然るべき場所へ



艦内の空気は、明るいものだった。
ヤマト計画は、ほぼその半分を達成しつつある。
戦闘もなく、ともすれば緩みがちになる艦内の空気を引き締める為、
今、一番暇だと思われている航空隊の飛行訓練案を、戦術長、航空隊隊長と、副隊長の三人で練っているところだ。

ところが。


「それでだな。一斉訓練を行った方が、交代で行うよりもいいんじゃないかと篠原から提案があったわけで、
加藤は、明日のその時間、都合つけられるか?」
「あー」
「無理っすか?」
はっきりしない加藤の答え方に、篠原は首を傾げて訊いた。
「えーと。すまん、もう一度言ってくれ」
「たいちょうーーーー、これまでに三度も説明してますけど? ひょっとしてどこか悪いんすか?」
「いや、そうじゃないが……。悪い。もう一度頼む」
篠原は、はいはいと頷いたが、古代は、流石にやってられないとばかりに立ち上がった。
「加藤、気が進まないのなら、そう言ってくれ」
こっちも非番中の時間を削って来ているのだ。古代の脳裏に、観測室で佇む女性の後姿が浮かんでいる。
「戦術長、観測室に行きたい、と顔に出てますが、我慢してください。それよりも今回は飛行訓練案の相談ではなく、
加藤隊長の個人的な相談に乗った方がいいと思いますが」
さらりと自分をからかう篠原に、同意は出来かねると、むすっとした態度で古代は頷いた。
「なんだ、その個人的な相談って。悩みとかあるのか?」
「う、悩み……じゃない。もう決めてる。迷ってない。だけど、その、俺は、こういった事には順序があると
常々思ってきたんだ」
加藤は俯きがちに、やっとそこまで話した。顔が真っ赤になっている。
「どうした? 顔が赤いぞ? 熱でもあるんじゃないのか?」
加藤のいつもと違う態度に、古代も心配して訊いた。
加藤がしどろもどろで真っ赤になる理由を、篠原はなんとなく察して、古代に向かって意味ありげに笑って見せたが
古代にはさっぱり見当がつかなかった。

「まこっちゃん、でしょ? 隊長」
真っ赤だった加藤の顔が、さらに茹でダコのように赤く染まった。
「お、おうっ!」
なぜだか威張ったように、胸を突き出した。こうなったら開き直るしかない、と悟ったのだろう。
「実は、俺が言う前に、先に真琴に言われちまった」
そこまで聞いて、やっと古代にも話が見えてきた。
そうか。君たちも付き合おうとか、キスしたいとか、そういった類の恋愛の問題で悩みがあるのかと。
「だめっすよー、隊長。男の方から先に、ずばーんと先手うたないと。女って、後々『あの時あなたは言ってくれなかった』とかうるさいっすよ」
篠原の答えに、古代は心の中で(気をつけなければ……)と反省している。

「俺、言おうとしてたんだ。だけど、真琴は苦しそうな顔して。ひょっとして、俺、断られるのかって怖くなって
勇気が萎んじまった」
「あーあ。隊長~~~」
「だけど、加藤、原田君に先に言われたってことは、振られたわけじゃないんだろ? なら、あとはフォローしまくれば
なんとかなるよ」
「まあ、そうなりますよね」
この中で一番年下で、この手の話に疎そうな古代でも、そう言うのだ。何をそんなに加藤が気にしているのか
篠原にも理解しがたかった。
「もっと、前向きに考えたらどうかな? どっちから先に告白しようが、別にいいじゃないか」
生真面目な古代が、加藤の肩をポンと叩いた。自分のことは棚上げだが、気持ちは常に前向きな古代なのだ。

「ああ。前向きに考えている。俺と真琴と、子どもの将来を」
坊主頭を掻きながら、加藤ははっきりそう言った。照れ隠しに話すときは、いつもより大きな声になる。
「エエッ!」
「それって、つまり?」
悠長に構えていた古代が、他人事なのに焦る。
しかし、それは篠原とて同じ事だった。長髪を掻き毟りながら、加藤に迫ったのだ。
古代に続いて、加藤の肩をぶんぶんと大きく揺さぶった。


「出来た」



――なにが。
そう問うて、加藤は真琴に大泣きされたのだ。

今まさに、古代が同じ言葉を発しようとして、篠原に止められた。

「そっちの順序の話でしたか。で、ちゃんとプロポーズしたんでしょ?」
「一応」
「なんですか、その一応って」
「じゃあ一緒になるか、って言ったら、あいつ怒って、それ以来、口利いてくれない」
「はぁ? そりゃそんなプロポーズじゃ怒るっしょ」
ねえ、戦術長? と篠原が目で訴えかけてくるので、古代も曖昧に笑って頷いた。
だってよぅ、頭の中真っ白になって、と加藤は子どものように言い訳を始める。
「仕切り直しだ。前線から引き返せ。そこからもう一度よく考えろ」
どうすればベストなのかわからないが、それが一番いいように古代には思えた。
「そうですね。隊長がちゃんとしたプロポーズをやり直して、OK貰えてから、飛行訓練をやりましょう。
それまで訓練なんて危なっかしくて、出来ないです」


「あのなあ……」
加藤には、まだ何か言い分があったようだが、古代と篠原は、もう構わなくていいと、ブリーフィングルームに彼を一人置いて、出た。

「で、篠原は、今からどうする?」
「俺は、山本機の整備に付き合います」
「そうか」
「で、戦術長は? って、訊くまでもないですか」
肯定も否定もせずに、古代は口の端を上げた。
「加藤のやつ、上手くやるかなあ?」
「敵機の中に、切り込む操縦の腕は、ピカイチなんですけど」
二人が通路を歩きながら、加藤の噂話をしていると、向かい側から、雪と真琴がやって来た。
雪に付き添われた真琴が、赤くした目でこっちを見ている。
「まこっちゃん、加藤隊長なら、航空隊ブリーフィングルームで項垂れてます。慰めるのなら今のうちです」
雪が、何か言いかける前に、篠原が彼女たちの前に歩み出て、真琴にそう話した。
真琴は、隣の雪に頷いて「会ってくる」と言い終わらないうちから駈け出した。
「がんばって!」
雪は手を振って、彼女を見送っている。

「そんじゃ、それぞれ、然るべき場所へ」
篠原はそう言うと、格納庫へ足を向けた。
真琴の背中はもう見えない。急ぎ足で加藤のもとに向かっている。



「――ところで。時間まだある?」
古代の言葉に、雪はこくりと頷いた。
取り残された古代と雪の足は、自然と同じ方向に向いていた。





夢見月*お題はこちらでお借りしております







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サブxマコ風味で、匂う程度の古雪……に挑戦した結果^^
お題を一つクリア。


2015 1112 hitomi higasino
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