「古代君、久しぶりにカットしにいくって、昨日言ってたよね?」
「うん。だから切ってきた」

え、それで? 
と雪の目は訴えている。
先にラウンジに来ていた雪は後からやってきた古代を自分の隣に呼びながら、彼の頭をぐるりと見やった。
ヘアスプレーの匂いがほのかに香る。
「あんなにじっくり時間かけて丁寧にしてもらっているのって、古代君か沖田艦長かって言われているわよ?」
「俺の髪の毛、扱いにくいみたいだなあ」
雪の隣の席に着いた古代は、ストローでコップのアイスティーを一気に吸いこんだ。
雪が何を言いたいのか、そんなことは特に気にしていない様である。


雪と古代は、一度、ヘアサロンで隣同士に座ったことがあった。
その際、あとから来た雪よりも、古代のヘアカットの方が時間がかかっていた。
何度も鏡の中の彼を見て、サロンオーナーのヒライワは、彼の頭髪の長さを確認していた。
そこは切ったほうがいいのではないか?と誰もがきっと思うであろう、彼の長い前髪にその手が触れた時、
古代は言ったのだ。
『前髪はそんなに切らなくていいです』と。
それに対するヒライワの答えも「そうよね」とそれだけだった。

雪は隣で、「うそ、それって邪魔じゃないの?」と言いかけたのだが
当の二人がそれでいいと言うのなら、口を挟めないなと、喉まで出かかった言葉を引っ込めるしかなかった。
その後、すぐに雪は髪を切り終えて、古代より先にサロンを出たのだが、
あれから優に3カ月は経過している。
あまりにも、彼が髪を切ることに対して無頓着だと思った雪は
「サロンで髪、切ったら?」と古代に勧めたのだった。

そのあとに、ここでお茶でもしようか、と言う話になって、来た古代を見てびっくり。
彼の髪型はそのままだし、長さもほとんど変わっていない様に思えたのだ。
そして少し嫉妬している部分もある。あの美容師に。

「ね、古代君、私が髪、切ってあげようか?」
彼女のタンブラーには底にコーヒーが少し残っているだけだ。
それを飲み干してから、雪は古代に提案をしてみた。
「……俺を坊主にでもする気?」
彼は自分の跳ね気味の前髪を摘まんで、少し引っ張っている。
「そうね。古代君、短い髪も似合うかもしれないよ?」
周りに誰も居ないことを確認して、雪は古代の前髪を掻き上げようとした。
「わ、上げるなっ!」
咄嗟に古代は雪の手を振り払ってしまった。
古代の慌てぶりに雪も驚きつつ、ごめんなさいと謝る。
「あっ」
「あ……」
二人が反射的にぱっと体を離した丁度その時に
他のクルーたちが談笑しながら入ってきた。
誰もそんな二人の様子を気にはしていなかったが、古代は事の説明をしようとして、「あー」だの「うー」だのしか
言葉を発せないし、雪も、どうして古代が前髪を上げることを拒まれたのか、理由を訊けないでいた。

「……ごめん、その、人が来たから。気にしないで」
やっとのことでそれだけ言い、話を逸らそうとする古代に、雪は決心して話した。
「私に触れられるのが、イヤ?」
「まさか! そんな事あるわけないだろ」
「じゃあ、私に前髪切らせて?」
古代が断れない様に誘導できて、雪、はしてやったりの笑みを浮かべていた。
「えええっ? 切るの? 雪が?」
「うん。実は主計科に用事が有って。呼ばれてるんだ豪徳寺さんに。そこでハサミ借りて」
「豪徳寺さん? 平田じゃなくて?」
古代の脳裏に、ヤマトのランドリーチームをまとめている体の大きな女性のシルエットが浮かんだ。
「うん。私の艦内服の事で話があるって言われてて」
「そうか」
その後、雪を襲う出来事を知ってか知らずか。古代は仕方なく雪に髪を切らせる約束をしたのだった。




*****

それから数日後。
主計科の豪徳寺雅代に呼び出された雪は、そこでまずこってりと彼女からしぼられたわけだが、
それはまた後日にまわすとして。

とりあえず今日のところは、自室でハサミを使用するとの理由で首尾よくレンタルしてきた雪は
その足で彼の部屋に向かった。
しかしながら先ほどの豪徳寺のお小言が気になって、今日は大人しくしていようと思う雪だった。

部屋のブザーに雪の指先が触れただけで、彼はドアを開けた。

「お邪魔します……」
「やあ」
苦笑いをしながら古代は雪を向かいいれた。
シザースケースから取り出したハサミは、もちろん髪を切る専用のものではない。
本格的に切る気もない雪だが、彼女には他に目的があった。

彼の前髪を掻き上げて、額を出した彼を見てみたい。古代が頑なに額を見せることを拒否する理由が知りたかった。

「なあ、やっぱり前髪は勘弁してくれよ……」
雪がシザーケースから取り出したハサミを取りだすのを見ながら、古代は観念したようにベッドに腰掛けたのだが
何が何でも前髪だけは切らずに守りたい。そんな思いからすがるような目で雪を見上げたのだ。

「イジワルするつもりは全然ないんだよ? そのヘアスタイルも古代君に似合ってると思う。だけどどうして前髪を切らないのかなって
不思議に思っているだけ」

ジャキッ。
切れ味を確かめるようにして、一握りする。

雪は手に握っていたハサミを机に置いて、座っている古代の肩に手を置いた。
「知りたいの、古代君のこと」

「知りたいのなら、いつでも俺は歓迎なんだけど……」
肌を合わせる機会が増えた二人の間に、秘密は不要だと雪が言うのなら。
古代は雪を抱き寄せてから、彼女の手を自分の前髪の下に潜らせた。

「幼いころ、髪は短めだったんだよ。前髪も」
古代は、ゆっくりと彼女を手を髪の間に持っていく。その手を引き上げて彼女の前で額を出した。
「俺がブランコに乗っていて、兄さんが後ろから押してくれてたんだ。勢い余ってブランコから落ちて怪我した」
良く覚えてないんだけど、と古代は前置きして話しはじめた。

その時に額につくった大きなコブを、見るたびに兄さんは「ごめん」と謝りつづけたこと。
絆創膏を貼りかえる時に、自分はよく泣いていたらしいこと。
そんなことを兄さんは気にしていたようだったこと。

「三つの頃の話だから、全然覚えてないんだけどさ。兄さん、俺の髪をくしゃくしゃ弄ることがよくあったんだけど
コブはもうなくなったか、傷跡は消えたか、気になってたみたいなんだ」

「傷跡もコブもどこにもないよ?」
雪の白い指先が彼の前髪の生え際をなぞる。
「うん。どこにもない」
古代は出していた額を隠す様に前髪を下す。
「たださ、なんとなく。もう大丈夫かってくしゃくしゃにされるのが、あのころは恥ずかしかったから。反抗期だったのかもなあ」
「古代君にもそんな時期があったんだ」
「恥ずかしながら。それが、前髪を伸ばしはじめた理由だよ」

「たまにはオールバックにしてもきっと似合うよ。私古代君の額、好きだな」
雪は、もうハサミを彼の髪に入れる気はなくなっていた。
「いや、やっぱりそれは勘弁……」
「そうね。それは私にだけ見せて? ヒライワさんには見せないで」

彼の前髪がなぜ長いのか。その理由を知ることができた。肌を合わせていても知らないことだってあるのだ。
自分の気持ちを素直に話せたことも、雪にとっては嬉しいことだった。

「だって、妬けるじゃない。私も知らない古代君を他の人が知ってるなんて」
「雪……」
彼女の可愛らしい焼きもちを知った古代も、雪に対する愛おしさが募って彼女をぎゅっと抱きしめた。

「あ、古代君。じゃあ、私はこれで、失礼するわね」

机の上に置いたハサミをケースにしまいながら、雪の頭には主計課に戻らなければ、と豪徳寺との約束を思い出していた。






2015 0427 hitomi higasino

ユルイ日常その二に続く……


*****

某ココママさんからv 髪切り古雪を描くよ~~ってお話を伺ったので
それならば書かなくてはvといつかネタにしたいなーっと思っていた小ネタを投下してみました。
あれれ;;髪切るんじゃないの???っていう美味しいシチュはまたいつか。

フライングで途中までアップしちゃってたみたいですみません;;

ランドリーチームを束ねる主計課のふとましいお姉さんw主役のその二(ウラショコ 戦術長、パスコードに悪戦苦闘中 古雪SS)に続きますv












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