「森君は、冬生まれなのか?」
「え」
ここは、休憩中の観測室。さっきまでの会話が途切れて、いきなり、こう切り出した古代に、雪は詰まってしまう。
「そうだけど」
それがどうかしたの? と上目づかいで古代を見る。
「名前が、冬を連想させるだろ? だから、そうかなって思った」
「あ、”雪”ね」
「うん。当たってる?」
「当たってる。誕生日は十二月二十四日」
「そうか」
「私が生まれた日ね、雪が降ったの。両親は、雪の精が舞い降りたって、大喜びして名付けたみたい」
古代は、ニコニコと笑って、雪の話を聞いていた。
「な、雪の結晶って、六角形だろ? どうやってあの形に結晶化していくか知ってる?」
「さあ? 形はどれ一つとして同じものがないのよね?」
「六つの花とも呼ばれることがあるくらい、綺麗だよ。生命の誕生を連想させる」
古代が何を言いたいのかわからないが、嬉しそうにそう語っている姿を見るのは、楽しい。嬉しくなって、雪は思わず笑みを零した。
「あ、なんか俺、変な事言ってる?」
「ううん、そうじゃない。古代君、普段は言わなさそうなことばかり話すから、どうしちゃったんだろうって」
「やっぱり、変かな」
「そうじゃないわよ」
雪が目じりを下げて、古代の肩に軽く触れたので、古代も気を取り直して、「実は」と打ち明けた。
「詩集?」
「う、やっぱり笑うのか?」
「なんだか意外だったから」
「兄貴の形見みたいなもんさ。兄貴が真田さんに持っていて欲しいって渡した詩集を、少し借りて読んでみたんだ」
古代はそこまで話して、「汚れちまった悲しみに」と続けた。
雪は、以前彼と真田の話を聞いて、古代の兄が中原中也を好んで読んでいたことを知っている。
「中原中也ね。古代君のお兄さん、詩が好きだったのね」
「普段は、大雑把で豪傑なところもあった人なんだ。だから、イメージが合わなくて。いったい兄さんが中原中也のどこが好きだったのか知りたくてさ」
「詩集を読んだら、古代君まで影響されちゃったのね?」
「わ、笑うなって!」
可笑しそうに笑う雪に、古代は恥ずかしくなって、言った言葉を取り消したくなった。頭を掻いている。
「詩のことはよくわからないけど」
たとえばさ、と古代は続ける。
「雲の温度や水蒸気量の違い、また地上に落ちてくるときの大気の状態によって結晶の形が変わってくる。つまり、
雪の結晶のかたちからその時の大気の状態が分かるとも言いかえられる。『雪は天から送られた手紙』だと言われる所以だ」
古代が頬を上気させ、一生懸命自分に何かを伝えたがっている、というのはよくわかった。雪の結晶の話と中原中也の話からも、
異星人ではないかと疑われた時に触れた、彼の優しさ――傷ついた自分を励ましてくれた彼の温かさと同じものを、感じたからだ。
「君が生まれた時、ご両親が、雪の精を天からの授かりものだと、喜んだのと同じ」
「うん?」
しかし、雪には古代の言いたいことが、今一つはっきりわからない。古代も、その自覚はあるのだろう。長い前髪の隙間に汗が光る。
「君の名前――名は体を表すってことわざにぴったり当てはまるって思った」
「ありがとう。嬉しい」
古代の自分を励ましてくれる気持ちが嬉しくて、雪は素直に喜んだ。しかし、この時の古代の感情は、いつも自分の背中を押してくれる優しさとは別のものも混じっていた。
「本当は、ここからが本題だったりする」
古代の回りくどい言い方には、やはり何か訳があったようだ。
「なあに?」
嬉しい予感に、雪の返事も自然と甘くなった。
だからさ、あの。と古代は言い淀んだ。目を泳がせて。


「森君。君を……雪って呼んでもいいかな?」




2015 0504 六花ペーパーより
hitomi higasino








スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。

拍手