わずかなタイムラグの後に、やっとドアが閉まった感じだ。
普段はそんなこと気にもかけないのに、気持ちが急いているのかな。
十階のボタンを押すと、一緒に乗り込んでいた古代君が、リラックスした口調で訊いたきた。
「これ、新しい艦内シフト?」
そう。さっきその話をしたじゃない。見せてくれって。
私は、それには返事をせず、前から気になっていたことを切り出した。
「ねえ、エンケラドゥスで、私に変な事訊いたよね? あれってサーシャさん?」
彼は、心底驚いた顔をして「えっ」と絶句した。
「初めは何のことかわからなかったけれど」
続けて問う私に、古代君は質問の意味を噛みしめるようにして、小さく頷いた。そして言った。
「ああ。似てたんだよ、君に」

エレベーターは階を一つ上がるごとに、小さく左右に揺れた。モーター音がそこで唸る。
古代君がサーシャを見ていた。知っていたんだ。
私に似ていたんだ。

その事実に、ほっとする気持ちと、不安な気持ちが同時にせりあがってきた。
微笑もうとしたけれど、上手くいかなかった。
そんな私に気付いたのか、古代君は「そういえばさ」と話しはじめた。
「一年前にも来ていたんだよな」
古代君が何を話すのか、その先を聞いてみたい。けれど時間切れが近づいていた。
目的の第一艦橋には数秒でたどり着く。
彼がタブレットのシフトに目を通していないことはなんとなくわかっていた。
「ユリーシャ・イスカンダル」
唐突過ぎただろうか。古代君は「えっ?」と声をあげた。
私は背中を向けたまま、彼に「彼女の名前よ」とだけ告げた。

私がサーシャと似ていることを、古代君は知っている。
ユリーシャの名前を出した後の反応は、きっとそのとおり。初めて聞いたのだろう。
知らない人を、近しい存在だと思えてくるのは、不思議な感覚だった。
古代君が知ってくれているのなら。彼になら。



私には、地球に親戚なんかいない。兄弟も、親も。記憶さえもない。
古代君になら、話してもいいのかもしれない。
到着した音。
最後に箱が一揺れしてドアが開いた。



2015 0115 hitomi higasino


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