「予感」 ミエル


八年ぶりの出産は大変だった。一日中、赤ん坊の世話に明け暮れる。
夜なのか、昼なのか。うつらうつらと浅い眠りに落ちた時、夢を見た。
またあの夢。これで何度目だろう。
若い女の子が眠っている。黄金に輝く髪、まっしろな肌。
透明な箱の中で静かに眠っている。
そこは暗く狭いところで、水がキラキラ光っていた。

漠然と不安になる。
産後のブルーな気分のせいなんだと自分に言い聞かせるが、気になってしょうがない。
つい守につぶやいてしまった。
「あなたの弟、こんなに小さいの。見て、かわいい手でしょう」
守はそっと弟の小さい手をつっつく。
思わずその手で握り返されて、目を大きく見開いてびっくりしている。
「助けてあげて。守のできる範囲でいいからね」
「うん」
「おかあさんね、夢をみたの。女の子の夢。おかしいね。赤ちゃんは男の子なのに」
「うん、僕も見たよ、夢」
「どんな夢?」
「お姉さんが箱の中で寝てた」
「ーーどんなお姉さん?」
「黄色い髪のきれいなお姉さん。その箱はね、タイムマシンみたいなものなんだ。過去に旅ができるんだ」
「守はそんな本ばかり読んでいるからね」
「違うよ、本の話じゃないよ。お姉さんが言ってた『キオクノタビ』って」
「記憶の旅?」
「ーーそうだ!夏休みの絵の宿題はこれを描こう。細かいところも覚えているから!」
守はそう叫ぶと自分の部屋に戻っていった。
タイムマシン?記憶の旅?どういう事だろう。
わからない。

でも、あの箱はとても遠いところにあるような気がする。宇宙の遠いところに。
この子たちは遠い宇宙に旅することになるんだろうか?太陽系も越えて。
わたしの手を離れ、遠いところに。


ーーそうならば、強い子に育てなければ。
どんな環境でも、境遇でも、生きぬいていける強い子に。


腕の中でパタパタと脚が動く。思わず覗き込むと小さな目をぱっちり開けていた。
宙をさまようその瞳。
見えているのは、彼の未来だろう。
わたしにも見える。
黄金の髪に包まれた彼の未来が。




お題 ミエル

*****

「筆跡」 ミエル

雪は自室に戻ると引き出しを少しだけあけ、左隅に重ねてある紙の束を取り出した。
艦内で使用されている8センチ角ほどの白いメモ用紙だ。
端末にメールを送れば済むことだが、何故か古代はいつもこのメモ用紙を手渡してくる。
雪はそれを捨てる事もできず引き出しの一角に溜め置いた。すでに1センチほどの厚みになっている。

束の一番下、すなわち最初のメモ用紙を見ながら雪は事の始まりを思い出す。

森君、と呼ばれ振り向くと手に何か押し込まれた。小さく折りたたまれた白い紙。
これ何?と声をあげたが、当の本人の姿はもうない。雪は手のひらの塊をしばらく見つめるとそっと広げた。

ーー1320 展望室

呼び出された理由はなんとなく分かった。「青い肌の使者」のことだろう。
彼のことだ、すでに尋問の方針は決まっているはずだ。
でも。ーー背中を押してほしいのかな。
白い紙に並んだ文字からは不思議とそんな気配が感じられた。口下手な本来の姿と違ってそれは雄弁だった。
あの時は長々といろんな話をしたよね。
ーー無事に使者を送り出しほっとした彼の表情も思い出す。

雪は思い出を辿るように、一枚一枚メモ用紙をめくってみる。

ーー2140 食堂   腹へったな 何食べる?
ーー0430 どこでもいいよ  疲れてない?大丈夫か

几帳面な性格がよくでていて、どの文字もきっちりと整い一字一字丁寧に書かれてある。筆圧も強い。
雪にとって沢山の筆跡の中から彼の跡を見分けるのは簡単だった。
たった一文字であっても。それがどんなに埋もれていても。
文字に命が宿っているのだろうか。まるで彼自身のように語りかけてくる。
ーーだから捨てられないのね。

雪はウエストポーチから今朝手渡されたメモ用紙を取り出した。

ーー1830 部屋  待つのは苦手だ

昨日は打ち合わせが長引いて時間に遅れてしまった。
ごめんねって謝ったのにいつまでも口を尖らせていた。
もう時間だ、急がないと。
ーー文字の引力にひかれるように、雪は部屋を後にした。




お題;ミエル
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