」
「無事でよかった。それが一番なんだ。感謝してるのは俺の方。無事でいてくれてありがとう」
ゆっくりと古代の腕が雪に伸び、頭の後ろから、抱き寄せた。
雪は古代にされるがまま、彼の腕に抱かれてじっとしている。
「君を守れなかった。すぐに救出できなかった。俺は君が無事に戻ってきてからも
そのことを謝りたかった。無事だったからそれでいい、とは思えなかった」
「そんなこと!私はちっとも気にしてない。古代君が気に病むことでもない」
「ああ。だけど俺は君に感謝されるような男じゃないんだ」
「どうしてそうなるの?」
抱き寄せた雪の髪に、古代は顔を埋める。
温かい。抱きしめているのに、自分の方が雪に守られているように古代は感じていた。
「俺、救出作戦を却下したんだ。君を、見捨てて……」
「わかってる。貴方は戦術長として任務を全うしようとした。それだけでしょう?」
「しかし、君を」
「助けてくれた。これは事実。貴方への感謝の気持ちに一ミリの狂いもない。これも事実」
雪を抱いて、古代は泣きたくなった。
言葉に出すと、気持ちが溢れてしまいそうで、強くぎゅっと抱きしめるしか今の古代に術はなかった。
古代の肩が上下している。彼もまた緊張しているようだった。
苦しいほど抱きしめられて拘束されたかのようだった両手は、古代の背中に回された。
「雪…雪……」
彼は言葉に出来ない感情を、吐き出している。自分の名前を呼び続けながら。
古代の想いが痛いほど伝わってくる。
言葉に乗せないでいるのにこんなにも。
彼への恋情が、触れたい、と思わせた。雪は少し背伸びして自分の頬を、彼の頬に近づけた。
そしてぴたりと合わせて、彼にだけ聞こえるくらいの小声で伝えた。
「古代君のハーモニカもあの曲も、本当は大好きよ」
古代は、抱きしめていた腕を解き、身体を離して雪を見た。
恥ずかしそうに笑う雪の肩を、古代はもう一度抱き寄せて、耳元でささやく。
「俺の事は?」
「あ、」
「……」
「……」
「俺は、雪が好きだけど」
古代は、君はどうなんだ?と雪の右頬に軽くキスを落として笑う。
雪にとって、それはいつもの優しい笑顔だった。
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プロフィール

管理人 ひがしのひとみ
ヤマト2199に30数年ぶりにド嵌りしました。ほとんど古代くんと雪のSSです
こちらは宇宙戦艦ヤマト2199のファンサイトです。関係各社さまとは一切関係ございません。扱っているものはすべて個人の妄想による二次作品です。この意味がご理解いただける方のみ、お楽しみください。
また当サイトにある作品は、頂いたものも含めてすべて持ち出し禁止です。
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