玲→古代 SS その後の 雪と古代


シミュレーターの前で古代を待つ雪。
「遅い」

端末で、先程から何度となく呼び出してはいるのだが、古代からの返事がない。
(いつも五分前行動だって、五月蠅いのに)
また時計を見る。約束の時間から10分は経過していた。



何もなければいい。
無理言って組んでもらった訓練だ。
(少しばかり遅れて返事がないから、不安になるだなんて)

今の自分は、どちらなのかわからなくなる。

ヤマト船務長 としての不満なのか。
それとも、森雪個人としての感情なのか。


(まるでデートに遅れた恋人への不満じゃないの)
そう思ってしまってから、雪の心はきりきりと痛み出した。





「やっと来た」

約束の時間から十分程たってから、息せき切って古代がやってきた。

「遅れてごめん」
「何度も連絡したんだよ」
「うん。聞こえてた」
「何かトラブルでもあった?」
「いや、そういうわけじゃない。大丈夫。さ、始めようか?」

古代は、淡々と準備を進める。彼の態度に、違和感を覚えながらも、
時間をロスすることが勿体なくて、雪はそれ以上の追及をやめた。
限られた時間内での訓練だということもあったので、いつも以上に雪は集中して臨んだ。


****

雪の訓練に付き合う時は、彼女に厳しい言葉を投げる古代だが、この日は珍しく
「今日は良かったよ」などと褒めるものだから、雪も不思議に思った。

「初めて古代君から褒められちゃった」
「そうか? いつもと同じだろ?」
「ううん、なんとなくだけど、今日は<優しい教官>だったよ?」
「それは、森君ががんばった結果」
「素直に喜こべばいいのかな?」
「いいよ。そのまま受け取れば。信用ないのかな? 俺」
雪の言葉に、古代は苦笑しながら答えた。
「なに? 」
古代の返答に、雪は彼をまじまじと見つめた。
「何かあったででしょ? 古代君」
え? と、古代は一瞬ギクリとしてしまう。
雪はそんな彼から目を離さない。
「航空隊内で問題でもあった?」
雪の追い打ちをかけるような問いに、古代は咄嗟に「別に」としか返せなかった。
彼が何でもないと言い張るのなら、それで別に構わない。
雪は、自分は船務長としての立場で、彼のことを気にしているつもりで訊いたのだ。

「そんなに身構えないで。私、詰問してるつもりないんだから。篠原さんから、
<古代戦術長を、女性から見てどう思うか>って訊かれたから。何かあったのかなって思っただけ」
雪は、笑って古代を見た。

古代は、篠原と雪が食堂で話し込んでいたのを思い出した。

「篠原が? ああ、この前二人で話し込んでたよな。そんな事話してたのか。で、森君はなんて答えた?」
論点のすり替えと、気になっていたことを訊けるチャンスとばかりに、古代は話題を切り替える。

話し込んでたってわけじゃないけれど、と雪は前置きしてから、
「性差の区別なく仕事に関しては接しているし、仕事のできる戦術長だって、べた褒めしておいたわ」と答えた。
「そりゃ、どーも」
 
いつも通りの訓練が出来たと、古代は思っていたのだが、雪は自分の微妙な変化に気づいているらしい。
何かあったかと問われて、冷や汗が出そうになったが、なんとかポーカーフェイスで切り抜けられた。
彼女の軽口に、古代は少し安心した。

「本当にそう思ってるのよ。私の訓練なんて面倒なことにもつきあってくれてるし」
「訓練は俺にとってもいい勉強になってるよ。誰かさんは一筋縄でいくような生徒じゃないからな」」
「やっぱりさっき褒めたのは、本心じゃなかったのね!」
雪は、拗ねた振りをして古代の脇を小突いた。
「本心だって。君に操縦を教えるのは面白いよ。君は必死に喰らいついてくるからさ。俺も適当にやってられない」
やっといつもの古代が顔を覗かせた。
雪は、自分の訓練が彼にとって負担になっていないかと心配になったが、それは杞憂だったようでほっとしたのだった。

「負担だったら、はっきり断ってね」
「……そんなことないって」

雪は古代を見上げて言った。
「なんでゼロなのかって訊いたよね?」

古代に戦闘機の訓練がしたいと申し出た時、彼にそう訊かれたのだ。
「なんでって。古代君が乗ってるし、山本さんも乗ってるから」

山本の名前を出されて、古代は目を泳がせた。
雪は古代から目を離さず、こう続けた。
「古代君や、山本さんの飛び方が綺麗だったからよ」

彼女のまっすぐな視線をどう受けとめるべきか、古代は戸惑う。
「ふーん……。俺や、山本に、憧れてるってわけ?」
最後の方は、声が掠れてしまったかもしれない。

「さあ? 」
雪はそれだけ言うと、ペロリと舌を出した。
「……」
「ありがとうございました! お疲れ様」
無言の古代に、礼をし、雪は先に部屋を出る。


*****

感情をコントロールするのが上手くなってきた、と雪は感じている。

先日は、他のクルーの目前で、彼に抱きついてしまった。
古代は、それを咎めることはなかったが。
『ごめんなさい! 私、だ、抱きついたりして……」
皆の視線を感じて彼からさっと離れると、彼は『心配かけたんだよな。御免な」と言って、笑ってくれた。
あの目でそういわれると、それだけではない、とは言えなくなってしまって「うん」としか答えられなかった。

「なんでゼロなの?」
と訊かれて、答えに窮したあの時よりも、もっと。

――たぶん、私、もっと好きになってる。






*********************




「照れる」
~あるモブ子の古雪観察~(照れる森船務長)


女の扱いがなってないと噂の戦術長だけど、その噂はどうやら本当らしいです。
珍しくラウンジで女子クルーに囲まれて、にこにこしていている戦術長が、そこに入ってきた船務長に
「森君! なあ、森君はこれ、どう思う?」
と声を掛けていて、その場にいた女子クルーの顔色がサーッと変わっていくのも気が付かないのだから。

「あら? 皆で何のお話?」
などと口元に笑みを浮かべている船務長。ちょっと怖い。目が笑っていないよ!



「これ。女性クルーの制服に関してのアンケートが回ってきたんだ」
「それは、女性にだけ回答してもらうアンケートよ? どうして古代君が見てるの?」
「どうしてって? 桐生君たちに声かけられたんだよ。欄外に意見を書きこめるようになっててさ。森君、君が
艦内服が似合う女性第一位に選ばれているんだよ」
「それは真面目なアンケートです! 人気投票なんかじゃないの。皆さんもこんなことで戦術長の手を煩わせないでください!」
「俺は、別に……」
「さあ、持ち場に戻りましょう!」



わいわいと固まっていた女子クルーたちは、恨めしそうに船務長をみていたけれど、
戦術長は、どうして船務長の機嫌が悪くなったのか、さっぱり気づいていないらしい。
遠巻きに様子を見ていた私は、森さんに追い出されずに済んで、その後の二人のやりとりも途中まで観察することができた、というわけです。

「って、おい? 休憩の時間くらい別にいいじゃないか? そんなにかたいこと言うなよ」
「無記名式だから、言いたいように書いてあるんでしょう? 笑われているみたいで、いい気持ちはしないの」
「誰もそんな事書いていないって。綺麗だから、何を着てもきっとお似合いです、とかなんとか書いてあったよ」
「ふーん」
「あ、今、少し嬉しいって思ったろ?」
「お、思ってないわよ、そんな事。私、綺麗じゃないし」
「綺麗だよ。君は綺麗だ」

ヤダ。

頭の中で、BGMが流れ始めて、辺り一面お花畑の背景が(脳内に)広がった。
ヤバイ。
この人の女の扱い方って、ある意味、他の人が真似したくてもできないくらい、テクニックに長けていると言えるんじゃないの?


戦術長は、拳を握って力説していた。本気だった。からかっている様子は見られない。
急に居たたまれなくなってしまった私は、空気と同化するよう、必死に気配を消した。
無意識下で、ジュースを飲み込んだ。


「こ、古代君! あなた、そんな事言える人だったの! 見損なった! 真面目な人だとばかり思っていたのに!」
「どうして急に怒り始めたんだよ? 俺のどこが不真面目って言いたいんだ?」
「女の人に『綺麗だ』なんて。誰にでもそんなこと平気で言っちゃう人だったなんて!」

「え……」
「そんな風に、あなたに言われたくない……」
「君が、自分を綺麗じゃないなんて言うからさ。そんなことはないって言いたかっただけだ。俺は、君は綺麗だと思うよ」

「あ、」


森さんが、何も言えなくなって固まっちゃってる。
私の方が、きっと森さん以上にドキドキしてる。どうしよう……。

し、鎮めなきゃ。火照った顔も元に戻さなきゃ。

私は、今この場面で一番やらかしてはいけないこととやってしまった。

「ズズズズーーーッ!!」

思いっきり、ストローでジュースを飲み込んだのだ。

古代さんと森さんが、同時に私を振り返った。

森さんの顔は真っ赤。
私も何故だか真っ赤。


古代さんだけは、わけがわからないっといった風に、キョトンとしている。
「あのー。お邪魔ですよね? 私。すみません!!」

ジュースが入ったままのコップを、ダストボックスに投げ入れて私は、大急ぎでラウンジから逃げ出した。


あれ以来、森さんと会うと、視線を合わせられなくて困っています。

古代さん? 全然覚えていないみたいです。
あの後、二人にどんな進展があったのかは謎です。





********************************


「拗ねる古代君」






「スッキリしよっか」

「汗を流したあとは、お風呂!」


彼女から、断片的に聞いたところによると、これですっかり仲直りできるはずなんだが。








戦闘機の訓練について、俺の教え方にカチンときたらしい雪と、ちょっとした言い合いになった。

『そんな、頭ごなしに否定するような言いかたしなくてもいいと思うんだけど』
『今後の為に、敢えてキツく言ってるんだ。これくらいのことで音を上げるようじゃ、訓練はやめた方がいいよ』
『止めない! 絶対、ゼロを乗りこなして見せるんだから』
『だったら、俺のやり方に文句言わずについてこいよ』
『だから、そういう言い方が気にくわないの。素直に受け入れにくいって言ってるの。ものには言い方ってあるでしょ?』
『俺の教え方に不満があるなら、他の奴に頼むか?』

『そんなこと言ってるんじゃない……』
『お互い、遊んでる暇なんて、ないと思ってるんだけど、違うのか?』
『私は、真剣よ!……そうね。悪かったわ! お忙しい古代君の貴重な時間を割いてもらって! 明日からしばらくシフトが合わないから
訓練はお休みします!』


こっちは喧嘩を売った意識はなかったのだが、雪は、そんな俺の言葉を『売り言葉』と捉えたらしい。
冷静になれよ、と言葉をかける暇も与えてもらえず、雪は怒って展望室から出て行ってしまった。
そんなに怒るほどのことか?
ちょっときつく注意したくらいで。
いつもの彼女らしくもない。

何がなんだかわからないうちに、喧嘩したことになっていたと気づいて、俺はどっと疲れてしまった。
(いいよ。そっちがその気なら、誰が訓練を再開などしてやるもんか)



***
数日後。
任務を終えて後ろを振り返ると、雪はもう居なかった。
約束が生きていたなら、ゼロのシミュレーション訓練の時間だ。
一度は、もう再開してやるものかと思ったものの、やはり(大人げなかったよな)と思い直し
約束の場所に向かった。

が、そこに雪はいなかった。航空隊員が二人ほど、自主的に訓練をしている。
いつもは五分前行動なのに。
「森君、来なかったか?」
「いいえ。来られてないです」
「そうか」
俺は、腕を組んだまま壁にもたれて、彼女を待った。

十分待ってもまだ来ない。
ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「なんだよ。準備してやってるのに」
独り言も自然と大きくなって、訓練中のクルーと目が合って、恥かしかった。

なんだかむしゃくしゃする。
いらいらする気持ちのまま、自室に戻る気もなかったので、
「俺、ジムに行ってる」
と誰に言うとはなしに、告げた。
――森君が来たら、そう伝えておいてくれ。
「了解です」
わざわざ言わなくても、二人は事情を呑み込んでくれたようだった。


(あの意地っ張りめ!)
眉間に皺を寄せて、俺はふてくされたままジムへ向かった。




(えっ!?)

長い髪を振り乱して、一心不乱にマシンで走り続けているのは、まぎれもなく雪だった。
後ろからそっと近づいて、いきなりヘッドフォンをはずしてやろうかとも思ったが、
俺は、大人しく隣のマシンで走り始めた。

雪は、俺の姿を見とめると、一瞬(あれ?)といった視線を寄越したが、すぐにまた前だけを見て
マシンのスピードを上げた。


面白くない。

意地になった俺は、いきなりスピードをマックスにあげて、隣を窺った。
雪は呼吸を荒くして、身体を大きく横に揺らしていた。
「はあっはあっはあっ」

俺は、横から腕を伸ばして、雪のマシンのスピードを緩め、止めてやった。
「あ! 何するのよ!」
ヘッドフォンを外して、怖い顔をして睨んでいる。

俺が雪を無視していると、いきなり彼女は俺のマシンの電源をオフにした。

「!!」
ベルトが急に止まると、俺はつんのめって、前に倒れそうになった。
「あ、危ねっ!」

「いきなり止めるなよ! 危ないだろ!」
「そっちが、私のマシンを止めたからでしょ? おあいこよ」
「戦闘機のシミュレーションルームで待ってた」
「え?」
「君が来るかと思って、待ってたんだよ、俺は。君は来なかった」
「だって、古代君にメールしても返事貰えなかったじゃない。昨日、私、メールしたんだよ?」
「届いてないよ」
「ウソ」
「ウソなんかつくかよ。返事がないなら、直に言えばいいだろう?」

「何度も、言おうと思ったのよ。だけど、古代君、目を逸らしたでしょ?」
「あ、あれは、君から謝ってくるのかと期待してしてたのに、何もなかったから……」


どうして、考えることが同じなんだ。
今も、きっと彼女は、自分から謝りたいと思っているはずだ。
だけど、きっかけがなくて困っている。

俺も、同じ。

こういう時は、スッキリするに限る。


「……」
「……」
「シャワーを浴びて来い。きっかり30分後に、訓練を再開する!」
「了解!」

ほっとしたのは、雪も同じだったようだ。
彼女は、それまでいからせていた肩を下げて柔らかな表情になった。

「遅刻するなよ。びしびし鍛えるからな」
「臨むところよ!」


ダメだ。笑いそうになる。

俺は、緩んでしまう口元を必死に引き締めながら、雪を振り返った。




スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。

拍手