「いいから、寝てろ」
「うん。あ、おたまはそこの二番目よ」

「雪!」
振り返って睨んだ古代を、雪は「スミマセン」と小さくなって謝った。
ことの始まりは、朝の待ち合わせに遡る。




「あれ? 雪、顔が赤くないか?」
いつもより上気して見える雪の顔に、古代が変に思って訊くと「嬉しいから! 子どもみたいに喜んでるだけよ」と言って誤魔化したのだ。
古代はこの時の雪の発言を嘘だと、いまになって思うのだ。

雪は、風邪をひいたかもしれない程度には確信していた節がある。
だから、ことあるごとに古代が発する<風邪じゃないか?>という話を回避するように、うまく切りぬけていた。
久しぶりのデートだから、まあそういうこともあるのかな、と古代もそれ以上は気にせずにいたが、
デートの中盤、ランチの後のショッピング中に、どうにも雪の様子がおかしい。
子どもみたいに喜んでいるのを通り越して、顔は真っ赤で、額に触ると明らかに発熱していた。

「おい、いつからだよ? やっぱり朝から調子悪かったのか?」
珍しく古代はかなり怒っている。
「朝は、まだ大丈夫だと思ったの。気合いで治ると思って……」

雪は、そのうち歩くのもやっとなくらいふらつきはじめたので、これはいけないと、すぐさま佐渡の元に向かい、その後帰宅したのだ。

「栄養のあるもん食って、寝とればいーんじゃよ。古代、任せたぞ。なーに、土方のおやじさんにはわしから上手いこと言っといてやる」

佐渡の診察ではただの風邪だということで、三日分の薬と、今夜の看病が古代に託されたのだ。



「ごめんね、古代君。せっかくの、休日を、台無しに、しちゃった……」
雪は熱の下がりきらない体で、言葉も切れ切れにベッドから恋人に呼びかけた。

「えー? 何? どうした? 何か欲しいのか? プリンか? ゼリー?」
キッチンから寝室に駆け寄った古代の手には、お玉が握りしめられている。
雪の花柄のエプロンが意外と似合っている。
古代の主夫像を想像して、雪はふっと笑みを浮かべた。

「ううん、何でもない。古代君の手料理、楽しみ」
赤い顔をして笑う雪の額の汗を、古代はエプロンの端で拭ってやった。

「了解。待ってろ。美味いもん食わせてやる」
古代は雪に向けてグっと親指を立てて合図を送った。
「出来たら持ってくるから」
彼はそう言って、お玉を持ったまま、雪の額にキスを落とした。
古代からもたらされた、ひんやりとした感触に、雪は気持ちよさそうに目を細めた。





*********



「もうとっくに」


「戦術長! 船務長! よく戻ったな、古代!」
大破したゼロと共にヤマトに帰投した古代達を、加藤ら航空隊の面々が手荒く歓迎した。
古代とユリーシャによる「森船務長救出作戦」が成功し、帰投したのだ。
「お帰りなさい! 古代さん、雪さん!」
皆バンバンと古代の肩や背中を叩いて喜んでいる。格納庫はちょっとしたお祭り騒ぎとなった。
雪は、ただ感謝の気持ちで胸がいっぱいだった。
久しぶりのヤマトに緊張し、ふわふわとして足が地に着かないでいる。
「ちょ、おいっ、通してくれって。雪をまずメディックに連れていかないと」
古代は、皆から歓迎の儀式を受けている間も、雪の手だけは離さない。ユリーシャもまた雪の手を握っている。
三人は手を繋いだまま、一列になって冷やかしを受けながら格納庫を出ようとしていた。

「お疲れ様、ユリーシャ。私たちは、一緒にパフェ食べに行こう」
そのまま古代と雪についていきそうなユリーシャを、玲が引き取り、居合わせたメルダに目配せを送った。
メルダも急いで、雪の手からユリーシャを引き離しにかかった。
少し未練の残る視線を古代と雪に送っていたユリーシャも、玲とメルダのとりなしで機嫌を直し、
三人はそのまま食堂に向かった。

周囲の冷やかしもおかまいなしな古代に、篠原はウィンクを投げて耳打ちをした。
「しばらく二人で話すといいですよ。佐渡先生にも話はつけてある」

そんな篠原の気遣いも、古代にはすくに理解できなかったようで、「ん? 」と言って首を傾げた。

「二人っきりにしてやろうって気遣いだよ。言わせんな」
「え、ああ。うん」
そこまで言われて、古代は初めて理解し、しどろもどろに返事をした。
言わせられる方が恥ずかしいってどういうことだよ、と加藤は納得できないで赤い顔をしている。
流石の加藤も、古代の融通の利かなさにはほとほと参ったようだ。

古代と加藤のやりとりに、雪は困ってしまって、赤くなって俯いている。
すかさず篠原が助け船を出した。

「森さん、こんなわからんちんの戦術長ですが、よろしく」

「お、俺はっ、やる時はやるんだ。俺は、」

言い訳をしようとした古代は、その後口ごもってしまったが、加藤と篠原は面白がって
事の成り行きを見守ることに決めた。

「俺は? 何ですか? 戦術長」
篠原が口の端を上げ、あたふたする古代と、ますます恥ずかしそうにしている雪を見た。
「雪を、そのメディックに連れて……が先だ」
この期に及んで、まだ真面目な回答しか出来ない古代に、加藤は半分切れて叫んだ。

「おまえたち、もう恋に落ちてんだよ! じたばたすんじゃねえ!」
喧嘩腰の加藤に、古代も応戦するように返す。
「言われなくてもわかってる。もうとっくにな!」

古代のこの恋人宣言のような発言に、雪は目を丸くして言葉を失った。
「そうか! わかってるならそれでいい。がんばれよ!」
「話はもういいよな。雪を連れていくぞ」
加藤たちなりのエールに、古代は照れくささを隠しきれないで、ずんずんと大股で去っていく。
「あの、待って。古代君」

繋いだままの雪の手を引いて行く古代に、加藤と篠原は敬礼しながら見送るのだった。





2014 1114 hitomi higasino
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