自分がするべきこと、自分にしか出来ないこと。
それが今やっとわかった。それはここから逃げ出す事じゃない。

加速する艦の中、邪魔なドレスの裾を破れば、やっと本来の自分らしさを発揮できる気がした。
ヤマトをどうか無事にイスカンダルまで。今の自分が役に立つとすれば。

(その人の影を心の奥深く仕舞い込んで)




****


「ここが制御室ね」
「逃げるんじゃないんですか!?何をするんです?」
「こいつをぶっ潰すのよ!」

イスカンダルのユリーシャ皇女がこんな物騒な物言いをするわけがない。
ノラン、ごめんなさい。私はただの地球人で、ヤマトの船務長なの。
だから、大人しく引き下がる事なんてできない。

「今までありがとう。これ以上私に付き合うことないわ」
「どうしてそんなに頑張るんです?」
「やっとわかったの。私のするべき事が」
ノランの眉間に皺が寄る。
「それは?」
「ヤマトを無事にイスカンダルに届けることよ。私たちの目的は最初から最後まで、ただひとつよ」


「あなたは……」
「その為なら、なんだってする」





****


吹き飛ばされた遥か向こうで閃光が走った。
要塞のような浮遊都市は爆発、炎上し、崩れ落ちていく。
再び遠くへと流されて、手を伸ばしてももう届かない。
彼が何を思い、一人で逝ってしまったのか最早知る由もない。


(ノラン……あなた、嘘が下手よ……)

何が彼を突き動かしてしまったのだろう。私は一人でできたはずなのに。


出来ることなら、貴方も救いたかったの。理解しあえたね、って笑いたかった。
あなたが救ってくれたこのちっぽけな命に、まだ生かされた意味があるというの?



私には、まだ生きるという選択肢が残されているの?







****


辺りは誘爆に次ぐ誘爆で浮遊都市の残骸がひしめいていた。
運が強いのかそうでないのか、今となってはどちらなのかわからない。
爆発に巻き込まれて怪我もすることなく、生きている。

でも、ヤマトがイスカンダルに向かう姿を見ることは出来ないだろう。
私の役目は終わった。死んでしまっても仕方がない。
命が尽きたとしても、私は宇宙空間を彷徨い流れていくのだ。
そう思った時。


一筋の光を捉えた。

見覚えのある機影。

よろよろとこちらに向かってくる。

コスモ・ゼロから飛び出してきたのは赤い宇宙服だった。




どうして?私だと気付いたの?
迷いなく真っ直ぐに私に近づいてくる。
きっと彼は私の名を呼んでいる。
私もそれに応えて「古代くん!」と呼び返した。

これはきっと夢で、私は死の間際にあるんだ、とぼんやりしていると、
彼は、コツンとヘルメットを軽く合わせて、私の目を覗き込んだ。

「夢?じゃないよね?」
「ああ。夢じゃない」

リアルな感触と、今一番逢いたいと願っていたひとに逢えた幸福感で、私はこのまま死んでもいいとさえ思った。
空っぽだった心のメーターが、彼で満タンになっていくのがわかった。
地球人、森雪として生きていいのだ、と彼に教えてもらった気がした。



嘘みたい。夢みたい。

私は、彼に肩を抱かれて何度も繰り返した。生きていたことに驚いて、そして感謝している。
散々夢みたい、と繰り返した後、やっとのことで感謝の意を彼ともう一人の彼に告げた。
「ありがとう」私を生かしてくれて。


「よかった。無事でいてくれて」
繋いだ手の本当の感触は、分厚いグローブに邪魔されてわからないけれど、血の通った温かい手だった。
ずっと心の奥に仕舞い込んで呼べなかったあなたの名を、今こそ呼んでいいだろうか?

――古代くん
唇に乗せてしまえばこんなに簡単に呼べたんだ。呼び方を忘れてたわけじゃなかった。
声が震えてしまったかもしれない。何か話すべきなのかもしれないけれど、何も言えなくなった。

――雪
私をファーストネームで初めて呼んだ彼。
「無事でいてくれてありがとう」

名前を呼んだその後に、古代君はそう言って、ただ笑った。
どうしてだろう?涙が溢れて止まらなかった。





青く美しい星の光が、私たち二人を照らしてくれていた。
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