携帯は、昨日の夜に一度メール着信を知らせたきりだった。
何度かこちらから連絡しようかと思ったものの、肝心の古代が、今どこで
何をしているのかさっぱりわからず、雪としても連絡の取りようがなかったのだ。

今日、12月24日は雪の誕生日である。会う約束はかなり前にしてあったから
忘れていなければ、デートできるはずだった。
昨夜のメールでは、今夜遅くにTokyoに戻る、とあった。
司令部の廊下や昼休憩中のカフェテリアで、元ヤマトクルーの相原たちと
すれ違ったりすることもあったのだが、相原の『古代と連絡を取ろうか?』との申し出に
雪は首を振った。個人のわがままが通るはずもなく、二人とも任務に忙殺される毎日だった。


雪が土方の家で、誕生日を祝ってもらうのはこれが二度目であり、最後になるのかもしれない。
久しぶりに雪は夫人と並んで、キッチンに立った。
ヤマトが帰還し、コスモリバースシステムを作動させ、浄化し始めたばかりの地球は、
まだ混乱の最中にある。食糧配給が一時滞り、そのせいで暴動が起こる。
限られた食材しか行き渡っていないのが現実だった。
土方家とて例外ではない。ビニール袋に入った缶詰が無造作に床に積まれていた。

「お誕生日おめでとう、雪さん」
「おばさま、ありがとう」
「二十歳になるのだな、雪」
「はい。やっと成人です」
「おまえが、まだこれくらいの頃から俺は知ってるからな。子どもだとばかり思っていたが」
リラックスした土方はいつになく饒舌だ。アルコールが入っているからかもしれない。
夫人にグラスを差し出して、二杯目のワインを注いでもらっている。

「おじさまったら、今日はそればっかり」
視線を逸らした土方は寂しそうに笑う。

「本音は、”あいつのところに行きたい”だろ?」
雪は頬を赤らめ「違います」と一言。
若い娘が、頭に恋人のことを思い浮かべるのは至極当然のことだ。
ヤマトを降りてから検査のための入退院、わずかばかりの休暇を経て、働きづめの毎日。
雪は何も言わないが、古代とはあまり会っていないようだった。
誕生日であり、クリスマスイブである今日、12月24日は、二人にとっても大事な日であることは
想像に難くなかった。
「地球はこれからが一番大事な時です。自分が必要とされるのであれば、私は、いつでも、どこへでも……」
それに、若いから体力もあります。そう言って、雪は目の前に並べられた手料理に舌鼓を打つ。
「若いからと言ってもな。お前はいつも頑張りすぎる。もう少し肩の力を抜け」
「はいはい。もう今日はそれくらいにしたら? 今夜は雪さんの二十歳の
お祝いなんですから。お仕事の話は抜きに、ね」。
「いや、まだいい足らんぞ。雪、いいか」
事故に遭うわ、負傷するわ(公にはできないが、敵星に拉致されるわ)お前の父親に
俺はなんと言い訳すればいいのか。などと言いながら、土方はがっくりと肩を落とすのだった。

あるだけの食材を使った、ささやかな宴ではあるけれど、雪の心は温かいもので満たされていた。
時々、部屋の中央の掛け時計に目は行くのだが。
そんな雪の様子を察してか、夫人は立ち上がり、隣室から小さな箱を持って居間に戻ってきた。
「これ」
差し出された箱のふたを開けると、写真が数枚。小さな人形やおもちゃなどが入っていた。
「これは?」
雪は、それらを取り出して、目の前のテーブルに並べて見せた。

「お前の小さなころの写真や、おもちゃだ」
「……どうして、今頃?」
「それだけしか持ち出せなかった、と」
どれを見ても、何も思い出せない。
幼少時の自分が、誰かに肩車されて笑っていても、それが自分だとは思えなかった。
「……」
「事故に遭い、それを渡す余裕がなかった。俺にも、お前にも」 
「はい」
「雪、これだけは忘れるな。お前は両親の愛情のもとに
生まれてきた。そしてその愛を受け育てられた」
「はい……」
「直之の最期の言葉は、おまえを愛している、だった」
肩車をして笑っている男の顔が、涙でぼやけた。古い親子の写真を
雪は指先でなぞり、そっと胸に抱きしめた。
「誕生日おめでとう。今日から君は立派な大人の仲間入りだ。
これは、俺たち二人からの誕生日プレゼントだ」

夫人が、雪の手を取り、その掌にしっかりと握らせた。今では珍しい金属製のもの。
それは独り暮らし部屋の鍵だった。

「あなたが、独り暮らしをしたいって、打ち明けてくれた時から私たち二人で
ずっと探していたのよ。あなたは私たちにとっても大事な娘。だからね
ここを出て行っても、いつでも来て頂戴。帰ってきていい場所なのよ」
雪は、ただ無言で頷くだけだった。静かに涙をハラハラと流しながら。
「本当は、この人が『遠くに行かせるな』って言うから。近くにしたんだけど」
土方は、夫人にそれは内緒だろう、と慌てて遮った。

「ふふふ」
いつもの土方と夫人だ。二人の心遣いが嬉しくて、雪は心から
「ありがとうございます」と頭を下げた。
「そんな、水くさいことしないの。ね、雪さん」
夫人が雪の頭を抱き寄せると、雪はうん、と頷いて夫人の胸に顔を埋めた。







*****

食事のほとんどを終えた頃、インターフォンから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「こんばんは。すみません、遅くなりました。古代です」
「お、来たな」
古代は、居間に通される間、何度も頭を下げていた。
「え、古代君? 」
「そうよ。もう一つのプレゼント。あなたが今一番逢いたい彼よ」
夫人のその一言に、眉をぴくりと動かした土方だが、雪の
「おじさま、ありがとう!!」
の一言ですっかり機嫌を直した。

「ひどい、古代君! 昨日のメールで、何も言わなかったじゃない!」
「必ず逢いに行くって言ってただろ?」
「それは、そうだけど……。連絡も来ないし、もう今日は逢えないのかと思ってたわ」
「雪さん、ちゃんと紹介してね? 私は初めてお会いするんだから」
あ、と雪は顔を赤らめて、改めて夫人に古代を紹介する。
「古代進さんです」
「古代です。森さんとはヤマトで一緒でした」
「私、何度も古代君に助けられて」
「それで、恋に落ちたのね?」
夫人の破壊力満点の一言に、雪は顔を真っ赤にし、土方はつまみを喉に詰まらせた。
古代は「え、あの、わかりません……」と頭を掻いた。
取り繕うようにして、雪が「あの、こちらが」と言いかけると。
「土方がお世話になっております、妻の今日子です」
夫人は自己紹介を済ませ、まだ落ち着かない様子の古代を、ソファに座らせた。
「残り物なんだけど。ごはんまだでしょう? 」
「あ、はい。いただきます」

土方はと言うと、少し離れたダイニングの椅子に腰かけ、フンと鼻を鳴らしていた。

「あなた、こちらにいらして? 古代さんと雪さんのヤマトでのお話を聞きましょうよ」
「いい。俺は報告を聞いて知っているからな」
「そんな難しいお話じゃなくて、日常はどうだったのか聞きたいのよ。古代さんのことも
よく知りたいし」

そうか、そうだよな。
何かを思いついた子どものように、目をきらきらと輝かせた土方が
手にワイングラスを持って、居間のソファに移動する。
「士官候補生学校時代の話も、していいのか? 古代??」
「えっ?」
「おまえが島と二人で、チョコレートを持った女子生徒たちに
囲まれて震えていたあの事件のことも」
「あ、そ、それは」
「こんなこともあったな。女子高生が数人乗り込んできて騒動になった事件」
「あれはっ! 兄が……」
面白がる土方と、震えあがる古代。そんな二人をハラハラと見守る夫人の後ろで
雪だけは、瞳の中に炎を燃やし、古代と土方を睨み付けるのだった。

「おじさま、ストップ。もういいです。古代君、あとでゆっくり聞かせてね」
口の端を上げる雪だが、目は笑っていなかった。




******

口数は多くない古代だが、実直で誠実そうな人柄は、夫人にも伝わったらしい。
テーブルの皿を片付ける際、小声で「雪さん、あんなにいい人よく見つけたわね!」
と手放しで喜び伝えたほどだ。
「おばさまもそう思います? よかった!」

居間では、土方と古代が談笑している。
少なくともキッチンからはそう見えていた。

しかし実際は、と言うと。




「結婚??」
「はい。結婚前提の交際を認めていただきたいと」
土方のペースに巻き込まれて、二人きりの時間をロストさせるわけにはいかないのだ。
敵中突破する為には、こんな正攻法で攻めるしか古代は思いつかなかった。
「交際自体は反対はしない。結婚前提とわざわざ宣言しなくても、君たちはまだ若い。
若者らしい交際をすればいいのではないか?」
土方は苦虫を潰したような渋い顔になった。
わざわざこの日に招いてくれた事への感謝と、そして雪への真剣な気持ちを
土方に理解してもらうためだ。
古代はソファから立ち上がり、背筋を伸ばして土方に向き合った。
「はい」
「古代、君はもう雪にプロポーズをしたのか?」
「あ、いえ、まだ正式には……」
「真面目な交際をしたいというおまえの真剣な気持ちはわかった。
但し、一年間はプロポーズするのを自重しろ」
「一年間?(これから更に一年先かよ……)あ、の? それは?」
「それが我慢できないようなら、雪のことは諦めるのだな」
(わずか一年が我慢できないと言うなら、所詮はその程度の男)
「まさか! 諦めませんよ。わかりました。一年後に、彼女に必ずプロポーズします」
(絶対に、一年後に最高のプロポーズを決めて、認めさせてやるからな!!)

キッチンで嬉しそうに笑う雪の姿を見ると、
何が何でもプロポーズまでたどり着いてみせる!! と古代は静かに闘志を燃やす。
(それにしても、やっぱり土方さんは一筋縄でいかない人だ……)

自分には秘策はない。奇策もない。沖田戦法なんて無茶はそうそうできない……。
(一つずつ積み上げて認めさせるしかないよな)
と古代は心の中で誓うのだった。



「お前も呑め。二人ともこっちで呑まんか」
土方は上機嫌でワイングラスを揺らしていた。
キッチンでの片付けも終えた夫人と雪が加わり、しばし四人での談笑となる。
話は、ヤマトの中での事、沖田艦長の話、イスカンダル、ガミラスの話。
詳しくは語られていないイスカンダルやガミラスの話は、土方も夫人も身を乗り出して
聞き入っていた。船務科特製の誕生日カードの話題になると、やっとそこで古代は思い出した。
「遅くなってごめん、雪、誕生日おめでとう!」
「ありがとう」
雪も、古代に会えた嬉しさから、当初の予定や目的をすっかり忘れていたのだった。
急いでいたからプレゼントを用意できなかったと話す古代に、雪は土方夫妻から贈られた
部屋の鍵を見せた。
「ここから徒歩5分くらいのところだ。年明けにでも引っ越すんだろう? 雪。古代に手伝ってもらえ」
「はい。そうします」
「手伝うよ」



愛する人たちに囲まれて、すっかりリラックスしていた雪は、よく食べ、よく呑んだ。
「雪? このあと何処かに行くって約束は? 」
「えーっと。もう雪、歩けないかもぉ」
ワインの口当たりの良さから、雪はついつい呑みすぎてしまったようだ。
立ち上がろうとして、フラつき、支えようとした古代に抱きついた。
「大丈夫か? 呑み過ぎだよ」
「な、古代!お前、俺の前で、雪に不埒な真似は許さんぞ!」
土方は頭から湯気を立ち昇らせんばかりの勢いで、古代に噛みついた。
「そんな事しません。雪を運びます。彼女の部屋はどちらですか?」
「雪さんたら、すっかり甘えちゃって。古代さん、こちらにお願いします」
「はい」
「古代クン、ごめんねぇ。少し休んだら、回復する……から」
古代は夫人に誘導され、くたりと脱力してしまった雪を抱えなおして、彼女を部屋まで運ぶ。
「まさか、ヤマトの中でもお前たち……」

居間にただひとり残された土方は、どうにも釈然としないのだった。
あんなに嬉しそうに古代に甘える雪の顔を、土方はここ最近見たことがなかったからだ。
(そうか、そんなに古代がいいのか……)
古代の真面目な性格は、土方もよく知っている。
――結婚前提の交際か。
(認めてやったらどうだ)自問して、いやしかし、と思い直す。
(ここは、二人を導く大人の役目を果たさなければな)
土方は、居間に戻ってきた夫人に頷いて見せた。



*****

古代が雪をベッドの上に降ろそうとすると、彼女は瞑っていた目を開け、
首に腕をからませてきた。
「起きてたの?」
「古代クンとやっと二人きりになれたぁ」
「え? えええっ?」
ほんのり赤い頬と潤んだ瞳で、甘く囁かれてしまって古代はたじろいだ。
「……きて」
そう言うなり、彼女は目を閉じた。
思わず唾を飲み込む古代。

(キスくらいは、いい、よ、な???)
古代は、ゆっくりと彼女に覆いかぶさる。

そして唇を重ねる。

ハア。

二人は一度唇を離し、同時に甘い吐息をついた。
角度を変えてもう一度。

合わせるだけのつもりだったキスが、深いものへと変わっていった。
雪が情熱的に古代を受け入れたのだ。
「ちょっ、待てよ、雪。マズイ、マズイぞそれは!」
彼女とのキスに溺れそうになった古代は、大慌てで半開きのドアを後足で蹴り、閉めにかかる。
「古代クン、もっと、して?」

居間からは、土方の自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「古代!早くこっちに来い。俺と呑みなおすぞ!」
「いえ、もう遅いですから、自分は帰ります! 雪、だめだっ……む、んんっ」



……

……
突如静かになった雪の部屋では何やらもぞもぞと、衣擦れの音だけがするのだった。



居間はシィーーンという音が聞こえるくらい静まり返った。

「……」
「あなた、いいじゃないですか。しばらく二人きりにしてあげましょうよ」
「おまえは、雪の事が心配じゃないのか?」
「雪さんのあんなに嬉しそうな顔、記憶を失ってからは初めてです。あなたもそう思うのでしょう?」
「それは、そうだが……」
「見守っていきましょうよ。若い二人を。私たちの役目はそこまでですよ」
「ものわかりがいいのだな、おまえは」
「あなただって、そう思ってらっしゃるくせに」
「ふんっ」

「今日は古代さんに泊まっていってもらいましょう。ソファに毛布持ってきます」
「俺は、呑みなおすぞ」
「はいはい」


土方は空になったワインボトルを片付け、とっておきの一升瓶の封を開けた。
「おーい、古代、早くこっちに来い」

静かになった二人が気になる土方であった。




***おまけ**

結局、夜中の二時まで土方に付き合っていた古代は、酔いをさまそうとして
バルコニーにでた。圧迫感のある灰色の天井を見上げると
ここはまだ地下都市なのだと思い知らされた。


「古代君?」
「雪、大丈夫なのか?」
振り返ると、カーディガンを羽織った雪が、そこに立っていた。
「うん、たぶん大丈夫。だけど、昨日のことあんまり覚えてないの」
「それ、大丈夫じゃないだろ? 俺に迫っておいてさ」
「私が? 古代君に??」
古代は深く溜息を吐き、介抱しているうちにキスを迫られ、土方には呼びつけられ
大変だったと項垂れた。
「ごめんっ!! 嬉しくて甘えちゃったところまでは覚えてるんだけど。
それで、私どうなったの?」
「知りたい?」
「うん、物凄く知りたい」
古代は勿体ぶった言い方で、雪をからかう。
「君は俺を誘惑して」
「誘惑? 私が??」
「情熱的にキスしてきて」
「え」
「俺が応えようと君の首筋にキスしたら」
「う、うん?」
「すぐに寝た」
「なんだ、寝ちゃったんだ」
「そう。さっさと自分一人で満足して寝たんだよ。君は」
ふくれっ面をしてわざとぶっきら棒に古代は答えた。
「ごめんなさい……」
素直に謝る雪も可愛いくて、古代はぷっと吹き出した。
「怒ってないよ。ちょっと寂しかったけどね」
そう言うと彼女を抱き寄せた。


二人は近い距離で見つめあい、笑いあった。








「そういえば加藤さんたちの披露宴素敵だったね」
「ああ」
「古代君のスピーチもかっこよかったわよ」
「俺、ああいうの本当は苦手なんだけどな。二人たっての希望だったから」
「いいスピーチだったわ。余興でハーモニカも演奏すればよかったのに?」
「恥ずかしいよ」
「ヤマトの中でよく吹いてたでしょ?」
「あれ、知ってるのは雪だけだよ」
「そうなの?」
「うん。レパートリーも少ないしな。他人に聴かせるなんてとんでもない」
「そんなことないよ。古代君のハーモニカ、哀愁があって好き」
余興といえば……隼隊の某アイドルのダンスは面白かったけど、などと二人は盛り上がった。



しかし、ここはイチャイチャしていい場所ではなかったようだ。







「早起きなんだな、二人とも」

低いその声に、二人は咄嗟に振り返った。

「おはようございますっ!」
「おはようございます、おじさま」
思わず敬礼する古代と、その横でニコニコ笑う雪。

俺の目の前でいちゃつくとは、百万年早いのだ、古代のヤツめっ!!
土方は、仁王立ちで赤い目をこすりながら目の前の青年士官を睨む。
「おじさま、二日酔いですか? 目が赤いですよ」
「いや、そうじゃない。ないんだが」
「???」
「おじさま?」
(言えるか。おまえが心配で、寝つけなかったなんてな)
言えないかわりに、古代を睨みつける眼力を、強めてみるが
当の本人には、全く伝わっていないようだった。







続きます
5へ

2013 1224 hitomi higasino人
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