side-kodai

テストを兼ねた初めてのワープに、波動砲試射、と出航してから艦内は慌ただしい。
メ2号作戦の事で頭が一杯の古代は、食堂に集うブリッジクルーの話にはうわの空だった。

「で、貰ったか?」
「いいや、僕はまだです」
「俺はさっき貰った」
同じテーブルについた相原、島、平田らの話に適当に相槌を打っていた古代は、島の「それでお前は?」
と話しを振られて、その時になって「何の話だ?」と輪に入ることを決めた。
「何だよ? 聞いてなかったのか」
平田は、やれやれといった具合に、眉をしかめて尋ね返した。
「ああ、ごめん。考え事していて」
「お前らしいな。そんな様子じゃ貰ってないな」
「だから、何を?」
古代がさして興味なさそうにしていると、彼らの後ろのテーブルが賑やかになった。
「加藤隊長、これ、どうぞ!」
「お、サンキュー」

見ると、航空隊の加藤が、衛生士の真琴からなにやら手渡されて礼を言っている場面だった。
四人が同時に振り返って見ている間に、隣のテーブルでも「貰ってください」「ありがとう」という声が聞こえてきた。
羨ましそうにそれを見る相原の視線に気が付いたのか、隣から岬と雪がこちらへ移動した。
「ハイ、どうぞ~」
岬と雪がテーブルの前に立ち、四人ににこやかな笑顔を振りまいた。
「俺はさっき貰ったよ」
と島は何故か得意げに胸を張った。
「ではまだの人?」
雪が訪ねると。
「ハイ!」
「僕も!」
平田と相原は競い合う様にして手をあげ、それに応えて岬が手に持ったカゴから、ラッピングされたチョコを
一つずつ彼らの掌に乗せる。
「ありがとう。嬉しいな」
相原は礼を言い、平田も会釈していた。
「私の配分はこれで終了です!」
「岬さん、ご苦労様。残った分は皆で食べちゃいましょう」
雪と岬は配り終えたと思い、四人に背を向けて食堂を出て行こうとする。

「あ、ちょっと待って、森さん。コイツまだ貰ってないんだよね」
島が古代を指さして、雪を呼び止める。
「そうなの? もう貰ったのかと思ったわ」
「あ、俺は別に……」
ここまでで、やっとこの日がバレンタインデーだということを、古代は知った。
だとしても。
やはり別段興味は沸かない。もともと甘いものは好きではないし。
自分には縁のないものだと決め込もうとした。
雪は「はい、どうぞ」と愛想のない態度で、かごを古代に差し出した。
いらない、と断ろうとした古代に、雪は「寝不足でしょ?目の下にクマが出来てる。だから、ハイ。甘いもの補給」
と有無を言わせず彼に一粒のチョコを押し付けた。
「そうだぞ、古代。こんな美人から貰えるんだ。ありがたく頂戴しとけ」
何故だか、隣の島のほうが嬉しそうに盛り上がって、古代の背中を痛いほどバンバン叩く。
「ってーな、島っ。あ、」
用事が済んだ雪は、くるりと背を向けた。
帰っていこうとする雪に、古代は「森さん、あの、ありがとう」と礼を言う。
そんな古代を見て、平田と島は目を見合わせて「いつまでたってもコイツときたら……」などと小声で笑っている。
雪は二歩、三歩と進んでから、ちらりと振り返った。呆けたような古代を一瞥し、こくんと頷いた。



side-yuki

「これからエンケラドゥスへ救難活動なの。悪いけど他の人たちで、配っててくれる?」
船務長である森雪は、カゴに入ったチョコレートを岬百合亜に託して、自身は格納庫へと急いだ。


地球を抜錨してまだ数日。この短期間で、雪はある人物についての第一印象を変えられないでいる。
初対面での彼の無礼ともいえる態度に眉をしかめかけた。その次に会った時も、彼の態度は変わらなかった。
故に、沖田からエンケラドゥスの救難活動に古代の護衛つきで、と命令をうけてから、心の中ではずっと不満に思っていた。
格納庫で待っていた古代には目もくれず、真琴と連れ立って先にシーガルに乗り込んだ。
(なんでこんな人と一緒に行動しなきゃいけないの)
雪のそんな思いが顔に出ていたのだろう。古代もむすっとしたまま、雪の隣に滑り込んだ。




*****
やがて救難活動を終えた古代達は、救援に来たシーガルに乗り込み、エンケラドゥスを後にした。
不時着した「ゆきかぜ」は発見したが、そこに生存者はいなかった。
彼は兄の銃を発見したが、古代守の姿はどこにもなかった。
この凍てつく地で、生存している確率はゼロに近いだろう。
彼は二度、兄の死を知らされたのだ。

古代は無言で眼下のゆきかぜを見送っている。
雪は彼の心情を思い、かける言葉がなかった。


ヤマトに戻ると、岬が引き継ぎの報告と別の報告をするために、艦橋にやって来た。
「雪さん、バレンタインのチョコは、艦橋の方にはほとんどお配りしました」
「ありがとう。これはあとで私から戦術長に渡します」
カゴの中に一つだけ残ったチョコレートで、古代の気持ちが少しでも和らげばいい。
雪が舞う氷原で、兄を探し、立ち尽くしていた古代の哀しい背中を、雪は忘れられなくなっていた。



*****

「雪さん?」
「あ、ああ、ごめんなさい。これで最後よね?」
雪のいない間、ほとんどのチョコレートを配り終えていた百合亜が、これで最後だから自分があとはやります、と
雪に話していたところだ。
「ほとんどお任せだったから、最後くらいは手伝います」
それは言い訳だ。
本音は<古代を励ましたいから、彼には自分が手渡したい>だ。
百合亜はそんな雪の気持ちなど知る由もなく、「ハイ」と嬉しそうに彼女のとなりに並んだ。
どこに古代がいるのか探しながら、百合亜と男性クルーにチョコを配りつづけ、ついに彼のテーブルまでたどり着いた。
相原と平田に配り終えた時点で、百合亜のカゴが空になる。
残る一つを、彼に。

雪はそう思うとそわそわしだす。なんでもない風を装ってクールに振る舞えば、彼は何も言わず
このまま彼に背を向けるところだった。、
「岬さん、ご苦労様。残った分は皆で食べちゃいましょう」
彼からのリアクションを期待して、彼にも聞こえる声でそう言ってみた。


……。
古代からのノーリアクションに、なぜかとても寂しく思う。
雪は、仕方なく四人に背を向けて食堂を出て行こうとする。

「あ、ちょっと待って、森さん。コイツまだ貰ってないんだよね」
島が古代を指さして、雪を呼び止めた。
ゆっくりと雪は振り返った。
「そうなの? もう貰ったのかと思ったわ」
「あ、俺は別に……」
古代の浮かない顔をみると、自分も沈んでしまいそうになる。
雪は必死に笑顔を作ってカゴを差し出した。
「はい、どうぞ」

きっと笑えていない。それどころか不愛想に映ったかもしれない。
いらない、と断ろうとした古代に、雪は「寝不足でしょ?目の下にクマが出来てる。だから、ハイ。甘いもの補給」
と有無を言わせず彼に一粒のチョコを押し付けた。
「そうだぞ、古代。こんな美人から貰えるんだ。ありがたく頂戴しとけ」
何故だか、隣の島のほうが嬉しそうに盛り上がって、古代の背中を痛いほどバンバン叩いている。
そんな様子の古代達に、雪は少しほっとした。同時に少し寂しさも感じる。
上手く振る舞えない自分をもどかしく思うし、<自己陶酔型>と以前揶揄した彼らの関係を、
この時は、素直に羨ましいと思えたのだった。
用を終えた雪は、彼にくるりと背を向けた。
離れかけた雪の後ろから古代が声をかけてきた。

「森さん、あの、ありがとう」
そんな古代を見て、平田と島は目を見合わせて「いつまでたってもコイツときたら……」などと小声で笑っている。
雪は二歩、三歩と進んでから、ちらりと振り返った。

少しでも彼の力になれたのだろうか。
呆けた彼と視線を合わせるのが恥ずかしくて、雪はこくんと頷くと、すぐに前を向いた。







2015 0208 hitomi higasino
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