――悪い夢ばかりじゃなかった。
『君は、こっちに来ちゃいけない』
どこかで聞いたことのある声と、優しい眼差し。
『あなたは誰?』
そのひとは問いかけには答えず、笑みを湛えた目を一層細めた。
背の高いそのひとは、馴染みの薄い制服を身に纏い、暖かな光に包まれてじっとこちらを見ている。
鳶色がかった茶の優しい瞳の面影に、私はある人を重ねていた。
『あなたは、古代君のお兄さん?』
ここがどこなのかわからない。きっと夢に違いないけれど。
ふわふわと身体が宙に浮く感覚と、私も光に包まれたいという願望から、一歩その人に近づいた。
『あいつは、泣き虫なんだ。笑わないでいてやってくれ。あいつを、進を頼む』
そのひとが、相好を崩したと思った途端、辺り一面が眩くて強い光に包まれた。
――引き戻される!
実感したのは、腕を誰かに強く引かれるような感覚だった。
私はただ叫んでいた。
「戻りたいの!帰らせて!」
真っ白な空間を、出口に向かって光速で飛び続けているうちに、軽かった身体に少しずつ感覚が戻ってきた。
身体も、瞼も重くて動かない。
無音だった耳元に、微かながら何かが聞こえてきた。
誰かが私を抱いている。
泣き虫な彼が。
戻らなきゃ。彼のもとに。
重くて動かない自分の身体に、祈る気持ちで「お願い、目を覚ましてユキ」と呼びかけた。
*****
想いは通じ合った。目を真っ赤に腫らしながら、何の前触れもなく彼女を抱きしめていたんだ。
好きだ、と告白したのは彼女が目を覚ます前だったけど、このシチュエーションは
どう考えてもそうだろう?と察しがつくに違いない。
彼女が目を覚ましてくれたことがただ嬉しくて。
彼女には『君は悪い夢を見ていたんだ』と言ったけれど、
そういう自分は、これが夢だったらどうしようと、何度も何度も彼女を抱きしめた。
消えてしまわないようにと念じながら。
彼女から目が離せなくなっている。雪も視線を外そうとしない。
互いの存在だけあればいい。言葉は必要なかった。
動いたのは僕だ。
彼女を引き寄せて、自分も身を乗り出して近づく。一瞬だけ雪は恥ずかしそうに視線を逸らした。
でも、自分の気持ちに抗えないと悟ったのか、目を閉じて僕が引き寄せるままに身を委ねていた。
ごく自然に二人の唇は重なりあった。
彼女の気持ちを訊く前に、先に体が動いてしまったわけだけど。
体を離して覗き込むと、彼女は泣いているじゃないか!
肩を抱いて写真を撮ろうとして、手の甲を抓られた時のことが頭を過った。
「えっ? あ、いきなりで、ごめん。怒った?」
と間抜け面になっていたと思う。
「ううん、嬉しかったの。古代君が……」
顔を歪ませて本格的に泣き出しそうになってる雪よりも早く、先に告げなければ。
「好きなんだ。君が。世界中の誰よりもだ!!二度と離さない」
ぐしゃぐしゃに泣き崩した顔の僕は、声がひっくり返りそうになるのを何とか堪えて一気に捲し立てた。
「私も好き」
雪は泣き笑いの顔の後、にっこり笑ってそう言った。彼女の頬に流れる涙の筋を、人差し指ですくって
もう一度キスしたくて顔を近づけると、
今度は、我慢できないといった面持ちで、クスクス笑い始めた。
「なっなんだよ?真面目な気持ちを伝えようとしているのに」
「待って。古代君」
そう言うなり、僕の顔を両手で包み、彼女の方から顔を近づけてきた。
そして涙を拭おうともしない僕の頬に、丁寧に唇を近づけて涙の跡を吸った。
「私たち三度も出会えたの。きっとどこに居ても離れないよ。信じて」
吐息がかかる距離で、雪は優しく僕を諭した。
僕はちょっと情けない顔で頷いた。
雪は俯いた僕の額と自分の額をこつんと合わせた。
そして甘えるように、鼻先をすり合わせて「泣かないで、古代君?」と呼んだ。
あの広い宇宙の中で出会えたのだって、三度目にまた巡りあえたのも奇跡だ。
きっと僕たちは、何度でも巡りあう。
強くそう信じられた。
「ああ。信じる。」
今度こそ有無を言わさず唇を塞いだ。
「膝が痛くなってきた」
「そうね。私も」
まだ気恥ずかしさの方が先に立つ恋人初心者の僕たちは、甘いムードも長続きしない。雪を抱いてた腕を解いて
そういえばどうして膝立ちの姿勢で、抱き合っていたのだろうかと思い巡らすと、
立っていられないほどに泣き崩れたんだと、思い出した。
それからここに来た理由も思い出していた。
地球が見えることを、まず雪に伝えに来たかったんだ。
「地球が見えるんだ。第一艦橋に戻る?僕が君を抱いていくよ。雪、裸足だろ?傷のこともあるし」
「やだ。恥ずかしいなあ」
頬をほんのりピンク色に染めてそう話す雪は、年相応の女の子だ。
「でもお願いしようかな」
「ああ。皆大喜びするぞ。このまま黙って行って驚かしてやるか?」
「断ったら、古代君、また泣いちゃいそうなんだもん」
「ええーーーーーっ、そこなの??」
膝が若干痺れるけれど、我慢して僕は先に立ち上がった。
それからお姫様の手を取って、もう一方の手で支えながら抱き起した。
泣き顔を見られて、また泣いちゃいそうなんて言われてしまった僕は、ここから第一艦橋までの間に
ヤマト戦術長としての威厳を取り戻さなければならなかった。
余裕なんてちっとも無いくせに、ついでに彼女の開いた胸元だって気になるくせに
「つかまって」
なんて、まるで兄さんの台詞じゃないかと思う。
「無理しないでね、古代君」
見透かされているのかと、内心ドキリとしたけれど、「だって、私重いわよ?」と屈託なく彼女は笑った。
「重くなんてないよ」
笑い返して、見詰め合って、言葉が途切れたのが合図だった。
僕たちは、磁石が引かれあうように顔を近づけて、三度目のキスをした。
自動航法室を抜け出した僕らは、誰かに見つかったら恥ずかしい、と思いながらも
それもいいかと、笑いながら通路を歩いた。
あの角を曲がったら、艦橋に上るエレベーターホールに出る。
なんとなくだけど、雪の着ているドレスが、彼女の覚悟のような気がして、また胸が熱くなった。
それは違う覚悟の下に着るものだ、と彼女に伝えたい。
唐突すぎるだろ、これ。
彼女の覚悟とそれに対する自分の覚悟。
それが覚悟といえるのかどうかすらまだ自信がないけれど。
ワンクッション置いてから、彼女の反応をみてからでも遅くはないか。
などとグダグダ考えていたら、勘のいい雪にすぐ指摘されてしまった。
「なあに?古代君、さっきから変な顔して」
「そんな事ないよ。あのさ、加藤の奴がさ、ケ、ケッコンしたんだ」
「そうなの!?誰と?って訊かなくても原田さんとよね?わーー、いいなっ!どんな結婚式だったの??」
「それが、発起人はなんと、この僕で、凄く盛り上がったいい式だった」
「まあ、古代君が発起人?喜んだでしょう?皆」
「そりゃそうだよ。原田くんも泣いて喜んでた」
「地球に帰ったら、今度は私も呼んでくれるかな??」
「もちろん!あ、二人に訊いてみないと、だけど」
笑ってみせたつもりだったけど、失敗だったようだ。
雪はじっと僕の顔を覗き込んで、「言いたいことがあるの?」と訊いてきた。
待っていたエレベーターが到着を知らせた。
「まあ……うん」
僕は曖昧な返事をして、二人でエレベーターに乗り込んだ。雪はさかさず腕を伸ばしてボタンを押す。
すぐに上昇を始めるエレベーターに僕と雪のふたりきり。
こんなシチュエーションは、今まで何度もあったことだ。抱いているのは想定外としても。
「古代くん?」
雪の追求は免れない。艦橋にたどり着く前に、一世一代の覚悟を決めなければ。
彼女を抱きあげた手が緊張のあまり震える。
「重いって言いたいんじゃない? いいのよ、下ろして」
彼女は気づいていないみたいでほっとしたけれど、
「違う、違うよ」と否定すればするほど、雪の目は不安な色を濃くしていく。
あと数秒で艦橋に到着する。扉が開く前に、二人きりのときに彼女に伝えたい。
突然閃いた言葉だったけれど、これは間違いなく本心だ。
ハコの振動が止まった。
遅れて、到着を知らせる音が嫌に大きくエレベータ内に響いた。心臓に悪い。
喉も口の中もカラカラの状態で、勇気を振り絞って彼女に伝えた。
「雪。君の覚悟も全部僕が引き受ける。いや引き受けたいんだ。できるかどうかまだわからないけど。結婚しよう」
雪は驚きのあまり口に手を当てたまま固まった。
と同時にエレベーターの扉が静かに開く。
『君は、こっちに来ちゃいけない』
どこかで聞いたことのある声と、優しい眼差し。
『あなたは誰?』
そのひとは問いかけには答えず、笑みを湛えた目を一層細めた。
背の高いそのひとは、馴染みの薄い制服を身に纏い、暖かな光に包まれてじっとこちらを見ている。
鳶色がかった茶の優しい瞳の面影に、私はある人を重ねていた。
『あなたは、古代君のお兄さん?』
ここがどこなのかわからない。きっと夢に違いないけれど。
ふわふわと身体が宙に浮く感覚と、私も光に包まれたいという願望から、一歩その人に近づいた。
『あいつは、泣き虫なんだ。笑わないでいてやってくれ。あいつを、進を頼む』
そのひとが、相好を崩したと思った途端、辺り一面が眩くて強い光に包まれた。
――引き戻される!
実感したのは、腕を誰かに強く引かれるような感覚だった。
私はただ叫んでいた。
「戻りたいの!帰らせて!」
真っ白な空間を、出口に向かって光速で飛び続けているうちに、軽かった身体に少しずつ感覚が戻ってきた。
身体も、瞼も重くて動かない。
無音だった耳元に、微かながら何かが聞こえてきた。
誰かが私を抱いている。
泣き虫な彼が。
戻らなきゃ。彼のもとに。
重くて動かない自分の身体に、祈る気持ちで「お願い、目を覚ましてユキ」と呼びかけた。
*****
想いは通じ合った。目を真っ赤に腫らしながら、何の前触れもなく彼女を抱きしめていたんだ。
好きだ、と告白したのは彼女が目を覚ます前だったけど、このシチュエーションは
どう考えてもそうだろう?と察しがつくに違いない。
彼女が目を覚ましてくれたことがただ嬉しくて。
彼女には『君は悪い夢を見ていたんだ』と言ったけれど、
そういう自分は、これが夢だったらどうしようと、何度も何度も彼女を抱きしめた。
消えてしまわないようにと念じながら。
彼女から目が離せなくなっている。雪も視線を外そうとしない。
互いの存在だけあればいい。言葉は必要なかった。
動いたのは僕だ。
彼女を引き寄せて、自分も身を乗り出して近づく。一瞬だけ雪は恥ずかしそうに視線を逸らした。
でも、自分の気持ちに抗えないと悟ったのか、目を閉じて僕が引き寄せるままに身を委ねていた。
ごく自然に二人の唇は重なりあった。
彼女の気持ちを訊く前に、先に体が動いてしまったわけだけど。
体を離して覗き込むと、彼女は泣いているじゃないか!
肩を抱いて写真を撮ろうとして、手の甲を抓られた時のことが頭を過った。
「えっ? あ、いきなりで、ごめん。怒った?」
と間抜け面になっていたと思う。
「ううん、嬉しかったの。古代君が……」
顔を歪ませて本格的に泣き出しそうになってる雪よりも早く、先に告げなければ。
「好きなんだ。君が。世界中の誰よりもだ!!二度と離さない」
ぐしゃぐしゃに泣き崩した顔の僕は、声がひっくり返りそうになるのを何とか堪えて一気に捲し立てた。
「私も好き」
雪は泣き笑いの顔の後、にっこり笑ってそう言った。彼女の頬に流れる涙の筋を、人差し指ですくって
もう一度キスしたくて顔を近づけると、
今度は、我慢できないといった面持ちで、クスクス笑い始めた。
「なっなんだよ?真面目な気持ちを伝えようとしているのに」
「待って。古代君」
そう言うなり、僕の顔を両手で包み、彼女の方から顔を近づけてきた。
そして涙を拭おうともしない僕の頬に、丁寧に唇を近づけて涙の跡を吸った。
「私たち三度も出会えたの。きっとどこに居ても離れないよ。信じて」
吐息がかかる距離で、雪は優しく僕を諭した。
僕はちょっと情けない顔で頷いた。
雪は俯いた僕の額と自分の額をこつんと合わせた。
そして甘えるように、鼻先をすり合わせて「泣かないで、古代君?」と呼んだ。
あの広い宇宙の中で出会えたのだって、三度目にまた巡りあえたのも奇跡だ。
きっと僕たちは、何度でも巡りあう。
強くそう信じられた。
「ああ。信じる。」
今度こそ有無を言わさず唇を塞いだ。
「膝が痛くなってきた」
「そうね。私も」
まだ気恥ずかしさの方が先に立つ恋人初心者の僕たちは、甘いムードも長続きしない。雪を抱いてた腕を解いて
そういえばどうして膝立ちの姿勢で、抱き合っていたのだろうかと思い巡らすと、
立っていられないほどに泣き崩れたんだと、思い出した。
それからここに来た理由も思い出していた。
地球が見えることを、まず雪に伝えに来たかったんだ。
「地球が見えるんだ。第一艦橋に戻る?僕が君を抱いていくよ。雪、裸足だろ?傷のこともあるし」
「やだ。恥ずかしいなあ」
頬をほんのりピンク色に染めてそう話す雪は、年相応の女の子だ。
「でもお願いしようかな」
「ああ。皆大喜びするぞ。このまま黙って行って驚かしてやるか?」
「断ったら、古代君、また泣いちゃいそうなんだもん」
「ええーーーーーっ、そこなの??」
膝が若干痺れるけれど、我慢して僕は先に立ち上がった。
それからお姫様の手を取って、もう一方の手で支えながら抱き起した。
泣き顔を見られて、また泣いちゃいそうなんて言われてしまった僕は、ここから第一艦橋までの間に
ヤマト戦術長としての威厳を取り戻さなければならなかった。
余裕なんてちっとも無いくせに、ついでに彼女の開いた胸元だって気になるくせに
「つかまって」
なんて、まるで兄さんの台詞じゃないかと思う。
「無理しないでね、古代君」
見透かされているのかと、内心ドキリとしたけれど、「だって、私重いわよ?」と屈託なく彼女は笑った。
「重くなんてないよ」
笑い返して、見詰め合って、言葉が途切れたのが合図だった。
僕たちは、磁石が引かれあうように顔を近づけて、三度目のキスをした。
自動航法室を抜け出した僕らは、誰かに見つかったら恥ずかしい、と思いながらも
それもいいかと、笑いながら通路を歩いた。
あの角を曲がったら、艦橋に上るエレベーターホールに出る。
なんとなくだけど、雪の着ているドレスが、彼女の覚悟のような気がして、また胸が熱くなった。
それは違う覚悟の下に着るものだ、と彼女に伝えたい。
唐突すぎるだろ、これ。
彼女の覚悟とそれに対する自分の覚悟。
それが覚悟といえるのかどうかすらまだ自信がないけれど。
ワンクッション置いてから、彼女の反応をみてからでも遅くはないか。
などとグダグダ考えていたら、勘のいい雪にすぐ指摘されてしまった。
「なあに?古代君、さっきから変な顔して」
「そんな事ないよ。あのさ、加藤の奴がさ、ケ、ケッコンしたんだ」
「そうなの!?誰と?って訊かなくても原田さんとよね?わーー、いいなっ!どんな結婚式だったの??」
「それが、発起人はなんと、この僕で、凄く盛り上がったいい式だった」
「まあ、古代君が発起人?喜んだでしょう?皆」
「そりゃそうだよ。原田くんも泣いて喜んでた」
「地球に帰ったら、今度は私も呼んでくれるかな??」
「もちろん!あ、二人に訊いてみないと、だけど」
笑ってみせたつもりだったけど、失敗だったようだ。
雪はじっと僕の顔を覗き込んで、「言いたいことがあるの?」と訊いてきた。
待っていたエレベーターが到着を知らせた。
「まあ……うん」
僕は曖昧な返事をして、二人でエレベーターに乗り込んだ。雪はさかさず腕を伸ばしてボタンを押す。
すぐに上昇を始めるエレベーターに僕と雪のふたりきり。
こんなシチュエーションは、今まで何度もあったことだ。抱いているのは想定外としても。
「古代くん?」
雪の追求は免れない。艦橋にたどり着く前に、一世一代の覚悟を決めなければ。
彼女を抱きあげた手が緊張のあまり震える。
「重いって言いたいんじゃない? いいのよ、下ろして」
彼女は気づいていないみたいでほっとしたけれど、
「違う、違うよ」と否定すればするほど、雪の目は不安な色を濃くしていく。
あと数秒で艦橋に到着する。扉が開く前に、二人きりのときに彼女に伝えたい。
突然閃いた言葉だったけれど、これは間違いなく本心だ。
ハコの振動が止まった。
遅れて、到着を知らせる音が嫌に大きくエレベータ内に響いた。心臓に悪い。
喉も口の中もカラカラの状態で、勇気を振り絞って彼女に伝えた。
「雪。君の覚悟も全部僕が引き受ける。いや引き受けたいんだ。できるかどうかまだわからないけど。結婚しよう」
雪は驚きのあまり口に手を当てたまま固まった。
と同時にエレベーターの扉が静かに開く。
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管理人 ひがしのひとみ
ヤマト2199に30数年ぶりにド嵌りしました。ほとんど古代くんと雪のSSです
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