「ささやかな幸せ」 よこぴ


雪からの初めての手づくりケーキは昨年の誕生日を少し過ぎた頃だった。

イスカンダル滞在中、彼女は多忙を極めているというのに、平田に頼んで材料を用意してもらいトライフルケーキを作ってくれた。

大きめなガラスのカップに何層にも重なったスポンジとクリームやジャム、そして飾られたフルーツ達が目にも鮮やかだ。

「これパフェじゃないのか?」

「トライフルケーキよ。第一パフェじゃバースディケーキにならないでしょ。」

俺にはどう見ても寸胴なパッフェにしか見えなかった…
パフェとの違いは未だに分からないけれど、俺はそんな事より雪から初めて貰った手づくりお菓子に内心ドキドキしていたんだ。

ロウソクは流石に21本も飾れないからと、1本だけ。
見た目は子供の頃に食べたバースディケーキとは程遠いけれど、雪と二人で食べたケーキはとても美味しかった。

雪だって色々とあって大変だったろうに、兄さんの事で少なからず落ち込んでいた俺に
寄り添うように何気ない日常を連れてきてくれた。

まだお互いの思いを伝えあう前の、他人から見たら小さな、でも俺にはとても大きな出来事だった。

あれから紆余曲折の末、晴れて恋人同士となった今年、雪は「ご馳走とケーキ作るから楽しみにしていてね!」と、
休暇を取って朝から俺の部屋で準備をしている。

当日にお祝いしてもらいたい歳でもないし、前日が日曜日なんだから前倒しですればいいのにと言った俺に
「今年はお誕生日当日にお祝いしたいの!!」という彼女の押しに俺が折れたようなものだ…

彼女の料理の腕前は時々「……」な所があるけれど、あのケーキは美味しかったし、期待しても大丈夫だよな?。

なんて考えていたら今すぐに雪に会いたくなってしまった。
…退勤時間まで後1時間か…

仕事は相変わらず忙しいし、雪とたまに喧嘩したりもするけれど、
これがあの時兄さんが俺に返してくれた、ささやかな、でもとても幸せな日常だ


お題 にょろにょろ


*****

「バースディケーキ」  よこぴ


今日が俺の誕生日と知っている仲間達から、退勤時間と同時に司令部を飛び出した俺への冷やかしが
聞こえてきたが、そんなのに構っている暇は無い。

「ただいま!」

「古代君!お、お帰りなさい…は、早かったのね…」

何か雪は物凄く焦っているような感じだ、おそらく雪が考えていた帰宅時間より俺が早く帰ったから驚いたんだな。
出迎えてくれた雪を抱きしめると甘い香りがして、そのまま雪にただいまのキスをする。

そういえば雪に出迎えてもらったの初めてだ、朝も「いってらっしゃい」って送り出してもらったし…
今だって普段見れないエプロン姿で…何かこういうのって良いな。
雪の家に行ってもこうはならない…
何せ雪の自宅は土方家だ…あそこでこんな事したら…殺される!!

「雪から良い匂いがする。このまま雪を食べたいな。」

「ダメ! 折角ご馳走作ったのよ。夕ご飯が先よ。」

「夕ご飯は後で食べようよ。」

「ダメったらダメ!! 後回しにしたら今日中にお祝い出来なくなっちゃうでしょ!」

…ごもっともな御意見です…
雪は俺の腕から抜け出すとさっさとキッチンに向かってしまった。

「残念」と思わなくも無いが、ここでお姫様の機嫌を損ねては大変だ。

「ご馳走か、今日は何を作ってくれたの?そうそう、ケーキ楽しみにしてたんだ。」

テーブルには雪お手製のご馳走が並んでいる。
どれも美味しそうだ。
これならケーキも期待できるな。

「…あ、あのね…ケーキは…その…ちょっと失敗しちゃって…」

俯きながら話す雪は、かなり落ち込んでいるように見える。

雪に続いて入ったキッチンで作りかけのケーキを見るが、遠目からは特に失敗作には見えない。
ちょっと焦げ臭いような気はしないでもないが…

「何処が?とても美味しそうなガトーショコラじゃないか!」

瞬間、夏なのに部屋の空気が凍りついたような気がしたのは気のせいだろうか?


END


お題 よこぴ
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